それからは皆でそろって校長室に向かった。廊下を歩きながら少女たちの間に会話の花が咲いていく。
「わたしたちは校長先生に用事があったから、ジュンとケイとエミリーにはお姉ちゃんと一緒に先に行ってもらったわ」
リコが小百合に言った。そして色々聞きたくてうずうずしていたみらいが口を開く。
「どうしてラナとはーちゃんが一緒だったの?」
「会ったんだよ、リンゴ村で~ たまたま~」
「そう、たまたま会ったの。それでラナとお友達になったんだよね」
ラナがことはに頷くと、
『たまたまねぇ……』
リコと小百合の声が見事に重なった。あんな辺境の村で、ことはとラナが、たまたま会うなんてどう考えても変だった。二人とも言葉にはしないが、ことはに何か意図があるんじゃないかと考えていた。
そんな会話をしていたら、もう校長室の前に着いた。
「はーちゃんがいるって知ったら、校長先生びっくりするよね」
「でしょうね。どんな顔するのかしら」
みらいとリコが悪戯っぽい笑みを浮かべ、五人そろって校長室の前から姿が消える。
『失礼します』
「君たち、少し遅いから心配して……」
少女たちがとんがり帽子を取って一礼すると、校長先生は五人の真ん中で笑顔を浮かべている子を見て目を見開いた。
「ことは君!!?」
「は~、校長先生~、久しぶり~」
「これは驚いた! まさか君に会えるとは!」
校長先生は薄い笑みを浮かべると落ち着いた態度で、ことはを迎え入れた。
「君には助けてもらった礼を言わねばな」
「お礼を言うのはこっちだよ。校長先生はわたしのお友達を苦しみから救ってくれたの」
「助けたとかお友達とか何のこと?」
みらいが言うと校長とことはが二人して口をつぐんでしまった。
「こちらの話だ。君たちは気にせずともよい」
「え~、気になる~」ラナが言うと校長はダメだと念を押すように首を横に振る。彼は前に出会った影のような姿のプリキュアのことは誰にも話さないと心に決めていた。
「それよりも君たちがここに来た目的を果たしたまえ」
校長が手元の水晶玉を机の前の方に押し出すと、みらいと小百合がその前に進み出た。
「本当に水晶がナシマホウ界とつながるんですか?」
「大丈夫だよ。わたし前にこれでお婆ちゃんとお話ししたから」
みらいが小百合に言った。それから二人はそれぞれ水晶に現れた意中の人とお話をした。
「おじい様、夏休みが終わるまでには帰れると思います」
「そうか、こちらの方は心配するな。決して悔いの残らぬようにしろ。中途半端は許さんぞ」
「そう言って頂けることが嬉しいです」
水晶の向こうで小百合の祖父が微笑みの一つもなしに淡々と話をしていた。
「喜一と巴も話をしたいと言っているから代わるぞ」
「お嬢様! お体の調子はいかがですか? 痛いところはありませんか? 熱はありませんか?」
「いくら何でも心配しすぎよ。どこも悪くないわ」
水晶の向こうに見えるメイド姿の女性が安心してほっと息を吐いた。そして今度は白髪の執事の男が水晶に映る。
「お嬢様がいないと屋敷がまるで死んだようで、巴ともども毎日涙に暮れております」
「またオーバーな物言いね」
「いえいえ、決してオーバーなどでは」
「そこはさすがに否定してほしわ……」
「我々はお嬢様の帰りを首を長くして待っております。どうかご自愛くださいませ」
「二人とも、ありがとう」
水晶に映った人の姿が消える。すると隣で見ていたみらいが言った。
「メイドさんと執事さんがいるなんて! 小百合は本物のお嬢様だったんだね!」
「いえ、それは違うわ。向こうが勝手にそう呼んでるだけだからね……」
「確かに小百合は言葉使いはがさつだし、お嬢様って感じじゃないわよね」
そのリコの一言に小百合はカチンときた。
「言葉使いだけで人を判断するなんて、うすっぺらい人間のすることよね」
「なんですって!」
「なによ!」
リコと小百合がにらみ合って周りがあたふたすると、
「は~! リコと小百合は喧嘩するんだね! じゃあ仲良しなんだね!」
ことはの意味不明な発言にリコと小百合が眉を寄せる。
「喧嘩するほど仲がいいっていうもんね!」
ことはの一言で二人とも喧嘩する気などすっかり失せた。
「はーちゃんには敵わないわね」
そう言うリコの表情はどこか嬉しそうだった。
「夏休みが終わるまでには帰れると思うんだけど……」
みらいが話しかける水晶の向こうに母の今日子の姿があった。みらいより少し濃色の髪の紫の目をしたきれいな女性だ。顔立はみらいとは反対で気が強そうな感じだった。
「わかったわ。しっかり英気を養っておきなさいよ。こっちに来たら大変なんだから」
「うん……」
みらいは今日子の大変という言葉が引っかかってそれを聞こうとすると、
「みーらーいーーーっ!!」
その叫び声と一緒に眼鏡をかけた人の好さそうな男性が水晶に映った。彼は目に涙を浮かべていた。
「お、お父さん!?」
「そんな、夏休みも帰ってこないなんて!!? お父さんは、心配で心配で! どうにかなりそうだよ!」
そんな錯乱しているような父親の姿を見て、周りの少女たちの顔が引きつっていた。
「お父さんごめんね、まだこっちでやらなきゃならないことがあって」
「みらい、辛かったらいつでも帰ってきていいんだぞ!」
「ぜんぜん辛くないよ、すごく楽しいよ」
その無邪気な娘の一言が父大吉にさらなる衝撃を与える。
