翌朝、小百合はラナと一緒にいつものように登校する。小百合の鞄の中からリリンが顔をのぞかせているのも以前と変わらないが、そのリリンは前と違って自由に動いておしゃべりする。登校の間、リリンは鞄の中から外の様子を見て楽しそうに頷いていた。そんなリリンの耳に二人の声が届いてくる。
「ラナ、魔法つかい用語は禁止ね。もしまた魔法だの魔法界だの変なこといったら、もう学校には連れてこないからね」
「え~、なんでそんなこというの?」
「フォローするわたしの身にもなってちょうだい。昨日ボロが出なかったのは奇跡だったわ」
「苦労かけますなぁ、おねいさん」
「わかってるなら、少しは考えて話しなさいよ! とにかく、魔法に関することは一切口にしないこと、いいわね!」
「わかった、お口にチャックしておく!」
「本当に魔法であんたの口をチャックにできたらどんなにいいかと思うわ。それと、授業中に居眠りするのも止めなさい。うちの学校で居眠りなんてしてるのはあんただけよ、本当にあり得ないわ」
「だって、眠くなっちゃうんだもん」
「それは授業に集中していないからよ! ちゃんと聞いてなさい!」
「はぁい……」
「それにしても、先生方は何であんたが寝ていても注意もしないのかしら? 不思議だわ」
リリンはそんな二人の何気ない会話を聞いているだけでも楽しかった。
朝のホームルームから一時間目の授業が始まるまで小百合は後ろにある自分のロッカーを気にしては見ていた。リリンが動いているところを誰かに見られたらと思うと気が気ではない。リリンは鞄の中から顔を出した状態で大人しくしていた。やがて眼を閉じて眠っているような様子になった。小百合はひとまず安心して英語の授業に集中した。小百合が勉強で発揮する集中力は半端なものではなく、一度スイッチが入ると周りのことなど気にならなくなる。先ほどまで気になって仕方がなかったリリンの事も、たちまち頭の片隅においやられた。
昼休みまでは何事もなく過ぎ去った。校庭の木陰で3人で昼食をとり、その後は学校内で闇の結晶探しを始める。
「ほら、あそこにあるよ、あの木の上の方!」
「あれじゃどうしようもないわね」
「わたしが箒に乗って取ってくるよ!」
「駄目よ学校内で箒なんて、目立ちすぎるわ」
「じゃあ、リリンがとってくるデビ」
「見つからないようにね」
「大丈夫デビ!」
リリンが木の上の方に飛んでゆくと、小百合は周りを警戒した。学校の裏庭で人が少ない場所だったので、リリンが誰かに見られるような心配はなさそうだ。やがてリリンは闇の結晶を持って降りてくる。ラナがポシェットを開け、リリンはその中に結晶を入れると小百合が言った。
「これで四つ目よ。学校内だけでもこれだけ闇の結晶があるなんて」
「放課後も公園とかでさがしたほうがいいよね」
「そうね、今日から放課後も闇の結晶を探しましょう」
そして昼休みが終わり、次の授業は数学だった。このぐらいになると、リリンは鞄の中でじっとしてるのが退屈になってきていた。
「夕凪さん、この問題を解いてもらえるかしら?」
「はい!」
担任のメガネの先生にさされてラナは元気いっぱいに手をあげて出ていく。小百合もラナの動向に注目した。その時にリリンが鞄の中からはい出していることには気づかなかった。ラナは白いチョークをとり堂々とした態度で黒板の前に立った。そこでラナの動きが止まる。
「夕凪さん、どうしたのかしら?」
「先生、ぜんぜんわかりません!」
クラス全体が失笑する。全てが堂々としているラナの態度がとても面白かった。小百合だけはあきれ顔でラナを見ていた。その時に、ラナと先生の視線があらぬ方に集中した。先生は羽の付いた黒い物体が後ろのドアから教室を出ていく瞬間を目撃した。
「あ、でてった~」
「今のは一体……?」
あっけらかんとしているラナに対し、先生は呆然と立ち尽くす。二人の妙な様子に小百合の嫌な予感が頭をもたげてくる。ラナが小百合の顔を見て笑顔でウィンクして親指を立てて見せた。その時に小百合は自分のロッカーを見返した。鞄の中にリリンの姿はなかった。
――何を喜んでるのよ、馬鹿なの!?
