魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦   作:四季条

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ラナのとっても素敵な魔法

 その夜、ディナーの時間に小百合とラナが食堂に入ると、いつも座っているテーブルにはなぜか3人分の食事の準備がしてあった。ラナが先に小走りでいってテーブルの前に座り、続いて小百合が椅子を引いて座りながらいった。

 

「どうしてもう一人分の食事があるのかしら? 巴か喜一さんでもくるのかしらね?」

「ちがうよ、おじいちゃんの分だよ。わたしがお願いしたの」

「な、な、なんですってぇ!?」

 小百合は仰天した。

 

「ど、ど、どういうことなのよ、それは!」

「だって、ごはんは二人より三人の方が楽しいから」

「そ、そんなのお爺様に迷惑でしょ!」

「なんで迷惑なの?」

 

 ラナには小百合の気持ちがまるで理解できないようで、本当にわけが分からないという顔をしている。小百合は言葉が詰まってしまう。

 

「そ、それは……」

 

 この時に清史郎が食堂に姿を現し、小百合は黙らざるを得なかった。彼はイタリア製のベージュのズボンにドルモアの黒いセーターを着て登場した。小百合が背広姿以外の祖父を見るのは初めてだった。相変わらず厳めしい表情であるが、ラフな格好のためかいつもよりは雰囲気が和らいでいた。

 

 清史郎は黙って席に座りナプキンを(ひざ)に置くと小百合とラナもそれにならった。聖沢家のディナーは大抵コース料理になっている。前菜から順番に料理が運ばれてくるわけだが、小百合は何を食べても緊張のために美味しいとは感じなかった。ラナは逆に料理をうまそうに食べながら、清史郎のことを時々気にして見ていた。食事は進み、メインのステーキが皿に乗せられて運ばれてくる。もう小百合は食欲をなくして、ステーキなど食べる気がしなかった。その隣でラナは肉を大きめに切っては食べ、前では清史郎が無言で肉にナイフを入れている。この奇妙な静寂をラナが破った。

 

「小百合のおじいちゃんに質問!」

「なにかね?」

 清史郎な食事をする手を止めて言った。

「おじいちゃんは小百合のことが好き? 嫌い?」

 

 それを聞いた小百合はテーブルを叩いて激高した。

「あんた、いきなりなに言ってるの!?」

 

 小百合はラナのデリカシーのなさに怒って睨み付けた。ラナは迷子の幼子のように不安そうな目で小百合を見上げている。ラナは小百合がそんなに怒るとは夢にも思っていなかったのだ。その時、清史郎が止めろとでもいうように、わざと音を立ててナイフとフォークをテーブルに置いた。それで小百合はびくついて怒るのを止めてしまった。

 

「ちょうどいい機会だ、お前とは一度よく話をしなければならんと思っていたんだ。食事が終わったら、わたしの書斎にきなさい、ラナ君と一緒にな」

 

「はい、お爺様……」

 そういう小百合の心は、絶望しているといってもいいくらいに落ち込んでいた。 

 

 

 

 食事が終わると、小百合は自分の部屋で髪を漉いたりと、軽く身だしなみを整えてラナと一緒に清史郎の書斎に向かった。その途中で小百合は階段を上りながらいった。

 

「なんであんたまで一緒なのかしら?」

「うん~、なんでだろう? お小づかいくれるとか?」

「……なんでそんな思考が生まれるのか不思議だわ」

「ちがうかなぁ?」

「100%ちがうと言い切れるわね」

 

 それから小百合は歩きながら斜め下に視線を送り、すまなそうにラナのことを見ていった。

 

「さっきは怒鳴ったりして悪かったわ。でも、あんたはやること成すことがいきなり過ぎるわよ。もう少し考えてものをいってね」

 

「うん、わかった! そうするね~」

 元気よくいうラナを見て、小百合は絶対わかってないなと思った。

 

