アンジェリーナさんは……とても危険な存在です。
あのデートの日以来、アンジェリーナさんはよくドクターの執務室に遊びに来るようになりました。ロドス内でもドクターと腕を組んで写真を撮る様子が何度も確認されています。
風紀が大変乱れています!!
……私だって、ドクターとのツーショットなんてほとんど撮っていないのに……。
「いえ……今はそれよりも」
ドクターが襲われたという事実の方が重要です。
あの日、「たまたま」居合わせたオペレーターのみなさんと力を合わせてレユニオンを退けたものの、ドクターの警護が手薄になっているときに襲撃があったのは紛れもない事実です。……ロドス内に内通者がいたのか、それとも何者かが外部から情報を仕入れたのか……いずれにせよ、油断が出来ない状況です。
内部の洗浄については、ケルシ―先生にお任せするとして……今、私にできることは……。
「失礼します。アーミヤです」
ノックをして扉を開けると、そこには簡素な机と椅子が向き合うような形で設置されており
「お疲れ様。これで揃ったね」
そう零したのは大きなモフモフの尻尾を持つ、天災研究者であるプロヴァンスさんと
「そうね。時間通りだわ」
行動予備隊A6の隊長で、日ごろの気苦労からか少し小皺が深くなったオーキッドさん。
今日はこの3人でお仕事をすることになります。
「プロヴァンスさん、オーキッドさん。よろしくお願いします。……みなさんの準備ができ次第始めましょうか」
机の上に広がるのは評価シートと履歴書に健康診断書、そして小分けに包装された飴玉にチョコレートにジュースやコーヒーが……
そう今から行われるのは……!
「どうぞお入りください」
ノックが響いてきたのでそう声を出すと、中に入ってきたのはガシャガシャと鳴る機械の重装備を身に着け、セミロングの黄色いメッシュの入った髪を持つ少女。
ぺこりとお辞儀をするとベン!と重装備のタレも一斉にお辞儀をする……
「初めまして!ライン生命観測員、マゼランです!よろしくお願いします!」
ハキハキとした元気な声を出したのは、ライン生命の外勤専門員……マゼランさん。キラキラとしたその金色の目は、緊張よりも、私たちへの好奇心を宿しているように思えます。
「それでは、どうぞおかけになってください」
「はい!」
そう、今から行われるのはロドスの人事採用面接……別名、抜き打ちアーミヤチェックです。
File3 マゼラン
「マゼランさん。どうぞ気分を楽にしてください。これは、厳格な面接ではありませんから……あ、コーヒーとジュース、どちらがよろしいですか?」
「え!?えっと、じゃあ、ジュースで!」
「はいどうぞ。後、敬語等は不要ですよ。マゼランさんの楽にお話を」
「そう?良かったー!私、敬語ってあんまり話す機会がなかったから喋り方忘れちゃって!」
早速砕けた様子で友好的な笑みを浮かべるマゼランさんに、私やオーキッドさんたちもつられて笑顔になってしまいます。
っは!いえいえ!ですが……マゼランさん!
あなたがドクターに近づく「卑しい敵」かどうか、このアーミヤ、しっかりと確認させていただきますよ!これも……この面接において極めて重要なことですから!!
「マゼランさん、ロドスで興味をもっていることはありますか?」
「うん!この探査船にも興味があるけど、一番は……ドクターかな!」
アウトです。
お帰りはあちらになります。
……と、喉元まで出かかりましたがぐっと飲み込みました。
流石にこれだけで判断するのは、早計というものです。私がチェックシートの項目に、やや危険とチェックを入れている間、オーキッドさんが次の質問を始めます。
「へぇ、ドクターくんのどういったところに興味を持ったのかしら?」
「えっとね、メイヤーちゃんやミューちゃんからお話をよく聞いていて……あ!メイヤーちゃんたちっていうのは……」
「えぇ、同じライン生命の仲間よね?」
「うん!そう!そうなんです!孤独な観測所でも、二人には何度も励まされて……だから、だから二人とまた一緒に働けるのがすごく楽しみで!」
「ふふふ、そう」「わかるなー、その気持ち」
裏表がなく、素直に自分の気持ちを話すマゼランさんを前に、どこか表情を柔らかくするオーキッドさんと天災研究者として思うところがあるのか深く頷くプロヴァンスさん。お二人メモもほとんどとらずにコーヒーを飲みながらリラックスした様子で会話をしていますが、それもそのはずです。彼女はライン生命との提携協定でほぼ内定が決まっている、この面接は本当に形式だけのものですから。
いえ、ですが待ってください。お二人は重要なことを見落としています!
