闇の竜魔人
みらいとリコがその場所に出た時、のどの奥がぎゅっと締め付けられるような感じがした。そこには言葉では言い表せない悲しみが漂っていた。
「これは遺跡?」
「大きい……」
満開の花畑の中に北欧の神話にでも出てきそうな白亜の神殿の残骸が点在していた。その一つ一つが常識では考えられない大きさだった。柱一つとっても途方もない巨大さで、みらいとリコがその下に立って見上げると、杖の樹の幹を思わせる太さの白い柱の遥か先に崩れかけている天井があった。
「何だか寂しいところモフ……」
中には完全に崩れて大量の石くれの中に支柱だけが突き出ている神殿もある。
「なんでこんなに大きいのかな? こーんなに大きな人が住んでいたとか?」
みらいが両手をいっぱいに使って体で表現すると、それを見たリコは一瞬だけ微笑を浮かべてから言った。
「もしかしたらこの神殿にいる人の権勢を示すための建造物なのかも。上に見える神殿とは別の意味があって建てられたんじゃないかしら?」
「なるほどー」
「モフ? 行き止まりモフ……」
「あれは……」
リコが断崖の間にある神殿に続く階段の入り口を塞いでいるものを見つめる。みらいがそれに駆け寄ってぺたぺたと手で触った。
「わたしたちの魔法陣?」
「いかがですこの遺跡は、実に寂しい場所だと思いませんか?」
「だれ!?」
リコが振り向くと、音もたてずに髑髏の杖を手にした黒いマントの男が上から降りてきた。
「あなたは!?」
「久しぶりですね、伝説の魔法つかいプリキュア」
少女たちの目の前に現れたのは蝙蝠の怪人バッティだった。みらいがリコの隣にきて邪悪に向かっていく強さを表す。彼女に抱かれているモフルンの方は、以前のバッティからかけ離れた空気を感じていて不思議そうな顔をしていた。
バッティは崩れた神殿の一つを見て紅一色に染まる瞳を細くした。まるで人が懐かしい思い出にでも浸るような、そんな感慨深い態度だった。
「この遺跡はかつて、人々がフレイア様を称えて建造したものです」
「人がこんな巨大な遺跡を作ったっていうの? こんなの魔法を使ったって無理よ」
「かつての魔法界には、今では考えられない高度な魔法文明があったそうです」
それを聞いたリコは黙して瞳の輝きに複雑な感情を乗せる。その時彼女は、かつてフェンリルが言った古代超魔法という言葉を思い出した。
バッティの赤い瞳が少女たちに向いた。彼が髑髏の杖を構えると、黒いマントが
「あなたはフレイア様の味方になって、いい人になったんだよね?」
以前とはあまりにも違うバッティの雰囲気を感じて、みらいは言わずにはいられなかった。
「これは異なことを言いますね」
「少なくとも最初に会ったときは、あなたは悪い人だったよ。悪い魔法つかいドクロクシィの味方だった」
「我が主への愚弄は止めて頂きましょう!」
バッティが赤い目を見開き怒りを露わにすると、みらいは驚いて口をつぐんだ。
「ドクロクシィ様への忠誠は今でも変わっていません。あの方はこの私に命を与えてくださったのです」
「……じゃあ、フレイア様はあなたの何なの?」
バッティは元の紳士的な態度に戻って、みらいに答えた。
「フレイア様もまた我が主。あのお方は私に新たな世界を与えて下さった。ドクロクシィ様からは命をもらい、フレイア様からは闇の真理を頂いた。どちらも私にとって掛け替えのない使えるべき君主なのです」
みらいとリコは彼の背後から立ち昇る強大な気配を感じて我知らずに後退りしていた。相手が持っているのが邪悪な魔力であれば、二人がそんなものを恐れることは決してない。しかし、今のバッティが持っている力は邪悪とは程遠い別の何かだった。
「闇とは邪悪のみにあらず、広大無辺の力なのです。フレイア様より授かったこの魔法で、それを君たちに教えてあげましょう!」
バッティは右手に髑髏の杖、左手に白い羽根と黒い牙を持って、その三つを宙に放つ。
「魔法! 入りました!」
