二つの世界を結ぶ魔法陣
魔法界とナシマホウ界、互いに寄りそうように存在していたこの二つの世界は、終わりなき混沌デウスマストと魔法つかいプリキュアとの戦いの影響により、魔法界はナシマホウ界から弾かれ互いの世界の距離は広がりつつあった。
もはやどのような魔法の力でも魔法界からナシマホウ界にたどり着くことが不可能になろうとしていたこの時、魔法界とナシマホウ界の外側で惑星を覆うほどに巨大な魔法陣が現れ共鳴した。
ナシマホウ界に現れたのは二重円の中に黒の六芒星が描かれた魔法陣、中心には赤の三日月、円と六芒星の間の隙間に赤い六つの星が輝く。そして、外円と内円の間には魔法の呪文が刻まれていた。
一方、魔法界の外に現れた若草色に輝く魔法陣は、内側の小さい円の中にFに似た形の魔法の文字があり、そこから芽吹くように双葉が描かれている。内側の小さな円と外側の大きな円の間には、ハート型と花が順番に描かれていた。
二つの魔法陣は会話でもするように音楽を奏でるような美しい共鳴音をしばらく発していた。そして、それぞれ違う世界の外に現れた巨大な魔法陣から、同時に植物の蔓を思わせるような波動が吹きだした。黒と緑の波動はどこまでもどこまでも伸びていく。まるで、引き離されそうになっていた恋人同士が必死に手を伸ばして求め合うかのように、緑と黒、二つの異なる波動が離れ離れになろうとしていた世界へと蔓を伸ばして、魔法界とナシマホウ界の中間点である漆黒の宇宙空間で絡み合い、しっかりと結びついた。その瞬間に、二つの世界が震えた。
魔法学校の校長室で、長い銀髪の男が机の前で腕を組んで考え込んでいた。そのいでたちは変わっていて、白の長袖のチュニックの上に肩から足首の辺りまで覆う襟の立った青いローブを着込み、緑色のショートマントを肩で巻いている。その傍らには魔法の水晶玉が置いてあった。男の見た目は若いが、それは愛飲している激苦い魔法の薬膳茶のおかげで若さを保っているのであり、実際は相当な老齢である。
彼は感慨深そうに眼を閉じていった。
「あれからもう一月になるか、時が経つのは早いものだ」
その時、魔法界に振動が走る。校長が目を開くと深い知性の輝きを宿すグリーンの瞳が現れる。
「うん、地震? 大した揺れではないが、これはただの地震ではなさそうだ……」
「校長、新たなお告げが」
彼の手元にあった魔法の水晶から女の声が語りかけた。水晶の中には黒い魔女のシルエットが浮き出ていた。
「なに、お告げじゃと?」
校長は眉をひそめて言った。よほどの事でない限り、水晶からのお告げはないのだ。最大の脅威が魔法つかいプリキュアによって消滅した今、水晶からのお告げがあるのは晴天の
校長は彼女が困惑しているのを感じ取る。
「キャシー、どうした?」
「それが、いっていいものなのか……」
キャシーと呼ばれた水晶が
「かまわん、教えてくれ」
「では……二つの世界の片割れに闇あふれ滅びの時迫る。その時、光と闇、二つの伝説が交錯するとありますわ」
「なんじゃと!?」
それから校長は怖いくらいに真剣な眼差しになって考えていた。
「二つの世界の片割れとはナシマホウ界のことか。そこに滅びが迫っていると言うのか? それに、伝説とはプリキュアことであろう。光と闇の伝説とは一体……」
校長は自身が持ちうる知識を総動員して、予言の意味を吟味していた。
一方で、魔法界中で地震が起こったその直後、魔法界に住む多くの人々、そして動物も空を見上げていた。魔法学校の噴水のある中庭でも、明るい赤紫色のとんがり帽子を被った魔法学校の制服姿の一人の少女が空を見ていた。
彼女は少しばかり視界の妨げになっている帽子を取った。すると、一部を後ろでテールにしている菫色の長髪があらわになる。少女のきらめく赤紫の瞳には、空の青いキャンバスに光り輝く緑の線で刻まれた巨大な花が映っていた。
魔法界で空を見ていた誰もがこの謎の文様に困惑したが、この少女だけはそれが友達の花海ことはを象徴する魔法陣の一部だとわかった。
「あれは、はーちゃん!? きっと、何かを伝えているんだわ」
少女は走り出した。
「校長先生!」
何もない目の前の空間に突然姿を現した少女に、考え事をしていた校長は少々驚いた。
「リコ君、そんなに血相を変えてどうしたんだね?」
「校長先生、空を見てください!」
キャシーのお告げについて考えを集中させていた校長は、外の様子にはまだ気づいていなかった。彼が机の後ろの窓に近づいて空を見上げると、そこに描かれた文様を目の当たりにして目を見張った。
「なんと!? あれは魔法陣の一部のように見えるが、一体何が……?」
