小百合、教室に来る
「校長先生、何かわかったんですか?」
校長の机の前にみらいとリコがそろって立っていた。質問したリコが校長の言葉を待つ。
「何もはっきりとはしていないが、リズ先生が興味深い仮説を唱えたので、それも含めて聞いてもらおうと思ってのう。まずは魔法界の歴史に触れてみよう」
「魔法界の歴史だったら、教室でも勉強してるね」
みらいが何気なく言うと、校長が彼女を見て穏やかに話し始める。
「これから話すこと学校では教えてはいない。魔法学校ができるよりも前の魔法界の古の時代に関することだ。歴史家でも目指さぬ限りはこの知識に触れることはない」
「今、大昔の歴史っていいました?」
校長先生が頷くと、みらいが目を輝かせる。
「魔法界の大昔の歴史! ワクワクもんだ!」
興味津々のみらいが落ち着くのを待って校長は話し始めた。
「最古の魔法界では理想郷が広がっていたといわれておる。君たちから以前に聞いた魔法界とナシマホウ界が一つであった頃の世界によく似ておる。だが、そんな平和な世界が唐突に闇の魔法に支配されてしまうのだ」
「闇の魔法って、そんなに大昔からあったんですか?」
みらいの質問に校長が答える前にリコが言う。
「闇の魔法の大元はデウスマストの眷属が魔法界とナシマホウ界が分かれると同時にばらまいたのだから、大昔から闇の魔法が存在していてもおかしくはないわ」
「そっかぁ、そうだよね」
みらいはもうワクワクが抑えきれないとう様子で校長に近づく。
「それで、闇の魔法に支配された魔法界はどうなるんですか!?」
「闇の魔法から生まれし黒き竜が人々を脅かし恐怖に陥れる。対抗するために魔法つかいが集まり、聖なる白き竜を召喚する。光と闇の戦いは百年にも及び、2体の竜は相打って共に滅んだが、ついに闇の魔法は打ち破られて封印されるのだ」
楽しそうなみらいの隣で、リコも知らない話だったので真剣に聞いていた。
「実はこの最古の歴史の成り立ちはあまりにも不自然であり、魔法界の歴史で最大の謎と言われておる」
「別に不自然なところはありませんでしたけど」
「話で聞いただけではわからぬ」
校長が右手を広げる錫杖のように長い杖が現れる。校長はそれを取ると一振りした。
「キュアップ・ラパパ、本よここへ」
校長室の奥に並んでいる本棚から数冊が浮遊して次々に校長の机の上に積まれた。どれも色あせていて相当に古そうな本だった。校長は杖を床に立てて言った。
「これらの歴史の書を紐解くと歴史のつなぎ目に不自然な部分がある事が分かる。今までに魔法界にいた全ての歴史家がこの問題にぶつかり、証拠を探し求めた。しかし、まだ何も見つかってはいない」
「えっと、話が難しくてよく分からないんですけど……」
みらいは確信の部分が見えなくてやきもきしていた。
「そうじゃのう。分かりやすく説明すれば、古の時代と闇の魔法の時代との間には境目が存在しないのだ。まるで本のページが白から黒に変わるように世界が一変する。古の時代が終わる時に何があり、どのようにして闇の魔法の時代が訪れたのか分かっておらん。多くの歴史家が古の時代と闇の魔法の時代の間に隠された時代が存在すると推察しているが、何千年も謎のままなのだ。研究者の間では虚無の時代と呼ばれておる」
「そこでわたしは考えたのだけれど」
校長の横に立っているリズが話し始める。
「虚無の時代が存在すると仮定して、何も証拠がない事が証拠になるんじゃないかしら」
「どういうこと?」
リコが怪訝な表情をするとリズは微笑した。
「本当にその時代があるとすれば、何千年も証拠が見つからないなんておかしいわ。でも、証拠となる物が意図的に消されたと考えると色々なものがつながってくるのよ。例えば、あなた達が前に見た謎のリンクルストーンとかね」
「それって、小百合たちが持ってたリンクルストーン? なんでそれがつながるの?」
みらいが言っている脇でリコは何かが分かりかけてきていた。
「あのリンクルストーンも謎だらけで何も分からない、校長先生でさえなにも……」
下を向いて考え込んでいたリコが、あっと思って顔を上げる。
「虚無の時代には証拠がなにもない、あのリンクルストーンも何も分からない。この二つは似ているわ。もしかしたら、虚無の時代とあのリンクルストーンは関係があるのかも」
穏やかにリコを見守るリズの表情には慈しみがあふれていた。それに気づいたリコは胸の辺りが温まるように感じる。
