ロキと闇の魔法の真実
小百合は決して忘れることができない母からもらった言葉がある。それはずっと前、まだ小さかった頃の小百合がリリンを買ってもらった日に聞いた。
「ねえお母さん。わたしね、この子リリンって名前にしたの」
「リリン、いい名前ね」
その時に母の優しい笑顔とキラキラと輝く長い黒髪は今でも小百合の記憶に鮮明に残っている。
「わたしリリンに会えてとっても幸せ!」
「リリンがあなたを幸せにしてくれるのなら、買ったかいがあったわね」
小百合の母、百合江はリリンを抱いて満面の笑みの愛娘を、満たされた気持ちでしばらく見つめていた。やがて百合江は言った。
「小百合には本当の意味で幸せになってもらいたいわね」
「本当の幸せって?」
黒い羽のある黒猫のぬいぐるみを抱きながら幼い小百合が首を傾げる。
「何だと思う、考えてごらん」
小百合は難しい顔になって考え始める。そして、しばらくしてから言った。
「大好きなお菓子が毎日たべられる!」
「それも確かに幸せかもね。でもね、それは本当に幸せだとはいえないわ」
「そうなの?」
小百合は悔しそうな顔をすると、また考え始めた。彼女はこの頃から負けず嫌いで、すぐに諦めたりはしなかった。そんな微笑ましい姿の娘を見ていると百合江は嬉しくなり自然に笑みが浮かぶ。
「本当に幸せなことは、よかったと思う人生を送ることよ。最後によかったと思えれば、それが本当に幸せということなのよ。人生に後悔はつきものだけれど、あなたに取り返しのつかない後悔はしてほしくない。そういう瞬間がきたら正しい選択をしてほしい。最後に後悔する人生はきっと悲しいと思うから」
百合江は娘にそういいながら、自分にも同じことを言い聞かせていた。小百合は難しい顔をしながら母のいうことを理解しようと頑張っていた。そんな娘の姿に気づいた百合江が声を出して笑った。
「まだ小百合には難しい話だったわね。あなたは頭がいいから、いつかきっとわかるわ」
小百合は小さい頃に見たその時の母の笑顔と言葉をずっと覚えている。メモなどないし、言葉をくれた母はもういない。それでも小百合は一言一句違えることなく、その時の母の言葉を記憶していた。
「まさか、こんなことが……」
リズと教頭が校長室で古書の分析を進めている時に水晶に現れた魔女の影が言った。リズが黒い本のページをめくる手を止めた。
「なにかあったの?」
「リンクルストーンの兆しですわ」
リズは黙って水晶の次の言葉を待った。
「極寒の地にて永久凍土の底に眠りし藍より青し輝石あり」
「極寒の地ということは、ひゃっこい島ね」
リズが言っている時に、教頭は黙々と金色の本の文字に目を落としては、ひとりでに動く魔法のペンで用紙に文字を刻んでいた。
みらいは窓を背にベッドの上にひざを抱えて座っていた。視線は下を向いて、ずっとクモー布団の一点を見つめている。寮に帰ってきてからは、ずっとそんな状態だった。隣に座っていたモフルンが立ち上がって、ぬいぐるみの柔らかい手でみらいの体を押した。
「みらい、元気出してほしいモフ」
「モフルン……わたし、小百合に何か悪いことしたのかな……」
みらいはダークネスの言葉に傷ついて、そんなことまで考えてしまう。
「みらいは悪いことなんてしてないモフ」
「モフルンのいう通りよ」
リコがベッドに上がって、みらいの隣にみらいと同じように座った。ぴたりと体がくっついた互いの熱が伝わり、みらいは少しだけ心が安らいだ。モフルンはリコとは反対側に座り、二人でみらいを挟む配置になった。
「みらい、そんなに落ち込まないで。みらいの気持は、ちゃんと小百合に伝わっているわ」
リコが言うと、みらいが伏せていた目を上げる。そして宵闇を照らしていく朝日を見上げるように、
「本当なの? 小百合、すごく怒ってたよ」
「わたしには小百合の気持がよくわかるの。みらいが計算外のことばかりするから、小百合は混乱しているのよ」
「それって、わたしが小百合を悩ませてるってことじゃないの?」
「そういう見方もできるかもしれない」
リコは包み隠さない言葉でみらいに伝えた。多少みらいに苦しい思いをさせても、真実をありのままに、今はそれが一番いいと思った。
みらいはまっすぐに前を見つめてリコの言葉を待っていた。
「例えば、難しい数学の式を解くと、途中の計算を見ても何がなんだか分からないわ。けれど、最後にはちゃんとした答えが出る。今は数学の式で言えば計算の途中で、小百合の本当の気持は誰にもわからないし、これからどうなるのかもわからないけれど、確実に答えに近づいているわ。わたしはそういうふうに感じてる」
「どうしたらその答えがでるんだろう」
そういうみらいをモフルンが見上げた。
「みらいが小百合のために、したいと思うことをするモフ」
「そうね。みらいの行動のおかげで状況は変わってきているわ。きっと答えは出るわ」
「ありがとう、二人とも」
みらいは二人の気持が嬉しくて、眼尻に玉になっている涙をふいた。二人のおかげで自分は正しいことをしていると自信を持つことができた。
