曇り空が広がる薄暗い津成木町の上空に漆黒のドレス姿の女性が立っていた。そのドレスは肩がパフスリーブになっている袖がフレアの長袖、腰に漆黒の帯を巻いて背中で蝶結びにし、スカートは地上に立てば裾が地面に付くほどに長い。その足元にはナシマホウ界の外を覆っている魔法陣と同じ形のものが広がっている。
彼女は両目を閉じて穏やかな笑顔を浮かべていた。紫銀の髪は腰まで届くほど長く、頭を青い花の冠で飾って右手には金の錫杖を持ち、その先端には開花し始めたチューリップの形の赤い宝石が
「魔法界の歴史から消え去り、
彼女は左手を傾けて黒いダイヤモンドを宙に放った。その輝石は不思議な輝きを放ちながら街に向かって落ちていった。
小百合とラナはヨクバールの追跡から逃れようと必死でだった。ラナの箒のスピードが早いので、ヨクバールとの距離が開いていく。
「これなら逃げきれそうね」
小百合が後ろを見ながら言うと、ヨクバールの竜頭の口が開いて青い火の玉を吐き出す。
「危ない、右によけて!」
ラナに後ろの様子は分からなかったが、小百合の言う通りに体を右に傾ける。すると、火の玉が近くをかすめるように通り過ぎた。
「うわあ、なんか撃ってきた!?」
「あんなの当たったらひとたまりもないわ!」
ヨクバールが再び口を開けて火の玉を吐き出す。
「次は左!」
小百合が叫び、ラナは言われた通りに箒を操作する。そして後ろからきた火の玉が通り過ぎたと思った次の瞬間、近くでそれが爆発した。少女たちは爆風を受けて箒から投げ出されて悲鳴をあげる。その時に小百合のポシェットからリリンが飛び出してしまった。
「リリン!?」
小百合が叫び、空中で穏やかな笑顔を浮かべているリリンに向かって小百合とラナが同時に手を伸ばす。そして、小百合はブレスレットのある右手でリリンの左手を掴み、ラナはブレスレットのある左手でリリンの右手を掴んだ。その瞬間に、少女たちの間に黒い輝石が落ちてきて光を放つ。
その輝きを受けた小百合とラナは不思議な力で落ちずに宙に浮いた。黒い輝石は小百合とラナとリリンの間で光を放ち続ける。やがてその光が二つの道となって、それが小百合とラナのブレスレットの中心に繋がる。光は二つのブレスレットに吸い込まれていく。そして、二人の前から光と輝石が消えてなくなった時、二人のブレスレットの中央に黒いダイヤが輝いていた。
「あれれ? これ、リンクルストーン?」
ラナが不思議そうな顔をしていると、今度はブレスレットのダイヤが輝いてリリンを照らす。すると、リリンの胸元の青いリボンの真ん中に丸いブローチが現れた。円の中に二つの三角形が重なる
「魔法の呪文を唱えるデビ」
とリリンは言った。小百合は突然声を発したリリンに自分が空中にいる事を忘れるほど驚いた。
「リリンがしゃべった!?」
「早く呪文を唱えないと落ちちゃうデビ」
リリンがそう言った途端に、小百合とラナは浮力を失って急激に落下し始めた。リリンは黒い翼を開いて二人を追う。
「きゃーっ!」
「あはは、落ちてるよ~」
「笑い事じゃないわ! 魔法の呪文って何よ!」
「キュアップ・ラパパの魔法の呪文だよ!」
「こうなったらやるしかないわ! いくわよラナ!」
「うん!」
空中で小百合が伸ばした左手にラナが右手を合わせて強く握ると再び浮力が戻る。その瞬間、二人が重ねた手に黒い魔女のとんがり帽子の後ろに赤い三日月が重なるエンブレムが現れ、二人の体は七色の輝きが混じる黒い衣に包まれた。そして、つないだ手を後ろに二人で同時にブレスレットのある手を高く上げ、魔法の呪文を唱える。
『キュアップ・ラパパ!』
二人のブレスレットのダイヤから同時に光があふれ出て、光は全てリリンの青いリボンの中央にある魔法陣に吸い込まれ黒い輝石となる。二人は黒いダイヤが光るブレスレットの手をリリンに向かって開放した。リリンが飛んできて小百合とラナと手を繋げば希望を表す輪となった。リリンの体に黒いハートが現れると三人は穏やかな闇にのまれ、次の瞬間に星々が瞬く宇宙空間へと放たれた。
