魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦   作:四季条

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みらいの涙

「う~ん」

 

 その夜、ラナは帰ってきてからベッドに転がってずっとうなっていた。リリンを膝にのせてテーブルで勉強していた小百合がついに我慢できなくなって言った。

 

「さっきから変な声出してなによ?」

「みらいとリコ、迷ってるよね。さっき戦ってる時に迷ってるって感じしたんだ」

 

「それは結構なことだわ。迷いは弱さにつながるからね」

「そんなのずるいよ! ちゃんと闇の結晶を集めてるわけを話そうよ。そしたらもっと気持ちよく戦えるでしょ~」

 

「なんですって? そんなことしたら……」

 小百合があごに手をそえて考え込んだ。そして考えがまとまると笑みを浮かべる。

「そうね、妙案かもしれないわね」

 

「妙あん? 妙なあんこ?」

「なんであんたは、いつもいつもそんな変な方向にいっちゃうのよ!」

 

 小百合に少し強く言われると、ラナが珍しく考えだした。小百合が黙って見ていると、何か閃いたのかラナの難しい顔がふっとゆるむ。

 

「小百合の家で食べたいちご大福おいしかったよね!」

「なんの話よ!?」

 

「だって、妙あんでしょ?」

「妙案っていうのは、いい考えかもしれないってことよ!」

 

「そうでしょ~っ! いい考えでしょ~っ!」

 ラナがベッドから降りて小百合に接近し、碧眼をキラキラと輝かせた。

 

小百合は少しだけうざったそうに言った。

「明日の放課後あたりに魔法学校に行きましょう」

 

 

 

 魔法学校の終業のチャイムが鳴り響く。通学の生徒たちが箒や絨毯のバスで飛び立っていく。それとは入れ違いに魔法学校の制服姿の小百合たちが二人乗りの箒で校門の前に降りた。小百合はラナにリリンを抱かせてから言った。

 

「ラナはリリンと一緒にここにいて」

「一人で行くの?」

 

「あんたと一緒だと面倒なことになりかねないから、ここで待っててね」

「はぁい……」

 

 ラナは残念そうな顔をしていた。本当はリコとみらいに自分の気持を伝えたかったのだった。

 

 生徒がほとんどいなくなって学校が静まり返った頃に、みらいが一人で校舎の中を散歩していた。小百合たちとの戦いがあり、それを思い出すとやるせない気持ちになり、気を紛らわすのにモフルンを抱いて歩いていた。みらいは窓辺に立ち止まり、暮れ行くオレンジと影の黒に染まった外の景色を無心で見つめる。

 

「みらい!」

 

 唐突に呼ばれてみらいが振り向くと、とんがり帽子と魔法学校制服姿の長い黒髪の少女が窓際に立っていた。彼女が顔を上げると帽子の鍔に隠れている瞳が見える。

 

「小百合!?」

「リコはいないのね。まあ、あなただけでもいいわ。お話をしにきたのよ」

 

「お話って?」

 

「ラナがどうしてもってうるさいから、わたしたちが闇の結晶を集める理由を教えるわ。それが分かった方が、あなた達もすっきりするでしょう」

 

 小百合がみらいに向かってくる足音が静寂の中に際立つ。小百合は窓から注ぐ夕日と窓と窓の間にある影で交互に明暗に姿を変えながら、最後はみらいと同じ窓の横に立って夕日を浴びた。

 

「モフ」

 みらいと一緒にモフルンも小百合の顔を見つめる。

 

「わたしたちはフレイア様という闇の女神様の元で働いているわ。その方がわたしたちにプリキュアになる力をくれたの」

「闇の女神……」

 

「フレイア様は闇の結晶を集めたあかつきに願いを一つだけ叶えてくれると約束して下さった」

 

 二人の間に沈黙があった。小百合はみらいの夕日で輝く目をしっかり見つめていった。

 

「わたしは最近亡くなったお母さんを蘇らせてほしいとお願いしたわ」

 

 みらいが口を少しあけて目を見開く。小百合はショックを受けるみらいを見て心の中では笑みを浮かべていた。

 

「……本当なの? 本当にお願いを叶えてくれるの?」

 

「あなたはフレイア様に会ったことがないから分からないでしょうね。心の優しい深い慈愛を持ったお方よ。嘘なんか言わないわ、それははっきりと分かるの」

 

 夕日の下で悲し気に光る小百合の瞳から、みらいは目を放すことができなかった。

 

「モフゥ……」その場の空気に耐えかねてモフルンが声を出すと、小百合が言った。

 

「わたしのお母さんは四ヶ月前に事故で突然いなくなったのよ。歩道を歩いている時に暴走した車が突っ込んできて、お母さんはわたしを守り、わたしの代わりに犠牲になった。あんな死に方をしていい人じゃなかった。だからわたしは、どんな事をしてでもフレイア様の望みを叶えて、お母さんを取り戻すわ。話はそれだけよ」