「まあ、結果的にはこれでよかったのかも。お爺様との関係をこのままうやむやにしておく訳にはいかないもの」

「これでおじいちゃんが小百合をどんなに思ってるのかわかるよね」

「そうね、覚悟はしているわ」

「へ?」

 

 それを聞いたラナは、訳がわからなくて変な声を出して口を開けっ放しにしていた。ラナが言った言葉の意味と、小百合がそれを聞いて理解した言葉の意味は全く違っていたのであった。そんな話のうちに、二人は書斎の扉の前に来ていた。小百合は呼吸を整えてから軽く握った右手を上げる。

 

「行くわよ」

 まるで戦地に赴く兵士のような悲壮な覚悟を決めて目の前の扉をノックする。

 

「入りなさい」

 

 清史郎の声が聞こえて小百合とラナが書斎に入る。清史郎は仕事机の前で腕を組んで座っていた。二人が目の前まで歩いてくると、彼は立ち上がり、後ろで手を組んで二人の目の前を歩き始めた。小百合とラナの前で右へ行ったり左へ行ったりと、その行動には思うように考えがまとまらないという空気がよく表れていた。その間は小百合にとっては非常にもどかしい時間になった。なかなか清史郎が話し出さないので、小百合はたまらない気持ちになって言った。

 

「お爺様、はっきりとおっしゃって下さい。もう覚悟はできていますから」

「なに?」

 

 小百合の言葉を聞いた清史郎は目を開いた。彼の皺の深い顔は驚きに満ちていた。しかし、そんな顔になったのは一瞬のことで、彼はすぐにいつものしかめ面に戻った。

 

「どうやら、わたしは間違ったことをしてしまったようだ。お前がそんなふうに思い詰めていたとは知らなかった」

 

 清史郎の声と言葉が小百合の心に一条の光を与えた。彼の声には真心がこもっていた。それを感じただけでも小百合は胸がいっぱいになった。清史郎は言った。

 

「小百合、お前は母親を亡くし深く傷ついていた。そのせいで心を閉ざしてしまっているとわたしは思い込み、あえてお前に近づかなかったのだ。時間が経って落ち着きを取り戻した後に打ち解ければよいと考えたのだが、それではいけなかったのだ。わたしがお前の母親にしたように、もっと愛情を注ぐべきだったのだ」

 

「じゃあ、おじちゃんは小百合のことが好きなんだね!」

 ラナが満面の笑みで言うと、清史郎は深くゆっくりと一度だけ頷いた。

 

「もちろん愛しているとも、可愛い孫娘だからな。わたしはこの通りの人間で、感情を表に出すのが苦手でな。そのうえ、初めて会う孫娘をどう扱ったらよいものか分からなくてな。小百合には本当にすまない事をした、許してくれ」

 

 小百合はうつむいたまま無言であった。その時の清史郎の顔は(いか)めしさが解けて微笑が浮んでいた。彼は深い感謝の心を込めて言った。

 

「小百合、お前にこれだけは言っておきたかった。わたしはお前のことも、お前の母の百合江のことも、常に調べて知っていた。百合江がこの屋敷を出てからあの男とすぐに別れてしまったこともな。わたしは百合江がすぐにここに戻ってくると思い心待ちにしていたが、そうはならなかった。百合江はたった一人でお前を育て、共に生きてゆく道を選んだのだ。ここに帰ってくれば、豊かな生活をして心安く子育てもできたというのにな。きっと百合江には豊かさなど必要なかったのだろう。苦しくともお前と二人での生活が幸せだったのだろう。百合江が若くして亡くなったことは不幸だったが、幸せな人生だったに違いない。それはすべてお前がいてくれたからなのだよ。だから、ありがとう小百合、お前という孫娘がいてくれたことに心から感謝している」

 

 この瞬間に、小百合は両手で顔をおおって泣き崩れた。しばらくは声も出さずに泣き続けた。ラナが隣にしゃがんで、小百合の(つや)やかな黒髪をなでていた。やがて小百合は絞り出すような声で言った。