「きっと、はーちゃんです」
「ことは君が? ううむ、お告げと関連しているのか?」
「お告げって? なにかあったんですか?」
心配そうに見つめるリコに、校長は一呼吸おいてから言った。
「緊急事態だ、ナシマホウ界に危機が迫っておる。何とかして向こうに行く手立てを考えなければならぬ。君にはもう一度ナシマホウ界に行ってもらうことになるだろう」
「行けるんですか、ナシマホウ界に……?」
以前のように気軽にナシマホウ界に行ける状態でないことは、リコもよく知っていた。それだけに、ナシマホウ界にいる親友のみらいの事を思うと、胸が張り裂けそうになるくらいに心配になった。
「分からぬ。しかし、あの魔法陣をことは君が出現させたとすれば、何かあるのではないか。まずはあれから調査してみよう」
それから校長は緊急に可能な限りの数の優秀な魔法つかいを集めて、それらを魔法陣の中心へと向かわせた。魔法陣の調査は数日間続いた。
津成木町にある芝生公園の並木に満開の桜が咲き誇り、春風に花びらが吹雪く。公園の中央には噴水広場があり、周囲には鬼ごっこをする子供たちの楽しそうな声、母娘で手をつないで紡ぐ愛情があふれる声、ベンチに座って寄りそい愛を育む恋人同士の声、そんな人々の幸せが集まるこの公園の中をねり歩く少女がいた。
彼女の名は朝日奈みらい、この春に中学三年生になったばかりの女の子である。
髪はブロンドのボブカットで左右の髪の一部で作った三つ編みを頭の後ろにまわし、両方の三つ編みを頭の右上の方で束ねて赤いリボンで結んでお団子にしている。
みらいのラベンダー色の大きな瞳が陽光の下で輝く。服は濃いピンクの網目ストライプが入ったパフスリーブの袖のある薄ピンク色のブラウス、その襟には赤い紐タイが付いている。そして背中に小さなリボンの付いた水色のキュロットパンツ、白いハイソックスに赤いリボンの飾りが付いたピンクのシューズをはき、肩には過去に友人からもらった薄紫の肩紐のある巾着バッグをかけて、その中からくまのぬいぐるみが顔を出していた。
並みの感覚を持った人間ならば、その可愛らしい少女の姿に目を引かれるだろう。
「ないなぁ」
みらいは何かを探して公園中を歩いていた。そのうちに、桜の木の枝で怪しく輝く黒いものを見つける。
「あった!」
少し高いところにあったそれを、みらいは腕をいっぱいに伸ばしつま先立ちしてやっとの思いで手に取った。そしてみらいは、その上下が尖ったいびつな多面体の黒い結晶を太陽の光にかざして見つめた。怪しい光を放つ漆黒を見つめていると、吸い込まれるような感覚と共に不安感が押し寄せてくる。
みらいが黒い結晶を最初に見つけたのは、始業式が終わった後の帰り道だった。道端に落ちていた黒い結晶を初めて見た時、言いようのない恐怖に襲われた。そして、これは危険なものだと直感的にわかった。
それにもう一つ奇妙なのが、みらい以外の人間には黒い結晶が見えないようなのだ。家の居間で黒い結晶をまじまじと眺めていた時、母親から妙な顔で何をしているのかと聞かれた。説明すればするほど、母の表情は怪訝になっていった。それで、みらい以外の人間に黒い結晶が見えていない事が分かった。
そしてもう一つ、最近分かった事が、人間以外の動物は黒い結晶を認識しているという事だ。みらいは昨日、子犬が黒い結晶をくわえているところを見かけた。その時に危険だと思い子犬を可愛がって結晶を譲ってもらっていた。
「モフルンはこれ何だと思う? 魔法と関係あるのかな?」
みらいはくまのぬいぐるみに話しかけるが返事があるはずもない。それでもみらいは以前モフルンが自由に動きおしゃべりしていた時と同じように今もお話をしている。例え動かなくてもモフルンには心があり、いつでもみらいの言葉を聞き、みらいと同じ景色を見ている事を知っているからだ。
みらいはバッグのサイドポケットに黒い結晶を入れた。もう十数個の結晶を集めていた。みらいはこの黒い結晶を集めなければならないと素直に思っていた。特に理由はないが、そうしなければ何か恐ろしいことが起こるような、そんな気がしていた。
公園に夕日が落ちる頃に、みらいが次の結晶を探そうと歩き出した時に地面が揺れた。
「うん? 地震だ……」
大した揺れではなかったが、みらいが家に帰った時にニュースで世界中で騒ぎになっている事を知った。その地震は世界中で同時に起きていたのだ。つまり、一瞬だけナシマホウ界全体が揺れたのである。テレビの中で様々な専門家が、世界中で噴火が起こる前兆だとか、まだ人類が認識していない世界を横断する断層があるだとか言っていたが、みらいはきっと魔法の力だと思った。