「あれ? モフルンとリリンがいない」
みらいは山盛りの料理をたいらげ、今度は何を食べようかと席を立った時に気付いた。クッキーのお皿が空になっていて二人の姿が消えている。
「モフルンとリリンならあそこだよ」
ことはがプリンを掬っていたスプーンで上を指す。みらいが見上げるとリリンがモフルンを抱えて飛んでいた。
「あの二人は相変わらず仲がいいね」
二人の姿を見て安心したみらいは、空いたお皿を持って料理の物色に立っていった。
「お空のお散歩楽しいモフ~」
「こうして人間どもを見下ろしていると、大悪魔になった気分デビ」
「そういうこと言っちゃダメモフ」
「あくまで気分デビ」
二人がリコの家の周りで空中散歩を楽しんでいると、屋根の上で眠っている白猫を発見する。
「愚かな白猫が眠っているデビ。悪魔のいけにえになるがいいデビ」
「いけにえなんてダメモフ。白猫さんがかわいそうモフ」
「気分だから心配しないデビ。モフルンは優しいデビ」
白猫フェンリルは屋根の上で晴天の光を浴びながら丸くなって寝ていた。その前にモフルンとリリンが降りてきてじっと見下ろす。
「うん? なんか妙な気配が……」
フェンリルが頭だけ上げると、クマと黒猫のぬいぐるみと目が合った。
「ぬあーーーっ!?」
「モフーッ!?」
「デビーッ!?」
フェンリルがぬいぐるみに驚き、モフルンとリリンは飛び退いて毛を逆立てる白猫の姿と声に驚く。屋根の上で三つの叫び声が起こった。
「な、なんだ貴様らは!?」
「モフ?」
「デビ?」
モフルンとリリンが同時に同じ方向に首を傾げる。
――こ、こいつらはプリキュアと一緒にいたぬいぐるみ共だ!? ま、まずい!
絶望的ともいえる事実に気づいたフェンリルが、どうするべきか考えていると、
「どっかで見たような白猫デビ」
「わ、わたしはお前たちなんて知らないよ! 別の猫と間違えてるんだろ!」
「おしゃべりする猫さんモフ~」
「し、しまったぁっ!!?」
その後フェンリルは動揺のあまりオッドアイの焦点が合わなくなり、混乱のあまり鳴いた。
「ニャー、ニャー」
「いまごろ猫の鳴きまねしてるデビ。間抜けデビ」
「うっさいわーっ!」
フェンリルは思わず怒鳴ってしまった。その声が少し下に響いてパーティーに参加していた人たちが上を向く。
「今なんか聞こえなかった?」
「猫でもいるんじゃないの」とリコがみらいに言った。
フェンリルはこのピンチを何とか切り抜けようと足掻いていた。
「ほ、ほら、ここは魔法界なんだし、猫がしゃべったって不思議はないだろう」
「それもそうデビ。よく見たらリリンの見間違いだったデビ。こんな間抜けな白猫、リリンは知らないデビ」
「くっ」間抜けと言われてフェンリルは頭にくるが、ここは我慢しなければいけない。
「モフルンとリリンにフワフワのクッキーを持って来るデビ。そうしたら小百合たちには黙っててあげるデビ」
「お前わたしの正体に気づいてるんじゃないか!」
「そんなこと言ったらフェンリルに悪いモフ~」
「お前もかーいっ!!」
「モフルン、もう忘れたデビ? この薄汚い白猫がモフルンの大切なみらいとリコに何をしたか、デビ」
「薄汚いは余計だっ!」
フェンリルが鋭く突っ込み、モフルンは考え込む。そしてモフルンが怒った顔になるとフェンリルは冷汗がでてきた。
「そういえばそうだったモフ。思い出したモフ」
「よせ! その悪魔の言うことに耳を貸すな! ダークサイドに落ちるぞ!」
「フワフワクッキーの契約が成立したデビ」
「勝手に成立させるな!」
「じゃあいいデビ。お前の存在をみんなに知らしめるデビ」
「ま、まて! わかった、フワリンクッキーを作れば本当に黙っててくれるんだな」
「ぬいぐるみに二言はないデビ!」
「……仕方ない、ちょっとそこで待ってろ」
フェンリルが屋根から降りて姿を消すと、モフルンは彼女が可哀そうに思えてくる。
「みらいとリコは、もうフェンリルを怒ってないと思うモフ」
「いいんデビ。散々悪いことしたんだから、リリンたちに美味しいクッキーを作っても罰は当たらないデビ」
「クッキー作ってくれるのに罰が当たったらかわいそうモフ」
しばらくしてからフェンリルが人の姿で屋根に飛び乗ってくる。彼女は焼き立てのフワリンクッキーの乗っているお皿をモフルンとリリンに見せる。
「これでいいだろ」
「おいしそうモフ~っ!」
「これは、芸術的なクッキーデビ!」
「そ、そうか?」自分の料理が褒められて嬉しいフェンリルは、気恥ずかしさからそっぽを向いた。
「そうだ、大切なことを忘れていた。お前たち、これを持ってろ」
フェンリルはモフルンとリリンに皿を持たせると、両手の親指と人差し指を合わせてハート形を作り、
「愛情、は・い・れ❤」
ウィンクして急に可愛らしくなったフェンリルをぬいぐるみたちが見上げる。
「モフゥ……」
「キャラ崩壊してるデビ」
「うるさぁいっ! これは料理の基本なんだ! 愛情が入って初めて料理は完成するのだ!」
熱を込めて語るフェンリルの前で、モフルンとリリンが顔を見合わせていた。
「よし、もう食べていいぞ」
それから二人はとても美味しいクッキーを食べて幸せいっぱいの気持ちになるのでした。
