「ラナ、もう行くわよ! 早くしないと学校に遅れるわ!」
「は~い」
翌朝、ラナと小百合は一緒の制服を着て屋敷を出ると、二人並んでレンガ道を歩いた。ラナは初登校に浮かれてスキップしている。そんな少女たちの様子を屋敷の当主である聖沢清史郎は書斎の窓から見つめていた。そのすぐ近くに執事の喜一が立っていて、彼はどこか嬉しそうな顔をしていた。
登校の道すがら、ラナは愉快そうに小百合に話をした。
「昨日、小百合がいないときに霊なんとか師っていうのが来てね、おもしろいこというんだよ」
そしてラナは、昨日来た霊媒師の真似をして、尊大すぎる威厳と強烈な怪しさと嘘くささを可能な限り力を尽くして表現しながら言った。
「この屋敷には無数の悪霊が住み着いておる! すぐに除霊しなければ、末代までたたられることになろうぞ! だって! 全部魔法の力なのに、笑っちゃうよね~」
「ほんと、そんなんで高いお金取るなんて、いい加減な商売よね……って、あんたのせいでそんな騒ぎになったんでしょ! 少しは反省しなさい!」
小百合が本気で怒ったので、ラナはしゅんとなって言った。
「ごめんなさぁい」
どう見ても外国人の美少女のラナと容姿端麗な大和撫子の小百合が並んで歩く姿はかなり目立つ。聖ユーディア学園に登校する生徒のほとんどが振り返って彼女たちを見ていた。
朝のホームルームが始まる前、小百合は教室の一番後ろの窓際の席で参考書を開いていた。いまだに友達は一人もいない。母親を亡くしたばかりで心の整理もつかないうちにクラスメイトと楽しくおしゃべりなど考えることもできなかったし、心配されたり憐れんだりされるのも嫌だったので孤独を通していた。
「今日さ、転校生来るんだって、外国人らしいよ」
「マジで!?」
教室の中はそんな会話で持ち切りだ。小百合は黙って数学の参考書を見ている。祖父が何らかの方法でラナをこの学校に入れたのなら、自分と同じクラスになる可能性が高いと思っていたので、そんな噂には驚かなかった。それよりも、あの祖父がラナの願いを聞き入れたばかりでなく、こんなにも早く手を回した事と、ラナをこの学校にどういう方法で入れたのかが気になってしょうがなかった。
教室のドアが開いて、メガネをかけた大人しそうな女性教師とラナが入ってきた。ラナはレモンブロンドのポニーテールを揺らしながら先生の後について歩いていた。途端に教室内が騒めく。そこらじゅうから可愛いという声が聞こえてくる。女生徒のほとんどは子犬か子猫でも愛でるような調子の声をあげていた。
ラナは青い瞳を輝かせながら教室中を見て、小百合の姿に気づくと満面の笑みで両手を振りまくる。自然とクラスメイトの視線が小百合に集まった。小百合は顔を引きつらせて視線をそらした。
「恥ずかしいからやめてよね」
小百合は周りの視線を感じながら小声で言った。
「みなさんに紹介します、転校生の夕凪ラナさんです。夕凪さん、みんなに自己紹介して下さい」
「はい!」
教壇に立った先生が言うと、ラナは右手を上げてから黄色いチョークを取って豪快に自分の名前を書き始めた。先生も生徒も唖然となり、小百合は引きつった顔のまま後悔の念を抱く。
――しまった、名前の書き方教えておくんだった。
黒板いっぱいにひらがなの苗字とカタカナの名前が並んだ。しかもなぜか色が黄色である。
「ゆうなぎラナです、よろしくね!」
既に衝撃的になっている自己紹介で、
「ゆ、夕凪さんは、聖沢さんの家から学校に通っているそうです」
先生が余計なことをいって教室が再び騒めく。小百合は頭痛がしてきた。しかし、その程度では終わらなかった。ラナが元気いっぱいに話し始める。
「小百合とはとっても仲良しなんだよ! 部屋も一緒だし、寝る時も一緒なの! いつもとっても優しいんだよ!」
聞き方によってはあらぬことを想像してしまうその発言で、教室中から
「み、みなさんお静かに!」
そういう先生も取り乱していた。先生は少しずれたメガネを元の位置に戻してからいった。
「それじゃ、夕凪さんの席は……」
「はい、小百合の隣がいいです!」
「そうね、じゃあ聖沢さんの隣で」
このやり取りで小百合とラナの関係に対するクラスメイトのイメージが百合属性に固定されてしまった。ラナが隣の席に座ると、小百合はラナを心底燃える怒りをもって睨み付ける。ラナは意味が分からず唖然としてしまった。
