トットットッと、信号で止まった原動機付の自転車が鼓動のような音を立てています。
「ねぇ、次はどっち!?」
前に止まって居た原付自転車、ヘルメットから赤い前髪を覗かせたエクシアさんがこちらに振り返りながら大きな声を上げます。
私は再び、端末に表示されたマップの目的地と現在地を見比べてから……
「はい!このまま真っすぐ進んで、二つ目の信号を右です!」「オッケー!!」
信号が青に変わったのとほぼ同時にロケットスタートを切るエクシアさん。私もその後を追うようにアクセルを握ると、ブルンと機体が一度鳴いて走り出します。
肌を刺すような冷たい風を切りながら、見習い宅配人アーミヤ……風になります!
「良いですか?外は寒いですし、防寒具をお忘れなく。そして、凍った路面は滑りやすく、荷物を運びながらだと何かと事故を起こしやすいです。細心の注意を払ってください」
ロドスの厨房。
エプロン姿のマッターホルンさんが左手を腰に当て、右手で指を折って一つ一つ注意事項を上げていきます。その間、私はメモを取り、エクシアさんは大きな欠伸をしています。
「ですが、さむいということは同時に料理も冷めやすくなっています。いくらクロージャさんの作った保温バッグが機能的に優れていたとしても、鮮度や温度の低下は避けられません。迅速かつ、丁寧に運搬を…………それから」
パシッと、こっそり料理をつまみ食いしようとしていたエクシアさんの手を軽くたたくとため息をつきながら私たちのことを見渡して
「いったーい!」
「つまみ食いも、もちろん禁止です!」
「ちょっとくらい食べても、気づかれないと思うんだけど……そう思わないー!」
「そ、それよりも!!エクシアさん!は、早すぎます!このままだと、道路交通法に違反を…」
「え~!?なんて~!?」
「飛ばしすぎです!!!」
「アハハハ!それにしても意外ー!!」
そういうと、速度は変わらないままにエクシアさんが私のほうを向き口元を吊り上げて笑う。
「だって、アーミヤがまさか"コレ"の運転できるなんてさー!」
「はい、いつか役に立つかもしれないと……ですが、こんな速度で運転したことはありませんので……!」
「え?じゃあ、もっと飛ばしてみる!?」
「っ!?ど、どうしてそうなるんですか!?」
「スピードに慣れた方が良いって!!大丈夫!安心して!昔校舎に突っ込んで爆発した時も、死んだりしなかったからー!」
「そういう問題じゃ、エクシアさん!!」
気のせいでなければ、ファンファンファンと後ろから龍門警察のパトカーの音が聞こえています。
それを見て、青ざめる私とは対照的に、ヤバ、こっちこっち!とどこか楽し気に路地へとハンドルを切るエクシアさん!?
あぁぁぁぁ、つ、捕まったりしたら、ドクターやケルシー先生に合わせる顔がありません!
「お届け物でーす!」「あ、暖かい食事をお持ちしました……」
どうして、ペンギン急便の皆さんとお仕事をするといつもこうなるのでしょう。
ピンピンした様子のエクシアさんとは対照的に、私はもうフラフラです。
そのまま荷物をテーブルの上に乗せると、早速寒々と手を擦り合わせながら野営地の皆さんが集まってきました。
「お、来た来た」
「待ってました!」
今、この野営地ではとある集落の感染者の方々とコンタクトを取ろうと頑張ってくださっている方が集まっています。
感染者の閉鎖的な集落では余所者の私たちのような存在は拒まれがちです……。
差別、疑心暗鬼、トラウマ。心を閉ざしてしまった感染者の皆さんを救うためにも、まずは私たちという存在を受け入れてもらうところから始めなければいけません。
なるべく近くに停泊することで私たちに"慣れてもらい"、何日も説得を続け、こちらも本気で集落の方々の力になりたいのだと、そう心から伝える必要があります。根気のいる仕事なんです。
「くぅ、あったけぇ!この魚団子のスープ!やっぱり携帯食なんかとは違って遥かに美味いぜ!」
「この任務が終わったら食堂でグムちゃんの手料理も食べたいなぁ」
料理に舌鼓を打ち、活気にあふれた表情を浮かべる皆さん。頑張ってくれているみんなの力になれるのなら、寒さに耐えて急いで運んできた甲斐もありました。もしかしたら、エクシアさんもそう思って道中を急いでいたのかも?
