芝生公園の猫お姉さん
リコが魔法界に闇の結晶を送ってから三日後のこと、みらいとリコはテーブルの上にある水晶と覗き込んで話をしていた。
「君たちが送ってくれた黒い結晶を調べたところ、恐ろしい事実が判明した。これは闇の魔力の結晶体なのだ」
水晶に映る校長は黒い結晶を手にもってそれを見つめていた。
『闇の魔力の結晶体!?』
みらいとリコの声が重なると、校長は頷いていった。
「なぜこのような物がナシマホウ界に出現しているのか、詳しい事まではわからない。いま確実に分かることは、この闇の結晶を放っておけば、ナシマホウ界に闇の魔力があふれ、途方もない災厄を引き起こすということだ。それは天変地異か、または人間同士の争いか、とにかくナシマホウ界を滅ぼすような恐ろしいことが起こる。それを防ぐには、この闇の結晶をできるだけ早く回収して浄化することじゃ。皆で協力して集めてもらいたい」
「校長先生、分かりました」
「でも、わたしたちだけで集められるのかな」
みらいがリコに向かって心配そうにいう。
「確かに、ナシマホウ界中に結晶が現れているとしたら、わたしたちだけで集めるのは難しいわね」
「心配ない、恐らく結晶の出現は津成木町に集中している。一つでもかなり強力な魔力を秘めている代物じゃ、数はそう多くはあるまい。それをみらい君一人であれだけの数を集めたのだからな。津成木町に水晶が集まる確かな理由もある。過去に君たちが闇の魔法使いやデウスマストの眷属と幾度となく戦い、それによって大きな魔力が放出されたことで、いまだに多くの魔力が残留しているのだ。魔力の塊であるこの結晶は津成木町に残留している強い魔力に引き寄せられて現れている。つまり、津成木町はこの闇の結晶を引き寄せる巨大な磁石となっているのだ」
「それなら、わたしたちだけでも何とかなるわ」
「津成木町のことならまかせてよ!」
「みんなで闇の結晶を集めて世界を守るモフ!」
リコ、みらい、モフルンがいうと、水晶の向こうの校長が微笑を浮かべる。
「3人とも頼りにしているぞ。結晶を集めたらテレポッドで送ってくれ。こちらでは、この結晶を浄化する方法を考えておこう」
そして水晶玉から校長の姿が消える。
「よーし、今日は日曜日だし、一日中街を歩いて闇の結晶をたくさん見つけちゃおう!」
「頑張るモフ~」
「手分けして探しましょう。魔法を使えば効率がよくなるわ、もちろん誰にも見つからないようにしてね」
こうして3人は、闇の結晶を探すために街へと出ていくのであった。
みらい達が魔法学校の校長を話をしていた時、小百合たちは菜の花の園でフレイアに会っていた。咲き乱れる菜の花の中に立つ少女二人と漆黒のドレスの神秘的な雰囲気の女性、その三人を心地の良い春風が抱擁する。リリンは花畑の中でかけたり飛んだりして遊んでいた。
「こんなにたくさんの闇の結晶を集めて頂き、ありがとうございます」
フレイアはいつもと同じ笑顔で目の前の少女たちにいった。すると、神妙な顔をしている小百合が切り出す。
「フレイア様、少し気になることがあります」
「あら、なんでしょうか?」
「最近、目星をつけた場所にいっても闇の結晶が見つからないことがよくあります。私たち以外にも闇の結晶を集めている人がいるとしか思えません」
「……その事ですが、じつは少し困ったことになっています。伝説の魔法つかいが現れて、魔法界に闇の結晶を送っているようなのです」
「伝説の魔法つかいならこの前見たよ!」
「そうですか、あなた達は伝説の魔法つかいを知っているのですね」
そういうフレイアに、ラナが何度も頷く。
「伝説の魔法つかいは恐らく魔法学校の校長に闇の結晶を送ったのでしょう」
「校長先生に? なんで~?」
ラナが首を傾げる。その校長先生を知らない小百合は、ただ黙ってフレイアの話を聞いていた。
「それは、彼女たちが魔法学校の校長とつながっているからです。彼ならば、闇の結晶を誰の手も届かないところに封印するくらいのことはできるでしょう。それはわたくしの望まない事態です。わたくしには、どうしても闇の結晶を手に入れたい理由があるのですから」
