魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦   作:四季条

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リコと小百合、揺れる心

「リコ、一人はダメモフ、危ないモフ」

 

 リコは魔法学校の制服姿で持ち物の点検をしていた。そんなリコの足元からモフルンが何かを怖がっているような目で見つめていた。

 

「このままじっとしてなんていられないわ。闇の結晶をたくさんあつめて、みらいが目を覚ましたら驚かせてあげるんだから」

 

「今はダメモフ、プリキュアになれないモフ」

「大丈夫よ、敵がいたらすぐに逃げるし」

 

 それはいくら何でも楽観的すぎる。その軽はずみな行動は、いつものリコからかけ離れていた。リコはみらいが倒れたことで自分を責めて、みらいの為に何かしようと必死で大切なことが見えていなかった。逆にモフルンにはリコのそういう心の変化がよく見えていた。

 

「どうしても行くなら、モフルンも一緒に行くモフ」

「あなたは、みらいの近くにいてあげて」

「いやモフ! リコと一緒に行くモフ!」

 

 モフルンが怒った顔で入り口のドアのところに立った。そこに一人では絶対に行かせないという強い意志が現れている。リコはそんな姿のモフルンを見るのは初めてだったので驚いてしまった。

 

「わ、わかったわ。それじゃあ、ちょっと待ってて」

 

 リコは壁に設置してある魔法の収納スペースの扉を開けて何かを探し始めた。実際、壁の向こうにあるスペースはわずかなものだが、その中に物を置くと10分の1程度の大きさになるので、10倍多く収納できる。箒を小さくする魔法を応用しているのである。リコは小さな家具の引き出しをいくつか開けて、薄紫の古いバッグを引き出した。バッグは外に出されると、たちまち元の大きさに戻った。

 

「あったわ、昔フランソワさんに作ってもらったバッグ」

 

 それはリコが小学生低学年くらいの年に、当時見習いだった仕立て屋がプレゼントしてくれたバッグだった。リコはしゃがんで星形のピンを外してバッグを開けると言った。

 

「みらいのバッグより居心地はよくないと思うけど、この中に入って」

「モフ!」

 

 モフルンは可愛らしい足音を鳴らしながらリコの所に走って、バッグの中に入った。具合が良いようで、嬉しそうに笑顔を浮かべている。リコは一人で闇の結晶を探すのにモフルンを抱いて片手を塞ぎたくなかったので、丁度良さそうなバッグを探し出したのだった。

 

「リンクルストーンも持っていくモフ」

 

「変身できないんだから、リンクルストーンを持っていっても意味がないわ」

 

「だめモフ! リンクルストーンはプリキュアの大切なお守りモフ! ちゃんと持っていくモフ!」

 

 これも珍しくモフルンが強く言うので、リコはみらいの机の上にある桃色の袋をバッグの開いているスペース、モフルンの隣に置いた。袋にはリンクルストーンがつまっていた。

 

 

 

 深い霧の中をチクルンが飛んでいた。彼は休みなしに飛び続けていたので疲れ果てていた。

 

「はぁはぁ、もう少しだぜ」

 

 やがてチクルンは見慣れた大木の前に降りた。

「帰ったぜ! おいらチクルンだ!」

 

 木の枝た幹にいくつもある窓のような形の隙間から妖精たちが顔を出す。それから、妖精の女王が大木の陰から姿を現した。

 

「まあ、チクルン!? お前はまた勝手にいなくなったりして! 今までどこに行っていたのですか!」

 

 女王が怒った顔で両方の人差し指を針のように突き出してチクルンに近づいてくる。

 

「女王様! お仕置きなら後でいくらでも受けるぜ! いまはおいらの話を聞いてくれ!」

 

 妖精の女王はチクルンの真剣な目を見て心を打たれた。

 

「チクルン、お前何だか大きくなったようにみえますね」

「なにいってんだ? おいら大きくなんてなってないぜ」

 

 チクルンがそんなことを言うと、女王は柔和な顔に微笑を浮かべた。

「お話を聞きましょう」

 

 

 

 ところ変わって、雪と氷に覆われた極寒のひゃっこい島。寒風の中で人の姿のフェンリルが背中に白い翼を開いて前方を飛んでいくアイスドラゴンを鋭い目で見ていた。アイスドラゴンのトカゲを思わせるフォルムの体は青くウロコの代わりに薄い氷に覆われて光沢がある。頭の上から首の後ろと尻尾の先の方に水晶のように透明な角が何本かはえていた。翼は自身の巨体を覆うほど大きく広く、それを動かして飛んでいく姿は勇壮だ。そんな姿かたちに似合わず目は優し気である。

 

「あいつだ」

 

 フェンリルは牙を見せて楽し気な笑いを浮かべた。彼女は翼を開き、一気に飛んでアイスドラゴンの前に立ちはだかった。腕を組んでいる細身の少女から放たれる異常な圧力を受けて、アイスドラゴンは宙に止まって翼を開き、大きく吠えて威嚇した。

