リコとみらいが校長と話をしている頃、リズは校長室で事務的な仕事をこなしていた。
「キュアップ・ラパパ、サイン」
リズの魔法で十数枚の書類に羽ペンが次々とサインを書き込んでいく。その作業が終わった時に、手元に置いてある水晶に紫の頭髪で片眼鏡の男の顔が現れた。彼の鼻の下と顎には髭があり、整った顔立ちの中に精悍さも持ち合わせる。彼は中年の男の魅力を存分に発揮していた。
「校長、早急にお話ししたいことがあります」
「お父様?」
「なっ、リズ!? どうしてお前がそこにいるんだ!?」
水晶に映ったのはリズとリコの父親のリアンだった。彼は考古学者で今は魔法界に突然現れた遺跡を調査していた。
「校長先生が少し体調を崩されて、校長先生の代理を頼まれたんです」
「な、なにぃっ!!?」
リアンはリズが校長代理になった事と校長が体調を崩した事の両方に驚いていた。
「校長が倒れるとは、何があったんだ?」
「倒れるなんて大げさよ。旅の疲れが出て休んでるだけなの」
「そうだとしても、あの校長が寝込むとは……」
「お父様、校長先生に伝えたいことがあるのでしょう? 代わりにわたしがお話を聞きます」
リアンは今まで知らないリズの姿を見せつけられ言葉を失ってしまった。
「お父様、どうかなさいまして?」
「いや、少しばかり驚いてな。お前、なかなかに校長が板についているぞ」
「そ、そうかしら?」
「うん、ではお前に話すとしよう。何日か前に魔法界にいきなり謎の島が現れてな。今その調査をしていることろだ。まずはこれを見てくれ」
映像がぐるりと回って止まったところで純白の塔の一部が水晶の中に映し出された。
「相当な高さの塔だ。こんなものがいきなり現れるなど、前代未聞の事だ」
「中に入ることはできるの?」
「扉はあるのだが、どんな魔法でも開けることができない」
また映像が動いてどんどん塔に近づいていく。そして、アーチ型の白い扉が映し出された。
「扉には見たこともない魔法陣がかかれている。相当に古い時代のものであることは間違いない」
「この魔法陣は……」
リズはすぐに呪文を唱えた。
「キュアップ・ラパパ、メモ」
机の上に重なっておいてあるメモ用の紙に羽ペンが扉の魔法陣を写していく。
「お父様、お願いがあります」
「なんだ、あらたまって」
「近いうちにその塔に入る資格のある少女たちがやってきます。その時はどうか、何も言わずに中に入れてあげてください」
「お前、何か知っているのか?」
「校長先生の許可がないので詳しくはお話しできません。校長先生が寝込んでいる原因が、その扉に刻まれている魔法陣に関係しているとだけ言っておきます」
「ううむ、複雑な事情がありそうだな。わかった、よく覚えておこう」
話が一段落すると、リアンの硬い表情が崩れて父親の顔が出てきた。
「それにしても、お前が校長代理とはな。リリアにも話して後でお祝いしよう」
「何のお祝いですか。代理の役職でお祝いなんて恥ずかしいからやめて下さい」
リズは慌てた。こんなお祝いは心底恥ずかしいと思った。しかし、リアンはかなり真面目だった。
「校長がお前を認めているというだけでも十分祝うに値する。リリアには話しておくからな、じゃあまたな」
そして水晶の映像が消えてしまった。これは本格的に祝われるなと思うと、リズはため息がでてしまった。それから彼女は気を取り直し、すぐにリコとみらいを校長室に呼んだ。
二人が校長室に瞬間移動してくると、リズは何を言う間も与えずにメモ用紙に書いた魔法陣を二人に見せた。
「それ、小百合たちの魔法陣だ!」
みらいが言うと、リズはメモ用紙を置いた。
「扉にこの魔法陣が描かれた遺跡が、何日か前に魔法界に突然現れたわ。あなた達に場所を教えます。小百合さんとラナさんは必ずこの遺跡にくるでしょう。それに対してどうするべきなのか、それはあなた達が自分で決めなさい」
どうすると言われても、リコは正直に言ってわからなかった。自分たちには関係のないその場所にいって何の意味があるのか。だからリコは言った。
「みらいが決めて」
「わたしが決めちゃっていいの?」
「みらいはいつも正直だし、そして正しい道を歩んできたわ。だからあなたに決めてほしいの。それがどんな結果になっても、わたしは後悔しない」
「リコ……」
みらいは抱いているモフルンの顔を見つめた。
「みらいが一番したいことをするモフ」
モフルンの言葉で、みらいの顔に笑顔が生まれる。
「行こう! わたしたちが出来ることがあるかもしれないから!」
それを聞いてたリコは、みらいに任せてよかったと思う。みらい自身を傷つける原因を作った小百合たちを助けたいという思いが、いかにもみらいらしいし、みらいにしか出来ない選択だ。それはきっと正しい道につながっていると信じられる。