休み時間になった瞬間に、小百合はラナの机を叩いていった。
「あんたは何もいわないで、わたしが全部答えるから」
「え?」
ラナには意味が分からなかったが、数秒後にその答えがやってきた。あれよという間に二人の周りにクラスメイトが集まって人の垣根ができた。そして、二人は質問攻めにされた。複数の生徒が同時に質問するので、何を言っているのか分からないくらいであった。
「ちょっと待って! それじゃ答えようがないわ、一人ずつ質問してちょうだい」
小百合の声と言葉がクラスメイト達の耳に清新に聞こえた。小百合がクラスメイトとまともに会話をしたのはこれが初めてだったからだ。
「じゃあわたしからね」
栗色の髪をツインテールにした少女が手をあげた。
「二人はどういう関係なの?」
「この子はお爺様の友人の娘で、理由があって少しの間預かっているのよ」
「何で二人で一緒に寝てるの?」
ツインテールの少女の直球な質問に、小百合は少し答えに窮した。
「……部屋が狭いからよ」
「うっそだぁ、お城みたいな家で部屋なんていーっぱいあるじゃん」
ラナがもう小百合から言われたことを忘れて横槍を入れてくる。途端に周りで騒ぎになった。もう小百合は怒る気も失せて右手を額に置いて黙った。こうなったら成るようになれとやけになっていた。
「聖沢さんの家ってそんなにすごいの!?」
「すっごいよ! 初めて見た時お城かと思った!」
「じゃあ何で二人で一緒に寝てるの?」
また質問が戻る。するとラナは言った。
「小百合のおじいちゃんの許可がないと他の部屋使えないみたいなんだよ」
「そうなのよ! お爺様が厳しい人でね! そういうのうるさいの!」
期せずして出たラナのナイスフォローに小百合はすかさず乗っかった。するとツインテールの少女は言った。
「厳しいっていうより、けちなおじいちゃんね」
小百合は確かにその通りだなと思った。
今度はショートカットの活発そうな少女が言った。
「ラナちゃんはどこの国から来たの? アメリカ? イギリス? フランス?」
「魔法界!」
ラナが元気よく言うと、一瞬辺りが静まり返った。小百合の中ので嫌な予感が悪夢に変貌した。小百合はなんとか平静を保ちながら言った。
「嫌ねぇ、この子ったらアニメの見過ぎで時々おかしなこというのよ。みんなが混乱するから、もう魔法つかい用語を使うのはやめなさいって言ってるでしょ!」
後半の言葉は本気の怒りを含んでいて、ラナはびっくりしていた。
「で、結局どこの国から来たの?」
「ロシアよ、ロシアの地図にものっていないような小さな村に住んでいたの」
必死にフォローする小百合の前で、今度は小百合と同じくらい長い黒髪のメガネをかけた真面目そうな少女が言った。
「ロシアってすごく寒いんでしょ」
「寒くないよ、だって一年中春だもん」
ラナが当たり前のように言うと、メガネの少女は言葉もなかった。小百合は内心で怒りのボルテージを上げながら言った。
「みんな何を驚いてるのよ、一年中春の国なんてあるわけないでしょ! ラナは一年中春だったら素敵だなっていう希望を言っているのよ、ロシアは寒い国だからね!」
「そんなことないよ、本当にっ」
小百合は身をていしてラナの口を封じた。身を乗り出して手でラナの口を塞ぐ小百合の姿に、クラスメイト達は開いた口がふさがらない。クラス全体に小百合は物静かな少女だというイメージがすり込まれていたので、天地が覆るような驚きが広がっていた。
「さあ、もう休み時間は終わりよ、みんな自分の席に戻ってちょうだい」
「でも、まだもう少し時間あるよ」
ツインテールの少女が言うと、小百合はそれを睨む。ツインテールの少女は迫力に押されてひぃと小さな声を出した。
「終わりといったら終わりよ!」
小百合が怒鳴ると周りにいたクラスメイト達は恐れをなしてそれぞれ自分の席に帰っていった。
その後も休み時間ごとに小百合はラナの意味不明な言動のフォローをしなければならなかった。さらに授業のたびに居眠りをするラナを起こしたり、授業そっちのけで屋上のテラスで遊んでいるラナを連れ戻したりと、散々な一日になった。そして、最後の休み時間にはラナはさらに面倒なことを引き込んだ。