小百合はラナの意味不明な行動に激怒し、リリンがいなくなったことで冷や汗が出てきた。
「……気のせいよね」
先生はそういって授業を再開する。
ラナが席に戻ってくると、小百合は小声て言った。
「すぐに探しにいくわよ」
「授業中だよ、どうするの?」
「わたしのいう通りにやって」
それから二人は密やかに話し合い、ラナが急に騒ぎ出した。
「痛い痛い! 急にお腹が!」
「どうしたのラナ! とにかく保健室へ!」
小百合はうむをいわさずラナを引き連れ、教室を出る時に言った。
「先生、この子を保健室に連れていきます」
「はあ、気を付けて……」
小百合が教室から出ていく時に、先生の間の抜けた声が後ろから聞こえた。
二人は廊下に出るとすぐに走り出す。
「手分けして探すわよ、早く見つけないと大変なことになるわ」
「うん! じゃあわたし向こう探すね~」
二人が必死になって学校中をかけずり回っている時に、巨躯の異様な男が校門から校庭に入ってきていた。
「闇の結晶のにおいがするぜ」
オーガのボルクスだった。ボルクスが校内に侵入すると、体育の授業中の生徒たちがその恐ろしい姿に気づいて騒ぎ始めた。すぐに何人かの教師も彼の姿に気づき、警察を呼ぶ事態にまで発展した。
リリンは校内を好き勝手に飛んで楽しんでいた。
「学校は楽しいところデビ、もっと色々見てみたいデビ」
リリンは理科室のある方に向かって飛んでいた。一方、小百合とラナは一年生から三年生までの教室はあらかた回って合流していた。
「あと残っているのは特殊教室のある四階ね」
「急ごう!」
二人が四階への階段を駆け上がってたころ、リリンは理科室の前を通りかかった。その時、いきなり教室のドアが開いた。
「いいですか皆さん、絶対にここから動いてはいけませんよ。わたしは職員室にいって状況を確認してきます」
その白衣の髪の長い女性教師が教室のドアを閉めて振り向くと、目の前でリリンが飛んでいた。
「……え?」
「デビ?」
理科の先生は目の前にいるのが何なのか理解できずに固まっていた。リリンの方も小百合に見つからないようにと言われていたことを思い出して動かなくなった。互いにどうしたらいいのか分からない状態で数秒が過ぎた。そこへ小百合とラナが走ってくる。
「うわ、もうだめだよ、見つかっちゃってるよ!」
「とにかく何でもいいからごまかすのよ!」
小百合にそう言われるとラナは全速力で走って現場に飛び込んでいく。
「ああ、わたしの超高性能ネコ悪魔ロボットのリリンがこんなところに!」
リリンは時が止まったように急に動きを止めて落下した。それを小百合が走り込んできて受け止める。理科の先生は唖然としたまま動かなかった。
「大変だわ、電池が切れてしまったわ!」
「うわあ、大変! 電池さがしに行かなきゃ!」
「先生、どうもお騒がせいたしました!」
小百合は理科の先生に頭を下げると、ラナと一緒に走り去って階段の方に曲がって姿を消した。理科の先生は二人がつむじ風のように消え去った後に言った。
「……最近の技術革新はすごいわね」
何とかリリンを見つけることができた二人は屋上に続く階段の途中で息を荒くして座っていた。小百合はリリンを抱きしめたまま言った。
「われながら酷い言い訳だったわ」
「でも何とかごまかせたね!」
「二人とも、無茶しすぎデビ」
「原因を作ったあんたがそれを言う!?」
その時、近くの教室から騒ぎが聞こえてきた。それに続いて、何人かが廊下を走ったり階段を上がってきたりと、明らかに異常な空気が漂っていた。
「外になんかすごいのがいる!」
そんな声を察知した小百合が言った。
「何だか様子がおかしいわ、屋上にいってみましょう」
三人が屋上のテラスに出ていくと、校庭でとんでもない騒ぎが起こっているのが見えた。数人の警察官が途轍もない大男を囲んで拳銃を構えていた。
「あれ、公園で襲ってきたオーガだよ!」
「闇の結晶を奪いにきたんだわ」
校庭では警察官たちが極限の緊張状態でボルクスに近づいていた。
「貴様、そこを動くんじゃない!」