そして彼は宙に浮いて蝙蝠の如きマントを広げてた。その背後に、三本の骨組みで描いた円の中に、自らの尾を喰らう蛇で描かれた円と角の生えた三つの髑髏が組み合わさる絵の入った闇の魔法陣が現れる。暗く深い闇が渦を巻いて、バッティの体に髑髏の杖と白い羽根と黒い牙が取り込まれた。
「ぬおおおおおぉっ!!」
バッティの体が闇に覆われ影のように黒く塗りつぶされ、細身の体が急速に膨らんでいく。手足体は影の状態でも屈強な肉体の形が露わとなり、顔面から顎が突き出て鋭い牙が生えていく。先細りの長い尾に打たれた地面には亀裂が走り、背中には2枚の翼が広がる。そして姿を変えたバッティの背後を飾る異様な骸骨の魔法陣に7色の輝きが宿った。そして、彼を包み隠す闇が一気に消え去った。
腕を組んで立つその姿は悪魔か竜人か。背丈は3倍ほどになり、漆黒の体は細身ではあるが程よく付いている筋肉が強くしなやかな肉体を形作っている。竜のように突き出た顎には黒光りする牙があり、背中に広がるは漆黒の蝙蝠の翼と白鳥のごとき翼、足元には蛇のように先細りの尻尾が垂れている。そして、背後で7色に輝く異様な魔法陣はゆらゆらと色彩が揺れて常に変化していた。その中でバッティの面影として残っているものは、血潮のように赤い瞳と三日月型の尖った両耳だけだった。
「フレイア様の命により、この私が最後の試練を与えます!」
みらいは抱いていたモフルンを下におろして言った。
「リコ!」
「みらい!」
「二人とも変身モフ!」
みらいとリコが頷いて左手と右手を重ねると、金色のとんがり帽子に小さなハートと星をそえた刻印が現れる。つないだその手を後ろに、みらいは輝く桃色のローブに、リコは輝く紫色のローブにその身が抱かれていく。みらいが右手を、リコが左手を、天上に掲げて同時に魔法の呪文を唱えた。
『キュアップ・ラパパ!』
みらいとリコのペンダントから天へと打ち上げられる白い二条の閃光が曲線を描いた先で二つのダイヤの姿を現す。それがモフルンの胸のブローチの上で重なって一つになる。
『ダイヤ!』
みらいとリコがモフルンの手を取って三人で手をつなげば勇気あふれる希望の輪、そして3人はメリーゴーランドのようにゆるりと回転する。
『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』
みらいとリコが伝説の魔法の言葉を唱えると、モフルンの体で白いハートが明滅し、同時にブローチのダイヤから眩い輝きがあふれ出す。
現れし五つのハートを抱く光の五芒星、その上にプリキュアとなったみらいとリコが召喚された。ミラクルは魔法陣の右、中央にモフルン、マジカルは左側に、二人のプリキュアが魔法陣から跳躍して舞い降りた。
「二人の奇跡、キュアミラクル!」
「二人の魔法、キュアマジカル!」
ミラクルとマジカルが左手と右手を後ろ手につなぎ体を寄せ合い、もう一方の手を合わせて作ったハート形は、少女たちの深く美しき友情を示す。ミラクルとマジカルが背後でつないだ後ろ手を放して前へ、少女たちの細くやわらかな手が重なって、寄り添う二人のプリキュアの姿が華麗に冴える。
『魔法つかい! プリキュア!』
ダイヤの輝きと共に現れたプリキュアと、神々しき輝きの魔法陣を背負うバッティが対峙する。
「なつかしいですね。あなたたちから受けた辛酸の日々を思い出しますよ」
バッティは憎しみや恨みではなく、感慨深さをもって言った。二人のプリキュアと一人のぬいぐるみがそれを見上げる。
「この感じ、わたし知ってるよ。ダークネスとウィッチにそっくりな感じ……」
「それに、あの白い翼はまるで……」
「あなたには分かりますか? 遥か古に伝説の白き竜と黒き竜の戦あり。この魔法界に伝わる伝説の竜たちの消滅と同時に闇の魔法は封印されたのです。フレイア様はこの伝説の竜たちの力を、私に授けて下さったのですよ」