「……『メイヤーさんたち』は……よくドクターのお話を?」
「そうなの!通信すると、よくお話してくれるんだ!一緒に工房で仕事したとか、ご飯食べたとか、すっごく嬉しそうに話をするから気になっちゃって!」
「そう、ですか……メイヤーさんたちが」
備考欄に名前を控えておき、要注意と書いて丸印で2度囲む。
これからはお二人にも気を付けておかなければ……。
「あ、次は僕から良いかな。ロドスにはいろんな人がいるけど、例えば……「感染者」についてどう思ってるか、聞かせてもらっても良いかな?」
「では質問は以上です、お疲れ様でした」
あ、もう終わりなんだ?もっとお話ししたかったな~。と言いながら部屋を出ていくマゼランさん。バタンと、扉が閉まり終わったのを見届けるとふぅとオーキッドさんが息をついたのが聞こえました。
「彼女、すごくいい子ね。きちんと自分のすべきことと、やりたいことが分かっている。眩しいくらいだわ」
「研究者としては是非聞いてみたい話がいっぱいだったよ!ぜひ、僕の部隊にも来てほしいな!」
「そうですね……」
オーキッドさん、プロヴァンスさんの評価を参考にして評価シートに項目を埋めていきます。初めこそ、不穏な気配が漂っていましたが……
「私もマゼランさんには、是非この先もロドスに力と知恵を貸していただきたいと思います」
そこまで大きな脅威にはなりえないと思いました。
マゼランさんの雰囲気から察するに、研究が第一で、ドクターへの興味も友達から聞いていたから程度のものでしょうし。
「そうね」「意義なーし!」
お二人の返事を聞いてから、マゼランさんの履歴書にポンと赤い朱肉をつけた承認印を押します。厳正な書類選考とメディカルチェックのち、この採用面接が行われ、問題なしとなればオペレーターとして採用される。これが、ロドスの採用試験の流れになります。
この仕事はとても重要です。
オペレーターになる方はただ、戦える、優秀であるというだけではダメなんです。
ドクターの指揮に命を預け、また、ドクター自身も命を預けられるような、そんな方でなければいけません。もしも、そのオペレーターの方が裏切ったりすれば……ドクターに、ロドスに甚大な被害が及ぶことは想像に難くないでしょう。
ですから、私たちのこの面接もロドスの皆の命を預かっている大切な仕事なんです。
後、ドクターに近寄る卑しい存在を排他するという目的もありますが。
「それでは、次の方をお呼びしましょうか……次は……単体術師、志望の方ですか……名前は……エイ……!!」
……この方はロドスには相応しくないでしょう。
何ですか、この先輩とか言ってドクターにすり寄りそうな卑しいオーラは!不合格です!不合格!!
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「うーん!面接も終わったし、暇になっちゃった!」
あたしが、んーっと背筋を伸ばして深呼吸すると、暫く極北に居て凝り固まっていた身体もほぐれていくようだった。ここは温かくて良いね、床暖房までついてるし!
「長旅で疲れただろうし、自室で休んでろ~って言われたけど……」
こんな楽しそうな探査船が目の前にあるのに、休んでいられないよ!
私は最小限の装備だけ整えると、部屋から抜け出し、このロドス・アイランドの中を探検することにした!
「へぇ~、こんなになってるんだ」
ロドスの内部は、同じ製薬会社にも関わらず、ライン生命とは随分と雰囲気が違っていた。
向こうは凄く大きな研究施設、兼病院だとすると。ここは大きな国のようだった。
流通があり、生産があり、そして“人“が居た。
ロボットに乗って発電所を整備している人もいれば、ポッキーを頬張りながらご機嫌に歩く人に、その後ろをストーキングしているちょっとおっかない人……
すっごく、すっごくワクワクする!
だって、巨大な地下基地だよ!知らない技術の使われている設備に、未知の文明!そして見たことない人がまた目の前に……?
「わ!」
ドシン。とぶつかってしまい、私は尻もちをついてその場に転んでしまう。
「わわ、ごめんなさい。あまり前を見てなくて……」
気にしなくていい。こちらも不注意で……それより、怪我はないか。
そう言って、手を差し出されたので、お礼を言って起き上がらせてもらう。良かった、ぶつかったのが悪い人じゃなくて。
「大丈夫!探検家は身体が資本だからね!……それより、君……暇そうだね!」
目の前の人物は後ろをわざとらしく振り返った後、自分自身を指さして疑問符を浮かべていたので首を2度縦に動かしてから
「ねぇ!良かったらこの施設の案内をしてよ!私、今日ここに来たばかりで入れないところも多いの!だから、ね、お願い!!」
手をすり合わせて上目遣いに相手を見つめてみる。こんなお願い通るとは思えないけ……え、いいの!?やったー!!!
