エレメントの概念もまったく違っていると思います。この小説でのエレメントは、ゲームでよく出てくる属性に近いです。
ヨクバールは虚空の目に現れた怪しげな赤い光で、口から黒い炎を吐き出しながらプリキュア達を睨んだ。するとウィッチが怯んでしまった。
「うわぁ、なんか怖そう、あのヨクバール……」
「さっきの巨人が召喚したの?」
「あの巨人じゃないと思うわ。きっと他にも仲間がいるのよ」
ミラクルにマジカルが言った。ヨクバールが歩みだし、こちらに近づいてくるとダークネスが前屈みに足元に力を込めた。
「先にしかけるわ、ウィッチ!」
「え~、あれと戦うの?」
「あんた、びびってる場合じゃないでしょ!」
「わ、わかってるよぅ」
「行くわよ、しっかり合わせなさい!」
「うん! いっくよ~っ!」
ダークネスとウィッチがその足で花びらを巻き上げながら疾走する。そしてヨクバールの前で二人が同時に跳び、ダークネスの蹴りとウィッチの拳が竜骸の仮面に一寸の狂いもなく同時に当たる。
「ヨクゥ」
「なんですって!?」
「ええ~っ!?」
二人同時の攻撃を受けてもヨクバールは微動だにしなかった。黒く燃える手が二人を弾き飛ばした。
「キャッ!?」
「ふわーっ!?」
吹っ飛ばされた二人が宙返りして着地した時に、ミラクルとマジカルがヨクバールに突撃していく。
『はあぁっ!』
二人同時の拳がヨクバールのボディーに食い込む。
「ヨクッ、バール!」
衝撃を受けたヨクバールが後退する。それを見ていたダークネスが解けない設問にでもぶつかったように眉をひそめた。それから彼女はウィッチに目で合図して二人同時に走る。今度はヨクバールの横に回ってダークネスが跳び、ウィッチが懐に入っていく。
「とりゃ、とりゃ、とりゃーっ!」
ウィッチの連速パンチがヨクバールの脇腹に決まる。ダークネスもヨクバールの頭部に空中蹴りを何度もあびせた。
――やっぱり、わたしたちの攻撃は効いてないわ。
ヨクバールはダークネスたちの攻撃を受けても直立不動で毛ほども感じていないようだった。
「たあーっ!」
「てやーっ!」
ミラクルとマジカルの同時の蹴りにはヨクバールが反応して動いた。黒い炎に包まれた腕で二人の攻撃を防ぎ、腕から受けた衝撃で一歩後退する。その瞬間にヨクバールの真紅の目が燃え上がるように強く輝いた。まだ空中にいるミラクルとマジカルに黒く燃え上がる拳を叩きつけ、ダークネスは黒い翼で吹き飛ばされ、ウィッチはかぎ爪の付いた足でけり上げらた。4人同意に吹っ飛んで悲鳴と共に花園に墜落し、土煙と花びらが爆発するように吹き上がった。
4人のプリキュアがクレーターのように陥没した大地に一か所にかたまって倒れていた。真っ先に立ち上がったダークネスはヨクバールが大きく開いた口に黒い炎が渦巻いて球になり、その火弾が大きくなっていく様を見た。
「まずいわ!」
ダークネスが叫んだ時に、ヨクバールが真っ黒な火球を吐き出した。よける暇はなく、黒い火の玉が4人の目の前で爆発し、轟音と一緒に黒い炎がドーム状に広がっていく。それは4人のプリキュアの悲鳴まで飲み込み、草花を消し去って平原の一部を焦土にする。プリキュアたちは黒い炎に巻かれながらバラバラに吹き飛んで、全員が花園の中に沈んだ。森の入り口からフェンリルが直立して戦いの様子を見つめていた。
「あれは三つの闇の結晶から生まれた究極のヨクバールだ。わたしが召喚できる中では最強だ。それだけじゃない。あのヨクバールの攻撃で面白い状況が生まれるはずだ。どうなるのか楽しみだね」
最初に花の中から立ち上がったのは防御の態勢がとることのできたダークネスだった。
「あのヨクバール、今までのやつとはけた違いの強さだわ……」