食事が一段落すると、みんなで集まって写真をとった後にゲームをしたり、それぞれやりたいことをして楽しんでいた。小百合はその時に隙を見て、ことはを外門から玄関に続く白砂の通路に連れ出した。パーティーの会場から見える場所でだれの目にも二人の姿が見える。はた目には仲良くお話ししているように見える。
「ことは、単刀直入に言うわね。あなたフレイア様のことを知ってるんじゃないの? さっき校長先生に言っていた友達って、フレイア様のことなんじゃないの?」
「は~……」ことはが思いっきり目を泳がせた。
「……あなた、今まで嘘ついたことないでしょう」
ことはの顔から笑みが消えて、不安げな表情になっていく。常にみんなに元気を与える笑顔を浮かべていたことは、その彼女が笑うのを止めた。
「ことはと抱き合った時に、まるで無限に広がる花畑を見ているような、そんな不思議な感覚があったわ。そして、とてもやさしい気持ちになれた。フレイア様に抱かれた時にも似た感覚があったの。あなたが花畑なら、フレイア様は……そう、星。夜空に広がる無限の星々。どちらもわたしを、やさしい気持ちにしてくれた」
小百合はことはの両肩に手を置いて少しだけ力を入れると、黒い瞳で緑の瞳をしっかり捉えて言った。
「ことは、お願いよ、フレイア様のことを知っているなら教えて」
「……ごめんなさい。それは言えないの、約束だから」
「そう……ならもう何も聞かないわ。あなたがフレイア様の友達でいてくれた、それが分かっただけでも十分だしね」
「小百合……」
「わたしやラナじゃ、フレイア様の全部を分かることはできない。それができるのは、多分ことはだけなのよね」
寂し気に言う小百合の姿を見て、ことはは申し訳がないような、いたたまれない気持ちになってしまった。
「こんな所に呼び出して悪かったわね。戻ってパーティーの続きを楽しみましょう」
小百合がその手をつなぐと、ことはに笑顔が戻り、二人はみんながいる場所に戻っていった。
草原に風渡り、少女たちに緑の香を運んでくる。この都市は高いところにあって少し肌寒いが、抜けるような青空が広がり、昼下がりの太陽が穏やかな光を杖の樹の広場に注いでいた。
リコの案内で、5人の少女と二人のぬいぐるみが杖の樹の近くに集まっていた。彼女たち以外に周囲に人はいない。
「わたしはこの杖の樹から魔法の杖をもらったのよ」
リコが語る出生の話にみんなで静かに耳を傾けていた。不意に、ことはが杖の樹の前に出てきて見上げる。ことはには、まるでそこに誰かがいて会話でもしているような、そんな空気感があった。そして彼女は振り返ってリコたちを見つめた。
「は~! みんなありがとう! 今日はとっても楽しかった!」
「はーちゃん……」
リコの声色にはどこか悲し気な韻があった。みらいとリコに別れの予感が訪れる。二人は悲しげだけれど、ことはと長い時間は一緒にいられないことは分かっていた。
ことはは、いつもみんなに元気を与える輝くような笑顔で言った。
「わたしが最初に小百合とラナに会いにいったのは、フレイアがあなたたちを心配していたからなの」
フレイアの名が、ことはの口から語られると、小百合とラナは彼女から目が離せなくなった。
「小百合、ラナ、リリン、これだけはどうしても伝えたかった。フレイアは、あなたたちを心から愛しているよ」
ことはの言葉が3人の胸に広がっていく。誰もが言葉をなくして、しばらくは草原を走る風の音だけが聞こえた。食い入るように、ことはを見つめる小百合とラナの瞳から、やがて涙が零れ落ちる。
「は~ちゃぁん……」
ラナは、ありがとうと言いたかったが、そこまで言葉が続かなかった。
「ありがとう、ことは……あなたは、わたしたちにとって一番大切なものを……はこんできてくれた……」
小百合の胸に灯った情愛の炎が止めどのない涙を誘う。ことはは、感涙の少女たちに包むようにやさしい視線を送りながら右手にエメラルドを顕現させる。そしてそれを両手で包み込んで胸に押し当てた。ことはの背中に、透明感のあるエメラルド色の4枚の翅が広がっていく。彼女の足が地面から離れて高く上がってゆくと、杖の樹の上でエメラルドが強き輝きを放ち、ことはの体が生命の輝きに包まれる。
「これからも、たくさん辛いことや悲しいことがあると思う。けれど、4人の力を合わせれば何も怖くない。なんだって乗り越えられる。わたしは一緒には戦えないけれど、いつでもみんなのそばにいるから」
「はーちゃん!」
みらいが悲しくなって、モフルンを抱きながら杖の樹に駆け寄ると、優しい光の中に、ことはの笑顔が見えた。
「みらい、リコ、わたしは二人にたくさん愛されて、たくさん守ってもらって育ててもらった。だから今度は、わたしがみんなを愛して、みんなを守るの、みらいとリコがわたしにしてくれたように」
「わかってる。はーちゃんはそのために行くんだよね」
みらいの頬に涙が伝うと、ことはも一瞬だけ悲しそうな顔になり、それから友達を慈しむ笑顔を浮かべる。
「みらい、リコ、モフルン、またね!」
エメラルドがさらに強く輝き、光の中にことはの姿が消えた。そして後に残った雫のような緑の光の欠片が雪のように降って杖の樹に輝きを広げていった。