「ありがとう!……君って優しいね!」
「それでね、その時イフちゃんがメイヤーちゃんのお気に入りの服を焦がしちゃってね!!」
二人でロドスの中を散策しながら、時間も忘れて雑談をする。
この人……なんだかすっごく話しやすい!偶然だけれど、あたしの知っている友達のことはみんな知っているようだった。聞き上手って言うか、私の話をなんでもニコニコしながら聞いてくれるので、ついついこちらも饒舌になってしまう。
「それにしても、すっごく広いねーロドスって。……えぇ!?昔はロドスってもっと狭かったんだ!……ふんふん、いろんな人の力を借りて、ここまで大きくなったんだ!すごいな~」
探検家として、一人で活動することの多かった私には、みんなで力を合わせて何かをしたことがあまりなかった。ライン生命でも、みんなとおしゃべりはよくしてたけど、一緒に仕事ってなるとそう多くなかったし……。
「力を合わせてか~……こほ。あはは。大丈夫、ちょっとおしゃべりしすぎて喉が渇いちゃっただけだから」
そう言って頭を掻くと、向こうは何かを考える仕草をした後、
良い場所がある。特別に連れて行ってあげよう。
と、親指を後ろに引きながらそう言った。良い場所って……
「ここって……」
あたしたちがやってきたのは、ロドス地下の、更に地下。
暗い通路を持っていた端末で照らしながら歩き、やっと着いた大きな扉を開けた先には……。
「ひんやりしてる……あ、ここって冷凍室?……誰も来ないし、よく拝借してる?……君、中々悪だね~!」
あの人が冷凍室の中に足を踏み入れると、ガチャガチャと冷蔵庫の中を開けて見せる、まだ中身の入った炭酸飲料がいっぱい入っていた。
それにしてもここ、興味深いなぁ。こんな地下にどうして冷気を引くことが出来るのだろう。氷室の一種なのかな。
辺りを見回していると、どれがいい?なんてあの人が言うので私も嬉しくなって近寄って……
バタン!!!と、後ろの扉が、律儀にも、
閉 ま っ て し ま っ た。
「うわ、おっきい音!……じゃあ、私はこれにしよっと!……うぅ、流石に寒冷地装備もないしちょっと寒いね、あまりゆっくりはしてられないかも」
そう言って、一緒に部屋を出ようとしたが……ガチャガチャと、まるで金庫みたいな重い鉄の扉はノブが回る気配すらなかった。
「あ、あれ?鍵が掛かっちゃったみたい。出来たら開けて……え?鍵なんてあるのかって?…………」
「えっ!??」
寒い寒い寒い!
「うぅ、寒いよぉ」
鍵がない、電子パッドがない。内側から開ける方法が見つからない!
助けを呼ぼうと持っていた端末に触れてみるも、この地下深くでは圏外になってしまっているらしい。折角極北から帰ってきたのに、これじゃあ、あそこに居たときとそう変わらないよ!
「うぅ、あ、あたしのせいだよね。ご、ごめん。あの時扉を閉めちゃったせいで……え、じ、自分が安易にここに連れてきて、か、鍵のことを知らなかったから?……う、ううんそんなこと……ありがとう」
ガチガチとお互い震えながら、そう会話をするものの。話した途端から、肺の奥に冷たい空気が侵入してくる!!うぅ、さ、寒い!!
このままじゃ……冷凍付けにされちゃうよ!
……?
「え?……な、なに、にじり寄ってきて……ま、待って。こんな時になんの冗談……あ、あたしそういう経験は……きゃ!」
ガバっと、突然私に覆いかぶさってくると!!
……コートの中に私を突っ込み、ギュッと抱きしめられた。
コートの内側は、外気に触れるよりもぬくぬくと温かくて……なんだか落ち着く匂いがした。
「ふぁ……うん。あ、ありがとう…………君、やっぱり優しいね」
薄暗闇と震える寒さの中、身を寄せ合って助けを待つ。
まだ整備の進んでいないこの地下区域には普段人が入らないらしく、誰かが通るような音は聞こえてこない。冒険者から……遭難者。
極北でも、こういう寒い夜があった。
深い闇と、吹雪の音、底冷えする冷たい風、底なしの孤独。
けど、今は……ギュっとくっつく力を強める。
温もりに包まれて、楽しい話し相手もいる…………あ!