 

「わたしは馬鹿だわ……勝手に勘違いして……」

「よかったね、小百合」

 

 隣でそう言うラナに小百合は腕を絡めて強く抱きしめた。しゃがんでいたラナは小百合の体重を支えきれずに尻をついた。小百合は泣きながら感情に震える声で言った。

 

「全部ラナのおかげよ。わたしを包んでいた闇を光に変えてくれた。ラナがわたしに素敵な魔法をかけてくれたんだわ……」

 

 抱き合う少女たちの麗しい姿を見て清史郎は頷く。

 

「ラナ君、わたしからも礼をいうよ。君がきてから小百合は今まで悲しんでいたのが嘘のように明るさを取り戻した。今の小百合の姿は、まるで娘だった頃の百合江を見ているようだ。ラナ君のおかげで、小百合の本当の姿を知ることができたのだよ」

 

 それから小百合の涙が止まるまでもう少し時間がかかった。小百合は落ち着くと持っていたハンカチで涙をぬぐってからラナと一緒に立ち上がり、清史郎の向かって深く頭を下げる。感謝を言葉にしたかったが、あまりにも思いが深かったため、とても言葉にできるようなものではなかった。そして、言葉もなくただ頭を下げる小百合の姿だけでも、清史郎にはその心が十分に伝わっていた。清史郎は愛情深い眼差しで小百合を見つめていた。

 

「小百合、巴や喜一にも頑なな態度をとっていたようだが、好きなように名を呼ばせてあげなさい。二人ともお前のことを慕っているのだよ。特に喜一は百合江のことを幼少のころから知っている。だからお前への思いも一層深かろう」

「わかりましたお爺様。二人に謝ってそのように伝えます」

 

「それともう一つ、もう使用人用の部屋など使わんでいい。二人ともどこでも好きな部屋を選んで使いなさい」

「いやった~、それはファンタジック~」

 万歳をして喜ぶラナであった。

 

 

 

 小百合が選んだ部屋は、百合江が生活していた部屋の隣にあった。できるだけ母を近くで感じていたいので、その部屋を選んだのだ。

 

「みてみてリリン、すごいよ! 広いお部屋だね~、ファンタジックだね~」

「すごいデビ、お姫様みたいなお部屋デビ」

 

 小百合が服などを備え付けのタンスにしまっている時に、ラナはリリンを頭の上に乗せて部屋の中を駆け回っていた。次は天蓋とレースの仕切が付いているベッドにリリンと二人で身を投げる。

 

「うわ、このベッドふかふかだ~、前の小百合の部屋にあったのとは全然違うね~」

「気持ちいいデビ~」

 

 二人は順番に体を浮き沈みさせながらベッドの柔らかなかな感触を楽しんでいた。小百合はタンスの引き出しを閉じて立ち上がるといった。

 

「ちょっと、なんでラナがここにいるわけ?」

「なんでって、一緒のお部屋だからだよ」

 

「なんで一緒なのよ、部屋は他にいくらでもあるでしょ、あんたも自分の部屋を探しなさいよ」

「やだよ~、小百合と一緒がいいよ~」

 

「あり余るほど部屋があるんだから、二人で一緒の部屋を使う必要なんてないでしょ」

「だって、こんな広い部屋に一人じゃ寂しいでしょ?」

 

「別に寂しくなんてないわよ」

「わたし右側で寝るから小百合は左ね」

「リリンは真ん中で寝るデビ」

「ねえ、わたしの話し聞いてる!?」

 

 小百合が少しばかり語気を強くすると、ラナは自分で乱した布団を整えてベッドから下りる。どうやら自分の話を理解してくれたらしいと小百合が思っているとラナがいった。

 

「枕が一つしかないから探してくるね!」

 ラナが部屋から出ていくと、小百合は体の力が抜けてため息が出た。ラナは小百合のいうことを聞く気はまったくないようだ。

 