 

「お前、飲み込んでいるな、闇の結晶を!」

 

 フェンリルは首飾りになっている闇の魔法陣のタリスマンを目の前にかざした。

 

「いでよ、ヨクバール!」

 

 タリスマンから闇の衝撃が発すると、それを浴びたフェンリルの顔が苦し気に歪む。タリスマンから浮き出た闇色の魔法陣がアイスドラゴンの頭上で大きく広がり、空が一瞬で暗雲に覆われる。魔法陣の中央にたたずむ竜の骸骨の目が光ると、闇の結晶を飲み込んでいた巨大なアイスドラゴンが成す術もなく竜のあぎとの奥に吸い込まれていった。

 

 魔法陣の竜の骸骨が現実のものとなって現れると、一気にその体が魔法陣の中から出てきた。体が青黒いアイスドラゴンよりも二回りも巨大になった怪物が翼を開いて吠えた。

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

 

 その手と足には鋭い氷の爪が異様に光り、頭や尻尾にある無数の角も太く恐ろしい凶器になっていた。

 

「こいつは使えそうだねぇ」

 フェンリルは猫の姿になってヨクバールの背中に降りると言った。

「いけ、ヨクバール!」

 

 フェンリルを乗せたヨクバールが大きな翼を羽ばたかせ、控えめに海上に漂う無数の浮島や、巨人が横たわるように厚く低く垂れこめる雲の間にある水平に向かって飛んでいった。

 

 

 

 薄い闇の中で玉座に座っていたフレイアが顔を上げる。

 

「バッティ」

「はっ!」

 

 バッティはどこまでも紳士的な態度でその場で身を低く主をあがめた。そんな彼にフレイアは静かに言った。

 

「小百合がセスルームニルを出ていきました」

「なんですって!? プリキュアにもなれないというのにバカなことを……」

 

「追いかけて、もしもの時は助けてあげて下さい。正し、本当に危なくなるまでは手出ししてはなりません」

「御意!」

 

 バッティは主をあがめる姿のまま消えていなくなった。

 

 

 

 小百合はまだあまり慣れていない箒で精いっぱいスピードを出して飛んでいく。闇の結晶をとにかく集めたいと思っていた。小百合は自分が無鉄砲だと分かっていたが、そうせずにはいられなかった。ラナを傷つけてしまった贖罪として、自分の愚かさを戒めたくて、何かせずにはいられない。それは同時に今の小百合の気持を慰め、落ち着かせることにもつながっていた。

 

「何なのこの感覚は、まるで体の一部がないみたいだわ……」

 

 ラナが近くにいないことで、小百合はどうしようもない違和感に襲われる。ラナはいつも変なことばかり言って、小百合を怒らせたり困らせたりしているのに、それがなくなると途轍もなく空虚だった。ラナがいなくなって、自分にとってラナがどんな存在だったのか殴られるくらいの衝撃と一緒に小百合は理解した。

 

「ブラックダイヤが悲しんでるデビ」

 

 小百合の腰の大きなポシェットからリリンが顔を出して両手で持ったリンクルストーンを眺めていた。

 

「どうしてリンクルストーンなんて持ってきたのよ。プリキュアになれないんだから余計な荷物になるだけでしょう」

 

 小百合の自分に対して苛ついている気持ちが出てついきつい言い方になっていた。

 

「そんなこと言っちゃだめデビ! プリキュアになれるとかなれないとか関係ないデビ! リンクルストーンはいつでも持ってなきゃいけないんデビ! それはプリキュアに選ばれた小百合の責任デビ!」

 

 リリンが眉を怒らせて言った。小百合はリリンに怒られるなんて思ってもみなかったので、たじたじになってしまった。

 

「わ、わかったわよ」

 

 それから小百合はラナのいない違和感の中で闇の結晶を一人で探し始めた。すると、すぐに小さな島にある大きな樹を見つけて近づいた。それは杖の樹だと小百合にはすぐにわかる。全ての杖の樹はほかの植物とは明らかに異なる雰囲気を持っていた。その感じ方は人によって違うが、まるで母親のような温かさを杖の樹から感じる。小百合はまるで子を抱こうとする母親のように枝葉を開いている大樹に吸い寄せられた。

 

「こんな小さな島にも杖の樹があるなんて……」

 

 人のいない場所に杖の樹があるのは珍しいことだ。杖の樹は魔法界の新しい命に魔法の杖という息吹を与える存在だ。だから人と共にあるのが普通だった。

 

 小百合は人のいない小島にあるこの杖の樹が寂しそうに見えた。しばらくそれを見つめていると、春風にのって何かが聞こえた。

 

 ――あなたは酷い子だわ。

 

「だれ!?」

 

 ――大切な人を傷つけた、それは許されないこと……

 

 その不思議な声に小百合は胸を鷲づかみにされる苦しさを味わった。

 

「あなたなの? お願い、やめて……」

 

 小百合は杖の樹に向かって言った。声はまだ聞こえていた。

 

