趣味に生きてる艦娘ですが、深海棲艦どもが最悪です   作:エラー娘

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秋雲さんの憂鬱

「きゃああああっ!!」

「吹雪!?」

 

 砲撃飛び交う海域に、少女の悲鳴が響く。艦娘、吹雪は被弾し大破相当の損傷を負っていた。

 

「吹雪ちゃん、下がって!」

「す、すみません、赤城さん……!」

 

 現在、主力艦隊が遠征中のこの鎮守府に突如として襲来した深海棲艦との戦いにおいて、吹雪はまだ実戦経験も乏しいまま補充要員として急遽この戦いに駆り出された艦娘だ。無理に前線に立とうとすれば轟沈は免れない。

 

「はあっ!」

 

 一航戦、赤城の砲撃によって深海棲艦、駆逐イ級が呆気なく沈む。彼女にとっては雑魚であっても、初陣同然の吹雪にとっては強敵に違いなかった。

 

「すみません、私が足手まといに……」

「仕方ないわ。貴女は着任したばかりなのだから」

 

 加賀が慰めるでもなく事実として言う。

 

「いいのよ。吹雪ちゃんは後方で私たちの戦いを見ていて。それはきっとあなたの力になる」

 

 そう赤城が吹雪に忠告している間にも、他の艦娘たちによって深海棲艦は次々沈められていく。しかし間もなく、吹雪にとっては絶望の化身にも見える巨大な深海棲艦が姿を現した。

 

「ひっ……」

「まさか、flagship級まで……!」

「ちっ、陣地に引きこもってりゃいいのに」

 

 五航戦姉妹、翔鶴が警戒心を上げ、瑞鶴が悪態を吐く。flagship級は、通常の深海棲艦とは火力も耐久力も比較にならない。彼女が愚痴るのも当然であった。

 

「雁首そろえて、いらっしゃいませ~、って感じ?」

「! この声は……」

 

 そんな中で戦場にはある種不似合いな声を響かせた主は、陽炎型最終19番艦。駆逐艦、秋雲である。

 

「秋雲さん!? 向こうの敵の迎撃を任されてたんじゃ……」

「ん~? あぁ、あっちの敵さんなら、この秋雲さんが全部沈めちゃったよ」

「えっ!?」

 

 吹雪の問いに対してあっけらかんと返された言葉はしかし、容易には信じがたいものであった。秋雲が迎撃に出た方面にはこちらの倍以上の深海棲艦がいたし、何よりこう言ってはなんだが秋雲はそこまで強者に見えない。しかし、彼女の事をよく知っているらしい瑞鶴はうんうんと頷いている。

 

「ま、確かに秋雲さんならあんな連中簡単に蹴散らせるわよね」

「そゆこと。とゆーわけで、こちらのお客さんも秋雲さんがぱぱっと沈めちゃいますか」

 

 まるで部屋の掃除でもしてくるかのように簡単に言い放って深海棲艦に向かっていく秋雲を見つめて吹雪は慌てた。

 

「ちょ、単艦で!? と、止めないと……!」

「いえ、大丈夫よ吹雪ちゃん。むしろ私たちも行くと秋雲さんの邪魔になるわ」

 

 赤城から返ってきた言葉に吹雪は一瞬思考を停止させた。直後、驚愕の思いのまま尋ねる。

 

「あ、秋雲さんってそんなに強いんですか!?」

「他の鎮守府の秋雲さんは知らないけど……うちの鎮守府なら、最強の艦娘は秋雲さんよ?」

「そうそう、秋雲さんを駆逐艦だと思わない方がいいわよ。基準がおかしくなるから」

 

 吹雪が赤城と瑞鶴とそんな会話をしているうちに、秋雲は既にflagship級の至近距離まで迫ろうとしていた。

 

「お客さんたちさー、ちょっといい? 秋雲さんはね……平和な時間を邪魔されるのって大っ嫌いなんだよね」

 

 そう言って秋雲が装備を展開し、flagship級の砲撃を避わしながら接近すると──

 

「──へ?」

 

 ──刹那であった。秋雲がflagship級とすれ違ったかと思えば砲撃音が響き、直後にflagship級が沈んでいた。正直、一瞬すぎて吹雪には何がなにやらさっぱりわからなかった。その光景を見た翔鶴が呆れ気味に呟く。

 

「あれで駆逐艦だっていうんだから反則ですよね……」

「ええ……。正直、秋雲さんを見ていると自分がどれだけ慢心していたかがわかるわ。空母なのに駆逐艦である彼女に並び立つ事もできないなんて」

「いや、あれは明らかに秋雲さんの技量がおかしいだけだから、そこで気に病む事はないんじゃないかなぁ。駆逐艦がどうとかそういうレベルじゃないでしょあれ」

「こればかりは五航戦の子たちに同意ね……」

 

 瑞鶴の言葉に吹雪は全力で同意した。あんなのを駆逐艦に求められても絶対に無理である。明らかに秋雲の実力は異次元の領域に達していた。

 

「お、なになに? 秋雲さんの武勇伝でも語ってた?」

「ええ。そんなところです」

「え、まじ?」

 

 息一つ切らした様子も無く戻ってきた秋雲は、冗談めかした台詞が肯定されて目を丸くしていた。どうやら自分の実力が規格外な自覚はあまりないらしい。吹雪はそんな彼女に尋ねてみたくなった。

 

「あの、秋雲さん」

「ん? 吹雪ちゃんか。何かな?」

「秋雲さんは……どうしてそんなに強いんですか?」

 

 その問いに、秋雲は暫しきょとんとした後、苦笑しながら言った。

 

「そうじゃないと、間に合わないからね」

 

 その言葉に吹雪は感動を覚えた。そうだ。戦場では数秒が自分や仲間の生死を決める。

 

(「間に合わせる」為に、この人はあんなにも強くなったんだ……!)

