みんなが寝静まった頃、リコは一人でテーブルの前に腰かけて考えていた。静かな室内にみらいとモフルンの寝息がはっきりと聞こえる。リコはリリンの事を考えていた。
「あのリリンがモフルンと似た存在だと仮定したら、そう考えられるわよね……」
リコは疑いをもっていたが、小百合の平静とした態度からそんな疑いを持っていいものか迷いがあった。
「リリンは本当に魔法でたまたましゃべれるようになっただけなのかも」
リコは自分に言い聞かせるように口にしたが、内心では結論には至ってはいない。そう思うようにしたという方が正しい。
翌日、みらいとリコが起きて歯をみがいたり鏡の前で髪をすいたりしていると、ソファーに座ってゆっくりしていたモフルンが不意に変なことをいいだした。
「とっても甘いにおいがするモフ」
リコは髪をとかす手を止めていった。
「厨房にはケーキやクッキーがたくさんあるからね」
「そうじゃないモフ、リンクルストーンの甘いにおいモフ」
「リンクルストーンだったら、わたしが全部もってるよ」
みらいがいうと、モフルンは首を横に振った。
「それじゃないモフ」
モフルンがいうと、二人とも困ったような顔をした。エメラルド以外のリンクルストーンはみらいが持っているので、他にリンクルストーンなどあるはずがないのだ。二人の困惑を感じたモフルンは黙ってしまった。
小百合たちもみらいたちと同じくらいの時間に起きて身だしなみを整え、寝間着から私服に着替えてからは朝食の時間になるまで適当に休んでいた。その時に誰かが部屋のドアを叩いた。その音はかなり控えめだったが、ラナがすぐに気づいてドアを開ける。
「はい、は~い、どなた~?」
ドアを開けると誰の姿もないのでラナは首を傾げたが、とつぜん足元から声がした。
「おはようモフ」
「うわっ、びっくりした~。モフルンかぁ」
「モフルン、いらっしゃいデビ!」
「リリン、おはようモフ!」
二人のぬいぐるみがとても親し気に挨拶をかわす。昨日も一緒に仲良くクッキーを食べたりして、ぬいぐるみ同士、気が合うようだ。気になった小百合もドアの前まできて様子を見た。
「モフルン、どうしたの? 一人でこんなところにきたら朝日奈さんが心配するわよ」
「と~っても甘いにおいがするモフ」
「甘いにおいって?」
モフルンは走り出し、ラナと小百合の足の間をすり抜けてテーブルの前のソファーによじのぼった。そして、テーブルの上にあるラナのポシェットを見つめて笑顔になった。
「ここからリンクルストーンの甘いにおいがするモフ」
「まさか!?」
さすがの小百合もこれには声を大きくした。そばにいたラナはモフルンよりも小百合の大声に驚いてしまったほどだ。モフルンは新たなリンクルストーンを見つけたことを素直に喜んでいた。小百合は速足でモフルンに歩み寄って、ポシェットの中から甘いにおいの元を出した。
「あなた、これのにおいが分かるの?」
小百合がオレンジサファイアのリンクルストーンを見せるとモフルンは目を輝かせた。
「わかるモフ、新しいリンクルストーンモフ!」
「どうしよう、小百合……」
いつものんきなラナも、この時ばかりは深刻そうな顔をしていた。それに対して小百合は冷静で、さらにモフルンの様子からある確信を得た。
「なるほどね」
小百合はポシェットから今持っている全てのリンクルストーンを出した。その時にブラックダイヤだけは上手く手の内に隠してズボンのポケットに入れる。
「知らないリンクルストーンがいーっぱいモフ~」
「モフルンはこれをにおいで探すことができるのね。どれも甘いにおいなの?」
「そうモフ、とっても甘いにおいモフ」
