魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦   作:四季条

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第31話 現れる最後のリンクルストーン!! フェリーチェの怒り爆発!!?
みんなの魔法


 スマホンのポーチの内側で何かが赤く輝いて、フェリーチェがスマホンに手を近づけた。その行為を完遂しないうちに、フェリーチェが闇と悪意の膨張を感じ取り、頭と首が一つになってしまったヨルムガンドを見上げる。他のプリキュアたちの間には、もう勝利したような空気があって油断が生まれていた。

 

 ヨルムガンドの首元から頭、そこに寄生しているロキまで厚い氷に覆われている。苦し気だったロキの赤い目が力強く見開かれると、それに連動してヨルムガンドに残された一対の真紅の双眸が光を放ち、氷の内側で反射して拡散する赤光をフェリーチェは見た。彼女があっと息を飲み、花咲く瞳が瞬間の恐怖を映した。

 

「いけない!!」

 

「カアアアァーーーッ!!」

 

 氷の中からロキの怒れる叫び声が起こり、口を開いた状態で氷漬けになっていたヨルムガンドが暗黒の魔砲を吐き出した。強大な闇の力が分厚い氷を内側から粉砕し、ヨルムガンドを覆っていた氷が一気に崩れ落ちる。そして、近距離からの不意打ちにプリキュアたちは無防備な状態で攻撃を受けることになった。

 

 ヨルムガンドの口腔から膨大な闇のエネルギーが大地に撃ち込まれ、数瞬後に爆発し円柱状に闇の壁が噴き上がり、闇の結界の天井にまで達した。闇の壁が一気に広がりプリキュアたちに迫ってくる。ミラクルはその時に、身の安全など二の次にしてモフルンとリリンの姿を探した。そして空中にいる二人を見つけると、ジャンプして二人のぬいぐるみを抱き込んで守る。それとほとんど同時に5人のプリキュアが上へと吹き上がる津波のような闇に巻き込まれた。

 

 乙女たちの上げる悲鳴など上に向かう激流となった暗黒の轟音に砕かれて消え去った。円柱の闇の壁は外側に向かって広がり、闇が通り過ぎた後にはフェリーチェの魔法によって再び命を取り戻した花々が見る間に萎れて枯れ果てていった。そして、下から吹き上がる膨大な闇の魔力を受け取った結界の闇の色が濃くなり、薄く外の世界が見えていた状態から完全なる暗黒となった。

 

 闇に呑まれて上空に高く打ち上げられたプリキュアたちは、次々と枯れた花園に墜落していく。全員が激しく傷つき、ぬいぐるみたちを庇っていたミラクルの腕の力もなくなり、ぬいぐるみ二人の上からミラクルの両手が滑り落ちた。

 

「モフーッ!? ミラクル!? マジカル!?」

「プリーステス!? ルーン!? しっかりするデビ! 起きるデビ!」

「フェリーチェ! 目を覚ますモフ!」

 

 モフルンとリリンがプリキュアたちの体を揺らしても、なかなか目を開けなかった。

 

「ハッハッハハハ!」

 

 唯一残ったヨルムガンドの頭の上で、ロキが自分の両手を見て笑っていた。最初は驚きを通り越して思わず出たというような、感情が定まらない乾いた笑い方だった。やがてそれが爆発して空前絶後の絶笑に急変した。そんなロキの笑声を聞いて、モフルンとリリンは少し怖くなってしまった。

 

 ロキの叫び声に近い笑いがしばらく続き、やがて収まってくる。プリキュアたちはまだ倒れていた。

 

「クハハハハ! イーッヒャハハッ! こいつはすげぇ! 奇跡だっ!!」

 

 ロキの顔に大きく弦月型の黒い笑みが刻まれ、まるで顔が二つに裂けているように見える。赤い二つの目は嫌らしい弓形になって、あまりにも異様な笑顔を呈していた。

 

「ありがとよプリキュア共! おめえらがヨルムガンドの首二つ吹き飛ばしてくれたおかげでよお! 分散していたヨルムガンドの意識が消えて、俺様は完全にヨルムガンドを支配することができたぜ! おめえらの魔法のおかげでなぁ! ハアッハハハハハハッ! こりゃあ、笑いが止まらねぇぜっ!!」

 

 モフルンが口の辺りに手を置いて震えていた。

 

「た、大変モフ……」

「これはまずい感じデビ……」

 

 ぬいぐるみたちの背後で人の動く気配がする。二人が振り返ると、フェリーチェが手をついて起き上がろうとしていた。他のプリキュアたちも息絶え絶えに起き上がろうと動き出す。

 

「モフッ!? ミラクル、マジカル、フェリーチェ!」

「デビッ!? プリーステス、ルーン!」

 

 二人のぬいぐるみが見ている前で、5人のプリキュアたちが力を振り絞って立ち上がる。疲弊しきった乙女たちの姿に二人の星の宿りし瞳に涙が浮かんだ。

 

「大丈夫です。二人とも心配しないで下さい」

 

