小百合が魔法界へ行くためには、まだまだ問題が残っている。それらを一挙に解決するには祖父の清史郎の力を借りる意外にはない。しかし、その清史郎を説得するのもまた難関である。小百合は決して揺るがない強固な意志をもって清史郎と対峙した。
書斎で小百合の話を聞いた清史郎は眉間に皺を寄せて厳しい顔になる。
「ラナ君の故郷へ行くというところまでは分かったが、話が急すぎるぞ。その上にどこへ行くのか言えないとはどういうことだ?」
「申し訳ありませんお爺様、それだけはどうしても言えません」
「何故言えないのだ? どこの国かくらいはいえるだろう」
「言えません。そして、わたしは明日立ちます。学校もしばらく休みます。3ヶ月か、長ければ半年くらい休むことになるかもしれません」
「あの学校で長期休学などすれば進級はおろか、退学にもなりかねんぞ。お前ならそれくらいはわかるはずだ」
清史郎の声は落ち着いているが、顔は強面であり、声に含まれる苛立ちと怒りも肌を通して伝わってきている。でも小百合は怯まないどころか、さらに強い態度で答えた。
「それでもかまいません。わたしはラナの故郷に行きます。いえ、行かなければならないのです」
小百合の強い態度に何かを感じた清史郎は強面を解いて愛する孫娘を見つめる。
「なんのために行くのだ?」
「親友の、ラナのためです。あの子はいつも明るいけれど、底の方に暗い陰を持っています。わたしにはそれがわかります。それを知るためにはラナの故郷にいく必要があると思っています。わたしはラナに心を救われました。ラナのおかげでお爺様の本当の気持ちを知り、友達もできました。だから今度はわたしがラナを助けます」
清史郎は大きく息を吐きため込んでいたものを全て出した。彼の態度には観念したという気持が現れていた。
「わかった、もうなにもいわん、ラナ君と一緒に行きなさい。学校の方には短期の海外留学ということで話をつけておこう」
「お爺様、ありがとうございます!!」
笑顔になって頭を下げる小百合を清史郎ななにやら感慨深そうに見ていた。
「一度こうと決めたら引かないところは母親と同じだな。百合江はここから出ていったきり帰ってこなかったが、お前は帰ってくるんだ」
「もちろんですお爺様、ここがわたしの家なのですから」
それから小百合が清史郎の書斎を出ると外の廊下でラナが待っていた。小百合は心配そうな眼差しのラナにいった。
「お爺様は説得したわ、魔法界にいくわよ」
「うん!」
小百合と一緒に魔法界に行ける! ラナはおさえきれない嬉しさにその場で飛び跳ねて小百合に抱きついた。
「ちょっ、ちょっと!?」
「やった、やったぁ! 小百合と一緒に魔法界だ! 最高にファンタジックだよ!」
抱きつかれた時には少しうるさそうな顔をした小百合だったが、ラナの喜びようを見て最後には笑顔になった。
その夜、みらいは勉強机の上に魔法の水晶を置いてかしこまった様子で椅子に座っていた。握った手をひざの上に置き、体をきゅっと引き締めて、面持ちも緊張している。校長先生からみらいに話があるということでリコはそこにはいなかった。
「校長先生、お話ってなんですか?」
「うむ、もっと早く話すべきであったが、こちらに闇の結晶が現われたことで対処に追われていてな。闇の結晶は魔法界に確実に悪影響を与えている。ヨクバールが現れたという話も耳に入ってきている。今の状況から察するに、君にはしばらく魔法界にいてもらわなければならないだろう。そこでだが、魔法学校へ短期留学してもらえんかな?」
「今、短期留学っていいました!!?」
「うむ、是非お願いしたい」
校長先生が言うと、みらいは輝く瞳を閉じ胸に拳を当てて内側にぐっと感激を凝縮し、両手を広げると同時に感激を爆発させた。
「ワクワクもんだぁっ!!」