私も是非現場で頑張っているドクターに、この暖かい料理を食べてほしいという一心で……?
「あの、ところでドクターの姿が見当たらないようですが……」
「え?ドクター?ドクターなら、昨日モスティマさんが来て一緒に……「モスティマ!!?」」
離れた場所で談笑していたはずのエクシアさんが突然大きな声を上げて会話に割り込みます。
「彼女が来てるの!?」
「あ、あぁ、昨日ドクターと二人で出てったが……ロドスに戻ったんじゃなかったのか?」
「「リーダー(ドクター)とモスティマ(さん)が一緒に……!?」」
私とエクシアさんは顔を見合わせてうなずくと直ぐにお互いの愛機にまたがり、エンジンを吹かせて走り出します!さっきの2倍の速度です!!
き、危険です!!まずいです!!!だって、モスティマさんとドクターは……!!!
肩まで青い髪が伸びた少女が銀色のナイフをパンへと刺し入れると、ザクッザクッ……と耳当たりの良い音が部屋の中に響く。
鼻歌を口ずさみながら、慣れた手つきでボウルサラダを軽く水で洗うと、チチっとフライパンに火を入れ、十分に暖かくなったのを確認してからカツンと卵を二つ割る。
「~♪ん?……ラッキー♪」
思わず三つになった卵をブチュブチュと焼きながら、片手間に電気ケトルの電源を入れると、匂いに釣られたのかもぞもぞっと、ベッドで眠っていた人物が身じろぎをし始める。
「……ふふ」
目玉焼きが出来たのと入れ代わりに、今度は先ほど切ったパンを網の上で焼き始めると、ジリジリとした音と独特の焼けた小麦の匂いが部屋の中に充満し始める。
そして、コポコポと煮立ったお湯をインスタントのコーヒーを入れたマグカップに注いで……
これにはたまらず、二度寝を決め込んでいた影も起き上がる……。
「おはよう。ドクター」
File14 モスティマ
パンに念入りにバターを塗っているドクターに声を掛ける。
「さて、ここが何処か気になっている頃かな?」
うん、と短い返事をした後に、ドクターはパンをひっくり返すと、そちら側にも再びバターを塗り始める。
「へぇ……そういう風に食べるんだ?」
美味いよ。と言ってザクザクと器用に耳の端っこを持ってパンに噛り付くと、ずずっとコーヒーを飲んで近くに置いてあった新聞紙に手を伸ばすドクター。
「うーん、それやめておいた方がいいんじゃないかな?」
私のことを見た後に新聞に目を通し始め、その後すぐに何かに気が付いたのか、ピラリと私にも日付を見せる、日付は今からちょうど3年前、やっぱり古い新聞だったらしい。
それでも手持無沙汰だったのか、ドクターはその新聞を広げて読み始めた。
「ここはコーテーがいくつか持ってる秘密基地の一つだからね。たぶん、この様子だと本人も忘れてるだろうけど」
少し埃っぽい部屋の様子がそれを物語っている。
……自分たちは襲われた。
「……そうだね。見ず知らずの覆面集団に突然襲われるだなんて……。一体どんな悪事を働いたのかな、ドクターは」
そうからかい口調で言ってみると、ドクターはブンブンと首を振って、そんなことはしていないと、声を高くする。
私はその様子に満足しながら、目玉焼きの黄身に切り込みを入れると、トロリと、溶け合うように黄色が白の上に広がっていく。
「ふふ……もちろん、君が望んでそんなことをしないことを、私はよく知っているよ。
けれど、君が良かれと思ってやったことも、別の誰かからすれば”余計なお世話だった”なんてことも、よくある話だよね」
そう告げると、ドクターははっとした様子で顎に手を当てて思考を張り巡らせ始める。
やがて、纏まったのか、スッキリした様子でうん、何となくわかった。ありがとうモスティマ。と一人納得したように頷いてから再びマイペースに朝食を取り始めるドクター。私は、そんなどこか冴えているのか、抜けているのかわからない”少し変わったかけがえのない友人”の姿に笑みを浮かべると、同じように食事を再開した。
「バラージュ!」
「ひぃ!!」
「私が……怖いですか?」
「ひぃいいいい!!」
路地に重たい爆発音と銃声が響きます。
エクシアさんが近くに倒れていた暴徒の一人の胸倉をつかむと、顎に銃口を突き付け引き金に手を掛けます。すると、死んだふりを辞めて慌てた様子で、い、命だけはおたすけ!?と両手を上げて震えた声を出す。
「それで、その黒い天使はどこへ行ったの!?」
「わ、わからない。お、俺たちもあいつに邪魔されて見失って……ほ、ほんとだ!」
「ふーん、あっそ!」
カチッと銃口を引くと。はぁ!っと暴徒の方はその場で失禁してズルズルと倒れ込みます。
もちろん、弾はもう入っていなかったので、何も起きてはいませんが……。
「ねぇアーミヤ。何とか場所がわからないかな。その不思議な力で……」
「……難しいです。特に、ドクターやモスティマさんは心の乱れがほとんどありませんから、目立たなくて……」
「うぅ~!」
やきもきした様子で地団太を踏むエクシアさん。
私も、内心穏やかではありません。
というのも、モスティマさんは……大変危険な人物ですから……!!!