 傷ついた姿に反して、フェリーチェの目は強く輝いていた。こんな状況になっても、彼女の中には一欠けらの絶望もなかった。フェリーチェの心が他のプリキュアたちにも伝わっていく。

 

「何があってもあんな奴には負けられないから!」

「わたしたちが諦めたら、この世界が終わっちゃう!」

 

 マジカルとミラクルが立ち上がり、

 

「フレイア様の仇を討つまで倒れることなど許されない!」

「絶対に負けないよっ!」

 

 プリーステスとルーンも立ち上がった。

 

 5人のプリキュアがロキとヨルムガンドを睨みつける。しかし、眼光は強くとも、みんな肩で息をしているような状態だった。

 

「相変わらず諦めの悪い奴らだ。はたしてこれを見ても、そんな世迷い事をのたまっていられるかな?」

 

 ロキが突然、獣じみた雄叫びをあげ、それが島中に轟いた。そして、ロキと一体になっているヨルムガンドの壮大な体躯がみるみる縮んでいく。ヨルムガンドを形作っていた無限大の闇が凝縮されて邪悪なる黒い肉体に変成されていく。

 

「ウオオォーーーッ!」

 

 ヨルムガンドだったものが、雄叫びとともに人型の黒炎となって現れた。上半身から黒い炎が消えていくと、黒き肉体美の巨人が姿を現す。全身に躍動する筋肉はヘラクレスの彫刻の如く壮観で、手足の形は竜のまま変わっておらず、五指には刃物のように鋭い爪が生えている。黒い炎がズボンのように下半身だけを覆い、頭部には燃え立つような真紅の髪から水牛のように立派な黒い角が突き出ていた。そして彼は口元から白い牙を見せて他人を侮るような笑みを浮かべ、目を開けた。同時に目を縦に描いたような奇妙な文様が額から眉間、左右の上腕筋と胸筋から腹筋にかけて、そして背中から展開する巨大な黒竜の翼の内側にも出現する。その身の丈はプリキュアたちの倍ほどあるが、ヨルムガンドの巨大さに比べれば小人に等しい。しかし、今のロキからプリキュアたちに向かって吹き付けてくる闇の気配はヨルムガンドのそれよりも遥かに強大であった。

 

 ロキの二重の円環に囲われた赤い瞳がプリキュアたちをねめつけ、自身の肉体美を見せつけるように両腕を上げ両手を拳にして上腕に石のように硬い力こぶを作り、それに合わせて全身の筋肉も躍動した。

 

「フシュゥーーーッ」

 

 ロキが息を大きく吐き出すと、全身に充実する闇の魔力が一緒に出て黒い吐息となった。そして生まれ変わった闇の王ロキは満面の笑みを湛えて叫んだ。

 

「これぞ闇の魔法の究極系! 力がみなぎるぜ! 俺様はヨルムガンドの力を我がものとした! そして今、デウスマストを越える存在となったのだ!!」

 

 

 

 フェンリルは校門の前でずっと空から落ちてきた島を見下ろしていた。先ほどまでは島を覆う結界の闇が薄く島の形が見えていたが、今は結界の闇が濃く黒く塗りつぶされて何も見えない状態になっていた。

 

「闇の気配が強くなっている、吐き気がするほどだ……」

 

 フェンリルは片手で口を押えて、本当に気分がわるそうだった。それをハティが心配そうに見上げている。

 

「あの中で何かとんでもないことが起こっているな。負けるなよ、プリキュア」

 

 杖の樹の塔から闇の雲を見上げる校長も強烈な闇の魔法の気配を察知していた。

 

「闇が魔法界を覆い尽くそうとしておる、今がその時か」

 

 校長先生が右手を横に出して手を開くと、魔法の杖が現れてその手のひらに納まった。

 

「リズ先生、君の力が必要になるだろう。何が起こっても冷静に対処してもらいたい」

「はい」

 

「予言によれば、交わりし二つの伝説と、それに連なる言霊のみが闇を打ち砕く。二つの伝説に連なる言霊とはすなわち! 皆の魔法だ!」

 

 校長先生は魔法の杖を持ち上げてから、強く地面を突いた。

 

「光の秘術、生命転魔!」

 

 校長先生の足元から白い魔法陣が広がっていく。それを認めたリズが戦慄して声を上げた。

 

「その魔法は!? 校長先生、いけません!!」

 

「この魔法が危険なことは重々承知の上、それでもやらねばならぬのじゃ! わしがここで命をかけなければ、魔法界も、生徒たちも救うことは出来ぬ!」

 

 校長先生の凄まじい気迫の前にリズは絶句した。そして校長は、杖の先の宝玉と円環を闇の群がる空へと向けて呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ!!」

 

 上空に巨大な光の魔法陣が広がっていく。白い魔法陣の中央には月食で半分欠けている太陽を示す紋章があり、その大きな太陽の外側に対称に小さな太陽と三日月が描かれている。その魔法陣が太陽そのものであるかのような光を放ち、周囲の黒い雲を消していった。