みらいがあまりに大声で叫ぶので、母の今日子が階段を駆け上がってきて部屋のドアを開けて覗き込み、みらいは慌てて魔法の水晶を隠した。
「大声出してどうしたの?」
「な、なんでもないよ」
「そう。そういえば、昼間に作法の学校の先生がきてみらいを短期留学させたいってお話を頂いたわよ」
「うんうん、知ってるよ!」
校長先生の手回しの良さに感心しながらみらいはいった。
「よろしくお願いしますっていっておいたから、気を付けて行くのよ。まあ、リコちゃんも一緒だし心配はしていないけれど、お父さんの方がどうなるか心配ねぇ」
といってから今日子はドアを閉めた。みらいは隠していた水晶をだしてそれを見つめる。水晶の中には笑顔の校長先生が映っていた。
「君なら必ず承知すると思って手続きは済ませておいたよ」
「さすがは校長先生! 魔法学校で勉強ができるなんて、もうワクワクが止まらないよ!」
「ほかの者たちも君がくるのを心待ちにしているよ」
校長にそういわれて、みらいは魔法界で友達になったジュン、エミリー、ケイの3人を思い浮かべた。魔法学校への短期留学は、みらいに今まであった嫌なことを一度に払拭するほどの元気を与えた。
正午頃、津奈木駅の改札口前、魔法の鞄を持つみらいとリコがきてからすぐに小百合とラナも姿を見せる。小百合は青いジーンズの短パンに袖広の黒い長袖のTシャツ、そして白のシューズに黒いハイソックスのラフな格好にいつものように腰にはリリンの入ったポシェットを付けている。ラナは前に小百合にもらった私服を着ていた。背が高く足も長い小百合が速足で歩くと、その後をいくラナは小走りでなければ追いつけない。艶やかな黒髪をなびかせながら赤いトラベルバッグを引いて
「すてき」
我知らずにみらいはそんな言葉をもらしていた。そしてみらいはリコにいった。
「彼女って、美人だし、背も高くてスタイルもいいし、モデルさんみたいだよね」
「ま、まあ、それは認めるわ」
それは紛れもない事実なので認めざるを得ないが、リコの胸の中に奇妙な抵抗感があり、それが言葉の中にも表れていた。
「待たせたわね」
「わたしたちも今きたところよ」
「よろしくね~」
リコと小百合が言葉を交わしている横で、ラナはみらいに気楽に挨拶してから、みらいが抱いているモフルンの頭をなでていた。
小百合は目の前にある何の変哲もない自動改札口を見つめていった。
「で、どうやって魔法界に行くのかしら?」
「これよ」
リコが小百合にカードを見せる。小百合は最近全く同じものを見ている。
「ラナもそれで魔法界へ行こうとしていたけれど無理だったわ」
「もう普通のマホカは使えないわ、これは特別製なの。ついてきて」
リコが先行し、その後をみらい、ラナ、小百合と続く。そしてリコが自動改札機のカードリーダーにマホカを置いた瞬間に世界は一変した。自動改札機は消えて代わりにお化けの駅員がいる改札台に変わり、奥には電車のようなものが停車している不思議な空間が広がった。
「ご利用ありがとうございます」
お化けの駅員が可愛らしい声でいった。駅構内に一歩入った小百合は立ち止まり辺り一体を見ていた。その横でラナは満面の笑みを浮かべる。
「どうなってるの……?」
「うわぁ、よかったぁ、ちゃんと中にはいれたよ~」
「ここから魔法界に行けるのよ。そして、見て驚きなさい!」
リコは返した手のひらで構内に唯一ある電車のようなものを指した。
「あれが夢のカタツムリニア寝台特急よ!」
それを聞いたみらいとラナが同時に大きな目を輝かせる。
「今、寝台特急っていいました!?」
いつものように質問してくるみらいに、リコはもったいぶっていった。
「まだ驚くのは早いわ。部屋はもちろんお風呂も完備! 極めつけはレストランの車両付きでなんでも食べ放題よ!」