『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』
三人で体と腕をいっぱいに広げて花開くような輪を描き回転しながらどこまでも落ちていく。三人の姿が宇宙の闇の底に消えると、月と星のヘキサグラムが現れて光を放った。
優しい闇に包まれて少女たちの姿が変わっていく。
小百合の黒髪はさらに長くなり、前髪の一部が三日月型に伸びる。服は胸の辺りに黒い羽毛の房飾りの付いた二の腕にリング袖のあるオフショルダーの黒いドレス、背中に赤い裏地の黒いマントが広がり、右足の
ラナのレモンブロンドのポニーテールは長く大きくなり、合わせて耳から頬にかかる横髪も伸びて先端がカールになる。黄色いフリルの付いたパフスリーブの黒いドレスに身を包み、裾が黄色い二重フリルになっている黒いミニスカート、背中には黄色い大きなリボンが現れる。足を揃えてかかとを打てば上部に黄色いリボンが付いた黒いブーツ、ポニーテールにピンクのリボン、頭の左上には赤い星のマークと
最後に二人で手を重ねれば、小百合の手には黒い手袋が、ラナの手には黄色いフリルの付いた黒いフィンガーレスのロンググローブが現れる。二人の頭上で月と星の六芒星が光を放ち、宵の魔法つかいへと姿を変えた少女たちは黒い魔法陣の上にリリンと一緒に召喚された。
真ん中のリリンが前に向かって飛んでいくと、魔法陣の左側にいた小百合は右に、魔法陣の右側にいたラナは左に向かって同時に飛んでクロスを描いた。変身した小百合は右、ラナは左に着地して二人は寄りそうように並んだ。
小百合は優美な動作で下から右手のひらで顔をなでるようにして腕を上げ、そこから空を切るような鋭さで右手を横に振る。
「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」
ラナは開いた左手を頭の上にかざし、右手を前に出してウィンクする。
「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」
ダークネスとウィッチが後ろで左手と右手を繋ぎ、体をぴたりと合わせ、もう一方の手も合わせて目を閉じれば無垢な少女の色香が漂う。二人は離れると後ろの手を放し、その手を前に突き出し同時に言った。
『魔法つかいプリキュア!』
二人はまだ宙にいて落ち続けている。ウィッチがスカートを押さえながら指を鳴らした。
「箒よ戻ってきて!」
どこかに吹っ飛んでいた箒が高速で戻ってくる。ダークネスとウィッチは箒の上に着地して立ち上がった。
「うわあ、ファンタジックだよ! プリキュアになっちゃったよわたしたち!」
ウィッチは嬉しさのあまり箒の上で飛び跳ねる。ダークネスはすっかり変わった自分の姿に戸惑っていた。
「何なのよこの格好は、ちゃんと元に戻れるんでしょうね」
「なんでそんなこと気にしちゃうかな~。プリキュアだよ! 伝説の魔法つかいになったんだよ! もっと喜ぼうよ!」
「喜んでる暇なんてないわ、あいつを何とかしないと」
「ヨクバァーーールッ!」
犬の化け物が巨大な翼で羽ばたいて突っ込んでくる。
「うわぁ、こっち来る!」
両手を振って慌てるウィッチ、一方冷静なダークネスは自分の両手を見つめて内からあふれ出る絶対的な力の胎動を感じていた。目の前の化け物が怖くないどころか、負ける気がしなかった。
ダークネスは箒を軸にして前に跳び、ヨクバールに突っ込んでいく。
「たあーっ!」
ダークネスの膝蹴りが骸骨の眉間に炸裂する。
「ヨクッ!?」
ヨクバールがひるんだところへ、さらに蹴りを叩き込むダークネスの二段攻撃、ヨクバールは後方へと弾き飛ばされる。ダークネスは蹴った時の反動を利用して後ろに跳び、箒の上に戻っていた。
「うわ、ダークネスかっこいい!」
横で拍手するウィッチを目を細めて横に見たダークネスは呆れたように言う。