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「こんにちは、ドクター。私はモスティマ。コーテーから聞いてるかもしれないけど、私はロドスとペンギン急便の契約対象外だから、自由に行動できるんだ。
……でもまぁ、暇な時にはロドスにいさせてもらうよ。それじゃ、よろしくね」
そう友好的な笑みを浮かべて手を差し伸べたモスティマさんに、ドクターは一拍遅れてから、あぁ、よろしく。と手を握り返していた。
初めて見たモスティマさんの印象ですが……そうですね、ミステリアスでクール、それでいて……少しだけ怖い人だと思いました。
青い髪に生えた黒い角、透き通った青い瞳に何より目を引かれるのはラテラーノ出身の証であるその天使の光輪……が黒ずんでいること。
ロドスにも何人か同じ特徴を持った人が居ますが、その中でも、彼女はひと際黒い輪と翼を持っているように感じます。
「アーミヤちゃんも、よろしくね」
友好的な笑顔を浮かべているのに、彼女から伝わってくる感情はほとんど、何もないに等しくて……空気や水と同じ、これではまるで……死人のようだと、私は彼女の冷たい手を握り返しながらそう思っていました。
モスティマさんはロドスに居る間もそう変わりはしませんでした。
たまに、同じ所属であるペンギン急便の方々に出くわすと、いつもより嬉しそうな感情を感じ取れましたが、その実、彼女からの接触を極力避けている節があり、特にエクシアさんと顔を合わせてたくないのか、あまりロドスに長期で滞在することはありません。
トランスポーターとしてのお仕事を任せたときも、しっかり仕事はこなしてくれていましたが、一緒に任務に赴いたオペレーターの皆さんからの評判はそう良くはありませんでした。
仕事としての評価は高かったのですが、心の底から信用できないと、やや心象的な面での評価が低い様子です。
私も、そんな彼女と何度か友好を深めようと画策したのですが……実りがあったことは一度もありません。誘いを断られたりはしないのですが、ふわふわと雲をつかむような人なので心の距離がある一定を境にそれ以上は縮まらないのです。
ただし、決して非協力的というわけではありませんでしたから、問題視もされていません。
徐々にロドス内でも、モスティマさんとはそういう人だ、という括りで片付けられることが多くなり、彼女に真の意味で歩み寄る人は居なくなってしまいました。
ただ、一人を除いて。
「ドクター……それはいったい……」
モスティマ用のお菓子だ。
と、そう言って執務机の上に乗ったお盆を見せてくれるドクター。中には、キャンディやチョコレート、いつもドクターの食べている変わったおやつなども入っています。
正直言って……嫉妬してしまいました。
ドクターがこれほどまでに特定の個人に拘るなどということ、今だかつてなかったことですから。
モスティマさんは、相手がドクターであってもその飄々とした態度を崩すことはありませんでした。
攻略できなかったんです。
スカジさんやシルバーアッシュさんと言った、コミュニケーションをとるのが比較的難しい相手でも、無自覚に攻め落としてきたあのドクターがです。ですが、それが逆にドクターに火をつけてしまったらしく……
「わざわざお菓子まで用意して、ドクターはモスティマさんを”どうしたい”のですか?」
いつもとは違うドクターの距離感にそう、恐る恐る聞いてみると、ドクターは自信満々に
もちろん、彼女と友達になる。とそう答えました。
友達……そうですか、友達ですか……。
まだ引っ掛かりを覚えながらも、私は
「なれるといいですね、モスティマさんとお友達に」
決意を固めて目を輝かせるドクターを見て、私は、そういう他ありませんでした。
けれど、心のどこかでは、相手があのモスティマさんではいくらドクターでも仲良くなるのは難しいだろうと、そう思っていたんです。
「え?」
次に私がモスティマさんを見たのはドクターの執務室でした。
ドクターと机を挟んでお菓子を食べながら談笑する彼女に、私は面食らわずにはいられません。だって、その時彼女から感じとった感情は、楽しいという、リラックスした純粋な喜びでしたから。
「おっと、お邪魔だったかな。それじゃあ、私はこの辺で」
ぜひ、また来てくれ。珍しいお菓子を用意して帰りを待ってる。
とそう返すドクターに驚きながらも、優しい笑みを浮かべて出ていってしまうモスティマさん……。
もう信じられない気分です!