 ――あなたは優しい子、あなたは聡明な子、あなたは人の痛みがわかる子。だから、もう間違えないで……。

 

 小百合は杖の樹のささやきに耐えられず、箒に乗ってその場から去ってしまった。杖の樹の声は死んだ母親にそっくりだった。

 

 

 

 一人で箒に乗って空を飛んでいると、どうしてか体が震えてくる。リコはその奇妙な感覚に戸惑いながらも、その原因がみらいが近くにいないことは理解していた。

 

「わたしは怖いの? プリキュアになれないから?」

 

 リコが自分に問いかけ、薄い雲を突き抜けた時に、その問いかけは自分の心に正直でないと強く感じる。リコは心に穴が開いたような虚無感の中で訳の分からない恐怖の正体を悟った。

 

「プリキュアになれないとか関係ないわ。みらいが近くにいないから……」

 

 みらいがいない事と、みらいは永遠に目覚めないかもしれない現実が、リコに無意識の恐怖を与えている。リコがどんなに気を強く持っても体の震えが止まらなかった。

 

「リコ、やっぱり戻った方がいいモフ」

 

 リコの異変を見たモフルンが、彼女を下から見上げていった。そんなことを言われると、リコはつい意地になってしまった。

 

「ここまできて戻れるわけないでしょ!」

 

 リコも小百合と同じように一人で闇の結晶を探したが、なかなか闇の結晶を見つけられないで箒で駆け回っていた。しばらくそんな時間が続き、小さな無人島でリコはようやく一つの闇の結晶を見つけることが出来た。

 

「あったわ」リコは黒い塊をしっかり握ってその手を胸に当てた。結晶を一つ見つけたところで、リコの心は何も変わらない。死んだように眠っているみらいが思いだされて、その不吉な映像を頭を振って追い出した。

 

 

 

「ロキ様はプリキュアなど探しても無駄だと言った。変身できないから外になんて出てこないという御考えだろうが、人間っていうのはそんな単純じゃあない。だからこそだ、だからこそ今探すんだ」

 

 白猫フェンリルがヨクバールの上に座る姿は優雅で、まるで空の散歩を楽しんででもいるようだ。彼女は今まで人間の書いた本を読みあさり、リリアの愛の論理に触れて、人間への理解をかなりのところまで深めていた。フェンリルは自分の頭の中で今まで本から得た知識を突き合わせて思考した。

 

「人間は予想もしない行動をする時がある。とくに親や兄弟、仲の良い友人、こういうのがいなくなったり倒れたりした時に、人間は理解の範囲をこえた行動をとる。わたしが今まで読んだ本の中にはそういう人間が山ほどいた。恐らくこれは真実だ。今がプリキュアを潰すチャンスなんだ」

 

 ヨクバールが厚い雲の中に突っ込み、フェンリルの視界が白く煙る。強靭な翼のはばたきが雲を押しのけ吹き飛ばし、巨体が細く雲を引いて陽光を返してくる海上に出てきた。ドラゴンの首の付け根から下を覗き込んだフェンリルは会心の笑みを浮かべた。

 

「ビンゴ」フェンリルの視線の斜め下、海面に近い低空をリコが飛んでいた。

 

 突然リコの上に大きな影が落ちてきて辺りが暗くなる。リコがはっと上を見上げると、こちらを見おろしているフェンリルのオッドアイと視線があった。

 

「いよう、散歩するには良い日和だねぇ」

「そんな、ヨクバール!!?」

 

 リコは一瞬、深く絶望した表情を浮かべてから。すぐに前を見て箒の速度を上げた。

 

「おやおや、つれないね!」

 

 アイスドラゴンから変態したこのヨクバールなら、リコに追いつくのは簡単なことだった。しかし、フェンリルはわざとリコを先に行かせて後ろから言った。

 

「お友達が倒れてるっていうのに、こんなところで散歩なんてのんきだねぇっ!」

 

 フェンリルの言葉が必死に逃げるリコの胸を傷つける。さらにフェンリルはオッドアイを細く狂暴に輝かせて言った。

 

「お友達が目覚めた時には、あんたはもうこの世にはいないんだ。可哀そうにねぇ」

 

 リコの全身に怖気が走り、箒を持つ手に必要以上の力が入った。

 

 その時、たまたま通りかかった小百合が雲の間に隠れて追われているリコを見おろしていた。

 

「敵に見つかってしまったのね。とても逃げきれない、リコはもう終わりだわ」

 

「小百合、リコを助けないデビ?」

「助けるなんて自殺行為だわ。いったらわたしまで一緒にやられてしまう」

 

 リリンは悲しそうな目でポシェットから小百合を見上げていた。

 

「リコはわたしの敵、そうよ時には非情になる事が必要なのよ」

 

 小百合がフレイアの言葉を反芻(はんすう)してみると、小百合の胸には明らかに嫌なわだかまりが出来ていた。それと同時にベッドで眠っている親友の顔が思いだされた。

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