魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦   作:四季条

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真実の記憶

 銀髪の流麗な男が図書館の巨大な扉を見上げる。彼が右手を広げると、そこへ輝きをまとった杖が現れいでる。その丈は長身の校長の肩をこえる程に長く、先端に金環を仰ぐつぼみのような形の群青の水晶が輝き、それを口を開いた金竜のようなオブジェがくわえていた。

 

 密かに見送りに来たリズと教頭は、不安を隠しきれない様子だった。

 

「校長先生、どうかご無事で」

 

「リズ先生は何をそんなに心配しているのだ? わしは必ず帰ってくる。当然じゃ、そうでなければあの子らを守れぬ」

 

 校長の中にはみらいとリコのみならず、小百合とラナの姿もあった。彼は扉に向かって杖を上げると呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ、扉よ開け!」図書館の奥に通じる巨大な扉が中央で割れて内側に開いていく。校長は振り返らずに奥へと入っていった。その後に扉は再び閉じてリズと教頭だけが図書館の寂寥とした静けさの中に取り残された。

 

 

 

 小百合はラナを家の方に移して様子を見ていた。エリーも一緒にかいがいしくラナの世話をしてくれるので、とても助かっていた。ラナはまだ眠っていたが、チクルンが持ってきた薬を与えてから少し様子が変わった。

 

「顔色が良くなったわね」

 

 エリーがベッドの横に立って言った。小百合はベッドの近くに椅子を置いて、そこにリリンを抱いて座っている。小百合はほとんどつきっきりでラナの様子を見続けていた。

 

「ラナは帰ってきたデビ。今はただ寝ているだけデビ」

 

 リリンの帰ってきたという言葉には実感がこもっている。小百合もそれを感じていた。薬を飲ませる前のラナは息はしていても屍を見ているように生気がなかった。きっとみらいも大丈夫だと思うと小百合は胸が少し軽くなった。

 

 

 

 魔法学校で授業の終わりを告げるチャイムが響く。リズはその音を聞きながら校長がいつもいる机の前で黙って座っていた。彼女の目の前にある水晶に魔女の影が現れて言った。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですわ」

「そんなこと言われても、何だか変な感じだわ、ここにわたしが座っているなんて」

 

「校長のように泰然自若としていればいいのですわ」

「それは難しい注文ね……」

 

 そんな話をしているとリズの前にリコがふっと現れた。

「噂は本当だったのね!!?」

 

 驚きつつもどこか嬉しそうなリコをリズがにらんでいった。

 

「まず最初に言うことがあるでしょう」

 

「あ、ごめんなさい。失礼します! おねえちゃ、じゃなくて、校長代理!」

 

 最後の校長代理にはリズは背中をくすぐられるような、恥ずかしいような妙な気持ちになってしまった。リコはそんな姉をちょっと面白そうに見ていた。リズは校長代理から妹を思う姉に戻って言った。

 

「あなたのその様子だと、みらいさんは大丈夫そうね」

「ええ、教頭先生はもう心配ないって。チクルンが持ってきてくれた薬のおかげよ」

 

「あの妖精さんには恩返しをしなければね」

「もう美味しい物をお腹いっぱい食べさせる約束をしたわ」

 

 それからリコは急に真面目な顔になって言った。

 

「ところで、聞きたかったことがあるんだけれど」

「なにかしら?」

 

「前にお姉ちゃんが助けてくれた時に、すごい吹雪の魔法をつかっていたから、ずっと気になってて」

 

「ああ、あれね……」リズは間違いをごまかすような空気で妹から目をそらし、「自分でもよくあんな魔法を使えたと思うわ。あの時は必死だったから、よく覚えてないのよ」

 

「ええ、そんな落ちなの……」

 

「あんな魔法はまぐれでもないとできないわよ。何もないところから強力な魔法を使うことができるのは校長先生くらいね」

 

「校長先生と言えば、なんでお姉ちゃんが校長代理になったの? いつもは出かけても代理なんていないのに」

 

「大したことじゃないわ。今回は少し長くかかるから代理をお願いされたの。あのお方はいつも気まぐれに旅にでてしまうから困ってしまうわね」

 

 リコは校長代理になった姉を前にして妙なやる気を出していた。妹としては姉が校長代理に抜擢されたのが嬉しいのだ。

 

「お姉ちゃん、わたしに出来ることがあったら何でも言って、手伝うわ!」

「ありがとう、頼りにしているわ」

 

 それからリコは鼻歌混じりに校長室から出ていった。リズは一人になると、悪いことをしたような気持ちになった。妹を始め生徒たちに嘘をつくのは心苦しい。それに加えて校長のことも心配でならなかった。

 

「水晶さん、校長先生は図書館の奥にいるものと戦うつもりなの?」

 