「……まあいいか、あの子は何をしでかすか分からないところがあるし、近くで見ていた方が安心はできるわね」

「ここがみんなの部屋デビ」

「そうね、わたしたち3人の新しい部屋だわ」

 小百合は飛んできたリリンを抱きとめて二人で微笑した。

 

 いきなり聖沢家に飛び込んできた魔法つかいのラナは、その明るさと元気さと笑顔で闇の中に沈んでいた小百合を光の園に引っ張り出してくれた。それは小百合にとって何よりも素敵な魔法であった。

 

 

 

 翌朝のこと、小百合は学校に行く前に書斎にいた清史郎に最大の疑問をぶつけた。その時、清史郎は白のスーツ姿で書類にサインをしていたが、制服姿の小百合が入ってくると手を止めた。

 

「どうしたんだね、小百合?」

「お爺様、とても気になっていることがあるのですが」

「ほほう、なんだね?」

「どうやってラナを聖ユーディア学園に入れたのですか?」

「ああ、その事か」

 

 清史郎はペンを置くと、傍らのティーカップをとってコーヒーを一口飲んでから話し始めた。

 

「聖ユーディア学園はな、聖沢一族が経営している学校なのだよ。聖沢一族とはいっても、あそこの学園長は遠縁だが、昔からよく知っている男でな。ラナ君のことを頼んだら二つ返事で受け入れを許可してくれた。どんなことがあっても卒業までは面倒を見てくれるそうだ。あの学校は成績にはうるさいが、ラナ君だけは例外的に成績面の方は目をつぶってくれる。例えテストで0点を取ったとしても怒られんから安心していいぞ」

 

 それを聞いた小百合の顔つきが急に厳しくなる。祖父を睨みつける彼女の内面では怒りの炎が燃え上がりつつあった。

 

「お爺様、それはどういう了見ですか?」

「どうって、あの子は勉強が苦手そうだったから……」

 

 小百合はいきなり机に手を突いた。その衝撃で机の上のティーカップが少し跳ねる。清史郎は驚きのあまり声も出なかった。

 

「それじゃ、ラナが学校を卒業する頃にはダメ人間になってしまいます! お爺様はラナの人生を台無しにするつもりですか!」

 

「い、いや、そんなつもりでは……」

「よくわかりました。授業中にラナが寝ていても先生方が注意しなかったのは、お爺様が圧力をかけていたからなのね」

「そんな、圧力だなんて、お前……」

 

「いいです、ラナの勉強の面倒はわたしが見ますから。あと、今の話はラナには絶対にしないでください! もしあの子がこのことを知ったら、毎日遊び惚けるのが目に見えています!」

 

 小百合は机に手を突いたまま祖父に迫り、相手に恐怖を与える冷たい眼差しの瞳で見つめる。

「もしラナに言ったりしたら、承知しませんからね」

「わ、わかった、絶対に言いません」

 

 さっきから小百合に圧倒されっぱなしの清史郎は、もはや小百合に従順な犬と化していた。小百合は悪魔でも乗り移ったかのように相手に恐怖を与える暗い眼差しを顔から消して、急に笑顔を浮かべる。その変貌ぶりがまた恐ろしかった。

 

「では、わたしはラナと一緒に学校にいってまいります」

「ああ、気をつけてな……」

 

 小百合が書斎から出ていった後、清史郎は底知れぬ恐怖から解放されて大きく息を吐いた。それから彼は言った。

「すごい迫力だったな。あの子は母親によく似ているわい」

 

 その時、外から声が聞こえてきた。

『お嬢様、いってらっしゃいませ』

 

 清史郎が窓辺に近づいて外を見ると、玄関先で巴と喜一が小百合に向かって頭を下げて送る姿が目に入った。もう小百合はお嬢様と呼ばれても文句も言わなければ嫌な顔もしない。小百合が二人に手を振ってラナと並んで学校に向かってゆく姿を見て、清史郎は小百合が聖沢家の本当の家族になることができたのだと実感した。

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