落ち込むリコ
みらいはラナのおかげでだいぶ元気を取り戻していたが、今度はリコの様子がおかしくなっていた。前の戦いがあった日からリコは酷く落ち込んで下を向いて考えていることが多くなった。今度は元気になったみらいが心配する方になった。
「リコ、この頃元気ないみたいだけど悩みでもあるの?」
ある時に寮の部屋でベッドの上に座りリコに寄りそってみらいが聞いてみた。少し前にみらいが落ち込んでいた時とは全く逆になっていた。すると想像もしないリコの答えが返ってきた。
「わたしは自信がなくなってしまったわ……」
「リコ、元気出すモフ~」
みらいのひざの上にいるモフルンがリコを励ます。一方、みらいはリコの衝撃告白で思考が乱されていた。いつも自信たっぷりなリコに自信がないなどと言われるとは思いもしなかったのだ。
「ど、どうしたの? 前の戦いで何かあったの?」
リコがみらいに頷いて話し始めた。
「わたしはあの時に小百合の実験材料にされたのよ。最初はくやしくて夜も眠れないくらいだったけれど、それがだんだん怖いって気持ちに変わってきたの」
「怖い? 小百合が?」
「そうよ。小百合には人間味の欠けているところがあるわ。人を実験の材料にするなんて……」
小百合の怖さはみらいも体験済みで、今でもそれに苦しめられているところがあるので無口になってしまった。小百合の優しさや聡明さを知っているだけに、時々現れるその人間味の無い部分が異様だった。
みらいがリコを鼓舞する言葉を探そうと必死に考えていると、リコが先に口を開く。
「わたしはずっと完璧を目指してきたけれど、小百合と接しているとわたしが目指していた完璧って何だったんだろうって思う時があるの。わたしは完璧なんかじゃない、完璧になんてなれないって、小百合に思い知らされているようだわ」
「リコは完璧だよ! いつだって成績は一番だし! しっかりしているし! わたしが悲しんで落ち込んでいる時も、それを受け止めて励ましてくれた! わたしすごく心強かった!」
みらいが力を込めて言うとリコは曖昧な微笑を浮かべる。
「わたしは完璧なんかじゃない。それはみらいが一番わかってくれていると思ってる」
「確かに時々失敗はするけど、わたしからしたらリコは完璧だよ。それに、本当に完璧な人間なんて世界中に一人もいないと思う」
「みらいの言う通りだと思うわ。でも、小百合はわたしよりもずっと完璧に近い人だと思う。自分の不幸を利用してまで戦いに勝とうとするなんて、普通の人にはそんなことできないわ。それ以外にも早くからわたしたちとの戦いを想定して手の内を見せないようにしたり、こちらのリンクルストーンの研究をしたり、わたしの情報まで陰で集めていたし、みらいに対する見立ても完全に一致していた。前の戦いでは運よく勝てたけれど、内容では完全に負けていたわ。ラナの変な行動がなければ、また闇の結晶を奪われていたわよ」
「……リコは小百合に負けたのがくやしいんだね」
確信を突く一言だった。下を向いてしゃべっていたリコが顔をあげてみらいを見つめる。しかし、そのマゼンダの輝きの中にくやしいという思いが感じられない。
「そうよ、とてもくやしかったわ。でも考えれば考える程、小百合に勝てないという気持ちが強くなってしまったの」
あんなに負けず嫌いのリコが、他人にやられてただ落ち込んでいるのを見ているのが、みらいは辛かった。
「リコ、気晴らしに魔法商店街にでも行こうよ!」
みらいは励ます言葉が見つからないので思い付きで言うと、今度はリコがはっきりと分るように微笑した。
「ありがとう、みらい。わたしなら大丈夫だから、闇の結晶を探しに行きましょう」
「じゃあ魔法商店街で闇の結晶探し! それならいいでしょ!」
みらいの元気さで弾むような声に、リコは微笑のまま無言で頷いた。そんなリコがみらいはたまらなく心配になり、前に自分が元気じゃなかった時もリコは同じくらい心配してたんだろうなと思った。