ダークネスは他のプリキュア達がはたして攻撃に対してどう動いたのか、それを見る余裕はなかった。草花はダークネスのひざ上くらいまでのびているので、倒れているほかのプリキュアたちの姿が見えない。
「いったぁ~い……」
ダークネスの近くでウィッチが立ち上がる。
「ウィッチ、大丈夫?」
「うん~、大丈夫みたい!」
「ミラクルとマジカルは?」
ダークネスから少し離れた場所で草花が動くのが見えた。その辺りを飛んでいた黄色の蝶が、立ち上がってきた二人の少女に驚いて上へと逃げる。ミラクルとマジカルは一緒に立ち上がったのだが、ミラクルはマジカルの肩を借りて立っている状態で、ダメージが大きいようだ。ダークネスとウィッチよりも、ミラクルとマジカルの方がダメージを受けていることが見た目でわかる。その様子からダークネスはさっきから感じていた違和感に答えを出した。
「あれ、なんかミラクルとマジカル、すごく苦しそう……」
あまりものを深く考えないウィッチでも二人の様子がおかしいのに気付いていた。ダークネスが近づいてくるヨクバールに注意を向けながら言った。
「エレメントの影響よ」
「エレメントって??」
「魔法にはエレメントというものがあるの。そして物や生物にもエレメントがあり、人間も生まれついてエレメントを持っているわ。人は持っているエレメントによって得意な魔法が変わってくる。そして、わたしたちプリキュアにも強い影響を受けるエレメントが存在している。わたしたち宵の魔法つかいのエレメントは闇よ。伝説の魔法つかいのエレメントは恐らくそれとは真逆の光。そして、あのヨクバールは強力な闇のエレメントを持っているんだわ」
話を聞いていたウィッチは頭の中が完全にこんがらがってしまった。
「ダークネスのいってることぜんぜんわかんないよぅ。それがミラクルとマジカルが苦しそうなのと関係あるの?」
「光と闇の場合は同じエレメントは互いに与える影響が小さくなり、逆のエレメントは互いに与える影響が大きくなるのよ。つまり、あの強力な闇エレメントのヨクバールの攻撃によって受けるダメージは、同じ闇エレメントのわたしたちには大したことはないけれど、逆の光のエレメントを持つミラクルとマジカルはとても大きなダメージを受けてしまうのよ。わたしたちの攻撃が通用しなかったのもエレメントの影響よ」
それで何となく理解できたウィッチが言った。
「あのヨクバールと戦ったら、わたし達の攻撃はきかなくて、ミラクルとマジカルは先にやられちゃう?」
「そういうことね」
「ど、どうしよう、ダークネス!? それじゃあのヨクバール倒せないじゃん!」
「ウィッチ、それは逆よ。むしろ勝機が見えるわ」
ダークネスが言うとウィッチがまったくわからない顔をしていた。ダークネスがマジカルと目を合わせると、その直後にマジカルがミラクルに何かを伝えた。その時、距離と詰めていたヨクバールが口を開き口腔に再び黒い火の玉が現れる。
「マジカルはわたしの意図に気づいてくれたようね。ウィッチ、説明している暇がないから、わたしの動きを見ていて!」
ウィッチが声をかける暇もなくダークネスが跳んだ。同時にヨクバールが黒い火の玉をミラクルとマジカルに向けて発射する。ダークネスが二人の前に跳び込み火の玉を受けて黒い爆発の中に消えた。ウィッチはその行動に驚きつつも、何となく理解してヨクバールに突っ込んだ。ミラクルとマジカルも黒い炎を突き抜けてヨクバールに接近する。
「ヨクバール!」
ミラクルとマジカルに漆黒の拳が迫る。そこに跳び込んできたウィッチが、
「リンクル・ブラックオパール!」
円形の黒いシールドでヨクバールの拳を防いだ。その隙をついてミラクルとマジカルがヨクバールに迫る。
『はあ――っ!』