「さすがね、リコ。リンクルストーンは魔法界を象徴する存在よ。伝説にないリンクルストーンがいくつもあるなんて、どう考えても不自然だわ。でも、それらのリンクルストーンに関する記憶が意図的に消されたのだとしたら」
リズがそこまで言うと静観していた校長が口を開く。
「もしこれが真実だとすれば、何者かが歴史を消し、リンクルストーンの伝説を改ざんしたことになる。しかし、今の段階では仮定にしかすぎぬ。二人とも、一応この話を覚えておいてもらいたい」
その時、魔法学校にチャイムの音が響いた。
「話は以上よ。そろそろ授業が始まるわ、二人とも急いでね」
リズに急かされると、みらいとリコは校長室を出て走って教室に向かった。途中で二人は教頭先生に睨まれて走るのを止めて早歩きになった。
「いやデビ! 小百合と一緒に行くデビ!」
図書館で早朝の勉強を終えた小百合の前でリリンが駄々をこねて転がっていた。机の上をゴロゴロ行ったり来たり、小百合は小さな子供を持つ母親の気持ちが分かるような気がしてきた。
「そんなこといったって、ぬいぐるみを持って教室に入るわけにはいかないわよ」
「大丈夫デビ! なにも問題ないデビ! モフルンは毎日みらいと一緒に教室にいるっていってたデビ!」
それを言われると困る。しかし、今日が小百合の転校初日のようなものなので、あまり目立ちたくなかった。
「お願いだから少しだけここで待ってて、一時間目が終わったらすぐに迎えにくるからね」
「……分かったデビ。リリンは小百合に見捨てられた傷心のあまり家出するデビ」
「またそんなこと言って……」
小百合が大きくため息をつく。この勝負はリリンの勝ちらしい。
「みなさん、今日から一緒に勉強する新しいお友達を紹介しましょう」
授業を始める前にアイザック先生が言った。教室が静まり返り、みんな新たなクラスメイトの登場を待った。すり鉢を半分に割った型になっている教室の上の方から小百合が少し早い歩調で階段を下りてきた。何人かの男子生徒は小百合の横顔と水が流れるように輝く黒髪に見とれていた。しかし、それ以上に目を引くのが抱いている蝙蝠の翼のある黒猫のぬいぐるみである。小百合は仕方なしにアイザック先生に許しをもらってリリンと一緒に教室に入ってきたのだった。
教室には教壇をぐるりと囲むように長い机が配置されている。小百合が教壇の前に立ってとんがり帽子を取ると彼女に視線が集まった。
「モフルン!」
「リリン、おはようモフ~」
リリンが小百合の腕から抜け出して飛びあがる。教室中の生徒が固まり、モフルンとリリンが出会ったところで大騒ぎになった。
「ああ、もう! こうなるから嫌だったのよ!」
小百合は一番前の席にリコと並んで座っているみらいの前に駆け寄り、隣のモフルンと遊んでいるリリンを抱き上げる。
「騒がせて悪いわね、ハハ……」
小百合が自暴自棄に近い笑いを残してみらいの前から黒板の前に走って戻る。やがて教室は静かになるが、変な空気になってしまった。気を取り直して小百合はいった。
「聖沢小百合です、よろしくお願いします」
リコが小百合の姿を見つめて、ついに来たと思った。これから小百合がこの教室でどんなことをするのか、リコの目には見えていた。
「知っている方も多いと思いますが、彼女は図書館で勉強し努力を重ねてこの教室にやってきました。もちろん、魔法の杖もちゃんと持ってます」
その瞬間に教室が一気にどよめきに包まれる。ほとんどの生徒が小百合が魔法を杖を手に入れた事実を知らない。そもそも、どうやって魔法の杖を手に入れたのかと謎が謎を呼んでちょっとした騒ぎになった。
「皆さんお静かに」
アイザック先生の一言で教室が再び静まる。
「お~い、小百合! やったねぇ! おめでと~っ!」
今度はたった一人の生徒によって静寂が破壊される。アイザック先生はやれやれと思う。ラナが教室の端の方で立ち上がって小百合に向かって両手を振っていた。恥ずかしいことをしているのはラナなのに小百合の方が恥ずかしかった。
「まったくあの子は……」
「ラナさん、お静かに」
先生に注意されたラナは「はぁい」と嬉しそうな笑顔のまま座った。
「小百合さんのたっての希望で、ラナさんの隣の席に座ってもらいます」
それを聞いたラナが感動のあまり目を潤ませる。小百合が颯爽と歩いてきて隣に座ると、ラナは胸に込みあがる嬉しさを抑えるように握った手を胸に当てて言った。
「小百合、隣にきてくれてありがとう」