「まさか!? ずっと家に帰ってこないなんてことはないよね!?」
「お父さん、心配なのはわかるけど、みらいが困ってるでしょう。おばあちゃんが話すからこっちに来て」
今日子の声が聞こえて水晶から大吉がいなくなり、代わりに優し気な白髪の老婆が現れた。その姿を見たラナの胸が疼き碧眼には悲し気な光が満ちていく。
「元気そうね、みらい」
「お婆ちゃん!」
「お父さんのことは心配しなくても大丈夫だから、みらいの思う通りにやりなさい。後悔のないようにね」
「ありがとう、お婆ちゃん!」
みらいは、いつも後押ししてくれる祖母のかの子の言葉が嬉しかった。
水晶から映像が消えると隣で見ていた小百合が言った。
「みらいのお父さん、本気で泣いていたわね。心痛のあまり病気にでもならなきゃいいけれど」
「心配だなぁ……」
その時、子犬が悲しがるような言葉にならない声が聞こえる。かすかな声だったが、小百合には誰の声かすぐに分かった。うつむいているラナの目じりに涙が光っていた。
「いいなぁみらいは、あんな優しそうなお婆ちゃんがいて……」
みんなの胸に悲しみがのしかかってくる。ラナはいつも明るいのでついつい忘れてしまうが、最近祖母を亡くして天涯孤独の身になっている。それを思い出した少女たちは、どんな言葉をかければいいのか分からなくなる。
悲し気なラナの前で、ことはが両腕を大きく広げて小柄な体を抱擁した。
「うわっ」いきなり抱きしめられてラナが目をぱちくりさせる。
「大丈夫、一人じゃないよ。ラナにはわたしたちがいるよ。だから安心して」
「はーちゃん……」
ラナの中に温かい気持ちが広がって涙が引いていく。ことはは満開の花を思わせるようなにこやかさでラナを見つめ、そしてラナのレモンブロンドの髪の上に手を置いた。
「かわいいね~」
「えへへ~」
ことはがラナの頭をなでている極限に愛おしい姿に、他の少女たちはほっこりしてしまった。ラナを中心に滞留していた悲しみはすっかり消えてなくなっていた。この時に小百合は、ことはがもつ特別な力を強く感じる。
――ラナの心痛が消えていくのが分かる。これは優しい言葉で悲しみを忘れさせるとか、そういう表面的なものじゃないわ。ことはが持っている何かがラナの心の傷を癒している。ことはが言葉を紡ぐと闇が光に照らされるように嫌なものが全部消えていく。
小百合は、ことはに出会った時はラナに似て破天荒な少女だなと思ったが、そういう考えがほんの短い間に別のものに変わっていた。
校長先生にお願いしていた用事が済むと、少女たちは揃って校門の前に立った。そこにいた者に、小百合に抱かれていたリリンが宙に飛び出して言った。
「小さき者よ、こんな所で何をしているデビ」
「小さくて悪かったな。お前らにさよなら言うために待ってたんだよ」
「は~、チクルン! こんにちは!」
「なんだ、お前もいたのかよ! これで全員そろったってわけか」
チクルンは少し高く飛んで少女たちの顔の位置までくると、感慨深そうに見ながら指で鼻の下をこすった。
「おまえら、よかったな、仲良くなれてよ」
「あなたには計り知れない恩があるわ。いつか恩返しさせてもらうから」
「そんなの気にすんなって、友達なんだからよ」
友達と聞いてリコとみらいとモフルンに笑顔が浮かぶ。
「わたし、あんたにずっと言いたいことがあったのよね」
「うん? なんだよ怖い顔して……」
振り向いたチクルンに、小百合の顔が近づいてくる。
「あんた、わたしとリコが戦っている時に割って入って止めたでしょう。もし攻撃が止まらなかったら、どうなっていたか分かるわよね」
「そ、そりゃあ……」
チクルンの顔が少し青ざめる。そんなことは考えもしなかったが、考えてみるとうすら寒くなる。
「あんな無謀なことはもう二度としないで。あんたがたいなくなったら、悲しむ人のことも考えなさいね」
「お前……やっぱりいい奴だな」
チクルンが笑みを浮かべると、小百合も怖い顔を崩して微笑む。
「でも、その小さな体で大きな敵に向かっていく貴方の勇気には敬意を表するわ。わたしはチクルンを尊敬してる」
「よせやい!」
照れたチクルンは反転して小百合から顔をそむける。
「チクルン、みんなを助けてくれてありがとう」
その声にチクルンがまたくるりと振り向いて、ことはを見つめる。他の少女たちの視線も、ことはに集まっていた。
「あなたがしてくれた事は、この世界を守ることにもつながってるんだよ」
ことはの話があまりにも飛躍していて、チクルンはぽかんとしていた。そして次の瞬間に、ことはの破天荒な行動がみんなを驚かせる。
「勇者チクルン、ばんざ~い!」
笑顔のことはが両手をいっぱいにあげる。
「ばんざいモフ~」
「ばんざいデビ~」
ことはにぬいぐるみ二人が続き、みらいとラナも声と手をあげた。そして最後にはリコと小百合も同じことをする。小百合たちとリコたちの間を心配し走り続けたチクルンに、みんな心の底から感謝していた。
「おいおい、やめろよ~」
チクルンが顔を真っ赤にしていた。それから彼は少女たちを改めて見つめて言った。
「おいら妖精の森に帰るぜ、達者でな!」
そして小さな勇者は妖精の森の方角に去っていった。5人の少女と二人のぬいぐるみは彼の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。