「あんたも手伝ってちょうだい」
「うん、頑張るよ~」
「プリキュアの力は計り知れないわ。どんなことだって出来る、そのぐらいの強い思いで向かって行きなさい」
吹っ飛ばされていたヨクバールが再びこちらに向かってくる。
「ウィッチは上、わたしは前から行くわ、気合入れなさい!」
「了解!」
「ヨクバアールッ!」
ヨクバールが再び青い火の玉を吐き出す。二人は箒を蹴って火の玉を避け、同時にウィッチが上に跳び、ダークネスは前方へと突貫する。
「はあぁーっ!」
ダークネスの飛び蹴りがヨクバールの顔面にめり込む。それで動きが止まった絶好のタイミングでウィッチが上から仕掛けた。
「行くよ~、ウィッチニードロップ!」
ウィッチはヨクバールの背中に膝落としを食らわせた後、続けて両足で背中を踏みつける二段攻撃、ヨクバールは礫のような勢いで墜落し地上に激突した。
「ヨクバールッ!?」
林の中から土煙が舞い上がり、ヨクバールは地面にめり込み、ダークネスとウィッチは箒の上に戻った。
「今デビ、ダイヤの力を使うデビ」
リリンが二人の近くまで飛んできて言った。二人は向かい合って頷き、箒から跳んで地上に降り立つ。
「何だかいける気がする!」
「やるわよ!」
二人が跳躍し、空中でダークネスの左手とウィッチの右手が繋がる。プリキュアになってから初めて使う魔法だが、二人は不思議とどのようにしたら良いのか分かり、朝起きたらパジャマから制服に着替えるように、無意識のうちに体が動いた。プリキュアとしての本能とリンクルストーンに込められた力が二人を突き動かす。
『生命の母なる闇よ、わたしたちの手に!』
ダークネスとウィッチが着地すると、その周囲に闇色の波動が広がった。ダークネスが右手を上げるとブレスレットのブラックダイヤが輝き、ウィッチが左手を上げれば同じくダイヤが輝く。勢いよく飛んできたリリンは空中でクルリと前転して二人のプリキュアの間に降りてくる。ダークネスとウィッチが黒いダイヤの輝く手を前に出せば、目前に赤い月と星が輝く闇色の六芒星魔法陣が現れ、同時にリリンの胸のブラックダイヤから強烈な光が放たれた。そして、リリンがプリキュア達と同じように右手を前に出すと、六芒星に巨大な黒いダイヤの姿が重なった。繋がる二人の手に力が込められ、より固く結ばれる。
『プリキュア! ブラック・ファイアストリーム!』
ダークネスとウィッチの力ある声と共に、魔法陣から闇の中に虹のような七色の光を含んだ波動が噴き出し、それが前方にいたヨクバールを一気に飲み込んだ。すると、とんでもない事が起こった。
「わたしたちの魔法決まったね!」
「ちょっと待って、何だか様子が変よ」
喜ぶウィッチをダークネスが制する。ヨクバールの体が少しずつ変化していた。
「あれれ、何だか大きくなってるような……」
「確実に大きくなってるわ」
ダークネスが右手を降ろして魔法を止めた。ヨクバールが狂暴なうなり声をあげて赤い目で二人を睨む。ダークネスもウィッチもすごく嫌な予感がした。その時に二人の後ろで翼を動かして飛んでいるリリンが言った。
「ブラックダイヤは強い闇の力が込められたリンクルストーンデビ、だから闇の魔法から生まれたヨクバールをパワーアップさせてしまったようデビ、これは誤算だったデビ」
とリリンは平然と言い放った。するとウィッチが大いに取り乱す。
「ええええぇっ!? どういうことなの!? ダイヤの力をつかえっていったのリリンだよ!?」
「ごめんデビ、こんな事になるとは夢にも思わなかったデビ。とにかく頑張ってヨクバールを倒すデビ、リリンは応援するデビ」
「あんた何しに来たのよ……」
ダークネスがリリンに突っ込んでいる時に、ヨクバールが動いた。強靭な四肢で走り、爪を大地に突き立てて周囲の木々をなぎ倒しながら突進してくる。予想外の素早さに二人は驚き、リリンはその場からさっさと逃げ出した。二人はヨクバールの突進をまともに食らって吹っ飛んだ。
『キャアァーーーッ!』