あのモスティマさんの姿は、今まで見てきたどのモスティマさんよりも気を許していて、明らかにその態度は友人と呼ぶのに相応しいものでした。
いえ、もしかしたらそれ以上の……。
「……どうやら私の方こそお邪魔だったようですね。ドクター」
いや、そんなことはないよ。
「……それにしても、すごいです!ドクター!あのモスティマさんと本当に友達になってしまうなんて!」
ですが、焦ることはありません。
そうです。どこまで行っても、モスティマさんは結局のところ、ドクターにとっての友達。恐れることなんて……
……まだだ
「え?」
“まだ”本当の友達ではない。もっと仲良くならないと……。
「ドクター?」
私はその時から、ものすごーく嫌な予感がしていました。
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「ふぇひにんほってほらおうかな」
カシャカシャと歯ブラシを動かしながらそう零すと、並んで歯を磨いていたドクターは不思議そうに私の方を見る。
「なんでもないよ」
口を濯いで水を吐き出すと、一足先に洗面台を後にする。
実のところ、ドクターを逃がすだけならさっさとロドスへ連れ帰るなり、野営地に戻るなり、もっと優良な選択肢はたくさんあった。
けれど、私が無意識的にそうしなかったのは……まぁ、きっと、そういうこと。
薄暗い部屋、二人で部屋にあったボードゲームをしたり、謎かけをして遊びながら時間をつぶし、今はソファに腰かけながら、昔流行った映画の再放送をぼんやりと眺めて怠惰な時間を過ごす。
チラリと横目にドクターを見ると、私は心の中でため息をつく。
確かに、言ったね。
『ドクター、どうやって私といい関係を築くか考えこむ必要はないよ。私に言わせれば、友情も、家族愛も、恋も、嫌いじゃないけど不要なものさ。……でも、ふふ、こう言っても君は諦めないんだろうね。私は気にしないから、試してみるといいよ』
それは、私自身諦めていたことでもあった。
きっと、この先の人生でも、彼女以外にそんな感情は持ちえないと,
そう思っていたからこそ、自棄的に口にした台詞だった。
だけど、試された結果がコレだ。
幾度となく交流を重ねるうちに、まんまと人と接する温もりを教えられ、心地良い帰る場所を作られて、すっかり心の一部を占拠されてしまっている。
……そして、それがたまらなく大切になっていて……。
「……そろそろかなぁ」
時計を確認すると、時刻は午後5時30分……。
カチ、カチと、秒針が進む音が聞こえるほどに耳を澄ませると、ヒューと、打ち上げ花火が上がったような音が聞こえてくる。
パリン!とガラスが割れたと共に景色が止まる。
そのまますぐにアーツで天井を破壊すると、ドクターの服を掴んで更に上の階へと跳躍して逃れる。次の瞬間、景色が動き出し、部屋のガラスが割れた音とともに、強烈な爆発で部屋の家具を吹き飛ばした。
「ムーブ(進め)!!」
ドアから突入してきたのは、ボリバルにある特殊部隊の一つ。
昨日絡んできた暴徒たちとはレベルの違う相手のようだ……舞台の裏で静かに陰謀が渦巻き始めた音がする。
「……さて、ドクター。君はこれからどうしたい?」
悪戯の提案をするように、堕天使は手を差し伸べながら静かに微笑んだ。