小百合はモフルンを抱き上げてからいった。
「ラナ、あの二人に会いに行きましょう。そのリンクルストーンを全部持ってね」
「ええぇ!? どうすんの!?」
「わたしがお話をするから、ラナは何もいわずに見ていて」
「うん、わかった」
ラナには小百合の考えはわからないが、小百合を頼りにしているし、心の底から信頼している。だからラナは愚直に小百合の言うことに従った。ラナはテーブルにちりばめられた宝石をポシェットの中に戻していく。
――あれぇ、ブラックダイヤがな~い。
ラナは小百合がブラックダイヤを持っていることにすぐに気づいた。小百合が何をしようとしているのか、ラナは興味がわいた。もう不安も心配もない。小百合なら必ず何とかしてくれると信じていた。
「朝日奈さんがきっと心配しているから、モフルンを届けてあげましょう」
小百合は自信ありげにいった。
「あれ? モフルンがいない」
「いつの間に出ていったのかしら?」
二人は身だしなみを整えて一段落して、ソファーに座っていたらモフルンがいないことに気づいた。
「きっとリリンのところに遊びにいったんだよ。あの子たち、とっても仲良しなんだよ」
昨日知り合ったばかりのモフルンとリリンが、みらいの目にはもうそういう風に見えていた。
その時、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「はぁい!」
みらいがドアを開けるとモフルンを抱いてる小百合がいてやっぱりと思った。
「この子が部屋にきて気になることがあったから少しお話いいかしら?」
「どうぞどうぞ」
小百合はモフルンをみらいに渡してから、ラナと一緒にソファーに座った。リコとみらいもテーブルを挟んだ向かいのソファーに座り、モフルンとリリンは二人で遊び始める。
「お話ってなにかしら?」
そういうリコは見る者に好感を与える柔い微笑をうかべていた。
「モフルンが甘いにおいがするとかいって、こっちの部屋にきたんだけど」
「え?」
それを聞いたリコの顔から笑みが消える。さっきもモフルンは甘いにおいがするといっていた。モフルンが部屋を出ていった理由をリコは想像した。まさかと思っているリコの前に、小百合は何食わぬ顔でラナのポシェットに手を突っ込んでからラナにいう。
「これ、何ていったっけ? リンクルなんとか」
「え? リンクルストーンでしょ?」
ラナは本当に小百合が忘れてしまったのかと思ってしまった。一方で、リンクルストーンと聞いたみらいとリコは声も出ない。そして小百合がポシェットからリンクルストーンを一つづつ出して並べていく。
「え、え、ええっ!? 本当にリンクルストーンなの!?」
「こんなことって……」
みらいのオーバーリアクションを見た小百合は心の中でほくそ笑んだ。
――この反応は間違いないわ。この二人が伝説の魔法つかい。
二人の驚きは見たことない物に対する驚きではなく、あってはならない物が目の前に現れた時の驚きだった。特にみらいの方がそういう空気が強く、小百合の確信の要因の一つとなった。そして、何度かみらいに出会った時の状況、以前ビルの破壊の跡を見ていたリコの姿が小百合の中で一つになって答えが導き出された。
一方、リコは冷静に目の前に現れたリンクルストーンを見つめている。隣であたふたしているみらいとは対照的だ。
――ない、あのリンクルストーンがないわ。モフルンはにおいでリンクルストーンの存在がわかるんだから、別の場所に一つだけ隠すことなんてできないはず。ということは、彼女たちが持っているリンクルストーンはこれで全部?