小百合は時々、半日ほど勉強に打ち込む事がある。普段の日は朝に一時間、寝る前に2時間必ず勉強するのだが、足りない分を半日の勉強で一気に補うのだ。魔法学校の勉強はエリーに分からないところを教わりながらやっている。さらにナシマホウ界の方の勉強も授業の進み具合を想定しながら進めていた。小百合の通う学校は進学校なので勉強の遅れは致命傷になる。おろそかにする訳にはいかなかった。
小百合は半日の勉強をするときは魔法学校の制服を着ている。彼女いわく、その方が勉強に身が入るのだという。小百合の勉強が始まるとラナが暇になる。この時もラナは暇で胸に黄色い花の刺繍のある白いワンピースの姿でベッドで寝ながら魔法界生物図鑑を見ていた。間近の窓が開いていて、時折ほのかなリンゴの香りを乗せた春の風が入ってくる。
小百合は勉強に集中しだすと周りの事が気にならなくなるので、ラナが何をしているかも見えていない。しかし、小百合の周りで変な気配があって、小百合がベッドの方を見るとラナの姿がなく図鑑だけがそこにあった。がさごそとテーブルの下の方で何かが動いている音がする。
小百合が勉強する手を止めて黙っていると、対面の机の下からぬっと腕を組んであぐらをかくチクルンの姿が現れ、小百合は片方の眉を逆の弧にし、その下に腹ばいになっているリリンが現れ、今度は小百合が引きつった笑みになり、最後にリリンが腹ばいになっている頭が出てきて、机の下から半分だけ顔を出したラナに怖がるような目で見つめられ、小百合の気が抜けてため息が出た。
「何なのそれ、ブレーメンの音楽隊?」
「小百合、まだ怒ってる?」
「ラナを許してあげてほしいデビ」
リリンがラナのために手と羽を動かしながら言うと小百合がペンを置いた。
「もう怒ってないわよ。あんたにミラクルを任せたのは、わたしの判断だしね。実質はわたしのミスと言えるわ。だから、怒鳴ったりして悪かったと思ってるわよ」
ラナの怖がる目にたちまち明るい光に満たされる。
「よかった~」
ラナはテーブルの前に立ち上がって本当に嬉しそうに言った。
「ところで、天辺にいる彼がなにか言いたそうなんだけれど」
「おう! いいたいことが山ほどあるぜ!」
「言ってみなさいよ、ニワトリ属性」
「おいらニワトリじゃねえ、チクルンだ!」
チクルンがテーブルの上に飛び降りて小百合の目の前まで歩くと、両手の拳を脇腹に当てて偉そうにふんぞり返った。
「あなたはわたしたちを助けてくれたから、話は聞いてあげるわ」
「おい、お前!」
「小百合よ」
「んじゃあ、小百合! なんで仲間同士で戦ったりするんだよ!」
「仲間同士? みらいとリコのことを言っているの?」
「そうだよ、仲間だろ?」
そういうチクルンが小百合の睨む視線に射抜かれて怯んだ。
「あの二人は敵よ」
「だ、だって、みんなプリキュアなんだろ!?」
ラナは頭の上にリリンを乗っけたまま、チクルンに少し期待して会話の行方を見守っている。小百合がチクルンに答えた。
「あの二人はわたしたちと同じプリキュアであることは紛れもない事実だけれど、それと敵味方はまったく別の問題よ。同じプリキュアでも目的や考え方が違えばぶつかり合うことだってあるのよ。あなたはそこの所がまったく分かっていないわ」
「どっちも闇の結晶とかいう黒い石ころを集めてるんだろ? 協力すればいいじゃねえか!?」
「わたしたちの主は全ての闇の結晶を欲しているわ。リコとみらいがこっちに闇の結晶を渡してくれるのなら喜んで協力するけれど、彼女たちには彼女たちの考えがあって闇の結晶を集めているの。だからいずれは彼女たちが持っている闇の結晶も奪い取らなければいけない」
冷たく言い放つ小百合の前に、チクルンは先ほどの偉そうな態度が一変して、魂を打ち砕かれたかのように呆然としてしまう。小百合の言葉の中には貫徹した意思があった。やがてチクルンの表情が徐々に変わり、歯を食いしばり行き場のない気持に小さな体が固まった。
「……おいらには何がなんだかさっぱりわからねえ。けどよ! お前はみらいやリコとは戦っちゃけねえって気がするぜ!」
「みらいも同じようなことを言っていたわ。何の根拠もない無意味な言葉だわ」
チクルンは小百合に完全に言い負かされてぐうの音も出なかった。体の震えで悔しい気持ちを表して、チクルンはテーブルの上から飛び去り、開いている窓から飛び出していく。