バッティの途方もない話の前に、プリキュアたちは衝撃を受けて少々の畏怖すら感じる。すこしの間があって、深々と崩れた遺跡の花園にそよ風が吹いてくる。
「白い竜は聖なる魔法の竜よ。闇の魔法つかいのあなたが、その力を取り込んだというの?」
「おや? それをわざわざ聞くのですか? 君たちはもう知っているはずですよ」
バッティは赤い目を少し細くして、見上げてくるプリキュアたちを見つめた。
「伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいは光と闇にして表裏一体の存在なのでしょう。それと同じことです。光と闇は本来は二つで一つのものなのです。フレイア様と出会い、わたしはそれを知りました。そしてわたしの闇の魔法も変化を遂げたのですよ」
モフルンは小首をかしげて口元に手をそえてバッティを見上げていた。
「まえと違って怖くないモフ」
モフルンはバッティに邪悪な気配がないので、逃げも隠れもしないでプリキュアたちの前にいた。しかし、ミラクルとマジカルにとってはその方が異様だった。邪悪な闇の魔法や混沌との戦いを運命づけられた彼女らは、悪に対してはまっすぐに立ち向かって行けるが、そうではないダークネスとウィッチには散々に苦しめられた。そういう敵が再び目の前に現れたのだ。
「さあ、戦いが始まります。君は早くどこかに隠れなさい。巻き込まれれば、ひとたまりもありませんよ」
「わかったモフ」
バッティがモフルンへの優しい配慮を見せた時、ミラクルとマジカルの胸に電撃的な衝撃が走り、その身を引き締める。
『強い……』
二人同時にささやいていた。二人とも本当の強さとは何なのかを良く知っている。だから、今のバッティが本当の強さを身に着けていることを悟る。
バッティは身構えるプリキュアたちの前でモフルンが離れていくのを見届けると、両腕を開いてミラクルとマジカルの前に無防備な姿をさらして言った。
「かかってきなさい、伝説の魔法つかいプリキュア!!」
両者の間で緊張によって出来上がっていた壁が破壊され、戦いに導く高揚感が爆発する。
『はぁーっ!』気合と同時にミラクルとマジカルの足元の草花が吹き飛んだ。
瞬間で距離を詰めてきたミラクルとマジカルの拳がバッティのボディーに食い込む。続いて二人で地を蹴って、同じ高さで同じ回転をして、二人で同時の回し蹴りがバッティの胸に入った。
「むうぅっ!」
木偶の坊のように動かないバッティは、ミラクルとマジカルの連続攻撃で少し後退した。プリキュアたちが黒き魔人を見上げる。
「あなた今わざと攻撃を!」
「どうして!?」
「久しぶりに戦うのです。鈍った体を目覚めさせる為に、あえて攻撃を受けました。しかし!」
バッティの赤い目が開き、その目力がミラクルとマジカルに圧力を加える。
「何ですか! その蚊の鳴くような攻撃は!」
バッティの拳がミラクルとマジカルに叩きつけられる。巨体に似合わぬ速力のパンチで、防御するのがやっとだった。
『うわあぁーーーっ!』
二人同時に草花を巻き上げながら後ろに吹っ飛び、背中から倒れるとその状態のままさらに花園の上を引きずられて、地面から引き千切られた花や葉が噴泉のごとく高く舞い上がる。
「う、受け止めたのにすごい衝撃っ……」
「くっ、こっちが光でむこうは闇、エレメントが相反だからダメージが大きいのよ」
そう言ったマジカルが手をついて立ち上がると、ミラクルもほとんど同時に立ち上がった。
「ふおおおぉっ!」
バッティが白と黒の翼を開き、低空を高速で飛翔し、寸秒の間にミラクルとマジカルに迫る。
『いやああぁっ!』
両者の気合と拳が激突する。ミラクルとマジカルの小ぶりな乙女の拳と、バッティの大きな拳が何度もぶつかる。そのたびにミラクルとマジカルは骨を砕くような衝撃に襲われ、表情が苦し気に歪んだ。
「はあああぁぁっ!」