ラナは持ち前の明るさで、クラスの大半の生徒と顔見知りになっていた。中でも最初の休み時間に質問してきたツインテールの海咲、ショートカットで快活な由華、ロングヘアでメガネっ子の香織と特に仲良しになり、最後の休み時間にこの三人に提案した。
「今日みんなでお茶を飲もうよ、小百合の家で」
「ちょっと!」
小百合が怒り出す前に他の少女たちが大喜びする。
「いいね!」
「賛成!」
「わたしも聖沢さんの家を見てみたいわ」
こうなるともう断れなかった。小百合は仕方なく言った。
「……わかったわ、みなさんをご招待するわ」
もう下校するころには小百合は精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。
ラナを含めて四人の少女たちが仲良く下校するそのすぐ後ろを小百合が歩いていた。ラナたちはしばらくは四人で楽しそうにおしゃべりしていたが、やがて小百合の周りを囲んで歩き始める。
「聖沢さんって、もっとおしとやかな感じだと思ってたけど、ぜんぜんそうじゃないんだね」
由華が言うと小百合は微笑を浮かべる。
「わたしはお嬢様なんかじゃないわよ。少し前まで普通の中学校に通っていたし、住んでいたのは六畳のアパートだったの」
「お話してみたら頼りになるお姉さんって感じで驚いちゃった」
海咲が言うと、香織が頷いた。
「怒った時はお母さんみたいに迫力があったわ」
「それは言わないで……」
小百合は女子同士でそんな他愛のない会話をしたのは久しぶりだった。どこか懐かしい心温まる感覚があった。母が亡くなる前は普通だったことが、今は特別なことのように感じられた。
屋敷ではラナが連れてきた友達をメイドの巴と執事の喜一が笑顔で迎えてくれた。五人の少女は応接間に通された。その部屋の作りを見た少女たちは声も出なかった。扉を開ければ広い部屋の中央に木目の美しいテーブルがあり、その前に毛皮の敷いてあるソファーが置いてある。扉から向かって右手の壁に暖炉、左手には壁に数枚の絵画が、奥はほぼ全面窓になっていて、レースのカーテンを通して柔らかな光が部屋全体を照らしていた。大理石の床の上には緑色の絨毯が敷いてあり、左奥には100インチの液晶テレビもあった。
「外から見たお屋敷もすごかったけど、これは何て言ったらいいんだ……」
「確かにラナちゃんのいう通り、お城みたいな家だね……」
由華と海咲が言った。
「わたしもこの部屋に入るのは初めてよ、お客さんなんて今まで来たことなかったから」
小百合も見た事もない豪華な部屋の作りに少々面食らっていた。その中でラナだけはさっさと部屋に入ってソファーに座っていた。
「うわ、すっごいよこれ、ふわふわだよ~。小百合のベッドの100倍くらいふわふわかも~」
「あんたは余計なこというんじゃないの!」
それから少女たちはソファーに座ってテーブルを囲み、楽しいおしゃべりが始まった。小百合は積極的に参加はしなかったが、ラナたちのおしゃべりを聞いているだけでも楽しい気持ちになれた。
「失礼いたします」
巴がノックしてから部屋に入ってくる。
「本日は京から取り寄せた和菓子と干菓子がありますので緑茶にいたしました」
少女たちの前にもはや芸術といっていいレベルの細工が施された生菓子と、工芸品と見まごうばかりのきらびやかな干菓子が並んだ。
「うわぁ、すごい、きれい!」
そういうラナ以外は喜びを通り越して呆然としてしまっていた。
「玉露でございます」
巴がお茶を出し最後にこういった。
「ご主人様にお話ししましたら、ぜひ皆様にお出しするようにと」
それを聞いた小百合は平手打ちされたような衝撃を受ける。
「お爺様が!?」
「孫おもいの優しいお爺様なのね」
そういう香織に小百合は何も答えられなかった。
巴が去り、由華と海咲が茶菓子を見ながら言った。
「これ、本当に食べていいのか?」
「こんなにきれいだと躊躇しちゃうわね」
「これ、すっごくおいしいよ~」
ラナはきれいな干菓子をばくばく食べていた。
「そういう感覚が全くない人もいるのね……」
小百合がラナを横に見ながら言った。
それからまた楽しいひと時が始まる。少女たちはまたしばらくおしゃべりしていたが、話が途切れて沈黙が訪れる瞬間があり、その時に香織が内なる決意を表す強い表情になっていった。
