久しぶりの登校
「フレイア様……」
魔法界の夜空に浮かぶ月を見ると小百合は思い出さずにはいられない。小百合は家の外壁によりかかって月を見上げていた。
みらいやリコと分かり合うことができた半面、フレイアの元を離れることになってしまった。後悔はしていないが今すぐにフレイアの元に行って謝りたい気分だった。しかし、それも叶わぬ願いだ。バッティからもらっていたセスルームニルに移動するためのタリスマンは、いつの間にか消えてなくなってしまった。
小百合は月を見るのを止めて立ち上がった。みらいやリコと共に行くと決めた。迷いがないと言えば嘘になるが、小百合は今の自分が正しい道を歩いていると実感できるのであった。
小百合とラナは久しぶりに魔法学校に登校した。まだ時間が早いので教室にいるクラスメイトの数は少なかった。小百合はあまり目立ちたくないので早めに来たのだが、それはラナがいるの意味がなかった。
まもなくリコとモフルンを抱いているみらいが登場すると、ラナはなぜか机の上に座っていたリリンを持ち出すと、それを頭の上にあげて大声をあげる。
「みらい~っ! リ~コ~っ! きたよ~っ!」
「おはようデビ」
リリンもノリノリになって両手を振ると小百合たちは強烈に目立ってしまった。小百合は穴があったら入りたいような気持になってくる。
「おはよう!」
「おはようモフ!」
みらいとモフルンもラナに負けないくらい元気にあいさつした。小百合は立ち上がってみらいとリコを見つめる。
「みらい、リコ、おはよう」
「二人とも、おはよう」
リコが返すと小百合は帰ってくることができたと思う。そして自分は魔法学校で友人たちと共に在りたかったのだと実感した。
「わ~、みらい、久しぶりだね~。会いたかったよ~」
「わたしもラナに会いたかったよ!」
二人が感動の内に抱き合うと、小百合がそれを冷めた目で見下ろす。
「あんたたち、昨日も会ってるでしょ」
そんなことを言った小百合は、みらいとラナに非難めいた目で見られてしまった。
「ほら、学校で会うのは久しぶりだから、また違った感動がね」
「そうだよ~。小百合って感動が分からない人なんだね~」
「うるさいわね……」
ラナに可愛そうな目で見られてイラっとしてしまう小百合だった。さらに見ていたリコが軽く吹き出して小百合がそれをにらむ。リコは目をそらしてごまかした。そこに教室に入ってきた女生徒たちが声をかけきた。
「おお? おまえたち久しぶりだな」
「ずっといないから心配してたんだよ」
ジュンとエミリーだった。二人の後から入ってきたケイも小百合とラナの姿を見つけて笑顔になった。
「二人とも今までなにやってたの?」
「ちょっと事情があってね」
小百合が言うとラナが同意するように頷く。それから小百合は3人の前に出ていって手を差し伸べた。
「改めて、よろしくね」
ジュンが微笑を浮かべてその手を取って握手をする。
「ああ、よろしくな。っていっても、あと二日で夏休みだけどな」
「……え?」ジュンの一言に小百合は衝撃を受けた。
長い間、学校に来ていなかった小百合は月日の感覚が抜け落ちていたのであった。毎日、闇の結晶集めやら戦いやらで必死だったので、今日が何日なんて気にしている余裕がなかった。よもやあと二日で夏休みとは考えもしなかった。
ラナは大喜びして抱っこしていたリリンをまた万歳するように頭の上にあげる。
「やったね小百合! 学校にきたらもう夏休みなんてラッキーだね~」
「止めて、そういうこと言わないで、恥ずかしいから……」
ほとんど魔法学校に来なかった挙句に夏休みの二日前に登校など、小百合にとっては自分のダメさ加減を突き付けられる嫌な現実でしかない。
「小百合の狙い通りデビ」
「わたしはそんなの狙ってないからね!?」
リリンに陥れられた小百合が慌てて周囲に訴えると、みらいとリコはリリンの口の悪さと小百合の慌てようを見て笑っていた。
今日は夏休みも間近とあって、気が緩んで授業に集中していない生徒が多い。リズ先生はそんな生徒たちのことを考えて、授業は進めずにゲーム感覚に楽しんで頭を使える問題を出したり魔法の薬に関する面白い話などして生徒たちを楽しませていた。いつも眠くなるラナまでも真剣にリズの話を聞いていた。
「時間が経つのは早いわね。じゃあ残りの時間でこの問題がわかる人はいるかしら? すごく難しい問題だけれど、遊び感覚で気を楽にして考えてみてね」
リズはさっきまで話していた魔法の薬に関する問題を出した。それは、【エリクシル剤の材料とその作成法】
みんな難しい顔になって考え出した。ラナに至っては眠り始める。考えてどうにかなる問題ではない。リズは残りの時間を消費するための遊びくらいの感覚で異常な難易度の問題を出していた。
「はい!」いつものようにリコが手を上げる。そしてもう一人無言で手を挙げた少女がいた。
