外から屋敷の庭に入ってきた小百合は疲れ切ってため息をついた。ラナはその前を鼻歌をうたいながら元気に歩いていく。小百合が何となく空を見上げると、変なものが視界に入った。ずいぶん遠くをマッチ棒のようなものが並んで飛んでいく。何も知らない人が見たらよくわからない謎の飛行物体だが、魔法つかいを知っている小百合には、それが箒に乗っている人のように見えた。
「ラナ、あれって魔法つかいよね?」
ラナは小百合が指さした空を見て瞳を輝かせる。
「ほんとだ魔法つかいだ! ちょっと聞いてくるね!」
ラナが自分の箒に乗ると、星屑の光を散らしながらぶっ飛んでいく。
「いってらっしゃいデビ」
リリンがそういったときには、ラナの姿は空のかなただった。
小百合が目撃したのは箒に乗って魔法界へ向かう途中のみらいとリコである。先ほど校長から魔法界に闇の結晶が現われていることが二人に告げられたのだ。
「魔法界にまで闇の結晶が現われるなんて……」
「急がないと大変なことになっちゃうよ」
そういうみらいをリコは心配そうに見つめていた。
「みらい、無理はしないでね」
「この前のことならもう平気だよ。とっても悲しかったけれど、いつまでもくよくよしていられないよ!」
「よかった、いつものみらいに戻ってくれて」
「リコ、心配かけてごめんね」
「いいのよ、気にしないで」
箒で空を飛びながら二人の少女が笑顔で見つめ合っていると、その頭上を何かが途方もない速度で通り過ぎた。
「モフ!?」
みらいに抱かれているモフルンが驚き、みらいとリコは無言で顔を見合わせる。
「……今なにか通り過ぎたような」
「……気のせいかしら」
「行きすぎた~っ!」
スピードの出し過ぎで数百メートルも行きすぎたラナが戻ってきてみらいとリコの前に現れる。
「こんにちわ!」
とラナは目の前の二人に気楽に手をあげた。みらいとリコは唐突に現れた少女に驚いた。
『魔法つかい!?』
二人ともラナの顔には見覚えがあった。みらいが気づいていった。
「この子、さっき公園で叫んでた子だよ!」
「わたしのこと知ってるの? わたしって有名人?」
そんな惚けたことをいうラナにリコは苦笑いする。
「あんなこと叫んでる姿を見たら、忘れようにも忘れられないわ」
「やっぱり魔法つかいだったんだね」
みらいがいうと、ラナが箒を操ってぐっと二人に近づいてくる。みらいの中で
「ねぇねぇ、わたし魔法界に帰りたいんだけど、帰れなくなっちゃったの」
それを聞いて二人ともピンときた。魔法界とナシマホウ界の行き来ができなくなった原因は、過去のデウスマストとプリキュアの戦いにあったからだ。
「あなたは悪いタイミングでナシマホウ界にきてしまったのね」
「なあにそれ? どういうこと?」
「なんでもないわ、今のは気にしないで」
事の
「わたし朝日奈みらい、よろしくね!」
「わたしは夕凪ラナだよ。夕凪っていうのは、友達がつけてくれたんだ!」
「わたしは十六夜リコよ」
「みらいとリコだね!」
リコはいきなり呼び捨てなんて慣れ慣れしいなと思いながらいった。
「あなた、なんでナシマホウ界にきたの?」
「リンクルストーンを探しにきたの! そしたら帰れなくなっちゃったの!」
「ええーっ!?」
「リ、リンクルストーンですって!?」
みらいとリコはまた驚かされた。リコはすぐに状況を整理分析して自分なりの答えをだしていった。
「そんな宝探しみたいなことのためにナシマホウ界にくるなんて呆れるわ」
「むかしのリコみたいだね」
「わ、わたしのは宝探しとかそんなのじゃないし!」
みらいがいったことに過剰に反応するリコ。ラナと一緒にされるのは不本意極まりないというところだが、実際のところ大して変わりはない。
話がよく見えないラナは場の空気を無視して慌てているのか怒っているのかわからない状態のリコにいった。
「リンクルストーンを探してたらいつの間にかこっちの世界まできちゃってたんだよね~」
「わたしたちはこれから魔法界に向かうことろだから、一緒にくるといいわ」
「ほんとう!? 魔法界に帰れるの!?」
「ええ、あなたはとても運がいいわ」
「じゃあ友達も一緒につれてって、今つれてくるから!」
「え、友達って!?」
リコがそういう間にラナの姿は消えていた。ラナはものすごい速さで急降下したのだ。口を開いたまま固まっているリコの隣でみらいがいった。
「いっちゃった、友達ってどんな人かなぁ」
「ただいま!」
「え? はやっ!?」
電光石火の速さで戻ってきたラナにみらいが目を見開いて驚く。戻ってきたラナの後ろにはリリンを抱いている小百合が座っていた。