ミラクルの右ストレートとマジカルの左ストレートがヨクバールの顔面に叩き込まれた。竜頭骨の仮面が内側にへこみ、ヨクバールの顔面が歪む。
「ヨクッ!?」
ミラクルとマジカルの防御をまったくかえりみずに攻撃に全力を置いた一撃で、ヨクバールが頭をのけ反らせて後退する。相当な衝撃にもかかわらず倒れずに踏んばるところにこのヨクバールの強さが現れていた。
4人のプリキュアの協力戦が展開されるとフェンリルは目を疑った。
「なぜ協力する!? 宵の魔法つかいがあのヨクバールから受けるダメージは少ないはずだ。だったら、伝説の魔法つかいを見捨てて逃げりゃあいいじゃないか。そうすれば邪魔者を排除できるというのに、どうしてリスクを覚悟してまで一緒に戦う必要がある!?」
フェンリルはプリキュアたちの戦いが自分の予想とまったく違う方向に展開するので混乱していた。
ヨクバールがミラクルとマジカルに向かって口から黒い炎を吐き出す。ミラクル達の前にダークネス達が走り込んでくる。
「リンクル・スタールビー!」
ダークネスの腕輪に深紅の輝石が輝くと、二人で手を握り合い、その手を後ろに力を込める。二人は腕輪のある手を前に呪文を唱える。
『プリキュア・ブレイオブハートシールド!』
スタールビーとブラックオパールが輝き、漆黒の中に虹色のブレイオブカラーの宿るハート型の盾が二人の前に現れて黒い炎を吹き散らす。そして、黒い炎のブレスが途切れた瞬間を狙ってミラクルとマジカルが前に出てヨクバールの懐に入って跳んだ。
『たあ――っ!』
放たれた矢のように飛んできた二人の飛び蹴りがヨクバールの腹部にめり込んだ。
「ヨクッ、バールッ!?」
ヨクバールは両手の拳を前に体が前屈みの状態になり、かかとで大地を削り草花をなぎ倒しながら滑っていく。その巨体が止まった時に真紅の双眸が怪しく光り怒りを燃え上がらせた。ジャンプして大地を震撼させながらミラクルとマジカルの前に着地する。真紅の目で睨まれた時に二人は危険を感じた。ヨクバールの黒く燃え上がる尻尾が鞭のようにうなる。ミラクルとマジカルの前に現れたダークネスとウィッチが、二人の胸に手を触れて攻撃の範囲外へと押し出した。代わりにダークネスとウィッチが尻尾攻撃をまともにくらって悲鳴をあげながら吹っ飛ぶ。
「ダークネス、ウィッチ!?」
ミラクルが叫ぶとヨクバールの意識が再び伝説の魔法つかいへと向いた。
するとヨクバールの横から薄ピンク色の無数の花びらが吹き付けてきた。ヨクバールが振り向き意識が攻撃者のダークネスへと変わった。
「さあ、こっちに来なさい!」
「ヨクバール!」
草花を踏みつぶし花を蹴り上げながらヨクバールが走り出す。ダークネスとウィッチは目の前で腕を交差させて防御の態勢で迎え撃った。
「ヨク! バールッ!」
ヨクバールはむきになってダークネスとウィッチに何度もパンチを叩き込んだ。二人は防御しながらじっと攻撃に耐え続けていた。
それを見ていたフェンリルが叫ぶ。
「そいつらに気をやるのはまずい!」
ヨクバールの背後からミラクルとマジカルが空を切り花びらを逆巻いて走ってくる。
「ミラクル、はりきって、がんばって、思いっきりいくわよ!」
「うん、まかせて!」
ミラクルとマジカルがヨクバールの左右に走り込み、ジャンプした。
『でやあ――っ!』
ヨクバールの顔の高さでミラクルとマジカルが同時にバレリーナのように回転し、ミラクルの右足とマジカルの左足の回し蹴りが同時に炸裂した。ヨクバールの竜頭骨の仮面が変形し全体に細かい亀裂が入った。
「ヨクバールッ!!?」
大きなダメージを受けたヨクバールが三歩四歩と後退するが、
「まだ倒れない!?」
マジカルの声に反応するように、ミラクルとダークネスが動いた。二人は隣り合って立っていた。
「リンクルステッキ!」