 

 みらいの眼尻から涙がこぼれ落ちた。とめどなく出てくる涙が彼女の頬を伝い、あごまで流れて落ちていく。涙の雫が夕日を吸ってルビーのように輝いていた。小百合は悲しみに打ちひしがれたみらいの姿を見てから身をひるがえして去っていく。

 

「フッ」

 小百合は後ろで立ち尽くしているみらいの悲しみの気配を感じると声を出してにやりとした。

 

 リコはみらいの帰りが遅いので、寮の部屋から出て校舎内を探し回っていた。

「いくらなんでも遅すぎる。このままじゃ夜になってしまうわ」

 

 黄昏て夕日はオレンジ色から暗赤色に変わっていた。リコが廊下を小走りして探していると窓辺に立っているみらいを見つけることができた。

 

「みらい、なにやってるの、もう遅いから寮に……」

 親友の涙に濡れる顔を見てリコの言葉が止まった。

 

「どうしたの?」

「リコ!」

 

 みらいがリコの元に飛び込んで、淡く膨らんでいる胸に顔を押し付けて泣き出す。

 

「わたし戦えないよ、小百合とは戦えない……」

「なにがあったの!?」

「みらいは小百合とお話ししたモフ。とっても悲しいお話だったモフ」

 

 モフルンが言うと、リコはやられたという気持ちになった。直情的で感じやすいみらいは、自分を抑えきれなくなることがある。小百合がそこを攻めてきた、リコにはそう思えてならなかった。

 

「とにかく寮に戻りましょう。落ち着いたらでいいから、ちゃんと話を聞かせて」

 

 リコは自分の胸でみらいが頷くのを感じた。みらいの肩を抱くリコの手には嗚咽の震えが伝わっていた。

 

 

 

 夜が更けて大きな大きな三日月が魔法界の夜空に輝く。魔法のランプのやわい光が照らす部屋で、みらいとリコはベッドに並んで座っていた。触れ合っている部分から互いの熱が伝わる。モフルンはそこから離れたみらいの机の上に座って二人の様子を見つめていた。

 

 みらいから話を聞いたリコは、みらいに何の言葉もかけることができなかった。ほのかな明かりの中で沈黙の時間だけが流れていく。その間、みらいはずっと下を向いていた。

 

「わたし……」

 みらいの口から声がもれる。

 

「お母さんがもしいなくなったらって、想像してみたけど……無理……」

 みらいのひざの上の手に涙がぽつぽつと落ちてくる。

 

「そんなの、悲しすぎるよ……」

「みらい……」

 

 リコはみらいの頭に手をそえて自分の懐に引き寄せた。慰める言葉は浮かばないが、みらいを少しでも安心させたかった。

 

「リコ、ごめんね……」

「謝らなくていいわ。わたしは誰かのために頑張っているみらいが好きだし、誰かのために悲しんでいるみらいも好きよ」

 

 我ながら何てつまらないことを言っているんだろうとリコは思う。もっとみらいを元気に出来る言葉が欲しいと思うが、そういうのはリコよりもみらいの方が得意だった。いつも明るく励ましてくれるみらいのこんな姿を見るのは初めてで、どうしていいか見当もつかなかった。

 

 やがて消灯の時間がきて学校が完全に近い闇に包まれると、リコは一人で起き出して月明りを頼りに制服に着替えた。それからベッドで寝ているみらいを見て、布団をかけなおしてやって廊下に出ていく。

 

 校長室で校長がランプの明かりの元で本のページをめくっていると、突然リコが目の前に現れて驚かされた。

 

「こんな夜遅くにどうしたのじゃ? もう消灯の時間は過ぎているが」

「どうしても校長先生にお話ししたいことがあって、みらいが……」

 

 リコの表情から不安を感じ取った校長は本を閉じて眉をひそめた。

 

「何かあったのじゃな?」

 

 リコはみらいから聞いた話をそのまま校長に伝えた。そしてリコは最後に言った。

 

「小百合は……小百合はきっと、みらいを惑わせるために嘘を……」

 

 そう言うリコの表情には自信が感じられなかった。

 

「そうか」

 

 校長は席を立って窓辺に行くと、夜空の三日月を見つめた。

 

「本当に嘘ならばいいのだが……」

 

 それから校長はグリーンの瞳に三日月を映しながら考えていた。

 

「わしは用事を思い出したので出かけようと思う。君は早く寮の部屋に戻りたまえ」

「今から出かけるんですか!?」

 

 校長はリコのことを見て、いつもの穏やかな表情で言った。

 

「大事な生徒たちが苦しんでいるというのに何もしないではおれん。わしも出来ることを全力でやろう。君たちと一緒に戦わせてくれ」

 

「校長先生! ありがとうございます!」

「見回りの教頭先生には見つからぬようにな。見つかったらどうなるのか、言わなくても分かるじゃろう」

「そ、それはもう……」

 

