予定ではもっと後にするつもりだったのですが、私自身がはーちゃんの存在がないことに耐えられず、ここで登場させることにしました。
夏休みの初日、小百合たちは魔法学校でリコ達と待ち合わせて、そこからリコに実家に向かう予定になっていた。
早めに起きた小百合が魔法学校の制服姿で色々と準備をしているとエリーが訊ねてくる。彼女はいつも束ねている髪をおろし、ホットピンクのとんがり帽子に青リンゴの飾りをつけ、コバルトブルーの長袖ロングスカートのドレスに腰には若草色の帯リボンを巻いていた。薄ピンクのショートマントの結び目は赤いリンゴのブローチで止めてある。小百合はリンゴ農家の娘として質素な衣服で働くエリーしか見たことがなかったので一瞬誰だか分らなかった。
「小百合ちゃん、わたしは先にリズの家にいって準備しておくから」
「あ、はい! そんな姿のエリーさん見たことないから少し驚きました」
「農園の作業着で行くわけにはいかないでしょう」
「とてもきれいです」
「ありがとう。じゃあ、先に行くからね」
「はい、よろしくお願いします」
「あ、そうだわ。さっきラナちゃんとリリンちゃんが走っていくのを見かけたわよ」
「準備が終わったら連れ戻します……」
小百合は準備も手伝わずに遊んでいるラナの首根っこを今すぐに捕まえたい気分だった。
それからエリーは軽く手を振ってから自分の家の方に歩いていく。リズの希望でエリーもお茶会に誘われていたのだった。
「は~、おいしそー」
ふわりとした桃色の髪を肩の辺りまで垂らしている女の子が、低いところに実っている赤いリンゴを指でつついていた。可愛らしい感じの髪は少し癖があって先の方が丸まっている。見た目は中学生くらいで、優し気なグリーンの瞳に普通の人間にはない神秘性を宿す。そして魔法学校の制服姿で黒いハイソックスの上の方にエメラルドグリーンの帯リボンが付いていて、その結び目が蝶の形になっていた。
「ラナ、こっちデビ!」
「リリンはやいよ~」
ラナがリリンの後を追う形でリンゴを見つめている少女に走って近づいてくる。
「フレイア様~っ!」
桃色の髪の少女が振り向くと、両手を上げて走ってきたラナが今にも抱きつかんとする態勢のまま止まった。
「あれぇ? ちが~う……」
ラナはすぐ隣を飛んでいるリリンに向かって口を尖らせた。
「フレイア様じゃないじゃん! ぜんぜん知らない子だよ~」
「本当にフレイア様じゃないデビ。それにしてもそっくりデビ」
「全然にてないよぉ……」
「似てるのは見た目じゃないんデビ」
「は~っ! 空飛ぶぬいぐるみっ!」
リリンとラナの言い合いが桃色の髪の少女の元気な声によって中断された。少女は飛んでいるリリンを捕まえて胸にぎゅっと抱きしめる。
「モフルンと同じだね!」
「デビ?」
「モフルンをしってるの~?」
「知ってるよ! わたしの大切なお友達なの! みらいもリコもお友達だよ!」
「おお~っ!? わたしもみらいとリコとお友達~、同じだ~」
「は~!」と少女が両手を上げると、
「わ~い!」とラナも同じように両手を上げて答えた。
「みらいとリコのお友達は、わたしのお友達だよ。わたしは花海ことはっていうの。はーちゃんって呼んでね!」
「よろしくね~、はーちゃん!」
「よろしくね、ラナ!」
ラナはことはが見つめていたリンゴを両手でもぎ取る。
「このリンゴ食べていいんだよ~。エリーお姉ちゃんが、しゅっかは終わったから、残ってるリンゴは食べてもいいっていってた」
「は~!? ありがとう!」
ことはの腕から離れたリリンが気を利かせて別のリンゴをもぎってきてラナに渡す。ことはとラナは二人で一緒にリンゴをかじった。
「あま~くておいし~!」
「でしょ~、リンゴ村のハッピーアップルは最高でしょ~」
意気投合した二人はリンゴを食べながら自然にラナの家に向かって歩いていた。その後からついていくリリンは珍しく控えめだった。
小百合は出かける準備を終えてラナを探しに行こうとしていた。少し苛ついて出入り口のドアを勢いよく開けると、ラナと見知らぬ誰かが一緒に歩いている姿が目に入ってくる。
「ラナ! 何やってたのよ!」
「さゆり~」ラナはのほほんとした顔で走ってきてから言った。
「リリンがフレイア様がいるっていうから行ったら、はーちゃんだったの!」
フレイアの名を聞いた小百合は目を見開いて固まってしまった。
「こんにちは!」
ことはの姿を見た小百合は白けてしまった。見た目は何となくフレイアに似てる気はしたが、どう見ても自分と同じかそれ以下の少女で年かさがフレイアとは全く違っている。
「はーちゃんは、みらいとリコとモフルンともお友達なんだって~」
ラナが言うと小百合は思い出した。
「そういえば、リコがそんな名前を口にしていたわね……」
どうしてリコが言っていたはーちゃんが今ここにいるのか、小百合の疑問が一気に深まって黒い瞳がことはを見つめる。ことはは人好きのする笑顔を浮かべていた。