「うるせぇぞ人間ども、俺の邪魔をするんじゃねぇ!」
ボルクスが闇のにおいをたどって顔を上げる。すると、屋上にいる少女二人が目に飛び込んできた。
「あれはこの前のガキどもじゃないか! ちょうどいい、闇の結晶を頂くぜ」
それからボルクスは鼻をひくつかせ、一人の警官に目を付けて近づいた。
「おめぇからも強い闇のにおいがするぞ、うんん?」
「ひ、ひいぃっ!」
ボルクスに迫られた警官は情けない悲鳴をあげる。この時にボルクスは彼が手にする拳銃に黒い結晶が付いてるのを見つけた。
「そんなところに闇の結晶が! ようし!」
ボルクスは拳を合わせ、野太い腕を天に向かって突き上げる。
「いでよ、ヨクバール!」
天井に現れる黒い魔法陣、さらに黒い雲が見る間に広がり、辺り一帯を暗い色に染めあげる。魔法陣に描かれた竜の頭蓋骨が怪しく輝き、警官の持っていた拳銃と闇の結晶がそこに吸い込まれていった。黒い魔法陣から竜の頭蓋骨が実体化し、吹き出す闇色の霧が形を成していく。長い爪の付いた巨大な二本の腕、トカゲのそれと似た二本の脚、背中の方から生えてきた尻尾が地面に叩きつけられる。全体が青く燃える竜骸骨の口からは銃口が突き出ていた。現れしは胸から頭に拳銃を埋め込まれたような怪物、全体はチラノザウルスのような姿で拳銃以外の部分は黒くメタリックな輝きを帯びていた。骸骨のアイホールが赤く怪しく輝くと、近くにいた警察官は恐怖のあまり逃げ出していた。
「ヨクバアァーーーールッ!!」
獣のごときヨクバールの咆哮が辺りに轟いた。
屋上にいても混乱する生徒たちの声が小百合たちまで届いた。
「なんてこと! 学校のど真ん中でヨクバールを召喚するなんて!」
「小百合!」
ラナが右手を出すと、小百合は頷いてその手を左手でしっかり握る、瞬間に現れる赤い三日月と黒いとんがり帽子の紋章、つながった手を後ろ手に二人の少女は闇の衣に包まれて、互いのブレスレッドを高く掲げる。
『キュアップ・ラパパ! ブラックダイヤ!』
魔法の呪文で二人のブレスレッドに黒いダイヤが現れて、そこからあふれる光がリリンのリボンの中心に吸い込まれる。そして現れたのは黒いダイヤのリンクルストーン。二人が手を開くとリリンが勢いよく飛び込んでいく。三人で手を繋いで輪になれば、リリンの胸に黒いハートが現れる。命育む聖なる闇が三人を包み込み、星々が輝く宇宙へと誘う。
『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』
三人で手を繋いで輪となり、闇の中に咲いた花のように広がって無限に続く宇宙をダイブしていく。その姿が闇の中に消えた時、月と星のヘキサグラムが現れて輝きを放つ。
次の瞬間には、学校の屋上に現れた月と星のヘキサグラムの上に黒いプリキュアとなった少女たちが召喚された。プリキュアたちは屋上から左右に跳んで交差してから校庭へと着地する。
「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」
「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」
少女たちが後ろ手に左と右の手を繋いで体を合わせる。互いのブレスレッドを合わせ目を閉じて優しく互いの手を握り合えば、慈しみ合う少女たちの色香が漂う。二人は離れると、後ろ手に握った手を放して前に出し、力強くも可憐な声が学校中に響き渡った。
『魔法つかいプリキュア!』
現れたプリキュア達に学校中の生徒が色めき立ち、ボルクスは驚きのあまり目を丸くした。
「なにぃ、俺のヨクバールを倒した黒い奴らの正体はあのガキどもだったのか!? しかもプリキュアだと!? ロキ様はプリキュアはもう現れないといっていたぞ!?」
ダークネスは校庭を踏みしめてボルクスを睨みつけた。
「あんた何考えてるのよ、こんなところでヨクバールなんて召喚して! 人がたくさんいるのよ、何かあったらどうするのよ!」
「そうだよ! わたしの友達だっているんだからね!」