「ちっくしょーっ!」
「あっ、チクルン!」
ラナがリリンを頭に乗っけたままドアから出ていく。誰もいなくなった部屋で、小百合は軽いため息と共に再びペンをとった。
外に出たラナは、すぐに空中で止まっているチクルンの姿を見つけた。
「あ、いた~」
チクルンはくるりと振り向くと、腹を触りながら言った。
「おいら腹減っちまった」
「それならいいものがあるよ!」
ラナは近くの樹からリンゴを三つもぎって樹の根元に座った。その左と右にリリンとチクルンが降りてきて同じように座ると、ラナがリンゴをそれぞれに渡す。チクルンは自分の体より大きいリンゴにかぶりつくと、そのうまさに顔を上気させた。
「うめえ! このリンゴ、花の蜜くらい甘いぜ!」
「おばあちゃんのリンゴ最高でしょ~っ」
「いつ食べても最高デビ!」
そして3人仲よく並んでリンゴを食べ始める。チクルンは小百合にもの申すためにリリンについてきたのだが、ラナともすぐに仲良くなったのであった。
チクルンはリンゴを食べながら言った。
「なあラナ、小百合ってなんか怖くないか?」
「そんなことないよ~、小百合はとっても優しいよ。わたしうんとたくさん助けてもらったんだ」
「そうなのかよ。おいらには優しそうには見えないぜ」
「小百合は優しいけど厳しいんデビ」
「どっちなんだよ……」
それからチクルンは腹いっぱいになると、飛び上がってラナとリリンを見おろして言った。
「おいらモフルンのところに行ってくるぜ!」
「うん、きをつけてね!」
チクルンは空に向かって飛んでいったかと思うと、途中でUターンして戻ってくる。
「魔法学校ってどっちだ?」
「あはは~、あっちの方だけど、チクルンのハネじゃすんごい時間かかると思うよ~。わたしの箒で送ったげるよ!」
「本当か、助かるぜ!」
それからラナが小さな箒を一振りして元の大きさに戻すと、それにまたがって言った。
「二人とも、しっかりつかまってないと落ちちゃうからね!」
リリンはラナのひざの上に座り、チクルンはラナの肩につかまった。
「いっくよ~」
ラナが箒を斜め上に空に向けると、筆の部分から小さな星が無数に噴出し、爆音と共に凄まじい勢いで飛び出した。筆から飛び出す星々はロケットの噴射さながらで、想像だにしない勢いでチクルンは振り落とされそうになった。
「は、はええっ!??」
「いやっほ~っ!」
今日は小百合が後ろにいないので、ラナは遠慮なしに飛ばし、周りの雲を吹き飛ばしながら進んでいった。
間もなく魔法学校の正門にラナが着陸した。
「とうちゃく~」
「も、もうついたのかよ!?」
「本気出して飛べばこんなもんだよ」
「とっても早くて楽しかったデビ~」
ラナに抱かれて言うリリンを見て、チクルンも前の方に座ればよかったと少し後悔した。止まった場所が悪かったので、ラナにつかまっているのに必死で楽しむ余裕などなかった。
「じゃあ、チクルン、元気でね! みらいたちによろしく!」
「なんだ、一緒にこないのかよ?」
チクルンに言われるとラナが首をふった。
「みらいたちに勝手にあったりしたら、小百合を裏切っちゃうから」
とても行きたそうに言うラナが、チクルンには寂しそうに見えた。
「わかったぜ、世話になったな!」
「また遊びにくるデビ」
「おう! またな!」
チクルンはリリンと右手を上げ合い、魔法学校の門をくぐっていった。
みらいたちが魔法商店街から帰ってくると、意外な訪問者に驚かされた。チクルンが半分開けてあった窓から入ってきたのだ。
「やっときたな、待ってたぜ」
みらいに抱かれているモフルンが最初にチクルンを見つけて手をあげる。
「チクルン、こんにちわモフ。遊びにきたモフ?」
「ちっと話したいことがあってな」
リコはチクルンの姿を認めると言った。
「あなたにはまだお礼を言っていなかったわね。この前は助けてくれてありがとう」
「気にすんなって。それより、お前らが小百合とラナの敵っていうのは本当なのか?」
「それは……」
リコの表情が途端に曇る。チクルンは黙っているリコにむきになっていった。
「どうなんだよ!」
「しーっ、しーっ! 今そんな話しちゃダメっ!」