バッティが手を組んで叩きつける。ミラクルとマジカルはそれを左右にばらけて避けると、バッティの両手が地面に埋まり、次の瞬間にそこから広範囲の亀裂とクレーター状の陥没が広がった。二人は即座に魔法で反撃に転じる。
「リンクルステッキ!」
マジカルが虚空に生まれしリンクルステッキを左手に持って構える。
「リンクル・タンザナイト!」マジカルのステッキに深い紫色の宝石が宿り、光を放つ。
「むっ!?」バッティの視界に強い光が射して赤い目が細くなり、
「たああぁっ!」
その隙にミラクルの渾身のパンチがバッティの腹部に食い込み、巨体を何歩か後退させた。
「リンクルステッキ! リンクル・ガーネット!」
続いてミラクルがリンクルステッキを持ってガーネットを呼び出すと、黒い魔人の足元が海の水面のように波打って巨体が揺れ動いた。
「はああぁっ!」
高くジャンプしたマジカルが前宙した勢いを乗せてバッティの肩に踵落としを打ち下ろした。
「むう……」魔人の巨体が片膝をついて沈み込む。
ミラクルとマジカルが揃ってピッタリ同じ動作でバク転を繰り返してバッティとの距離を少し開ける。そして跳躍、
『でやぁーっ!』花園に乙女の凛とした気合が渡り、二人でバッティに迫っていく。
バッティが前に出した前腕にミラクルとマジカルのパンチは激突し、光と闇のエレメントの衝突で起きた衝撃波が周囲に広がって花々を激しくはためかせた。
「はあぁっ!」バッティの腕の一振りで払い除けられたミラクルとマジカルが空中に放り出された。そこへ翼を開いて飛んだバッティの太く強靭な尾が、二人のプリキュアをまとめて打ち飛ばした。
『キャアァーーーッ!?』
二人は悲鳴の尾を引きながら、遠くにすっ飛んで崩れた遺跡の巨大な石くれに叩きこまれ、石片と粉塵が吹き上がると、破壊された岩のように巨大な石片が崩れていく。
バッティは悠然と歩いて埃立つ神殿の瓦礫に近づいていく。
「どうしたのですか? あなた達の力はこの程度ではないはずです。もっと本気でかかってきなさい!」
その言葉を受けてプリキュアたちが瓦礫の中から立ち上がる。
「わたしたちは本気で戦っているわ」
マジカルが言うと、バッティは腕を組んで不興気な空気を漂わせる。
「なんですって? そんなはずはありません。わたしの知っているプリキュアの力は、こんなものではありませんでしたよ。それとも、見ない間に腕が落ちたとでも言うのですか?」
「わたしたちが弱くなったんじゃなくて、あなたが強くなったんだよ」
「わたしが強く……?」
バッティのミラクルを見る目が見開かれる。それから彼はプリキュアたちから目をそらし、ぬけるような青い空を見上げていた。
「そうでしたか……。少しは腕を上げたつもりではいましたが、我が主より賜ったものは、私の想像よりも遥かに大きいものだったのですね」
「今のあなたは、とてもやさしい目をしているわ」
「この私が優しい?」
空を見つめていたバッティの顔がマジカルに向いた。そこに隠れていたモフルンが走ってきて言った。
「前は怖かったけど、今はぜんぜん怖くないモフ」
「きっと、慕っている人がフレイア様になったからだよ」
「おっしゃっている意味がよくわかりませんね」
ミラクルがバッティの目をまっすぐに見上げて言った。
「悪い人に従う人は、どんなに善人でも悪者になっちゃう。良い人に従う人は、悪者でも良い人になっていくんだよ。フレイア様はとっても優しい女神様だから、あなたも優しくなったんだ」
「闇の魔法を操るこのバッティが善人とは、あなたはどうかしていますよ。私はただ、主の命に従うのみ! 一匹の蝙蝠として彷徨っていたこの私に使命を与えて下さったフレイア様の為に、身命を賭して仕える! ただそれだけなのです!」
バッティの優しげだった赤い瞳に覇気が灯った。新たな戦いの風を感じたモフルンが足音を鳴らしながら離れていく。
「それが君たちの今の実力というのならば、気の毒ですが、私に勝てる可能性は限りなく低いでしょう。死に物狂いでかかってきなさい!」