朝にエリーがノックする音を聞いて扉を開けると、外に半分目を閉じている小百合が立っていた。
「今日もお願いしますぅ」
ちょっと寝ぼけているのか言葉づかいが変だった。
「小百合ちゃん、大丈夫? 眠そうだけど」
「寝るのが夜中になってしまって……。大丈夫です」
「中に入って」
エリーが小百合をテーブルの前に座らせると、小百合は座ったままうとうとしてしまう。そんな小百合の前にエリーはコップにジュースを注いで出した。
「はい、しぼりたてのリンゴジュースよ」
小百合は目を開けて少し赤い目で申し訳なさそうにエリーを見る。
「ありがとうございます」
一口飲めば甘くてさわやかなリンゴの果汁が小百合の体に染み渡るように感じる。あまりにも美味しくて殆ど一気に飲んでしまった。これで少し目が覚めた。その時にエリーが小百合の対面に座って言った。
「ずっと小百合ちゃんに言いたいことがあったのよ」
「なんでしょうか?」
「ありがとうね」
「え?」
「ラナちゃんのことよ。あの子、おばあちゃんを亡くしてから落ち込んじゃって、ご飯もろくに食べなかったのよ。たった一人の肉親を亡くしたんだから、そうなるのは当たり前なんだけど、わたしも村の人たちも明るくて元気なラナちゃんしか知らなかったから、どうしていいか分からなくてね。そしたら今度はラナちゃんがいなくなって大騒ぎ、村の人総出で探したりもしたのよ。そうかと思えば、ひょっこり小百合ちゃんと一緒に帰ってきてびっくりしたわ」
「そうだったんですか。申し訳ありませんでした」
それを聞いたエリーがクスッと笑った。
「小百合ちゃんて、ラナちゃんのお姉さんよね。小百合ちゃんが謝ることないのに」
「確かにわたしが謝るのは変ですね」
「ラナちゃんが帰ってき一番うれしかったのが、いつものラナちゃんに戻っていたこと。それはきっと小百合ちゃんのおかげだから、だからありがとう」
「そんなこと……」
救われたのは自分の方だと小百合は思う。小百合はラナを自分が救ってやったという感覚は持っていなかった。
「今日の箒の練習はお休みね」
「え? どうして?」
「小百合ちゃんは頑張りすぎだから、たまにはお休みしないとね」
「そんなことありません。今は魔法学校だって行っていませんし」
言ってから小百合はあっと思って手で口を塞いだ。それからエリーの顔を見て小百合は言った。
「エリーさんは、わたしたちが学校に行っていないこと気にしてますよね」
「気にならないと言えば嘘になるけど、理由もなく学校を休むような子たちじゃないって分かってるつもりだから。きっと、それ以上に大切な理由があるんでしょう。それは聞かないでおくわ」
「エリーさん……」
エリーの心づかいに小百合は胸が温まるように感じる。でも少し眠かった。そんな小百合にエリーは言った。
「今日は帰ってすぐに寝ること」
「はい、そうします……」
ロキの居城、暗黒の城。城の廊下に瞬間移動してきた白猫フェンリルはロキに闇の結晶を献上するために歩き出した。すると、途中でボルクスに出会った。図体はでかいのに、ちみっこい猫の前で萎縮していた。
「あんたこんなところで何やってんだい?」
「今ロキ様のところにいっても怒られるだけだからよお……」
彼はプリキュアが倒せなくて悩んでいるのであった。元は自分の闇の結晶集めを邪魔されたくないフェンリルが彼に提案したことだが、半分はボルクスをからかうつもりで言ったことなので、そんなに真剣に悩まれるとフェンリルは彼が少し可哀そうになってきた。
「とりあえずプリキュアは置いといて、あんたも闇の結晶を集めなよ。そうすりゃ、ロキ様も少しは認めてくれるさ」
「いや、俺はプリキュアを倒す! プリキュアはロキ様にとって邪魔なんだ。俺はそれを倒してロキ様に認められたいんだ」
フェンリルは目を細めて白い尻尾を動かした。
――こいつはこいつなりに真剣なんだな。
「おい、フェンリル。俺はお前の命令を聞かなきゃならねぇ。だから命令してくれ、プリキュアを倒せと」
「……まて、お前はわたしが何にもいわないからこんな所にいたのか?」
「ロキ様にそういわれたからな」
「アホか! そういうのを指示まち人間っていうんだよ! いや、お前は指示まち巨人か。とにかく、プリキュアを倒したいんなら行動しろ!」
「そうか! よし、今からプリキュアを倒しに行くぜ!」
ボルクスが急に元気になって屈強な腕を天井に突き上げて言った。
「まてまて、闇雲にいってもダメさ。わたしがいい作戦を考えたからお前も手伝え」
「なにをするつもりだ?」
「名づけて、プリキュアに変身させないで倒しちゃおう作戦だ」