「わかりました、迅速に闇の結晶を回収します。そして、可能であれば伝説の魔法つかいから闇の結晶を奪取します。フレイア様のために、そうする必要があると思います」
「ええぇっ!?」
小百合が平然として言ったことに、ラナが驚いて声を上げた。それに対して、フレイアは無言で頷いた。それを見たラナは悲しみと不安が混じった暗い表情になっていく。
「そ、そんな、それって伝説の魔法つかいと戦うってことだよねぇ?」
「それは時と場合によるわね。必ずしも戦う必要はないわ」
「でもそれじゃ、伝説の魔法つかいとは仲良くなれないよね……」
「あんたはフレイア様がいったことを聞いてなかったの? フレイア様は伝説の魔法つかいのせいで困ってるのよ、仲良くなんてなれるわけないでしょ」
小百合がいうと、ラナはうつむいて黙ってしまった。
「プリキュア同士で戦うことは非常に危険です。戦いは可能な限り避けるべきでしょう」
「わかりましたフレイア様、よく覚えておきます」
フレイアが最後にいった言葉でラナの中に少し希望がわいた。戦いを避けるのならば、伝説の魔法つかいと衝突するようなことにはならない、ラナにはそう思えた。
フレイアとの対面のあと、小百合とラナは公園の中を歩いていた。いつもうるさいくらいに話しまくるラナが、この時はうつむき加減で黙っていた。小百合にはラナの思いが手に取るようにわかっていた。
「あんたの気持ちはわかるけど、わたしは何があってもフレイア様のお望みを叶えるわ。それが正しいことだと感じるのよ」
「うん、わかってるよ。わたしはフレイア様も小百合も信じてるよ」
二人が公園の中を歩いていくと、後ろから幼い子供たちが走ってきて小百合たちを抜いた。そして、子供たちが走っていく先の桜の樹の根元に猫が集まっていた。その数は十や二十ではきかない。
その集まった猫たちの中心に少女がいて餌をあげている。それを見たラナの表情から暗さが消え、代わりに青い瞳を輝かせ可愛らしい猫たちを愛でる笑みをうかべる。
「あ、ネコお姉さんだ~」
「ネコお姉さん?」
「小百合しらないの? 学校で噂になってるんだよ。公園に集まる猫に餌をあげる美人のお姉さん! 公園の名物になりつつあるって~」
「猫は公園に集まるんじゃなくて、あの人に集まってるんじゃないの?」
二人が近づいていくと、その間にも3人の子供がきて、ネコお姉さんに言っていた。
「猫さわってもいい?」
「勝手にしな」
ぶっきらぼうにいう少女の神秘的な容姿に小百合は衝撃を受けた。見た目は小百合よりも少し年上の高校生くらいに見える。すらりと背が高く、銀の翼の形の飾りのある水色のリボンで長い銀髪をポニーテールに、切長の目は右が金で左がターコイズブルー、恐らく素足に白いブーツ、ミニに近い丈の薄桃のスカートから下に流れるパール色の生足は女性でも思わず見とれてしまうような
その少女の格好が変わっている上に、この世のものとは思えない美しい顔立ち、小百合はオッドアイの人間が存在することに驚いた。それに、彼女から感じる雰囲気もなにか普通ではないなと思った。
「うわあ、猫可愛い!」
ラナは小百合をおいて猫の集団に飛び込んでいく。
「もしかして、津成木町中の野良猫が集まってるんじゃないの?」
それから小百合は離れた場所で様子を見ていた。中心にオッドアイの少女がいて、その周りで子供とラナが猫と戯れている。少女はせっせと猫たちに餌をあたえていた。
「まったく、ただのキャットフードじゃ嫌だなんて、最近の野良猫は贅沢だね」
少女はぶつくさ言いながらかがんで、側にある買い物袋の中からネコ缶を一つ取り出して蓋を開けて中身をプラスチックの皿に乗せる。すると、猫たちがにゃーにゃー言いながらすり寄ってくる。
「わかったわかった、順番にやるからちょっと待って。あ、こら! マントをひっかくんじゃないよ!」
ラナの言うネコお姉さんは、時折まるで会話でもするかのように、まわりで鳴いている猫に向かってしゃべっていた。
「なに、ささみのやつじゃないと嫌だって? わがままだねぇ」
