「さて、わたしたちも向かいましょうか」
リコが仕切って言うと、みんなが小さくなってる魔法の箒を手にして振り始める。小百合が箒を元の大きさに戻してから柄先で地面を突いて言った。
「ことははまたラナの後ろに乗っていく?」
「わたしもみんなと一緒の箒に乗っていくよ」
ことはがペンのような形の短い魔法の杖を出して、鉛筆を持つように指の間に挟んだ。小百合は今までに見た魔法の杖とあまりにも様子が違うので、穴が開くかと思うくらい凝視する。ピンク色で先の方がボールペンのように尖っていて、後ろには赤くて小さな花のつぼみが付いている。
「キュアップ・ラパパ~」
ことはが魔法の杖で空中に光の線を描く。小百合は道端で突然踊りだす人でも見るような目をしていた。
「魔法の箒よでろ~」
ことはが魔法の杖で描いた箒が白い煙をあげながら実体化し、ことはが緑色の柄の部分をその手に収めた。ぽけーっとそれを見ているラナの横で小百合がすごい声を上げた。
「へ? はあぁっ!? なによその魔法!?」
「かわいいホウキが出たね~」
「そこじゃないでしょ! あんた、ことはの魔法を見て何とも思わないの!?」
小百合がラナに叩きつけるように言葉を浴びせると、彼女は無邪気な笑顔で言うのだった。
「なんか空中に絵とかかいて、かわいいと思った~」
「ああ……もういいわ。魔法は何でもできるわけじゃない。道理に従った現象しか起こらないはずなのよ。もともと存在している魔法の箒の大きさを変えることはできるけれど、何もないところから魔法の箒を出すなんて絶対に不可能なはず」
「はーちゃんの魔法は特別だから、そういうものだと思って深く考えない方がいいわ」
論理的に考えるリコがそう言うのなら小百合もそれで納得するしかない。同時に小百合は、ことはが特別な存在であることを現実として受け止めた。なにせ、ことはの魔法は人間の領域を超越しているのだから。
5人の少女たちが魔法学校から箒に乗って飛び立つ。モフルンはいつもの巾着バッグに、リリンは専用のポシェットに、それぞれ入って顔を出していた。
「やっほ~」
ラナが好き勝手に飛んで行ったりきたりして小百合を苛々させる。
「ラナ、うるっさい! みんなと並んで飛んでちょうだい!」
「だってぇ、みんな遅いんだもん」
「みんな普通に飛んでるわよ。あんたの箒が普通じゃないの! こっちが軽自動車だとしたら、あんたの箒はフェラーリみたいなものよ」
「ぶ~っ、わかったよぉ。げんそく、げんそく、げんそく、いっ速~っ! ほ~ら、みんなと同じになったよ~」
小百合の横に並んだラナは完全に小百合のことをバカにしていた。
「何かむかつくわね……」
「いいなぁラナの箒は、そんなに速く飛べて」
ことはが小百合の横に並んで言うと、
「さっきの魔法で同じ箒を出せばいいんじゃないの?」
小百合が当然のように言った。それにことはが首を横に振る。
「なんでも出せるっていうわけじゃないんだ。心をもっているものや、心とつながったものは出せないの。例えば、小百合がしてるその腕輪とか、みらいとリコのおそろいのペンダントとか、こういうのは、はーちゃんの魔法でもだせないよ」
「なるほどね。ラナにとっての魔法は箒が全てだからね」
「そう。だからラナがのってるその箒は、ラナだけのものなの」
人の領域を超越したことはの魔法だが、その制約にはどこか人間らしさがある。そして小百合は明らかに人を超えた存在のことはを、普通の女の子として受け入れることができた。そこが不思議だった。
「ことはとリコ達がどうして出会ったのか気になるところね」
それを聞いたリコとみらいが横に並んでくる。そしてラナも興味津々という顔で近づいてきた。箒にのった5人の少女が横に並ぶとリコとみらいの話が始まった。彼女らの魔法図書館での出会いから、ことはの育成の経緯までを聞くと、驚いていた小百合がしばらくぶりに声を上げる。