ウィッチも両手を拳にしてボルクスを罵る。ボルクスはいきなり不意打ちをくらったように驚かされた。
「な、なんだ、何でこいつらそんなに怒ってるんだ? ええい、よくわからんが、やれヨクバール! プリキュアどもをひねりつぶせ!」
「ギョイーッ!」
ヨクバールが叫び声をあげ、頭を突き出して突撃してくる。二人の後方には学校の校舎があった。ダークネスは身構えて言った。
「何としても学校は守らなければ」
「やらせないよ!」
ウィッチが前に出ると、それに続いてダークネスも走る。
迫るヨクバール、ウィッチの攻撃にダークネスは合わせ、二人は飛んで完璧なタイミングで同時にヨクバールの額に拳を叩き込んだ。
『たあぁーっ!』
ヨクバールは吹っ飛んで自身が走ってきた軌跡をたどり、校庭の中心辺りに墜落して地面が陥没する。二人で着地するとウィッチはダークネスに言った。
「他にも色んなリンクルストーンがあるから使ってみようよぅ、ワクワク」
「まるで理科の実験にワクワクする小学生のようね。でも、その意見には賛成よ。使ってみないことにはどんな魔法が込められているのか分からないものね」
「じゃあ、どんどんいってみよう!」
二人はブレスレッドの付いている腕を横一文字に振った。
「リンクル・ブラックオパール!」
「リンクル・ジェダイト!」
ダークネスのブレスレッドに黒地の中に七色の遊が宿る楕円の宝石が、ウィッチのブレスレッドには草原の緑を思わせる照りのある丸い宝石が現れる。
「ヨクバールッ!」
再び頭突きをしながら突撃してくるヨクバールに向かってダークネスは右手を広げた。すると、目の前に黒い円形の障壁が広がる。そこに突っ込んできたヨクバールは障壁に激突して跳ね返る。
「ブラックオパールは防御の魔法ね」
ダークネスの目の前でヨクバールが横なぎの竜巻を受けて後退していく。
「ジェダイトは風の魔法だ!」
ウィッチは言って、再び左手を横に振る。ダークネスもそれに呼応するように右手を横に。
「リンクル・インディコライト!」
「リンクル・スタールビー!」
ウィッチのブレスレッドに青色に輝くトルマリン、ダークネスのブレスレッドには6条の白線が入っているルビーが輝きを放つ。ヨクバールは二人のプリキュアに睨みを効かせながら動きを止めていた。
校舎の3階にある3年一組の教室では窓から外を見ながら由華たちが騒いでいた。
「どうなってんの? あれ、映画の撮影かなにかか?」
「違うんじゃないかな、地面とか壊れてるし……」
そういう海咲の体は震えていた。校庭にいる怪物が本物だとしたら、こんな恐ろしい事はない。その隣で香織は怪物と対峙する二人の黒い乙女を見つめていた。
「あの怪物が本物なら、あの黒い女の子たちは正義の味方かしら?」
「がんばれ、正義の味方!」
由華が叫ぶ声がウィッチの耳に届く。するとウィッチは何を思ったか箒に乗って三年一組の教室に向かっていった。
「こっちに来るよ!?」
由華が興奮して言う。ウィッチは彼女らの目の前まで飛んできて人差し指を立てた。
「正義の味方じゃないよ、正義の魔法つかいだよ~」
「はぁ……」
由華が気の抜けた声を出す。そんなことをわざわざいいに来るウィッチに、由華も海咲も香織もその他大勢の生徒達も唖然としてしまった。
「あんた何やってんのよ! ふざけてないで戻ってきなさい!」
激怒するダークネス、その隙を突いてヨクバールが口を開けた。拳銃の銃口がダークネスに向けられる。
「ヨクバァーーール!」
銃口から青い光を放つ弾丸が三発立て続けに撃ちだされる。ダークネスが気づいて後ろに跳ぶと、二発は今までダークネスがいた場所に撃ち込まれて爆発する。一発は外れて校舎にの方に飛んでいく。
「まずいわ!」
ダークネスは前屈みに跳躍して弾丸を追い抜き校舎の前に立つ。そして目の前に迫っていた青い弾丸を右手で弾き飛ばした。その弾丸は弧を描いて校庭の隅に着弾し爆炎をあげる。ヨクバールは続いてウィッチに向かって弾丸を発射した。青く光る弾がまっすぐにウィッチと三年一組の教室に向かっていき、ダークネスが叫んだ。
「ウィッチ、止めなさい!」