このはな島の花の平原では蜂のような姿の妖精が花の蜜を集めていた。妖精には働き者が多いが、その中にやる気のないのが一人いた。彼は頭全体を覆うピタリとした黄色い帽子の上に蜂の触角を付け、黒いタンクトップの上に黄色と黒の横しま模様のストラップ付の半ズボン姿で、背中にある蜂の翅で羽音をたてて飛んでいる。彼は適当にちょろっと蜜を集めてから仲間から離れて寝る場所を探していた。
「ま、いちおう蜜は集めたしな。後は適当な場所で昼寝でもすっか」
彼が寝るのに丁度いい場所を探し求めていると、森の中でどんと座っているボルクスを発見した。
「な、なんだあのでかいのは!?」
「モフゥ……」
ボルクスの後ろから聞き覚えのある声が彼の耳に聞こえてきた。気になった彼はボルクスに見つからないように隠れながら近づいていく。
「あ、あいつは!?」
彼はボルクスの背後で樹に縛られているモフルンに気づいて慎重に近づいていく。
「モフルンじゃねぇか、こんなところで何やってるんだ?」
「あ、チクルンモフ~っ!」
「しーっ! でかい声出すな、あいつに気づかれるぞ!」
チクルンが慌てて後ろを見ると、ボルクスは背を向けてじっとしていた。
「だれデビ?」
モフルンの横からリリンが顔を出すと、チクルンが驚いてリリンの前に飛んでくる。
「なんだ? こいつもぬいぐるみなのか?」
「リリンモフ、モフルンのお友達モフ」
「チクルンとやら、助けてほしいデビ」
「このままだとみらいとリコが危ないモフ」
「まってろ、いま助けてやるからよ」
チクルンはモフルンたちの後ろ側に回って縄の結び目に手をかけて解こうとするが、びくともしない。
「ぬくく、かてぇ……」
「キュアップ・ラパパ! 草よ巨人を捕えなさい!」
いきなり魔法の呪文の声が森に響いた。ボルクスの周囲の草が急に伸びて巨体に絡みつく。それはリコが不意打ちで放った魔法だった。突然のことにボルクスは慌てる。
「な、なんだこりゃ!?」
「今よ、みらい、ラナ!」
みらいは走り、ラナは箒に乗ってボルクスを出し抜こうとする。
「そうはさせるか!」
ボルクスは全身に巻き付く草を引きちぎって立ち上がり、まず手をあげて上を飛んでいこうとするラナの進入を防いだ。ラナはボルクスの大きな手のひらにあたって跳ね返る。
「うわぁっ!?」
ボルクスの横をすり抜けようとしたみらいも、目の前にいきなり大きな手の壁が現れて慌てて止まる。
「この小娘ども!」
少女たちを捕まえようと二つの大きな手が伸びてきて、みらいとラナに迫る。
「キュアップ・ラパパ! 石よ飛んでいきなさい!」
小百合の魔法で飛んだ複数の小石がボルクスの顔に当たって少しばかり彼の動きを止める。ボルクスにダメージはほとんどないが、当たってくる小石がうっとうしくて顔をしかめていた。さらに小百合が魔法を使う。
「キュアップ・ラパパ! 枝よのびなさい!」
ボルクスの周囲の木の枝が激的にのびて、葉の付いた枝が左右から迫って巨体を絡めとる。枝はどんどん伸びて複雑に交差し、ボルクスを閉じ込める樹木の檻になった。
「キュアップ・ラパパ! 草よのびて!」
とどめとばかりにみらいが魔法を使い、地面の草が伸びてボルクスの足に厚く巻き付いた。ラナもひまわりの杖をだして振ろうとした。
「よ~し、わたしも! キュアップ」
「あんたはダメーっ!!」
小百合が慌ててラナの手を押さえて魔法を阻止した。
「わたしにもなんかやらせてよ~っ!」
「だったら箒で何とかしなさい!」
「むぅ、やってやる~っ!」
ラナはほとんどやけになって箒にまたがると、急上昇して上をおおう葉の天井を突き抜けていく。小百合は予想外のラナの行動に卒然となってしまった。小百合は気を取り直してまっすぐ前を見つめる。今はラナの謎の行動にかまっている暇などなかった。みらい、リコ、小百合がボルクスに向かって走り出す。巨人の横をすり抜けてモフルンとリリンのところに行こうとしていた。
少し離れて様子を見ていたフェンリルは苛々する。
「人間相手に何やってんだい! さっさとヨクバールを召喚しろ!」
「こんな小娘どもにヨクバールなどいらん! ぬおーーーっ!」
フェンリルの声が聞こえたのか、ボルクスが叫んで全身に力を込める。接近してきた少女たちの目の前でボルクスは剛力で枝の檻を引き裂いて吹き飛ばした。少女たちに折れた枝や葉っぱが降りかかって小さな悲鳴が上がる。さらにボルクスが片手を思い切り振ると、その手が起こした風圧で少女たちは吹き飛ばされた。3人は悲鳴をあげて草花の園に転がった。
「よし、いいぞボルクス、そのまま潰しちまえ!」
フェンリルが少女たちとボルクスの攻防に熱中している時に、チクルンがようやく縄の結び目を解いていた。
「よし、外れたぜ!」
モフルンとリリンを縛る縄がゆるんだ。
ボルクスは足元の草など意にに介せず、草の縄を断ち切って足を踏み出す。
「もう少しだったのに」
小百合が立ち上がって魔法の杖を構えると、みらいとリコもそれにならった。しかし、状況は厳しい。先ほどは不意打ちでボルクスにうまく魔法で攻撃できたが、今度はそうはいかない。