「なにがどうなってるのよ、ちゃんと説明しなさいよ!」
わけの分からないうちに連れてこられた小百合が、ラナの背後で騒ぐ。
「この人たちが魔法界につれてってくれるって」
「そうなの? 本当に大丈夫なのかしら?」
ラナの性格をよく知る小百合の言葉は慎重であった。そうして小百合はみらいとリコの姿をみて無表情で思う。
――この二人は……。
「ちょっ、ちょっと待って、お友達はナシマホウ界の人じゃないの?」
「そうだよ」
ラナが平然と答えると、みらいとリコの表情が変わっていく。二人の様子は明らかに尋常ではなく、その中には人生が終わったかのような絶望感すらあった。
「ど、どうしようリコ!?」
「大変だわ、大変なことになってしまったわ!」
小百合は二人の慌て方が異常だったので、なにかとんでもないことが起こっていると思った。
「どうしたの? なにが大変なのか教えてちょうだい」
リコは胸を押さえてなんとか落ち着きを取り戻すといった。
「魔法つかいは、ナシマホウ界の人に魔法を見られてしまったらおしまいなのよ。ばれたら最後、魔法の杖を没収されてしまうわ」
「なんですって!?」
「わたしたち、もうダメだよね……」
「へぇ~、そうだったんだぁ、知らなかった」
気落ちするみらいに比べて、ラナは落ち着いたものだ。
「へぇって、あんたも同じでしょ! なんでそんな大事なことを知らないのよ! あんただけならともかく、他人まで巻き添えにしてるじゃない!」
「そ、そんなこといわれてもぉ……」
「確かにあんたは知らなかったんでしょう。でも、知らなかったじゃ済まない状況になっているわ!」
後ろから怒鳴り散らされてラナはしゅんと小さくなっていく。自分がどんなとんでもないことをしでかしたのか理解してきたようだ。
みらいとリコはすっかり意気消沈して、どんよりと黒い雨雲にでもおおわれたような陰気さと暗さを漂わせている。そんな二人に小百合はいった。
「二人とも大丈夫よ、わたしが黙っていれば済むことでしょう」
「そういうわけにはいかないわ。それに、あなたも魔法界に行きたいんでしょう?」
「それはそうだけれど、もうそれどころじゃないでしょ」
リコは思案していった。
「こうなったら、あなたのことも、わたしたちのことも、一緒に校長先生に相談しましょう。どこかに水晶を置くのにちょうどいい場所はないかしら?」
「水晶? それならお屋敷の離れにあるカフェテラスがいいわ」
四人は3本の箒でそろって降下して広い庭に降りる。みらいは目の前に現れた大きな屋敷に目を見張った。
「すごい家だね」
「まるでお城モフ!」
いきなり抱いていたモフルンがいうのでみらいは焦った。前にいた小百合とラナが振り向いてみらいを見つめる。
「今の、あなたがいったの?」
「モフって、かわいいね~」
「そ、そうなんだよ。ちょっとした癖でたまにでちゃうんだ、モフっ!」
そんなみらいをリコがハラハラしながら見ていた。
その時に、みらいは小百合が自分と同じようにぬいぐるみを抱いているのに気付く。
「あれ、その黒猫さんのぬいぐるみ、もしかしてプリンアラモードの人?」
「……前にどこかで会ったような気がしていたけれど、あの時の人だったのね。記憶が確かなら津成木第一中の制服を着ていたわね」
本当をいうと、小百合は会った時からみらいのことには気づいていたが、とぼけてそんなことをいった。
「こんなところで会うなんて奇遇だねぇ。わたしと同じ魔法界のお友達もいるし、親近感わいちゃうな。わたしたちいい友達になれるんじゃないかな」
「そういう話は後にしましょう。今はもっと大切なことがあるでしょう」
小百合が突き放すようにいうと、みらいは悲しそうな顔をしていた。ラナに負けず劣らず明るくて元気で人懐っこいみらいに対して小百合は距離を取っていた。
「こっちよ、ついてきて」
小百合の後に他の3人が続く。この広い庭の一角に小さなログハウスがある。これは清史郎の趣味で建造したもので、一人で酒を飲んだり、少人数をもてなす時などにも利用されている。小百合も時々ここでお茶を飲んだりしていた。
中に足を踏み入れると、そこは小さな喫茶店そのものの空間になっている。カウンターの背後には高級酒が並んでおり、バーの要素も含んでいる。
「あそこがいいデビ」
今度はリリンが声を出してカウンターの方に手を向ける。小百合は焦ってリリンの口を塞いだ。後ろからついてきていたリコが怪訝な顔をする。
「どうしたの? 急に声が変わったみたいだけれど」