「ワクワクもんだぁっ!」
「ファンタジックだぁっ!」
みらいとラナが感極まって同時に叫んだ。
「あんたたち気が合いそうね」
そういう小百合は一人だけ沈んでいた。リコがすぐそれに気づいていった。
「初めて魔法界にいくんだから心配なのはわかるわ。でも大丈夫よ」
「そこは心配していないんだけど、カタツムリニアっていうネーミングがね……」
小百合は不吉なものを感じて奥の電車的な何かをよく見ないようにしていたのだが、真実から目をそらすのは彼女の性に合わない事なので、結局は我慢できなくなって電車的な物を凝視した。すると瞬間に顔から血の気が引いた。
「な、なんか巻貝の貝殻みたいなのが見えるんだけど……」
「それは、カタツムリニアだからね」
「しかもあれ、動いてない!?」
「まあ、カタツムリニアだからね」
淡白に答えるリコは、小百合の様子がおかしいので察しがついてきた。その時に車両の一番前にいるものがグイっと首を曲げて二本の長い触角の先にある丸い目が小百合を見た。それは紛れもなく巨大なカタツムリである。
「ひいいぃぃっ!!?」
小百合は絶叫すると腰が砕けてその場に座り込んでしまう。
「カ、カ、カ、カタツムリ……」
「あれぇ? 小百合ってカタツムリ苦手なの?」
「意外な弱点ね」
ラナとリコがいうと、小百合は立ち上がり足を震わせながらいった。
「な、なに言ってるの、カタツムリなんて怖いわけないじゃない」
『へぇ~~~』
三人の視線が小百合に集まる。
「何よあんたたち、その目は!」
「じゃあみんなで前の方までいって見ようよ、小百合は初めてなんだからもっとよく見たいでしょ~」
「止めてそれだけはっ!!?」
「やっぱり苦手なんだ」
ラナの意地悪の前に小百合は観念していった。
「そうよ、カタツムリだけは駄目なのよ……」
「じゃあナメクジは平気なんだ~」
「それはもっと駄目っ!」
それから小百合はカタツムリが苦手になったいきさつを話し始めた。
「わたしが小学生の頃にいじめっ子がわたしの顔にカタツムリを付けたのよ。それからカタツムリが怖くなってしまったの。そのいじめっ子はギタギタにしてやったけどね」
「いじめっ子はギタギタにしたのに、カタツムリは怖くなっちゃったんだね……」
そういうみらいは、カタツムリが怖い一方でいじめっ子を撃退してしまう小百合に驚きが隠せない。
「どうなってんのよあれは! カタツムリが車両を牽引するなんてナンセンスだわ! あんなので本当に魔法界にたどりつけるの!?」
小百合は今度はリコに対して怒り出す。巨大なカタツムリを見たことで冷静ではなくなっていた。
「まあ落ち着いて、カタツムリニアはナシマホウ界のカタツムリに形は似ているけれど、まったく別の生き物なの。彼らは体内に魔力を生成する器官をもっていて、通常では考えられない大きな魔法力を発現して高速飛行することができるのよ。あの大きな殻は主に魔力生成器官を守るためのものだといわれているわ」
「おお~、さすがリコ!」
「魔法学校で勉強一番なだけあるね~」
みらいとラナが拍手しながらいった。リコにそこまで詳しく説明されると小百合はぐぅの音も出なかった。小百合は思考が論理的なので、納得のいく説明があればとりあえず落ち着ける。
「……あれに乗っていくしか魔法界に行く方法がないのでは仕方がないわね。あれがカタツムリとは違う生き物だってこともわかったし」
「どう見てもカタツムリだけどね」
「考えまいとしているんだから、余計なこといわないで!」
ラナは小百合にすごく怒られた。
「グズグズしている暇はないわ、早く魔法界に向かいましょう」
四人の少女が車両に乗り込むとカタツムリニアが「カタカターっ!」と汽笛代わりの声を出し、三両編成の車両が動き出した。