みらいが慌てて唇に人差し指を当てて言うと、チクルンが不審げにそれを見つめる。するとリコが気力を失ったように肩を落として歩き出し、自分の机の前に座ると突っ伏してしまった。菫色の長い髪が周りに広がり、顔は完全に見えなかった。そんなリコの姿を見たチクルンはびっくりしてしまった。
「おい、リコはどうしちまったんだ!?」
「それが……」
みらいがチクルンに耳うちする。
「なんだってぇっ、リコが小百合を怖がってるだって!?」
「声が大きいよ! リコに聞こえちゃう! 今落ち込んでるんだから!」
「す、すまねぇ」
チクルンは急に小声になって言った。
「でもよ、リコの気持わかるぜ。早百合って確かに怖いよな」
チクルンが言うと、みらいはどこか納得できない気持ちを下げた眉に現した。
「小百合は本当は友達思いの優しい人なんだよ。ただ、お母さんのためにすごく一生懸命なだけなんだよ」
まっすぐにそう思うみらいの気持はチクルンに十分に伝わった。それでも今度はチクルンがどこか納得のいかない顔をしていた。
魔法商店街の中央の広場に向かってオッドアイの美少女が鼻歌混じりに歩いていく。彼女の姿とそこから漂ってくる匂いが商店街の人々の視線を釘付けにしていた。フェンリルが両手に乗せている銀の大皿の上に巨大なステーキが乗っていた。ほのかに温かいミディアムレアの大肉は小さめのサイコロ状に切ってあり、特製のソースと焼けた肉の合唱する香りが人々をたまらない気持ちにさせた。フェンリルがその立派なステーキをどこにもっていこうとしているのか誰もが気になった。
フェンリルが中央の広場に姿を現すと、街のシンボルの猫の像の周りに集まっていた猫たちが騒ぎ出す。
「来たにゃ」
ロナが言うと、他の猫たちがフェンリル様、フェンリル様と口々に叫ぶ。その言葉が理解できるのはフェンリルだけで、周りで見ている人間たちにはニャアニャアとしか聞こえていない。
「ようお前たち、待たせたね」
フェンリルが猫の集団の中に銀のさらを置くと、周りで見ていた人々は仰天した。猫にやるくらいなら自分に食わせろと思った人は一人や二人ではなかった。猫たちは夢中になって肉を食べて食べて食べまくる。その様子に見ていた何人かが唾を飲み込んだ。
「フェンリル様、こんなごちそうもらっていいのかにゃ? このごろは闇の結晶がぜんぜん見つかっていないのにゃ」
ロナがフェンリルの足元に座って言った。
「これは今まで頑張ってくれたお礼さ。お前も遠慮しないで食べろ」
「はい、いただきますにゃ!」
フェンリルは無数の猫の鳴き声を聞きながら夢心地な気分になった。猫の鳴き声がフェンリルの耳には、美味しい美味しいという言葉に聞こえる。彼女はそこに宝物があるとでもいうように、大事そうに胸に両手を置いて言った。
「ああ、なんだこの気持ちは、美味しいと聞くたびに胸の辺りが温かくなる。料理って楽しいなぁ」
猫たちに餌をやった後は、読書の時間になった。フェンリルはプリキュアたちの訳の分からない行動を理解しようと、人間たちの本を読みあさっていた。
彼女は広場のベンチに座って猫たちに囲まれながら本を読んでいる。子猫がフェンリルの体をよじ登って頭の上に乗っかった。それにも気づかないフェンリルが、片手に持った本を勢いよく閉じるとパンと音がなる。
「愛してるだの友情だの書いてあるかと思えば、やれ恨めしいだの憎いだのと意味が分からん。どっちなのかはっきりしろ!」
フェンリルは本を横に置いて考えた。
「人間の本を読んでいる限りだと恨みや憎しみで協力して敵を倒せるとは思えない。しかし、あいつらはやりあっていたぞ、憎み合っているってことじゃないのか? けど、それじゃあ協力はできないしな……」
考えた末に、フェンリルは頭を抱え込んだ。
「あーっ、もう、わからん!! ……もう少し人間の書いた本を読んでみるか」
この時にフェンリルは頭の上に子猫が乗っているのに気づくと、小さくてふわふわの体を両手で包んで静かに下に置いてから立ち上がった。
「ほら、お前たちどきな、踏みつぶしちまうよ」
フェンリルはそう言いつつ、集まっている猫たちを踏まないように気を付けて歩いていた。