「いや、その、もしかしたら風邪かしら? ちょっとのどの調子が悪いみたい」
そういって咳払いをする小百合であった。
「小百合、大丈夫? お薬もってこようか?」
「どうぞ、おかまいなく」
ラナが本気で心配していうので、小百合はちょっと面倒だなと思いながら適当にあしらっていた。
リコは持っていた鞄から水晶さんを出してバーになっているカウンターの上に乗せる。ラナが小走りで近寄り、間近で水晶玉を見つめた。
「魔法の水晶だ! これと同じの校長先生の部屋でみたことあるよ」
「これは校長先生からお借りしているものなのよ」
リコがいった後に、水晶に魔女の影が現れる。
「みなさん、ごきげんよう」
水晶から女性の声が響いてきた。
「水晶から声が!?」
「おお~、校長先生の水晶の中には女の人がいたんだね! 噂の真相はこれかぁ」
驚く小百合の横でラナが訳のわからないことをいっていた。
「なにやら大変なことになってしまったようね」
「そうなんです。校長先生に相談したいので、お願いします」
「今お呼びいたしますわ」
水晶から魔女の影が消え、代わりに銀髪の美丈夫が映し出された。
「あ、校長先生だ! お~い、校長先生~」
ラナはリコの前に割り込んで水晶に向かって手を振っていた。リコはとても迷惑そうな顔をしている。
「おや、君は? ナシマホウ界にきていたのか。姿が見えないので心配していたよ。元気そうでなによりだ」
小百合がいつまでも水晶の前にいるラナの腕をひっぱる。
「ほら、邪魔しないの、こっちきなさい」
ようやく校長と話ができるようになったリコは、心を落ち着けてから一つ一つ今までのことを説明していった。すべてを聞き終えた校長はいった。
「ううむ、複雑至極な状況だのう」
水晶の向こうで校長が考えている時に小百合が前に出てくる。
「ちょっとお話させてちょうだい」
小百合は校長の前で深く頭を下げてからいった。
「校長先生、初めまして、わたしは聖沢小百合と申します」
「うむ、魔法界に来たいというのは君だね」
「はい」
「よほど特別な事情がない限りはナシマホウ界の人間を魔法界に入れることはできぬ。まずは、魔法界にきたい理由を聞こうか」
小百合は寄りそっているラナの肩に手を置いて語る。
「この子は闇に閉ざされたわたしの心を救ってくれました。今度はわたしがラナのために何かしてあげたいと思っています。わたしはラナの故郷を知り、ラナと同じように学び、ラナのために私ができることを見つけたいのです」
フレイアからいわれていたこともあるが、これもまた小百合の本心だった。
「小百合……」
小百合の話を聞いたラナの瞳から涙がこぼれ落ちる。ラナはその涙をふいてからいった。
「校長先生! わたしからもお願いします! 小百合はナシマホウ界で行くところがなかったわたしを、ずっとお城みたいに素敵なお家においてくれてるんだよ! 小百合はいい人なの! そりゃ、細かいことばっかりいって口うるさかったり、すぐ怒ったりするけど、でもやさしい人なの!」
――わたしが怒るのは、あんたが変なことばっかりするからよ!
と小百合はよっぽど声に出していいたかったが校長先生の手前我慢した。小百合をフォローをしているのか
「それに、ファンタジックな魔法界を小百合にも見てほしいよ」
ラナの言葉を聞いて校長が微笑を浮かべる。
「なるほどな、二人は親友なのだな。よかろう、君の魔法界への渡来を許可しよう。みなでこちらへ来るといい。それと、みらい君とリコ君の件は不問とする。また教頭先生にはどやされるだろうが、君たちはなにも心配しなくていい」
それを聞いてみらいとリコはそれまで溜めていた不安を長い吐息といっしょにはきだした。その二人にラナが頭を下げていう。
「二人とも、本当にごめんね」
「もういいんだよ、気にしないでね」
「そうよ。お咎めなしだし、ノープロブレムよ」
みらいとリコがいうと、ラナがいつもの笑顔を取り戻す。
「校長先生、ありがとうございます」
小百合が水晶に向かって深く頭を下げると、それまで微笑んでいた校長は急に真顔に戻りいった。
「あまり時間がないのでな、急ぎ準備をしてこちらに向かってもらいたい。二人とも待っているぞ」
そして水晶から校長の姿が消えた。
それから小百合はみらいとリコにいう。
「一日だけ待ってちょうだい。その間に準備をすませるわ」
「わかったわ。じゃあ、明日の正午に津成木駅に集合しましょう」
リコがいった。こうして小百合とラナは魔法界へ行くきっかけをつかむことができた。