「なんだか卑怯な作戦だな」
「うるさい! 卑怯だろうが何だろうがプリキュアを倒せばロキ様は喜ぶ! そうだろう!」
「お、おう、確かにお前のいうとおりだ」
「プリキュアはお前に倒させてやるよ。まあ、変身させないからただの小娘だけどな」
「しかし、変身させないってのはどういうことなんだ?」
「そこんところは、わたしが何とかする。とにかくお前はプリキュアを倒せ」
フェンリルが牙をむき出しにして狂暴な笑みを浮かべた。
テーブルの上のリリンは口をへの字に曲げて小百合とラナを見ている。二人は向かい合ったままくっついて眠りこけていた。リリンは朝からほったらかしにされて、もう昼が近づきつつあった。まだ二人が起きる気配がなかった。
「リリンはつまんないデビ! おなかすいたデビ! 小百合、ラナ、おきるデビ!」
「……ついに飛べたわ………」
「むにゃ…みんな一緒だぁ……」
小百合とラナの寝言が帰ってきた。
「デビーっ!」
リリンが癇癪を起して机を両手で何度もはたく。ぬいぐるみの手なのでパフパフいうだけで小百合たちを起こせるような音は出なかった。
「もういいデビ」
リリンはドアに飛んでいって外に出ていく。外にはリンゴがたくさんなってるので、それでも食べようと思ったのだ。そして外に出ると心ときめく匂いがリリンの鼻に触れる。
「くんくん、甘い匂いがするデビ!」
リリンが匂いをたどると地面に白い小皿に乗った一枚のクッキーが見えた。
「クッキーデビ!」
リリンは少し形の悪い丸いクッキーを手に取って一口食べる。サックリ甘いクッキーが口の中でほろりと溶けて天にの昇るような気持になった。
「とってもおいしいクッキーデビ~」
美少女姿のフェンリルがリンゴの樹に隠れてリリンの様子を見ていた。彼女は闇の結晶の反応をたどってこの場所を発見したのであった。
――どうだい、リリア先生直伝のふわりんクッキーの味は! 一口食べたらもうやめられないよ。
まだクッキーの匂いがするのでリリンが辺りを見ると、白い小皿のクッキーが点々と置いてあった。明らかに怪し気だが、リリンは何も疑わずにクッキーを食べては移動した。そしてついに見つける、リンゴの樹の横に大皿にのった山盛りのクッキーを。
「すごいデビ! おいしそうデビ!」
リリンがクッキーまで走って夢中になって食べ始まると、リンゴの樹の後ろから伸びてきた手がリリンを素早く捕まえて、樹の陰に引っ張り込んだ。
「デビーッ!?」
リリンの叫び声はすぐにぷっつりと消えてしまった。それからリンゴの樹の後ろからフェンリルが現れて、手に持っている白い袋を持ち上げて見た。中でリリンが暴れて袋が動いていた。
「まずは一匹」
フェンリルは弧の笑みを浮かべると、背中に光の翼を広げて上昇し、魔法学校のある方向へ飛んでいった。
それからしばらく後、今度は魔法学校の校庭にある噴水の縁で誘き寄せられたモフルンが山盛りのクッキーを食べていた。
「とってもおいしいクッキーモフ~」
近くの支柱に潜んでいたフェンリルがそろりと出てくる。後ろから近づく人影にクッキーに夢中のモフルンは気づかない。捕まる直前に水にフェンリルの姿が映ってモフルンは振り向いた。
「モフ―ッ!?」
袋をかぶせられてモフルンが悲鳴をあげる。モフルンを探していたリコとみらいが悲鳴を聞いて噴水の前に駆けつけた。みらいが辺りを探しても誰も見当たらなかった。
「モフルンどこにいるの!? モフルン!!」
「みらい、これを見て」
リコが噴水の縁のところに置いてある手紙を見つける。リコがそれに近づくと、清らかな水面には鏡のように自分の姿が映り込む。リコは手紙を拾い上げて見た。
「これって……」
「なんて書いてあるの?」
手紙には魔法界の文字で「ぬいぐるみは預かった。返してほしければ、このはな島に来い」と書いてあった。
「大変だわ! モフルンは誰かにさらわれたのよ!」
「すぐに助けに行かなきゃ! でも、このはな島って?」
「このはな島は妖精の聖地と言われている場所よ。人が立ち入ってはいけないことになっているから、校長先生に許可をもらいに行きましょう」
二人が全力で走って校長室に向かった頃に、小百合たちもリンゴの樹に貼りつけてある手紙を見つけていた。
「寝ている間にリリンがさらわれるなんて不覚だわ……」
「どうしよう、小百合……」
「どう考えても敵の罠があるけれど、それでもこのはな島に行くしかないわね。ラナ、このはな島って知ってる?」
「知ってるよ、名前は!」
「……場所は?」
「わかんない!」
「……エリーさんに聞いてくるから、あんたは出発の準備ね」