「わたし花海ことはっていうの! よろしくね、小百合!」
「ええ、よろしく……」
急に小百合が怖いような目でことはを見つめた。
「どうしてわたしの名前を知っているの?」
「は~……」ことはが小百合から思いっきり目をそらした。
「分かりやすい反応ね。ちゃんと話してもらうわよ」
「さっきラナがはーちゃんに小百合の名前を教えたデビ」
リリンが言うとラナが首をかしげる。
「あれぇ? わたし小百合のこと話したっけ?」
「まったくラナはさっき話したことをもう忘れているデビ」
「アハハ~、ごめんね~」
そんなやり取りがあっても、小百合は先程のことはの様子から疑いが晴れなかった。でも彼女は言った。
「わかったわ。少なくともリコ達がことはの友人であることは間違いないでしょう。それはあなたを見ればわかる」
「は~、ありがとう、小百合」
ことはが小百合に抱きつく。ことはの温もりを感じた小百合の中に、花の海が広がっていくような穏やかさと優しさの息吹が入ってきた。
――この感じは……。
ことはと小百合の体が離れて、ことはが笑顔を浮かべる。小百合はそれに微笑で答えた。
「これからリコが成績一番になったお祝いに行くんだけれど、あなたも行くでしょう」
「もちろん!」
ことはが満面の笑みで答えた。それからことはは、近くに浮いているリリンに小声で言った。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「どういたしましてデビ」
二人の少女を乗せた箒が高速で空を切り雲を突き抜けていく。
「は~、はや~い、た~のし~い!」
「よ~し、スーパーローリングだよ~」
ラナの後ろでジェットコースターもびっくりな大ローリングの連発にことはが大喜びする。小百合は見ているだけで気分が悪くなった。
「リリンもラナの箒に乗ればよかったデビ」
「あんなのに乗ったら確実に振り落とされるわよ……」
穏やかに飛んでいく箒の上で小百合の膝の上に乗っているリリンは少し不満そうだった。小百合は遠くの方で信じられない軌道で高速飛行するラナとことはを見て言った。
「ラナの箒に乗って楽しむなんて只者じゃないわ……」
やがて魔法学校が見えてくると、ことはの目の輝きが強くなった。小百合たちが遠くから近づいてくる様子をリコとみらいは大きな校門の扉の前で見上げている。
「来たわ」
「あれ? ラナの後ろにだれか乗ってるような……」
いつもの巾着バッグに入って見上げていたモフルンが最初にその姿に気づく。
「はーちゃんモフ~っ!」
『えええぇーーーっ!!?』
みらいとリコの、ここ最近で最高度の驚愕と叫び声が魔法界の空に響き渡った。
ラナの箒が着地すると、ことははリコとみらいの前に来て両手を上げた。
「みらい、リコ、モフルン、久しぶり!」
信じられないものを見るようなリコとみらいの瞳が揺れた。そして二人は涙を散らしながら、ことはに駆け寄っていく。
『はーちゃーーーん!!』
二人は今まで辛いことや悲しいことが山ほどあって、今まで何度もことはが居てくれたらと思っていた。そういう気持ちを抱えたまま二人で今までの試練を乗り越えてきた。いま目の前にことはの姿を見て、安心して母親に辛く悲しい気持ちを打ち明けるような気持になって涙が溢れてしまった。
ことははリコとみらいの頭を胸に押し付けて二人の頭をなでていた。
「ふたりとも、ごめんね、辛かったよね」
モフルンだけは、みらいとことはの間に挟まれて嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
ことはを中心に寄りそいあう3人の少女たち。小百合はそれを見つめて、ことはがリコとみらいにとってどれ程に大きい存在なのかを知り、同時にことはの器の大きさも知った。
――あのリコが子供のように泣いて身を任せるなんて……。
「はーちゃんが二人のお母さんみたいだ~」
ラナが言うと、小百合はまったくその通りだなと思う。見た目は自分たちと同じ中学生くらいなのに、ことはは明らかに何かが違っていた。
小百合たちは抱き合っている3人の姿をしばらく見ていた。ことはからリコが先に離れて手のひらにハンカチを出して涙を拭いた。
「ごめんなさい。感情が抑えられなくて」
「はーちゃんがいるなんて思わなくて、びっくりだよ」
まだ涙を零しているみらいの顔をリコが自分のハンカチで拭いてあげる姿がまるで姉妹のようだった。そんな二人の前で、ことはが少し表情を曇らせる。
「本当はみんなの力になりたいんだけど……」
「いいんだよ。はーちゃんには大切なお仕事があるんでしょ。こうして会えただけで十分だよ」
「今のわたしたちには小百合とラナもいるから大丈夫よ。はーちゃんは何も心配しないで自分のやるべき事をやって」
みらいとリコの言葉を聞いて今度はことはの緑の瞳が潤みを帯びる。
「みらい、リコ……」
「みんなはーちゃんに会えて元気百倍モフ!」
モフルンが言うと、その場にいる全員に笑顔の花が咲いた。