 リコはみらいの事が気になりすぎて教頭先生のことをすっかり忘れていた。今頃になって冷たい汗が出てきた。

 

 

 

 早朝の霧深き森の中を銀髪の美丈夫が歩いていく。不思議な雰囲気をもつ森の景色とうすい霧の中に立つ校長は絵に描いたように美しかった。やがて霧が晴れて枝葉の隙間から指す日の気配が強くなって来た頃に、校長の目の前に大木が現れた。根元に色とりどりのキノコが生えていたり、表皮に窓のような穴が開いていたり、普通の樹木とは明らかに異質のものがある。

 

「人間がどうやってここまで来たのですか?」

 

 校長が見下ろした先に小人が前で手を組んで立っていた。背中にはトンボに似た4枚の翅があり、草葉を思わせる緑色のドレスと頭には大きく開いた桃色の花びらの上に可愛らしい白花を乗せた冠をかぶっていた。彼女は妖精の里の女王である。

 

「騒がせてすまぬ。わしは魔法学校の校長じゃ」

「まあ、魔法学校の校長先生でしたか。よくここがお分かりになりましたね」

 

 魔法学校の校長と聞いて女王は納得した。普通の魔法つかいでは妖精の里にたどり着くのはまず無理なのだ。

 

「レジェンド女王に尋ねたいことがあって参じたのだが、お会いできるだろうか?」

 

「レジェンド女王様は日光浴をしておられますわ。はるばる校長先生がここまで来たのです、きっとお会いになられるでしょう」

 

 校長は鎧姿の妖精兵士の案内で無限に広がると思われるような広大な花の平原に出た。虹のような色彩の野の花の中に台座が設けられ、レジェンド女王がそこに座って目を閉じていた。周りには数人の護衛の兵士もある。先ほどの女王とは違って丸顔で等身が短く翅も小さめで、全体的に丸っこくて可愛らしい印象である。団子にした薄紫の髪とパフスリーブの小さなドレスがその体躯によく似あっていた。このレジェンド女王は自分でも分からなくなるくらい遠い昔から生きている。

 

「お休みのところ申し訳ない」

 

 校長が頭を下げて言うと、深い皺の中にある二つの真ん丸の目が開いた。陽光で輝く瞳の中には小さなピンクの花模様が入っていた。

 

「あなたがこんな場所まで訪ねてくるなんて、よほど大切な用事なのでしょう」

「さよう、あなたに教えてもらいたいことがあるのです」

「わたしの分かる事であればお教えしましょう」

 

 少し肌寒い風が吹いて色とりどりの花びらが二人の間で舞った。

 

「あなたは有史以前から魔法界の歴史のすべてを目撃しているはず。わしが知りたいのは魔法界の有史と闇の時代の間にあると言われている虚無の時代についてなのです」

 

「そんな時代は存在しません」

 レジェンド女王ははっきりと言った。濁りのない一言であった。

 

「本当に何も知らぬのか? はっきりとしたことでなくても構わない。断片的な記憶でも何でもいいのだ」

 

 校長の必死な思いが伝わって、レジェンド女王の顔にはっきりとした戸惑いが現れる。

 

「わたしは魔法界の全てをこの目で見てきました。そんな時代の記憶はございません。それに、昔のことはあまり思い出したくないのです。とても恐ろしい記憶なので……」

 

 校長が残念そうに目を伏せる。校長にとってレジェンド女王の記憶が一つの希望であったが、逆に謎を深める結果になってしまった。

 

「あの時、どうして闇の魔法があんな風に広がってしまったのでしょう……?」

 レジェンド女王が下で咲き乱れる野花を見つめて独り言のように話し始めた。校長はそれに神経を集中して耳を傾ける。

 

「穏やかな光の下で誰もが幸せに暮らしていたのに、全ての人が魔法をつかい、魔法を愛して、平和に暮らしていたのに、人々は突然に狂いだし、瞬く間に魔法界は闇に覆われました。何があんな風に人々を狂わせたのでしょうか……?」

 

 レジェンド女王は顔を上げて、そこに何者かがいるかのように宙を見つめる。

 

「とても温かなあの光は……」

 

 レジェンド女王の丸くて小さな瞳が輝いて涙がこぼれ落ちた。

 

「なぜ泣いているのですか?」

「よくあるのです、昔のことを思い出すとふと悲しくなることが。どうして訳もなくこんなに悲しくなるのでしょう、おかしなことです」

 

 もうこれ以上話すことはなかった。校長はレジェンド女王に黙礼して花園から去っていった。

 

 渡る風で花吹雪が乱れる。レジェンド女王は空に精霊のように舞う花びら見つめてまだ悲しそうな顔をしていた。可愛らしい真ん丸の瞳からまた涙がこぼれ落ちた。

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