「はぁい」
ラナが緊張感のない返事をする。小百合はラナが事の重大さを理解していないように思えて不安になった。それからすぐに二人は箒に乗ってリンゴ村から飛び立った。
モフルンとリリンが二人一緒に樹に縛り付けられていた。その前に白猫のフェンリルが座っている。地面では丈の低い野の花が満開になっているので、フェンリルの体は半分くらい花に埋もれていた。
「リリンもモフルンも捕まってしまったモフ、大変モフ」
「プリキュア大ピンチデビ」
地面を軽く振動させて巨体がフェンリルに近づく。
「なんだぁ、そのぬいぐるみ共は?」
「こいつらを捕まえておけばプリキュアは現れないのさ」
フェンリルが言うとボルクスが首をひねる。
「本当なのか?」
「後はここにやってくる小娘どもをつぶすだけだ。それはあんたに任せるよ」
「おう、任せておけ!」
「わたしは見物させてもらうよ」
フェンリルは少し離れた場所にある樹の幹を素早く駆け上がって太めの枝の上に座った。ボルクスは地面の花を押しつぶしてあぐらをかいて待ち構えていた。
みらいとリコが箒で島の先端部に降りてくる。そこからもう広大で鮮やかな色彩の草花の平原になっていて、遠くの方が霧が濃くなっていて見えなかった。この島はほとんどの土地は草花に覆われているのだ。
「うわぁ、すごく広いお花畑だね」
「前に行った妖精の里は、ずっと遠くに見えるあの霧の中にあるって、校長先生が言っていたわ」
その時、二人は誰かが草花を踏みながら近づいてくる音を聞いた。振り向いた二人の視線の先に小百合とラナが立っていた。
「小百合、どうしてここに?」
リコが言った。みらいは小百合の姿を見たとたんに辛い気持ちになって表情を曇らせた。小百合がそんなみらいの姿を見つめて、彼女がいつも抱いているモフルンの姿がないことを確認した。
「あんた達もやられたのね」
「もっていうことは、そっちもリリンがさらわれたのね」
小百合は頷いてからリコに言った。
「協力しましょう。お互いに2人じゃどうしようもないでしょ」
「ええ、そうね。4人でも心配だけど、2人よりはましね」
それを聞いたみらいとラナの表情がぱあっと明るくなる。しかし、みらいの胸の奥には決して抜けない棘のような悲しみが疼いていた。
「4人のプリキュアがそろったらどんな敵でも楽勝だよね!」
ラナが言うとみんな妙な顔で黙ってしまう。
「あれ? みんなどしたの?」
「あんた、重大なことがわかってないわね」
「なあに、重大なことって?」
まるで理解していないラナに小百合は腕を組んで物分かりの悪い子供をさとす母親のように言った。
「わたしたちがプリキュアに変身する時にどうしているのかよく思い出してみなさい」
「えっと、変身するときは二人で手をつないでキュアップ・ラパパ~っていってからリリンが飛んできて……」
ラナが急に黙り、徐々に顔が青ざめてくる。そして最後に震えあがって言った。
「うわ~っ!? リリンがいないと変身できな~い!? どうしよう小百合! ちょうやばいよ!」
「今頃それに気づくあんたの方がやばいわよ」
思わず笑ってしまうみらいに、呆れ顔のリコ、二人とも先行きが不安になった。急に元気をなくして萎縮するラナは、天敵を怖がる小動物を思わせる。
「プリキュアに変身できないのに、どうやってリリンとモフルンを助けるの……?」
「だから4人で協力するんでしょう」
小百合が言った。不安でいっぱいのラナが目で何かを訴えるようにリコとみらいを見つめる。
「大丈夫よ。きちんと作戦を立てていけば必ずチャンスはあるわ」
「そうだね! でも、この広い島のどこを探せばいいんだろう?」
みらいが広大な花畑の前で途方に暮れると小百合は言った。
「敵はわたし達をおびき寄せたいはずだから、わざわざ探させるような真似はしないと思うわ」
「なにか目印になるようなものが置いてあるかもしれないわね」
リコの言うことに同意するように小百合が頷き、みんなでその目印を探して歩き出した。
「あ、なんかたってる」
目の良いラナがさっそく何かを見つけると、それに駆け寄った。ラナは矢印の形をした白い看板に書いてある文字を読み上げる。
「ぬいぐるみはあっち、だって~」
「すごくわかりやすい目印だね」
みらいがそう言うと、危機的な状況のはずなのに、このちょっとしたコミカルさを感じる文字入りの看板のせいで緊張がゆるんでしまいそうだった。小百合が看板の横に立って言った。
「この矢印の方向だと、あの森の中ね」
「作戦を立てましょう」
リコの提案でその場の空気が再び緊張した。