「妖精の赤ちゃんだったことはを、みらいとリコが育てたと……。今さら何が起こっても驚かないと思っていたけれど、これには驚くわね……」
「みらいとリコは、はーちゃんのお母さんだったんだね~。でもさっきは、はーちゃんがお母さんみたいに見えたよ」
「まあ、なんていうか、見ない間にすっかり成長しちゃって……」
ラナの言うことにリコが恥ずかし気に目をそらして答えた。さっき、ことはに泣きついた自分を思い出していた。リコが成長したというのは見た目ではなく心の話だった。みらいとリコにだけは、ことはの成長ぶりが分かる。
突然、リコが人差し指を立ててツンとして偉そうな態度になる。
「驚くのはまだ早いわよ。何をかくそう、はーちゃんは伝説のリンクルストーンエメラルドのプリキュアになれるのよ!」
「何ですって!? 本当なの!?」
「本当だよ、ほら!」
ことはが小百合の前にあっさりとエメラルドを出して見せた。癒しの輝きを放つ緑色の輝石、それは小百合の記憶にも新しい。ロキの闇の魔法からリズとエリーを守ってくれたリンクルストーンだ。
「あの時リズ先生とエリーさんを助けてくれたのは、ことはなのね」
ことはが頷くと、小百合がみらいとリコの方をにらんで怒り出した。
「どうしてそれを早く教えてくれなかったの! ことはにお礼を言うのが遅れたじゃない!」
「ご、ごめんなさいね。なかなか言うタイミングがつかめなくて」
「お礼なんていいの。わたしは大したことしてないし~」
「そんなことない!」
小百合は、ことはがエメラルドを乗せた手を強く握って言った。
「あなたはわたし達と一緒に戦ってくれた、感謝してる」
「はーちゃん、助けてくれてありがと~」
「ありがとうデビ」
「小百合、ラナ、リリン……」
ことはが大きなグリーンの瞳を輝かせ、そして嬉しさを爆発させた。
「は~~~!」
ことはがいきなりバンザイして手放し運転になって、目の前にいた小百合は焦ってしまった。
「ちょ、ちょっと危ないわよ!」
それから、ことはが箒のスピードを上げて前の方に出ていく。
「リコのお家でお祝い! ワクワクもんだし~!」
「はーちゃん、まってよ~」
ラナがことはの後を追いかけていった。そんな様子を見守っていたみらいとモフルンが笑顔になる。
「はーちゃん、とっても嬉しそうモフ」
「今、みんなの心が、はーちゃんとつながった感じがしたよ」
「あれがリコの家なんだね」
「は~」
「立派なお家モフ~」
みらいとことはが、上から立派なお屋敷を見下ろしていた。かなり高い場所にある六角形の都市には大きな佇まいの屋敷が多かった。都市の中心に大きな杖の樹があり、杖の樹の周囲は六角形の草原になっていて、公園として人々の憩いの場になっている。リコの実家はその公園に面していた。
「でも小百合のお家の方が大きいね~」
「失礼なこと言うんじゃないの!」
「ごめ~ん」小百合に怒られたラナが特に悪びれもせずに言うと、すぐ近くでリコが咳ばらいをする。
「みんな待ってるわ、行きましょう」
5人の少女たちが由緒のありそうな少し古びた感じのお屋敷に降下していった。
外門から家に続く通路には銀閣寺を思わせる白砂が敷いてある。少女たちがそこを歩いていくと、庭に置いてある巨大な石に驚かされる。歪な形の石には何だかよくわからない鉱物の結晶がたくさん付いていた。
「は~! おっきいね~」
「おお~」
楽し気に石を見るラナとことは以外は、ちょっと微妙な表情だった。
「なにこれ、すごいとは思うけど……」
「何だか場違いなオブジェね」
変な空気になっているみらいと小百合にリコが目を合わせずに説明した。
「それ、お父様の趣味だから……」
「そっか、リコのお父さんって考古学者だもんね」
「まあ、考古学者のお父様なんて素敵ね」
それを聞いたリコが急に意気を取り戻して言った。
「そうでしょう! 後で小百合にも紹介するから!」
父親を褒められて自慢げになるリコを、小百合は少し羨ましく思った。
「お、きたきた! おーい、こっちだ!」