「ずっと気になってたんだけれど、聖沢さんのあの噂って本当なの? その、お母さんがつい最近亡くなったっていう……」
「それは本当のことよ」
小百合は穏やかに答えた。亡くなった母のことに触れられても不思議と嫌だという気持ちはなかった。
「良かったら、お線香あげさせてもらってもいい?」
「わたしたちも」
海咲と由華が小百合を見つめる。小百合は黙って頷いてみんなを生前母が使っていた部屋に案内した。
由華も海咲も香織も、しばらく仏壇の前で手を合わせていた。三人の少女たちは後ろに座っていた小百合とラナの方に振り返る。香織が涙を零している姿を見て、小百合は胸が締め付けられるような、温められるような、不思議な感じを覚えた。香織は涙を零しながら言った。
「お母さんがいなくなったらどんなに悲しいだろうって何度も考えてみたけど、そんなこと想像することもできなかった。聖沢さんはわたしには及びもつかない悲しみや苦しみを耐えて生きているんだって思うと心配でたまらなかったわ。こんなわたしでも、少しくらいは聖沢さんの支えになれるかもしれない、そうできたらいいなって、ずっと思ってたの」
海咲と由華にも同じような思いがある。二人の真剣な眼差しが、ものを言うよりも雄弁に語っていた。香織の言葉を聞き、海咲と由華の心を知ると、小百合は自分の愚かさを恥じて顔をうつむけ床を見つめた。
「……ごめんなさい。みんながこんなにわたしのことを思ってくれていたのに、わたしは心を閉ざして誰の気持ちも分かろうとはしなかった。本当に自分が恥ずかしいわ」
小百合は三人の前に手を出した。
「良かったらラナだけじゃなく、わたしとも友達になってほしいわ」
小百合の手に三人の少女の手が重なり、最後にラナの手が重なった。ラナがみんなに笑顔を振りまくと、他の少女たちの顔も自然と笑顔になっていった。
香織たちが帰って小百合とラナが自分たちの部屋に戻ると、リリンはベッドの上に口をへの字にして座っていた。可愛らしいぬいぐるみの表情は明らかに怒っている。それを見た小百合が言った。
「どうしたのリリン?」
「どうしたのじゃないデビ! リリンは一人でつまらなかったデビ!」
「ご、ごめんね、ちょっと友達が来てて」
「ずっとこの部屋に一人はもう嫌デビ! リリンはずっと小百合とラナと一緒にいたいデビ!」
「ほらほら、リリン、お土産にきれいなお菓子を持ってきたよ~」
ラナが小さな子供をあやすような調子でいって、紙に包んである京の干菓子を出す。リリンはその中から桜の花の形をした小さな砂糖菓子をとって口に入れた。
「とっても甘くておいしいデビ。でも、こんなお菓子程度じゃリリンの怒りは収まらないデビ」
「どうしたら許してくれるの?」
小百合が言うと、リリンはへの字の口がにっこり微笑みになる。
「明日からリリンも小百合たちと一緒に学校にいくデビ」
「ちょ、ちょっと待って、それはだめよ! あなたのことが学校のみんなに知られたりしたら、どんな騒ぎになるか」
小百合が言うと、またリリンは不満げに口を結んで顔を怒らせる。
「どうしてデビ? 前はリリンを毎日学校につれていってくれたデビ」
「それは、ただのぬいぐるみだったからね……」
「いやデビ! いくデビ! リリンも学校にいきたいデビ! つれていってほしいデビ!」
リリンはベッドの上にうつ伏せに身を投げ出し、両手両足、黒い羽まで動かして暴れまくる。小百合は困り果ててしまった。一方、ラナは何やら楽しそうな顔をしていた。
「リリン、駄々っ子だねぇ~」
「困ったわねぇ……」
「連れて行ってくれないならいいデビ、リリンは公園にいって、みんなにこの姿を見てもらうデビ。そうしたらきっとお友達もたくさんできて楽しくなるデビ」
「この子ったら、なんてとんでもない事をいいだすの!?」
「おお、おどしにきた! さすが悪魔だね!」
「どうするデビ?」
小百合は深いため息をつく。リリンの狡猾さの前に、兜を脱ぐ以外にはなかった。
「わかったわ、わたしの負けよ。その代わり、絶対に誰にも見つからないようにしてね」
「やったデビ、嬉しいデビ~、明日から小百合とラナと一緒に学校デビ!」
星形の肉球を見せながら万歳するリリンの前で小百合はまたため息をついた。ラナの転校に続き、悩みの種が増える一方であった。