「驚いたわ、二人もわかる人がいるなんて」
二人と聞いてリコ以外の誰がいるのかと生徒たちの視線が泳ぐ。そしてみんなの驚く視線が小百合に集まった。
「じゃあリコさんは材料を、小百合さんは作成法を答えてください」
リコが咳ばらいをしてから人差し指を立てて答え始める。
「小瓶のエリクシル剤に対して
「その通りです」
リズの肯定で生徒たちから尊敬の念を込めた声が上がる。
「では、次は小百合さん」
「はい。材料によって煮出す時間が違います。竜燐の粉末と生魂石の粉末を合わせたものを弱火で煮詰めて水を足しながら一日ほど、ナガイキ茸と不老人参は適量の清水で半日ほど、エリル草とファインフローラは適量の清水で二時間ほど煮出します。そして煮出した三種類の液体を合わせて火にかけて小瓶一つ分になるまで凝縮し、妖精のはちみつとエリスグリの実のエキスを加えます。最後に魔法の森にあるという生命の花の輝きを三日三晩あてれば完成です」
「お見事、正解です。二人に拍手」
リズが拍手するとその後から生徒たちの拍手が起こり、同時に二人をたたえる声も上がった。
「リコも小百合もすごいよ!」
「や、やるわね……」
二人を称えるみらいの隣でリコが言った。彼女が見ている小百合は特に何の感情も現さずに目を閉じて静かに座っていた。
お昼休みになると学校の食堂で長いテーブルに集まった少女たちは食後にたあいのない会話で盛り上げある。ジュンが開口一番で言った。
「リコと小百合は何であんな難しい問題がわかるんだ?」
「あれは高等課程から入ってくる錬金術の問題よ。予習をしていなければ解くことはできないわ」
リコが得意になって言うとジュンが納得していないような雰囲気だった。
「まあ、リコが分かるってのは頷けるんだけど、ずっと学校にきていなかった小百合まで分かるっていうのがな」
すると小百合がいかにもつまらなそうに話し始めて、ジュンに少し嫌な思いを抱かせる。
「答えは言うまでもないでしょう。わたしもリコと同じように予習していたからよ」
「じゃあ、学校に来ていない間も勉強してたのか?」
「もちろんよ。いつでも学校に戻れるように体制は常に整えていたわ」
「まじか……」
ジュンは勉強熱心すぎる小百合に尊敬を通り越して苦笑いしてしまった。
「小百合ってば、ずっと勉強ばっかりしてて、ちっとも遊んでくれないの。ここまでいくと病気だよ」
「かもな」ジュンがラナに同意して頷く。
「失礼ね! 勉強しなすぎのラナに言われたくないわよ!」
「せっかくそんなに勉強していたのに、期末テストが受けられなかったのは残念だね」
ケイがそんなことを言うと、小百合が目を閉じて大きなため息をつく。
「ほんと残念だわ。一番になる自信があったのに」
「それはどうかしら。あなたに一番を譲る気はないわ」
リコがすかさず反応すると、小百合がにやけて絶対的優位者の威厳を醸す。
「テストではそうかもね。でも、実技はどうかしらね。ああ、あなたの悔しがる姿が見られなくて本当に残念だわ」
「うぐっ、次の試験では実技も一番になるし! あなたになんて負けないし!」
いきなりリコと小百合がやりあって、みんなびっくりしてしまった。
「えっと、この二人って仲悪かったの?」
エミリーに言われて、みらいは困ってしまう。
「そういう訳じゃないんだけど、勉強のことになるとちょっとね……」
まだリコと小百合の言い合いは続いている。
「あらそう、次の試験が楽しみね。せいぜい……」
小百合は言いかけて急に悲し気にうつむいた。
「よく考えたら、そんなに長く魔法界にはいられないわね。残念だわ……」
「そうよね、小百合にはナシマホウ界での生活があるんだもの。本当に残念ね……」
二人とも寂しそうだった。みらいは知っている、二人が互いに尊敬しあうライバル同士だということを。
少し重くなってしまった空気をみらいの一言が変えてくれた。
「ねえねえ、夏休みにリコの家でリコが一番になったお祝いをするんだけど、小百合とラナも一緒に行こうよ!」
「お祝い! いきた~い!」
ラナが大喜びしている横で、小百合は目を脇の方に泳がせていた。
「リコが一番になったお祝いねぇ。コンセプトがあれだけど行ってあげてもいいわ」
「何よその言い方! 別に来たくなければ来なくていいから!」
「あらそう! だったら」
「うわぁ~っ!! お祝いいきま~す!」
ラナがリコと小百合の間に飛び込んでテーブルの上に転がった。その奇想天外な行動に二人は絶句する。ラナがテーブルの上で横向きになって小百合の方を見ると、その目の前にリリンを突き付ける。
「リリンもお祝い行きたいデビ」
「モフルンもお祝い楽しみモフ」
止めとばかりに、みらいに抱かれているモフルンまで言った。
「ナイスフォローだよ、ラナ!」
みらいが感動的に言うと、
「そうかぁ?」
ジュンが呆れ顔で返すのだった。