「これはラナが旅の途中で拾ったのよ。この子の話から、このリンクルストーンが魔法界でものすごく珍しい宝石っていうのはわかったんだけれど、ラナの説明じゃ要領を得ないところがあってね。あなた達ならもっと詳しいことを知っているんじゃないかと思って聞きにきたのよ」
「……そうだったの。基本的なことくらいなら説明できるわよ」
みらいがリコに耳打ちしてくる。
「リンクルストーンって他にもあったんだね」
「そんなはずないんだけど、後で校長先生に聞いてみましょう」
「なにをひそひそ話しているの?」
「なんでもないのよ、気にしないで」
リコは少し焦りながらいった。それから彼女は少し考えて、頭の中で話の内容をまとめる。
「リンクルストーンは魔法界の伝説に関係があるのよ」
それからリコが語ったことは、リンクルストーンの数と種類くらいのもので、小百合もそれは以前にフレイアから聞いていて知っていることだった。リコは話が終わるといった。
「これくらいのことは魔法学校で習うから誰でも知っているわ。もっと詳しいことが知りたければ魔法図書館でも調べられるし」
「ふ~ん、そうなんだぁ」
「十六夜さんは今基本的なことは学校で習うっていっていたけど」
ラナが感心したようにいうと、小百合は間髪いれず突っ込んだ。
「全然おぼえてないな~」
「あんたの勉強に対する姿勢が垣間見えたわね」
「いやぁ、そんなにいわれると照れるよ~」
「褒めてないわよ! どういう理解力をしてるのよ!」
ラナにペースを乱された小百合は、気を取り直していった。
「ありがとう十六夜さん、よくわかったわ」
リコはよっぽど目の前の謎のリンクルストーンのことを突っ込んで聞きたかったが、それはできないと思っていた。
「ねぇ、このリンクルストーンみたことないんだけど、どんな魔法が使えるのかな?」
隣でみらいが興味津々にいいだすのでリコは焦りまくった。
「魔法って?」と小百合が怪訝にたずねる。
「それは、ほら、伝説ではリンクルストーンには魔法が込められてるっていう話だから、みらいはどんな魔法が込められてるのかなっていう意味でいったのよ」
「そう。まるでリンクルストーンに込められている魔法を知っているような言い方だったけれど」
小百合はすべてのリンクルストーンをポシェットに収めて立ち上がる。
「二人ともありがとう」
小百合はもう一度礼をいうと、踵を返す。すると艶やかな長い黒髪が宙に流れた。
「いくわよラナ」
「う、うん!」
この瞬間、みらいの脳裏にイメージが走った。小百合たちが部屋から出ていくとみらいはいった。
「……あの人って」
小百合は部屋に戻るとソファーに腰を下ろして考え込んだ。
――思った通りだったわ。モフルンの能力はリンクルストーンを探すためのものだけれど、一つ一つのリンクルストーンを判別まではできない。全てが漠然とした甘いにおいでしかないんだわ。だからすぐ近くで隠し持っていたこのブラックダイヤはほかのリンクルストーンのにおいに紛れて分からなかった。離れた場所に隠したりしたらばれたでしょうけど。
小百合の思考は続く。
――あの二人が伝説の魔法つかいなら、あの部屋にはこれ以外にもたくさんのリンクルストーンがあったはず。むこうも当然疑っているでしょう。けれど、このブラックダイヤを見ない限りは疑いの域を出ることはできないわ。十六夜さんは今頃悩んでいるでしょうね。
ミラクルとマジカルはダークネスとウィッチに出会ったときにリンクルストーンブラックダイヤしか見ていない。小百合があの二人にブラックダイヤ以外のリンクルストーンを見せないようにした意図は他にあるのだが、その事が功を奏していた。
「ねぇ、小百合!」
「え? なに?」
「さっきから何度も呼んでるのに! ブラックダイヤ見ながらニヤニヤしてどうしちゃったの?」
「ごめんなさいね、わたし集中すると周りの音が気にならなくなるのよね」
「気にならなすぎだよぅ。何考えてたの?」
「色々よ。そのうちにラナもわかる時がくるわ。それよりも、ブラックダイヤのことはあの二人には絶対に秘密にすること」
「どうして?」
「どうしてもよ。もし言ったら大惨事になるからね」
「なんかよく分かんないけど、大惨事はいやだね~」
小百合はこれで大丈夫だと思った。ラナが自分を全面的に信用してくれていることを知っているからだ。
カタツムリニアの旅が出発より一週間も続くことになっていた。リコの話によれば、それでも今のナシマホウ界から魔法界に一週間で着けるのは奇跡的なことだという。
少女四人が一週間も共に暮らせば仲良くなるのが普通だ。旅が始まってすぐにみらいとラナはすっかり仲良くなっていた。この二人の場合は最初から気が合っていた。
リコと小百合はあえて仲よくなろうとはしなかったが、だからといってよそよそしいわけでもなく普通に接していた。しかし、リコの中には拭えない疑惑があり、それを表に出さないように苦心していた。