「覚悟しろ娘っ子ども……あれ一人足りねぇな。まあいいか」
ボルクスが大股で一歩踏み出した時、リリンが彼の肩の上あたりを飛んで越え、モフルンが彼の足元を横切っていく。
「モフ、モフ」
「デビ~」
「リリン!?」
「モフルン!?」
小百合とみらいが同時に叫ぶ。
「なあにぃっ!? どうやって縄を抜けやがったんだ ぬいぐるみども!?」
ボルクスの巨大な手が2体のぬいぐるみに迫り、もう捕まる寸前だ。小百合たちにはどうしようもできない。
「このやろーっ!」
チクルンが飛んできて小さな白い花をボルクスの鼻に突っ込んだ。
「チクルン!?」
今度はリコが叫んだ。ボルクスは盛大なくしゃみをして鼻の異物とチクルンを吹き飛ばした。小百合とみらいがぬいぐるみに向かって走り出す。
「ええい、逃がすかーっ!」
ボルクスが両手を伸ばして走り出すと、その背後に箒に乗ったラナが葉っぱにまみれて降りてくる。
「とりゃ~っ!」
ラナは箒の筆から星屑を噴射してとんでもない勢いで飛び出し、ボルクスの後頭部とラナの箒の柄先が激突し、ラナは箒と一緒に前に吹っ飛んだ。
「うわ~っ!?」
ラナが小百合の真横に花びらを散らしながら転がり込んだ。同時にリリンは小百合の胸に飛び込み、モフルンはみらいに抱き上げられて元の鞘に収まった。
「あ~、びっくりしたぁ」
頭の上に花びらを乗せたラナが起き上って見ると、ボルクスは後頭部を押さえてうずくまっていた。
「ぐおお……」
「あれ? おっきいおじさんどしたの?」
「ラナ、よくやったわね!」
「なんかわかんないけど、ほめられた~」
「小百合、変身するデビ」
「みらいも変身モフ」
4人の少女が頷き、それぞれが左手と右手を結んで残った手を上に。
『キュアップ・ラパパ!』
4人の声が重なった。みらいとリコは光の衣を身にまとい、モフルンと3人で手をつないでゆっくりまわる。
『ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!』
モフルンの体に輝くハートが点滅すると、ダイヤからあふれた光が周囲を照らし、星とハートが降り注いだ。
小百合とラナは黒い衣を身にまとい、飛んできたリリンと手をつないで3人で輪になると、リリンの体で黒いハートが点滅する。3人は星降る闇の中に回転しながら落ちていく。
『ブラック・リンクル・ジュエリーレ!』
宙に星と月の六芒星とハートの五芒星が隣り合って現れ、その上に宵の魔法つかいと伝説の魔法つかいが召喚された。
4人が魔法陣の上から同時に跳んで着地してからポーズを決める。
「二人の奇跡、キュアミラクル!」
「二人の魔法、キュアマジカル!」
「穏やかなる深淵の闇、キュアダークネス!」
「可憐な黒の魔法、キュアウィッチ!」
四人のプリキュアが現れ、それを見たチクルンが目を丸くする。
「なんだ、数が増えてるぜ!?」
離れたところ様子を見ていたフェンリルは呆れてしまった。
「ボルクスめ、あそこまでお膳立てしてやったのに失敗するとは……」
その時に巨体の影が4人のプリキュアにおおいかぶさった。
「プリキュアめ、俺の力を思い知るがいい!」
『はーっ!!』
4人同時の跳び蹴りがボルクスに炸裂した。
「ヌオ――――ッ!?」
巨体が折れ曲がって超速飛行して、屈強な体で激突した樹木を次々とへし折ってから大の字に倒れた。ボルクスは完全に目を回していた。
「いくら力自慢のオーガでも、4人のプリキュアが相手じゃそうなるわな……」
フェンリルは少し気の毒そうに言った。彼女は樹の枝から降りると少女の姿になって手の中にあるものを放った。三つの闇の結晶が空中で怪しく光って再び彼女の手の中に戻る。
「まあいいだろう。プリキュアを倒す手立てはまだある。見せてもらおう、人の非情さというやつをね」
フェンリルは三つの闇の結晶を上空に投げて首にかけているタリスマンをかざした。
「いでよ、ヨクバール!」
タリスマンから放たれる闇の瘴気を浴びたフェンリルが苦し気に呻く。このはな島が広がっていく黒い雲におおわれ、4人のプリキュアの頭上に広がる闇の魔法陣に三つの闇の結晶が吸い込まれた。異変を感じたプリキュア達が森から出て漆黒の天上を見上げると、闇の魔法陣から竜の骸頭がうまれいずる。
竜頭骨の仮面の下で闇がうごめき、仮面が魔法陣から引き出されていくと黒く燃え上がる体が徐々に現れてくる。長い腕の先に鋭い爪のある巨大な手が開き、背中に黒い翼が広がる。それが地上に降りた時、重厚な体を支える豪脚が平原の花を踏みしだき、長い尻尾が地上を鞭うつとえぐられた大地と共に花が散る。
竜頭骨の仮面以外、全身が黒い炎に包まれた暗黒のドラゴン現れ、その周囲にある花々が黒い炎に焼かれて消えた。
「ヨクッバアァーーーールッ!!」
漆黒の怪物の咆哮が島全体に広がり、花の平原で蜜を集めていた妖精たちが一斉に逃げ出した。空気が震え、細かい針が肌を刺すような感覚を受けてプリキュアたちが構える。
「な、なんだよあれ!?」
今までに見たこともない異形の怪物にチクルンは震えた。