 

吹雪は秋雲を尊敬の眼差しで見つめた。

 

「あぁ、でも──」

 

 ふと、秋雲は俯きながら、小声で何かを呟く。それは恐らく、誰に聞かせるものでもなく、思わず溢してしまった一言。

 

(──え?)

 

「じゃ、秋雲さんは部屋に戻るよ。みんなもしっかり休んでね」

「はい」

 

 そう言って鎮守府に帰投する秋雲の後ろ姿を目を見開いて見つめる吹雪に、瑞鶴が首を傾げて尋ねる。

 

「吹雪、どうかしたの?」

「あ、いえ、さっき、秋雲さんが……」

 

 秋雲が小さく漏らした一言を吹雪はしっかりと聞いていた。

 

「秋雲さん、何か言ってたの?」

「は、はい。その……」

 

 吹雪にはその言葉が出る理由がわからなかった。彼女はこう言っていたのだ。

 

『こういう時、私はいつも間に合わない』

 

 それを伝えると、瑞鶴は困惑した。

 

「え? 間に合わないって、そんなことないよね?」

「そ、そうですよね。どうしてなんだろ……」

 

 吹雪らが困惑する中、「……なるほど」と呟いたのは赤城であった。

 

「赤城さんは秋雲さんがそう言った理由がわかったんですか?」

「ええ。たぶんだけど……それ、吹雪ちゃんのことじゃないかしら」

「え? わ、私ですか!?」

 

 吹雪は面食らった。どうして自分が秋雲にそう言わせることになったのかわからない。

 

「私は沈んでないですよ!? こうしてちゃんと……」

「でも、大破してるでしょう?」

「なるほど。それすらあの人には「間に合わなかった」ことになるわけですか」

 

 確かに吹雪は大破している。しかし、轟沈ならともかく大破など、艦娘にとってそう深刻なことではない。人間と異なり、後遺症などの心配もなく、入梁すればすべて元通りだ。

 

「だ、だって……艦娘は、沈みさえしなければ」

「ええ。すべて元通りになる。でも、あの人はそれすらも……仲間が傷付くことすらも許容できないのかもしれない」

「……なるほど。だから、あそこまでの強さを手に入れたのですか。仲間が傷付く前に終わらせるために」

「そ、そんな……」

 

 確かに、秋雲がいれば大抵の戦闘は誰も傷付かずに終わらせられるだろう。あれほど強いのだ。だが、秋雲はそれでいいのか。一人ですべてを背負って、背負ってしまえるほど強くなって……誰にも並び立てないほど高みへ行って。仲間を傷付けないために……自分が傷付いてはいないのだろうか。心で泣いていないのだろうか。

 

「赤城さん」

「なに?」

「私、強く、なりたいです。秋雲さんが安心できるくらいに」

「……そうね。私も、同じ気持ちよ」

 

 吹雪の想いに、赤城は強く頷いて応えるのだった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 一方、そんな話題の中心人物である秋雲は。

 

「ああ、また間に合わなかった……なんて無力……」

 

 自室で、自分の力の至らなさを嘆いていた。

 

「今回こそはと思ったのに……」

 

 どんよりと陰を背負いながら、間に合わなかった事を心底悔いていた。

 

「今回こそは無事に入稿できると思ってたのにぃ! この秋雲さんともあろう者がまた原稿落ちだよぉ~!!」

 

 そう、彼女は心底悔いていた。……まだネーム途中の原稿を手にして。

 

 そう、秋雲は別に仲間が傷付くのに耐えられない聖人でも、それを嫌ってすべてを一人で背負おうとする勇者でもない。

 彼女はただ、原稿を落とすというヤバい自体を避けたいだけの、しがない同人作家なのである。

 

「うう……今回は余裕をもって執筆したから行けると思ったのに……急に連日深海棲艦の襲撃が起きるなんて……」

 

 同人作家であるがしかし艦娘でもある彼女は、本業は当然深海棲艦との戦いである。入稿がヤバかろうが、提督に命令されたら出撃せざるを得ない。

 

「パパっと終わらせるために秋雲さんはすっごく努力して強くなったのに! 提督もなんで毎回秋雲さんを出撃メンバーに入れるのよぉ~!」

 

 そう、秋雲のあの異常な強さは要するに原稿を落としたくない同人作家の必死の努力の賜物であった。

 ……結果、彼女は既に駆逐艦どころか艦娘としての強さが逸脱しており、鎮守府の最大戦力と化している彼女に出撃の機会が増えるのは至極当然の流れであるのだが、残念ながら彼女はまだそこまで考えが回っていなかった。

 

「あぁ……どうして戦いは続くんだろう……いつになったら安らぎの日々を取り戻せるんだろうね……」

 

 そんな呟きを溢しながら、秋雲は自分の原稿机に力無く突っ伏すのであった。

 ……その呟きが、まさか偶然部屋の前を通りかかった仲間たちに聞こえていた事など、秋雲は知る由もなかった。

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