 水晶は何も言わない。魔女のシルエットも消えていた。するとリズの雰囲気ががらりと変わった。水晶を真摯に見つめ、校長のような威厳を持って言った。

 

「水晶よ答えなさい。校長先生の魔力が下がっていることは、ずっと近くにいるわたしには分かっています」

 

 水晶の中の魔女が姿を現し観念して言った。

 

「校長からは決して言ってはならないと釘を刺されています。しかし、あなたには話しておくべきでしょう、もしもの時のためにも」

 

 それを聞いたリズは心にいきなり重しをかけられた。それでも、何も言わずに水晶の次の言葉を待った。

 

「校長は禁呪を使うつもりですわ」

「校長先生が禁呪を!!?」

 

「実は、校長の得意とする光の魔法には多くの禁呪が存在するのです。光の魔法の禁呪は、闇の魔法とは真逆で、使用者自身に害を与えます。使い過ぎれば命はないのですわ」

 

 水晶が淡々と言うところが世にも恐ろしかった。水晶は辛い気持ちを押し殺しているのだ。リズは震える手で水晶に触れた。

 

「校長先生はどんな魔法を使うつもりなの?」

 

「生命転魔、自らの命を魔力に変換する魔法ですわ。強大な魔法力を得る代わりに命が削られてゆくのです」

 

「そんな……。校長先生、あなたはそこまでしてあの子たちのことを……」

 リズは目を固く閉じて校長の無事を一身に祈った。

 

 

 

 校長の目の前には宇宙を彷彿とさせる深い闇が広がっていた。普通の闇ではなかった。見ていると魂が吸い込まれそうな闇、母のかいなのように包み込んでくる優しい闇、あらゆる命を生み出す大いなる闇、侵入者の命を容赦なく砕く恐ろしい闇、そして凄まじい拒絶の意思、校長は闇が突如叩きつけてきた突風と共に恐怖の衝撃を受け、無意識に足が下がりその背が石造りの壁に支えられた。彼の目の前にあるアーチを描く入り口の先に何も見えぬ闇があり、それは禁を犯すものを捕食しようとする獣の口のようにも見えた。

 

 はるか昔に闇に触れた記憶と感覚は決して消えない傷のように校長の脳裏に刻まれていた。校長はゆっくりと目を開けた。彼は丸一日図書館を歩き続け、今は本棚を背にして座っていた。そして十分に体を休めると、立ち上がり再び奥へと歩を進める。一人で図書館をさまよい歩いていると昔のことが次々と思いだされた。

 

 ――わしは多くの魔法つかいと共に図書館を調査した。その目的は多岐にわたったが、一番の眼目は虚無の時代に関する書を探すことにあった。わしと共に図書館に入った魔法つかいは、みな優秀な者たちだった。誰もが魔法界の知られざる歴史への探求に胸を躍らせておった。事実、魔法界の歴史に関する書はいくつも見つかった。だが、もっとも肝心な虚無の時代に関わる書はどうしても見つけることができなかった。探求心の深き魔法つかいたちは諦めずに探索を続け、ついにあの扉を見つけてしまった。

 

 遠い昔のお話し。闇とまみえた校長を数多くの魔法つかいが待ちかねていた。校長が魔法陣の上に姿を現すと待ちきれずに何人かが駆け寄ってきた。

 

「校長先生、いかがでしたか?」

「ここから先へは行ってはならぬ」

 

 魔法図書館の奥の奥、周囲を本棚に囲まれた薄暗い場所で校長と共に来た魔法つかいたちが沈黙した。図書館の荘厳な空気も手伝って異常に重い雰囲気になっていた。

 

「それはどういうことですか?」

 一人の魔法つかいがようやく重い口を開いた。

 

「あの場所には何かがある、危険じゃ。ここから先へ行くことは禁ずる」

 

「そんなバカな!」

 

 その魔法つかいが吐き捨てるように言うと、別の一人の魔法使いが校長に迫っていった。

 

「校長先生、これだけの魔法使いがいるんです。多少の危険など問題になりませんよ。あなたは分かっているはずだ、この先にある物の価値が! 未だ知られざる魔法界の歴史が分かるかもしれないのです! それを目の前にして行くなとはあんまりだ!」

 

「まさか校長は、この貴重な発見を自分一人のものにしようというのでは?」

 

 さらに別の魔法使いが心無い言葉を吐き出す。それを皮切りに魔法つかい達は口々に叫んだ。彼らは校長に怒りの言葉をぶつけ、丁寧な言葉で説得しようとする者もいれば、泣きながら懇願するものもいた。

 

「ならぬ!!」

 

 校長は野鳥の群れが騒ぐような魔法つかいたちを一言で制した。魔法つかい達は黙ったが、誰もが校長を恨むような目で見ていた。校長はその時に見た彼らの顔が忘れられなかった。

 