「ね、眠いの?ね、寝ちゃダメっ!ここで寝たら死んじゃうよ!……え?そうでもない?……えへへ、このセリフ一回言ってみたかったんだー」
二人でくっついていると、すごく気持ちがいい。それに、冗談を言い合うくらいには、余裕もある。こういう時、絶望に飲まれちゃいけないってことを、この人もよくわかってるみたい。
でも、あたしを守るように包み込んでいるこの人は私よりも寒いはず……いつまでもこうして待っているわけにも……。
「……こんなことなら、フル装備で来れば……あぁ!」
パッと自分の内ポケットに触れる。
そういえばと、取り出したのはコントローラーと……小さなドローン。
「これ?これはね、地質調査用の小型ドローンだよ!人が入れないような細い道なんかに飛ばして、塵や雪、砂を採取するために作ったの。これさえあれば……いけーっ!」
キョロキョロとあたりを見回し、エアダクトを見つけたのでそこに向かってドローンを飛ばす。そして、十分奥まで入り込んだのを確認してから端末を起動すると、ドローンの主観カメラとこの半径20メートル内のマップが表示される。
「すごいでしょ?反響定位の応用だよ。簡単なメッセージも登録しておいたから、後は、誰かが見つけてくれれば……!」
流石!これなら助けが呼べる!
そう興奮気味に声を上げると、私を抱きしめる力がギュッ!と強くなった。
……顔も近くて、寒いはずなのにな、なんだか私、熱くなってきちゃった……。
ダクトの中でドローンを操作する。
中には蜘蛛の巣が張ってあったり、潰れていて通れない道もあって、それを避けながら、上の階を目指す。一基しかない頼みの綱のドローン。しかも、あまり耐久力も高くないから少しの操作ミスも許されない……。
「め、メイヤーちゃんたちがいるラボはあと少しだよ」
ドローンに付けられるメッセージなんてあまりに短すぎて普通の人が見ても気が付いてくれない可能性がある。けど、メイヤーちゃんたちなら、きっとこのドローンの意味に気付いてくれる!
「よ、よし、あと少し……!」
後、30mほどというところまで来たところで!
プツン、とモニターが消えてしまった。
「あ!ど、どうして!?さ、寒さのせいかな。それとも、カメラの射程外にはいっちゃった!?こんなこと今まで一度も……」
突然の事態に頭の中がいっぱいになる。
ここまで来て、そんな事って!画面がないと……!?
あ、あれ?
……ふわふわと、優しく頭を撫でられる。
落ち着いて、道なら自分が記憶している。
そう、後ろから頼もしい声が聞こえてきて、操作はまだできる?との質問に慌てて応える。
「う、うん!で、でも、この辺りから道が迷路みたいに入り組んでたし、上の方はまだ表示しきってなかったから……」
大丈夫。自分の言うように動かしてほしい。
「……うん。わかったよ。うん!あたしは操作に集中する!」
目を閉じて、ドローンの操作に移る、まずはそのまま3秒ほど上昇……。うん。
……言われた通りにコントローラーを動かすと、緊張していた呼吸を少し整える。
「次は……7秒前進?……オッケー」
……カメラも、マップも見れなくて不安しかないはずなのに、この声を聴くと、不思議と大丈夫だって、そう思える。しかし、それでも、繊細な操作にやってくる不安に、かじかむような寒さに手が震えて……?
「……一緒に脱出しよう?……うんっ!!」
私を覆うように、手が重なる。手ブレは、とっくに収まっている。
もう、お互いの手はそんなに暖かくないけど、けど、とっても温かい。
驚くほどの記憶力と推察力、そして指示の的確さだった。
「ここで、落とせばいいの?う、うん。了解!」
この人が言うには目的のダクトについたらしい。そっと、電源ボタンを押して、ドローンを墜落させる。あのドローンに換気扇を破壊する力はない。これで後は……メイヤーちゃんたちがドローンのメッセージに気付いてくれることを信じるしかなくなってしまった。
「……うぅ、どうしよっか。もしもこのままここに一生閉じ込められたりしたら……」
そしたら、ずっと……このまま?
温いコートの中から頭上を覗き見る。夢中で気が付かなかったけれど、こんなに近くで誰かにくっついたことって、今までなかったかも。それに、こうやって信じあえる人も。
「大丈夫か、顔が赤いって?……大丈夫だよ。でも、寒いから、もうちょっとだけ…………くっついてようね…………」
……もしも、一生このままでもあたしは……
「そ、そういえば、自己紹介がまだだったね!あたしはマゼラン!君は……「ドクター!大丈夫ですか!」え?」
がちゃんと扉が開き、そして差し込む待望の光!
あたしはドクターと目を合わせると、助かったー!って叫んでから力の限り抱きしめ合った!
「やっぱり君がドクターだったんだ!?ううん、そうだったら良いなって、だってね」
遠い地で、君の話をいっぱい聞いていたんだよ?
みんなみんなすっごく楽しそうで、
幸せそうで、
……羨ましくて
でも、今はこうして!
ドクターの首元にしがみつくと、自分でも驚くくらいとっびきりの笑顔が飛び出る。
「あたしは極北から君に会いに来たんだからっ!」