「どうせあんたの事だから授業中に寝たりしてるんでしょ、自分は魔法なんて使えないから勉強なんていいや~って感じで」
「あ、え~とぉ」
ラナの目が完全に泳いでいた。
「安心しなさい、叩き起こしてしっかり勉強させてあげるから」
「ああ~、小百合、やっぱりリコの隣の方がいいんじゃなあい?」
「わたしにはあんたの魔法を止めるという使命もあるから、いつでも近くにいなくちゃねー」
「あう~、わたしの楽園が消えていくよぅ……」
ラナは涙ながらに言うのであった。
1時間目は魔法力学の授業である。これは主に物を動かす魔法に関する勉強で、ナシマホウ界の物理学に相当する。ラナが5分もしないうちにうとうとし始めるので、小百合は授業を聞いてラナを起こしての繰り返しになり、なかなか大変だった。授業が終わりに近づいてきた時に、アイザック先生が杖を振る。すると黒板に式が現れた。
「これは球体に対する魔力の作用を現す問題です。ちょっと難しい問題ですが、できる人」
『はい』と二人の返事が聞こえた。難易度の高い問題はいつもリコが前に出て解くのが常であったが、今日はもう一人手をあげていた。
「ほうほう」
アイザック先生は手をあげているリコと小百合を順番に見て言った。
「では小百合さん、やってみて下さい」
小百合は無言で立ち上がり、早足で黒板の前へ。小百合がチョークを持つと、すこし教室がざわついた。小百合は素早く手を動かして式を完成させていく。
「なんで魔法を使わないんだ? 魔法の杖もってるんだろ?」
ジュンが疑わしい目で小百合を見つめていた。
「できました、どうでしょうか?」
「正解です」アイザック先生が満足げに頷いて言った。
「すごいよ小百合、わたしなんて全然わからなかったのに」
ジュンの隣でケイが尊敬を込めて言っていた。ジュンは「なんで呼び捨て?」と思っていた。
「あいつ、もしかしたらリコと同じくらい頭いいのか?」
魔法の杖を手に入れた小百合をもうバカにする生徒はいなかった。しかし、まだ誰も小百合の魔法を見ていないので疑っている者はいた。
授業が終わって休み時間になると、小百合の周りにわっと人が集まってくる。
「そのぬいぐるみなに? どうなってるの?」
「どこから来たの?」
「なんでずっと図書館で勉強してたの?」
次々と飛んでくる質問に小百合はよどみなく的確に答ええていく。
リコたちは近づけずに取り巻きの外にいた。
「これじゃお話しできないね」
みらいが少し残念そうに言うと、小百合の方が気づいて席を立った。
「ちょっと失礼」
小百合が席を離れてみらい達に近づいてくる。その後ろにラナもくっついていた。
「ケイも同じ教室だったのね」
誰も小百合がケイに話しかけるとは思っていなかったので、みんな驚いた。みらいがさっそく突っ込んでくる。
「ケイと小百合って知り合いだったの?」
「図書館でお友達になったんだよ。小百合にわたしの友達を紹介するね。こっちがジュンで、こっちがエミリーよ」
ケイが順に紹介していく。
「小百合です、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします、エミリーです」
「よろしく」
少し恥ずかしそうに頭を下げるエミリーに対して、妙に丁寧な小百合がジュンは少し気にくわなかった。そんなジュンが小百合の隣で笑顔をふりまいているラナを見て言った。
「で、隣の
「爆箒ラナ?」
「そいつのあだ名だよ。一部の魔法つかいの間では有名なんだ。なんもかんも魔法はダメなのに、箒に関してだけは天才的なんだからな」
みらいもリコもそれは知らなかった。聞いた小百合は感心してしまった。
「爆箒ラナとは言い得て妙ね」
「わたしって、そんなふうに呼ばれてたんだ~」
「あんた、自分のあだ名も知らないのね」
「初めて聞いた~」
「のんきな奴だなぁ」
と呆れ気味に言ったのはジュンだった。
「ラナはわたしの親友よ」
「小百合とはナシマホウ界でお友達になったんだよ! お城みたいな家に一緒に住んでたの!」
「ラナ、余計なこと言わないで!」
「なにぃっ、マジか!?」
ラナの話にジュンが食いつく。その声が大きかったのでまた周りに生徒たちが集まってきて休み時間が終わるまで始末に追えなくなってしまった。
その日の授業では、難しい問題が出されると常にリコと小百合の二人が手をあげて、それぞれ見事に正解を答えていた。この一日で小百合の頭の良さがクラスメイトに示された。