ジュンが屋敷の前で手を振っていた。みんな待ちききれない気持ちになって、ジュンのほうに走っていった。
『はーちゃん!?』
ケイとエミリーが、ことはを見るなり二人して驚いた声がハモった。
「みんな久しぶりだね~」
「ほんとに久しぶり!」
「はーちゃんもリコのお祝いに来てくれたんだね」
エミリーもケイも、ことはに会うと元気をもらって輝くような笑みを浮かべた。
家の方から大人たちが出てくる。リリアと共に、リズとエリーはエプロンを付けてパーティーの準備を手伝っていた。庭に白いクロスがかけられた長いテーブルがあり、そこに様々な料理が並び、周りに白い丸テーブルと椅子のセットがいくつか配置されている。
「うわー、広いお庭だねー」
「おいしそ~」
庭の広さに感心するみらいの横で、ラナが料理を見つめている。
エリーが大きなアップルパイを長テーブルのほうに置いて言った。
「まだ準備が整ってないから、その辺りで休んでいてね」
「わたしリコのお部屋見てみたいな」
「わたしの部屋なんて見ても面白くないわよ」
「はーちゃんも見てみたい!」
リコはあまり気乗りはしないが、みらいとことはに言われては無下にも断れない。
その時、厨房の方から両手に料理の乗った皿を置いている銀髪ポニーテールの少女が出てくる。彼女は上機嫌の鼻歌まじりに居間を横断する。
「デリシャス牛のローストビーフも、ハートフィッシュのパイ包み焼きも、なかなかの出来だぞ」
そして彼女が外に出ようとすると、見覚えのある少女たちが目に入って体が凍り付く。
「げっ!? あの娘どもはプリキュア!?」
フェンリルは料理を持ったまま壁を背にして隠れた。
「ど、どういうことだ? 勢ぞろいしているぞ。今日は先生の娘さんのパーティをやるとかで、その友達もたくさん来るとか何とか……」
「リコの部屋だったら案内しますよ。みんないらっしゃい」
「もう、お母様ったら」
隠れているフェンリルの耳にリリアとリコの会話が聞こえてくる。
「な、なんてことだい。先生の娘がプリキュアだなんて……」
その後、上の階に上がっていく複数の足音がして、フェンリルは今がチャンスと外に出ていく。
「これが最後の料理だ。こいつを置いたらどっかに隠れよう」
「フェンリルさん、ありがとうございます」
「ひっ!?」リズに声をかけられてフェンリルがびくつく。
「どうかしまして?」
「い、いやあ、お姉さん、何でもないですよ。ちと用事を思い出しまして、わたしはちょいとばかり外に出ますので」
「あら、そんなこと言わないでパーティーに参加してください。あなたがいなくなったら、お母様はきっとがっかりするわ」
恩師のリリアががっかりするとあっては、フェンリルはとても断りずらい。しかし、パーティーに参加することはどうしてもできない。
「先生にはこうお伝え下さい。先生の大切な娘さんのために料理を作らせて頂いた、これだけでわたしは幸せいっぱいの気持ちです。この素晴らしい気持ちを忘れないうちに、新たな料理に取り組みたいのです!」
フェンリルはリコ達が戻ってこないかと後ろを気にしながら言った。
「まあ、さすがはお母様が弟子に選んだだけはありますね。わかりました、そのようにお伝えしておきます」
「ではっ!」フェンリルはすごい勢いでリズの前から去っていった。そして、庭の茂みに飛び込んで白猫の姿になって近くの庭木を駆け上がり、樹から樹へと移動して屋敷の屋根に乗った。
「後片付けがあるから帰るわけにはいかん。ここで娘どもがいなくなるのを待つとするか」
この時にリコ達が外に戻ってきていた。
「お母様ったら! ベッドでおねしょしたなんて言うんだもの、恥ずかしい……」
「別にいいじゃない。おねしょの一つや二つ、小さい頃なら誰だってするわよ」
小百合が顔を赤くしているリコをフォローしていた。
「リコ、遅くなってしまったが、首席おめでとう」
「お父様! ありがとうございます」
リコの父リアンが現れて、小百合が固まってしまう。