ミラクルは虚空に現れたリンクルステッキを右手に取って高く上へ。同時にダークネスもリンクルブレスレッドのある右手を胸の高さまで上げる。
「リンクル・ペリドット!」
「リンクル・オレンジサファイア!」
無意識の中で二人の魔法の動作が重なった。そして、ミラクルがステッキを前へ、ダークネスが右手を前に出した時、二人の前に黄緑色のハートの五芒星魔法陣とオレンジ色の月と星の六芒星魔法陣が現れた。二つの魔法陣が互いに引かれ合うように転がると、ミラクルとダークネスの間で重なった。
「なっ!?」
「えっ!?」
ダークネスとミラクルの驚く声が重なり、二人の前に見たこともない魔法陣が現れていた。形状は伝説の魔法つかいのハートの五芒星魔法陣に近いが、それよりもサークルの中にある五芒星が大きくなり、周りにある五つのハートが小ぶりになっている。その中心の五角形の中に三日月があり、魔法陣は黄色に輝いていた。それを見たマジカルもウィッチも声が出なかった。
ダークネスが驚いたのはわずかな時間で、彼女はすぐに真顔になって叫んだ。
「行くわよミラクル!」
その声を聴いたミラクルの胸が熱くなる。
「うん!」
二人の中に新たな魔法の伊吹が流れ込んでくる。
『プリキュア・メープルリーフブレイズ!』
二人の魔法陣から燃え上がる無数の葉が吹き出し、それらがヨクバールの周りで渦巻いて漆黒の体に一気に貼りついて燃え上がった。
「ヨク、バァルゥッ!!?」
赤炎に包まれてヨクバールが苦しんでいた。
「あのヨクバールはわたしたちじゃどうにもできない、あんた達の魔法に頼るしかない!」
ダークネスが言うと、ミラクルとマジカルが頷いた。二人の前にダイヤが輝くリンクルステッキがクロスした状態で現れ、それぞれがステッキを手にして宙に舞う。
『ダイヤ! 永遠の輝きよ、わたしたちの手に!』
二人が空中で手をつないだまま輪舞を踊って地上に降りると、彼女らの周囲に無数の光の粒が高く波だった。マジカルが高く上げた左手にリンクルステッキを構えると、少し離れて見ていたモフルンが胸のダイヤを左手で触り、ミラクルが右手のリンクルステッキを高く上げて構えると、モフルンは右手でダイヤに触れた。ダイヤからあふれた聖なる光が広がり、近くにいたリリンとチクルンはその眩しさに目を閉じた。
『フル、フル、リンクルーッ!』
ミラクルとマジカルがリンクルステッキで三角形を描くと、それが具現化して光り輝く二つの三角形が宙に浮き出る。ミラクルとマジカルの創造した三角形の間にもう一つ三角形が現れ、三つの三角形が結合して光り輝くダイヤの形になった。
「ヨクバールッ!!」
炎を振り払ったヨクバールがミラクルとマジカルに向かってくる。ダイヤの光が見る間に大きく広がり、2人を守る聖なる盾となって突撃してきたヨクバールを受け止めた。光と闇がせめぎ合い、光が闇を打ち払っていく。
『プリキュア・ダイヤモンドーッ!』
ミラクルとマジカルのつないでいる手にギュッと力がこもる。その瞬間にダイヤの盾が白いハートの五芒星魔法陣に変わり、ヨクバールの闇が完全に打ち払われ、黒く燃え上がる体が巨大なダイヤの中に封印された。
『エターナルッ!』
二人がつないでいる手を放すと同時に、その手を力強く前にかざして魔法を放った。巨大なダイヤが回転し、魔法陣から撃ちだされ、すさまじい衝撃波が起こって周囲は花弁の嵐となった。ダークネスとウィッチは彩花の嵐の中で空の彼方に消えていくヨクバールを見つめていた。
ヨクバールを乗せたダイヤは白い光を放ちながら彗星のように白い尾を引いて一気に宇宙の闇の彼方へと飛んでいく。
「ヨクバール……」
無限の闇に光が爆ぜ、ヨクバールの浄化と共に星雲が現れ、そこから広がる光の中から現れた三つの闇の結晶が地上に向かって降りていった。