 

「むおぉ……」

 

 老人の姿になった校長が両膝をついて魔法の杖で体を支えた。

 

「校長先生!!?」

 

「リズ先生、わしのことはいい! 君が皆に呼びかけてくれ!」

 

「わたしが……呼びかける……?」

 

「プリキュアが闇に打ち勝つには、皆の魔法の力が必要なのだ。あの魔法陣に向かって呼びかければ、魔法界中に君の声が届く。今のわしでは皆に声を届けることは叶わぬ」

 

「わたしが……」

 

 リズはいきなり途方もない大役を任されて迷いが生まれてしまった。そんな彼女を校長先生が優しい目で見つめて言った。

 

「君はわしの後継者になる資格がある。水晶がそれを予言した。とは言え、校長の椅子を譲る気などは毛頭ないがね」

 

 冗談めいた校長の言葉で強張っていたリズの表情が解けて笑みが浮かんだ。

 

「校長先生ったら」

 

「少しは気が楽になったかね? よく聞き給え。これはわしの後継者の資格のある君にしか頼めぬことなのだ。魔法界が認めた君の声ならば、皆の心に必ず届く。自分を信じるのじゃ」

 

「校長先生、わかりました!」

 

 リズは校長先生と同じきりっとした指導者の表情になり、タクトのような魔法の杖を空で白く輝く魔法陣に向けた。

 

「キュアップ・ラパパ! 声よ、響き渡れ!」

 

 

 

 闇の雲は魔法界全土に広がっていた。今の魔法界を宇宙から見れば、闇に覆われた漆黒の惑星だ。魔法界中の人々がこの異変に不安を感じて空を仰ぐ。魔法界が生まれてからこれほど不吉な現象に見舞われたことはない。魔法の森では動物たちが安全な場所を求めて大移動を始めていた。

 

《みなさん、聞いてください!》

 

 凛としたうら若き乙女の声が魔法界の隅々まで響き渡る。その声を聞いた人々の不安が和らぎ、逃げ惑っていた動物たちはぴたりと足を止めて耳をそばだてた。魔法界で生きる意志ある者の全てが声の響いてくる暗い空を仰いでいた。

 

《今、魔法界の、この世界の生きとし生ける全てを守る為に、伝説の魔法つかいプリキュアが邪悪な闇の魔法と戦っています! その中にはわたしの妹もいます。みんな魔法学校の生徒です。そして、みんな普通の女の子なのです。そんなあの子たちが、勇気を振り絞って強大な敵と今戦っているのです!》

 

 魔法界のあらゆる場所で全ての魔法つかいがその声を聞いていた。そして大部分の人々がリズの声を聞きながら自然と魔法の杖を手にしていた。

 

《これはあの子たちだけの戦いではありません! 魔法界に住む全ての人間にとっての戦いなのです! わたしたちが戦わなければ、きっと魔法界は闇に閉ざされるでしょう! どうか、みなさんの力を貸してください! みなさんの心と魔法を届けて下さい、あの子たちに!》

 

 

 

 杖の樹の近くで空にある光の魔法陣を見上げるリズは、天に届けとばかりに魔法の杖を高く上げて可愛い妹や教え子たちへの思いを乗せて魔法の呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!!」

 

 闇に閉ざされた魔法界の空に力強くも清らかな乙女の声が渡る。

 

 校門の前でリズの姿を見上げていたフェンリルも右手のブレスレットを高くあげて唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!」

 

 その姿をハティがぽかんとして見上げていた。

 

「ハティ、お前も唱えろ、魔法の言葉を。こんなところで魔法界がどうにかなっちまったら、これから山ほどある楽しいことがなくなっちまうよ」

 

「うん!」

 

 ハティは生まれた時に授かった青い宝石の付いている魔法の杖を両手で持って上に掲げる。

 

「キュアップ・ラパパ! プリキュアがんばれ!」

 

 

 

 

《キュアップ・ラパパ!!》

 リズの呪文が魔法界に住む人々の心に、大地に沁み込んでいく。

 

 リズの言葉と魔法に感化された魔法界の全ての人間が魔法の杖を闇の空に向けて、キュアップ・ラパパの呪文を唱える。言葉を持たない動物たちも、心の中でキュアップ・ラパパの魔法の言葉を唱えていた。

 

 人々の少女たちを応援する心、闇の魔法に立ち向かう勇気、魔法界を愛する気持ち、そういう思いが一つになった時、魔法界中でバラバラに紡がれていた魔法の言葉も一つになった。

 

「「「キュアップ・ラパパ!!!」」」

 

 人々の心のこもった魔法が闇の結界で隔絶された島へと通じてゆく。フェンリルとハティがその様子を見ていた。まるで雪のようにも見える小さな光の粒が無数に降ってきていた。その数と密度が見る間に増していき、その様子は半球形に広がる闇の結界にのみ集中する降雪のように見えた。


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