そんな様子を見て黙っているラナではなかった。
「お姉さん、猫がいってることわかるの?」
「ああ、わかるよ」
彼女が当たり前のようにいうと、まわりにいた子供たちから歓声があがる。
「ねえねえ、この子はなんていってるの?」
小学校低学年くらいの女の子が白と黒のぶち猫をなでながらいう。その猫がミャーと低く鳴くとネコお姉さんが頷く。
「この人間のガキが! この俺様の体に勝手にさわるんじゃねぇ! うざってぇんだよ! っていってるね」
「うわ~」
喧嘩でも売るようなネコお姉さんの言葉にラナはドン引き、子供たちはびっくりして固まってしまった。猫の鳴き声だけが、その場を支配する。そして、ぶち猫を可愛がっていた少女は泣きだした。
「うわーん! ママーっ!」
「お、おい、待て、わたしは猫の言葉を伝えたけだよ」
ネコお姉さんは逃げていく少女の背中に手をのばすが間にあわなかった。彼女は子供たちの異様な空気に気づいていった。
「そんな顔するな、その猫が本当にそう言ったんだから仕方ないだろ」
「こら、そこでなにやってるんだ!」
猫の集会に突然の乱入者が現れる。二人の警察官が近づいてきていた。
「君、猫に餌をやってはいかん! 苦情がきているんだ」
「苦情だって? そんなもの知るか! これは大切な仕事なんだから邪魔しないでおくれ」
「なにを訳の分からないことをいってるんだ! とにかく猫に餌をやるんじゃない!」
「黙れ! 人間のくせに、わたしに指図するな!」
警察官二人とネコお姉さんの押し問答が始まると、ラナと子供たちが離れていく。
「なんかもめてるわね」
「大丈夫かなぁ、ネコお姉さん」
小百合とラナが二人並んで見守っていると、ついに警察官が強硬な手段にでる。
「いうことを聞かないなら仕方がない、派出所まできてもらうぞ!」
警官の一人がネコお姉さんの腕をつかむ。その瞬間、彼女の表情が鋭くなった。
「邪魔するんじゃないよ、人間ごときがーっ!」
ネコお姉さんがその警官の胸元をつかみ、左足を一歩前へ、踏みつけたブーツの底が地面にめり込む。
「どりゃーっ!」
なんと彼女は警官を片手で投げ飛ばした。小百合とラナは呆気にとられ、自分たちの頭上を越えていく警官を阿呆のような顔になって見上げた。警官は満開の桜の樹に突っ込んで枝に引っ掛かり、逆立ち状態で枝にぶら下がって目を回していた。振り返ってそれを見た小百合とラナが同時に声を上げる。
『ええぇーーーっ!?』
「ネコお姉さん、お巡りさん片手で投げちゃったよ!?」
「人間わざじゃないわ……」
もう一人の警官も思わぬ事態に唖然としている。
「バカな人間め、わたしの仕事の邪魔をするから悪いのさ」
ネコお姉さんは当然といわんばかりの態度、それに気を持ち直したもう一人の警官が
「お前、公務執行妨害で逮捕されたいのか!」
「捕まえられるものなら捕まえてみな!」
「待ちなさい!」
ネコお姉さんが素早く走って逃げて近くの茂みに飛び込む。追ってきた警官も茂みに入るが、そこには誰の姿もなかった。
「どこに行ったんだ、あの女は……」
辺りを見ていた警察官は目の前に白い猫がちょこんと座っているのに気付いた。それはフェンリルであった。
「なんだこの猫は? 人の目の前に座って逃げも隠れもしないとは……」
その時、フェンリルが笑った。彼は猫が笑うなど聞いたこともなかったが、目の前の白猫は口端を吊り上げ牙を見せて、にぃっと笑っているようにしか見えなかった。瞬間、そのフェンリルは信じられない跳躍力で警察官の目と鼻の先へと跳びあがり、開いた両前足の爪で警官の顔をバツの字にひっかいた。
「ぐあああぁっ!?」
警官が顔を押さえて転げまわると、フェンリルはクイッと首をふり、無様な人間を見下していった。
「はん、間抜が!」
それからフェンリルは茂みから道に出て、悠々と歩いて去っていった。それを見ていた小百合はいった。
「なんて狂暴な白猫なの……」
「ネコお姉さんはどこいったんだろ~?」
ラナはネコお姉さんの姿を探していたが、それらしい人はどこにも見えなかった。