小百合はラナのわがままに付き合ってちょっとだけ疲れていた。元気いっぱいのラナはリリンと一緒にベッドに寝ながら魔法界生物図鑑を見ている。ぬいぐるみと愛らしい少女が並んで転がっている姿がとても微笑ましい。
小百合の方はテーブルの上に英語の参考書を開き、ペンを休めて少しぼーっとしながら何となく宙を眺めていた。するといきなり目の前に楕円の異空間が現れて、そこに黒いドレスの女神が映る。
「え!? フレイア様!?」
「おくつろぎで中したか」
楕円の中のフレイアが言うと、小百合は慌てて姿勢を正した。気づいたラナがベッドから降りてフレイアの姿を見上げる。
「フレイア様、ちょっと元気なさそう?」
「そんなことはありませんよ。わたくしはいたって元気です」
フレイアにそう言われても、ラナは心配そうに女神の姿を見上げていた。小百合の目にはフレイアはいつもと変わりなさそうに見える。
「みなさんにお願いしたいことがあるのです」
「なんでしょうか?」
「宵の魔法つかいを司るリンクルストーンがあと二つ残っています。それを集めて下さい。どちらも存在する場所はわかっています。一つ目のリンクルストーンは白い月の塔の天上にあります。ここから南に向かって飛んでいけば塔を見つけることができます」
「わかりました、すぐに向かいます」
小百合が立ち上がって言うと、フレイアが優しい笑顔で付け加えた。
「塔はリンクルストーンを求める者に与えられる試練ですから、塔の中では変身することができません。少し大変だと思いますけど、がんばって下さいね」
それを聞いた瞬間に、小百合は嫌な予感がしてきた。そんな小百合の隣にラナが寄りそって言った。
「フレイア様~」
「はい、なんでしょう?」
「そのとうには、どんなリンクルストーンがあるの?」
「それは手に入れてからのお楽しみということで」
「え~」
「ロキも白い月の塔の出現には気づいているでしょう。敵もくるかもしれませんから、気を付けて下さいね」
フレイアが言った後に、中空ある彼女の映像がぼやけて消えていった。小百合はフレイアの最後の言葉が衝撃的で少し呆然としてしまった。
「……じょ、冗談じゃないわ! 変身できないのに敵に襲われたら洒落にもならないわよ! ラナ、すぐに出るわよ。敵が来る前にさっさと終わらせるのよ」
「あいあいさ~。じゃあ、わたしの箒でばばっと行っちゃおう!」
「………」
正直言って、小百合は全速力のラナの箒に乗るのは嫌だったが、変身できない状態で敵に襲われるよりはいいので文句はいわなかった。
リアンが口ひげを触りながら白い塔を見上げていた。彼のすぐ横で浮いている紙に羽ペンがすごい速さで動いて塔の姿を描き上げている。すると、彼のすぐわきをものすごい速さで何かが通り過ぎた。それが起こしが風で彼の青いマントと若草色の上着が激しくゆらぎ、マントなど吹き飛ばされそうなくらいだ。そして、塔を書き写していた紙とペンはどこかへ吹っ飛んでしまった。
「とうちゃ~く」
「デビー」
リアンが驚いたまま固まった顔で振り向くと、箒から降りたラナとリリンが並んで両手を上げていた。後から降りた小百合は千鳥足で、狂気的なスピードにやられて頭がくらくらしている。小百合が倒れそうになると誰かがその体を支えた。
「君、大丈夫かね?」
「ありがとう……」
小百合は彼の姿を見た瞬間に、きゅんと胸が鳴った。
――この人すてきかも。
リアンの知性を兼ね備えた精悍さが小百合の胸に迫る。
「す、すみません!」
小百合は意味もなく謝ってリアンから顔をそらす。父親のいない小百合はリアンのようなかっこいい大人の男性に憧れてしまうのだ。
ラナとリリンがそんな小百合の姿をじっと見ていた。
「どしたの? 小百合なんか変だよ」
「顔が真っ赤デビ!」
「うるさいわね、あんたたち!」
リアンは小百合の近くでふわふわ飛んでいるリリンと見つけると思わず駆け寄っていた。
「その黒猫君は、もしやぬいぐるみでは!?」
「そうでデビ。リリンはぬいぐるみデビ」
「ううむ、そうか」
リアンは顎ひげを触りながらモフルンのことを思い出していた。彼の頭脳なら、モフルンとリリンを照らしあわせて答えを導くのは簡単だ。
「リズが言っていたのは君たちのことか」
いきなりリズの名前が出てきて小百合は戸惑った。この人は誰なんだろうと思っていると、後ろから声がした。
「ねえ小百合! この扉にわたしたちの魔法の円があるよ!」
小百合がリリンと一緒に駆け寄ると、ラナが塔の入り口の白い扉をぺたぺた触っていた。後からきたリアンが後ろからのぞき込む。ラナが軽く扉を押したら動いて隙間ができた。
「あ、開いた~」