 たった一人の足音が薄暗い図書館に響いていく。周りに無数にある巨大な本棚が時々動いて校長を惑わそうとする。校長はこの本棚の動きに規則性があることを知っていた。彼は現在の魔法界で魔法図書館の最奥に到達できるたった一人の人間だった。

 

 ――わしが魔法図書館の扉を封印すると知った彼らは、あの場所へと行ってしまった。そして、一人として生きて帰ることができなかった。

 

 校長は立ち止まり、目を閉じて犠牲になったかつての同志を悼んだ。そして校長が開いたグリーンの瞳の底には悲しみが沈み込んでいた。

 

「わし自ら封じた禁忌を自ら冒そうとしているとは皮肉なものだ」

 

 

 

 魔法図書館の最奥に行くには丸三日は歩かなければならない。それ程に深く広い場所だった。校長は常識では考えられない胆力でまったくペースを落とさずに歩き続けた。そして何ごともなくたどり着く、かつて歴史の真実を求め、同士と袂を別った場所へ。

 

 ここまでくると動く本棚は存在せず、その代わりとでも言うように明かりも一切なくなる。魔法図書館は奥へ行くほどに闇が深くなっていくのだ。校長の杖の先には強い光源があり、あたりをくっきりと白く照らし出す。闇の中に校長が生み出す光の空間には、望まれずに生まれてきた人間のような異物感があった。

 

 校長が杖を高く上げると光の範囲が広がった。そこには上が見えないほど高い本棚がいくつも並んで大きな円になっていた。ひとつの本棚に白い物が寄りかかっていた。校長はそれに近づき、ひざを付いてそれと同じ目線になった。それがかぶっている半分崩れているとんがり帽子を取ると、少し黄ばんだ白色のドクロが現れる。ボロ布になっているローブで全身はほとんど見えず、指が半分崩れている白骨の手元には半分に折れた杖が転がっていた。

 

「戦わずに逃げていれば死すこともなかったであろうに……」

 

 しかし、彼らはそれが出来なかった。校長には散っていった者たちの気持がよくわかる。知識は魔法つかいにとっては何物にも勝る至宝なのだ。彼らは歴史の真実の探求の為に勇気をふるい、勇敢に戦った。そして、それが最悪の結果をもたらしてしまった。

 

「魔法つかいの悲しき(さが)じゃのう」

 

 校長は目を閉じて胸で手刀を立てると、目の前の遺体に祈りを与えた。次に目を開けた時、校長の顔つきが変わった。生徒たちを愛する心が戦いへの意思と直結してグリーンの瞳に激しい光が燃え上がった。彼は立ち上がり、杖を高く呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ! 扉よ開きたまえ!」

 

 校長の杖の光の強さが増すと、それに答えるように本棚に囲われた円の中に桃色の魔法陣が現れる。五芒星の外側に五つのハートマークが並ぶ、彼が良く知る魔法陣。伝説の魔法つかいを象徴する魔法陣だ。校長が歩み魔法陣の中央に立つと彼の姿は消えた。

 

 瞬間的に校長は別の場所に移動していた。彼の足元には先ほどと変わらず、伝説の魔法つかいを示す魔法陣が花のような輝きを放っている。そこは天上が高い円筒形の部屋で、唯一ある奥へ続く出入り口がぽっかりと闇色のアーチ型の口を開けていた。校長は華やかな光の世界から薄暗い闇の世界へと足を踏み入れた。

 

 真の闇へと続く廊下にはささやかな光源がある。淡く光る球が天井近くで等間隔に浮いていた。その廊下は長くはない。校長はすぐに闇を抱くアーチ型の門の前で二人の魔法使いの遺体を見つけた。一人は壁に寄りかかってうなだれ、一人は門から少し離れたところで助けを求めるように白い骨の手を伸ばしていた。校長は死体を越えてかつて見た闇の前に立った。瞬間、嵐のごとき強風があって校長の銀髪や深緑のマントを激しくはためかせた。この閉鎖された空間ではあり得ない現象だった。そして以前感じた以上に凄まじい拒絶の意思。

 

 ――こないで!!

 

 校長は目を見開いた。校長の頭の中に悲鳴をあげるような悲愴な響きを持った女の子の声が聞こえた。二人が同時に声を発したような、重複した響きだった。

 

「わしは行かねばならぬ、生徒たちのために!」

 

 校長の杖に強い光が灯る。しかし、先にある闇はその光を食い尽くしているかのように晴れなかった。明らかに異常な闇だ。

 

「この程度の光ではダメか。ならば、キュアップ・ラパパ! 光よ照らしたまえ!」

 

 杖の先に球体の白い光が現れ、校長はそれを深い闇の中に放った。それは闇を裂いて高く上がり、そしてそこに太陽が現れたかのように白い光を放った。闇が一気に晴れて室内があらわとなった。

 

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