――この方は塔の下にいた素敵なおじさま……。
「君たちは前に白い塔に登っていった子たちだね」
「この方が考古学者のリコのお父様……」
「おじさん、なんか見たことあるような気がする~」
「いま白い塔って言ったデビ。ラナは忘れっぽすぎるデビ」
ラナがリリンに突っ込まれている横で小百合が呆然と突っ立っている。
「そうよね、こんな素敵なおじ様だもの、素敵な奥様がいるに決まっているわよね……はふぅ……」
「え? どしたの小百合?」
小百合が変なため息をついて変に落ち込んだので、周りの少女たちは首をかしげてしまうのだった。
そして、ついに料理が出そろってパーティーが始まる。少女とぬいぐるみたちは搾りたてのアップルジュースを注いだコップを、大人たちはスパークリングのリンゴ酒のワイングラスを片手に持ち乾杯した。そしてわいわいと会話の花が咲いていく。
「おっと、忘れてはいけなかった! このパーティーはリズの校長昇格記念も兼ねているのだった」
リアンが大声で言い出すとリズが慌てだす。
「い、いいわよそれは!? 恥ずかしいからやめてください!」
「あら、それは素敵ね! おめでとう、リズ!」
「エリー、お願いだからやめて。代理で少しの間だけ校長先生の仕事を引き継いだだけなんだから」
「リズ先生が校長先生やったときって楽しかったよな」
「うんうん、よく教室に来てくれて、色々お話ししてくれたよね。悩みもたくさん聞いてもらったし」
過去を思い出したジュンとケイの後に、エリーがからかうように言った。
「次期校長は間違いなしね」
「あり得ません!」
真面目に答えるリズにみんなが笑った。
みらいとラナが大皿に山盛りの料理を置いて食べまくっていた。その隣ではフルーツを食べていることはと、クッキーを食べているモフルンとリリンがいる。
「あんたたち、いくら何でも取りすぎでしょ」
「ぜんぜん平気だよ~」
「こんなの普通に食べられるよね」
小百合が信じられないという目で二人を見つめる。
「は~! このリンゴおいし~っ! いろ~んな味がする!」
ことはの食べているリンゴは輪切りになっていて、綺麗に7等分の虹色に分かれていた。
「それはレインボーアップルよ。七種のフルーツの味がするリンゴなの」
エリーが説明すると、みんながリンゴの乗っている皿に集まってくる。
「噂には聞いていたけれど、初めて見るわ」
リコの声が聞こえて小百合も7色のリンゴを手に取った。
「これ、魔法界の人でも見たことないの?」
「レインボーアップルは作っている農家が少なくて、市場にはあまり出回らないのよ」
エリーの話を聞いて少女たちが一斉に7色のリンゴを口にして、
『おいしい!』みんなでほとんど同時に言った。
「リンゴなのにオレンジの味がするわ。柑橘系はさわやかでいいわね」
「わたしは、ここのメロンの味のところが好みだわ」
小百合とリコがそれぞれリンゴを食べながら感想を言い合った。それから小百合がリコの隣の席に座ると、リリアからチョコレートケーキが振舞われた。
「たくさん食べてね」
「ありがとうございます」
「お母様の得意なお菓子なの。特別な日には必ず作ってくれるのよ」
ケーキを一口食べれば、チョコレートとスポンジが溶け合って、雪のように口の中から消えていく。
「おいしい……」
ただ味が良いというだけではなかった。小百合の胸の奥に温かさと少しの疼きが生まれる。
「リコが羨ましいわ。あんな素敵なお母様がいて……」
「小百合……あなたにだって、待っていてくれる素敵な人たちがいるじゃない」
「ええ、そうね。わたしにはお爺様や巴や喜一さん、それにラナもいる」
リコは小百合の本当の気持ちを分かっていた。こうして母を目の前にすれば、その存在がどれ程に大きなものなのか。小百合にはそれがないのだ。これだけはどうにもならない。それは小百合自身が乗り越えていくしかないものだし、リコには小百合なら必ず乗り越えられるという確かな気持ちがあった。