「なっ!? どんな魔法でも開かなかった扉がいとも簡単に……」
小百合はすぐ近くで驚いているリアンが気になったが今は時間がない。
「行くわよ、ラナ、リリン」
小百合は扉を押し広げると、やっぱりリアンの事が気になって一度振り返った。
「気を付けて行きたまえ」
そんな何気ない彼の言葉が小百合の胸に温かく響く。
「はい、おじ様」
小百合は思わずそんなふうに言った後に、体がかっと熱くなるのを感じた。
白い月の塔という名の通り全てが白い、壁も階段も。二人は脳みそが空にでもなったような顔で螺旋に続く階段を見上げていた。二人がどんなに目を凝らしても、階段の終わりが見えなかった。さらに恐ろしいことに、そんな高さの階段にもかかわらず、手すりというものがなかった。
「フレイア様はちょっと大変っていってたよねぇ。これって、すごく大変じゃなあい?」
「……あの人の言葉を信じたのが間違いよ。いきなりナシマホウ界から魔法界に行けって言うような人だからね。お願いは基本的に無茶ぶりなんだわ」
「こんなのどうってことないデビ、二人とも早く行くデビ」
「あんたは飛べるからいいわよね!」
小百合が得意なリリンに突っ込んでから、二人は並んで階段を上がり始めた。階段の左手にある壁に空洞になっている小さな窓が等間隔にあって外が見える。塔自体が淡い光を放っていて内部は明るかった。
二人は最初は軽快にすすんでいたが、だんだんペースが落ちていく。そして二人の息も上がっていく。そして限界まで頑張ると、階段の踊り場に二人同時に倒れた。
「もだめ~。そろそろつくんじゃなあい?」
「まだ上も見えていないわよ……」
小百が息を切らせながら言うと、絶望したラナは体の力が抜けた。
「二人とも、この程度で情けないデビ」
「あんたにわたしたちの大変さは分からないでしょうね!」
平気な顔をして飛んでいるリリンに小百合がまた突っ込んだ。とにかく二人はがんばって、休みながら階段を上るのだった。
「あれか、ロキ様が言っていたのは」
氷の竜から生まれたヨクバールの背に乗って猫の姿のフェンリルが白い塔を見つける。それとほとんど同時に、箒に乗ったリコとみらいも別の方向から塔に近づいていた。
「お父様!」リコが塔の前にいるリアンの下に降りてくる。
「リコ! それに君達まで」リアンがモフルンを抱いているみらいを見ていった。
「お父様、あの塔に誰か入って行かなかった?」
「黒猫のぬいぐるみを連れている女の子が二人入っていったよ。リコの知り合いなのか?」
それにリコがなんて言おうか迷っていると、みらいがはっきりと言葉にする。
「二人とも友達なんです!」
「友達モフ!」
モフルンもみらいと一緒になって楽しそうに言った。それにリアンが何か答えようとすると、
「ヨクバァーーールッ!」
二人が見上げると塔白い壁をに沿ってヨクバールが上昇していく。それを見たリアンが目をむいた。
「何だあの怪物は!?」
「あのヨクバールは!」リコは飛んでいく暗く強大な姿を知っている。
「大変だよ!」みらいは突風のように言った。
ヨクバールが翼を大きく開き、塔の白い壁を前にして止まる。フェンリルが怪物の肩に上がってきて言った。
「宵の魔法つかいはこの中か。ヨクバール、ぶっこわせ!」
「ヨクバールッ!」ヨクバールの前に巨大なツララが3本現れ、冷気の白煙を吹いて撃ちだされ、壁に次々と突き刺さった。
階段を上がっていた小百合たちを強い振動が襲う。
「うわっ!? ないなに!?」ラナが壁に寄りかかって怯える。
「まずいわね、たぶん敵がきたのよ」
「別になんにも起こってないデビ」
「あんたは飛んでるから分からないのよ!」
小百合がまたリリンに突っこみを入れたその瞬間、小百合たちがさっき通った階段の壁が吹っ飛んで竜の頭が中に突っこんできた。そして、竜の骸骨が小百合たちを睨み、アイホールの赤い光が強くなる。
「いやーっ!!?」
「でた~っ!!?」
「デビーッ!!?」
小百合とラナとリリンが同時に叫び、みんなに階段を駆け上がった。ヨクバールの頭の上にフェンリルが飛び乗って小百合たちの姿を捉える。
「いたなプリキュアども! 新しいリンクルストーンなど与えてたまるか!」
ヨクバールが塔の中から頭を引いて姿を消すと、今度は壁伝いに走っていたラナのすぐ横に衝撃があり、壁に亀裂が入りラナが横に飛ばされる。
「うわぁッ!!?」
「ラナ!」
階段から落ちラナの手を間一髪で小百合がつかんでいた。ラナは宙づりに近い状態で下を見て息が止まった。高すぎて底が見えなかった。
「あうあうあう……」
「離すもんですか!」
小百合がラナを何とか階段の上に引き上げた時に、また背後の壁に衝撃があった。
「やっと天井が見えてきたっていうのに、このままじゃ……」