魔法界の地下深く闇に包まれて城にて、ロキは玉座に座して眠るように目を閉じていた。彼の前には呼び出された少女の姿のフェンリルと巨人ボルクスが立っていた。
ロキは目を閉じながら、いらついて眉間に皺を寄せた。
「チッ、闇の結晶の気配がだいぶ足りねぇ。魔法学校の校長め、うまく隠していやがる」
「ロキ様の力をもってすれば、それを見つけるのも難しくはないでしょう」
フェンリルが言った。すらりとした彼女の白い姿が、薄暗い白の中で目立つ。彼女はこの城の中にあって明らかな異物感がある。彼女自身も、この城の中にいるといつも気分が悪くなった。
ロキがフェンリルのターコイズブルーとゴールドのオッドアイを上から見ていった。
「魔法学校の校長はちとやっかいだが、フレイアの所持している闇の結晶はいつでも手に入れられるぜ」
「ロキ様、わたしはプリキュアを始末します。あれはロキ様にとって非情に危険な存在です。ロキ様はそこのところを理解しておられない」
「ほう、はっきり言うな、フェンリル」
「愚物の戯言としてでも良いので、どうか心にとどめて頂きたい」
「わかった、わかった、覚えておいてやる」
「宵の魔法つかいを始末します」
「待て、宵の魔法つかいはボルクスにやらせる。お前は伝説の魔法つかいを倒せ」
「伝説の魔法つかいを? しかし、わたしは伝説の魔法つかいとはエレメントの相性が良くありません。倒すのは難しいかと」
「問題ない。俺様が与えたタリスマンに込められている闇の魔法を使え。そいつを破壊すれば、お前に特殊な魔法がかかるようになっている。その魔法さえあれば、お前なら必ず伝説の魔法つかいを仕留られる」
「わかりました、おっしゃる通りにいたします」
「そしてボルクス! 貴様にはこれを与える!」
ロキがばっと手を振ると10個の闇の結晶が空中で怪しく光った。立ったまま呆然をそれを見ている巨人にロキが手のひらを向ける。
「ボルクス、お前の望みは強くなることだったな。与えてやるぜ、最高の力をな!」
空中の闇の結晶が円の形に並ぶと、それがボルクスの広い胸に吸い込まれていく。
「グオオォーーーーーッ!!?」
体内で逆巻くすさまじい闇の波動に侵され、巨人が城を揺るがす雄たけびを上げた。彼の屈強な全身の肉体がさらに盛り上がり、肌の色が暗くなっていく。
「ぬぐおおぉ……」
呻くボルクスの口から、真っ黒な煙のような息が吐き出された。彼の体はさらに強固となって巨大化し、全身の肌色が完全なる黒になった。フェンリルが彼の変化を恐れるような目で見ていた。
「お、おい、お前、大丈夫か?」
「ウオオォーーーーーーーーーッ!!」
心配するフェンリルの声をボルクスの雄叫びがかき消した。同時にフェンリルは強烈な闇の力に当てられ、顔をしかめてボルクスから何歩か離れていた。
「行けボルクス! ダークタイタンとなったお前に敵はない! 宵の魔法つかいプリキュアを倒せ!」
「プリキュアアァッ!! 倒すぅーーーーッ!!」
ロキの命令を受けたボルクスは、赤い瞳を見開き血管の浮いている異様な顔のまま歩き出す。力があふれすぎて歩くごとに城の石床を破壊していった。
後に残ったフェンリルは大嵐を無事に逃れた旅人のように開放された気分になった。彼女にそんな感覚を抱かせるほどに、ボルクスに与えられた闇の力はすさまじいものだった。
フェンリルは気分が落ち着くと主を見上げて言った。
「ロキ様、わたしはあなたのお役に立てたと自負しております。ですから、褒美をいただきたい」
「何がほしいんだ、言ってみろ」
「ロキ様がこの世界を支配する目的をお聞かせください」
「いいだろう。お前にはそれを聞かせるだけの価値がある」
ロキは即答した。
魔法界とナシマホウ界が一つの星として生まれるよりも、はるかな時をさかのぼる。宇宙の生命は混沌を源に無限に生まれ、無限に広がっていく。全ての混沌は宇宙の創生と引き換えに消滅するはずだったが、それがわずかに消えずに残ってしまった。やがてデウスマストを生み出す混沌は、アンドロメダの星々をすべて暗雲に代えたような姿で宇宙の闇をさまよっていた。その超大な混沌が長い時をさまよううちに、一つの暗黒惑星のように整然とした球体の混沌を飲み込んだ。ロキの生命の奥底に、その時の感覚が残っていた。デウスマストの眷属はすべてデウスマストの混沌の一部から生まれた、いわばデウスマストの完全なる分身だ。しかし、ロキは元々はデウスマストとは別に、宇宙に孤立してただよっていた混沌だった。デウスマストに飲み込まれた暗黒惑星は、やがて眷属の一人として生を受けた。ロキは生まれた瞬間から本能的にデウスマストを憎んだ。そして、いつかデウスマストを倒してやろうと考えて、手段を選ばずその関係を断ち切った。
「デウスマストにとっても眷属どもにとっても、人間などは無いにも等しい存在だ。そんな人間に乗り移るなど眷属共には到底考えられねぇことだ。だから俺様はあえてそれをやって、マザー・ラパーパの封印から逃れ、デウスマストのやろうを出し抜いたのさ。あの時は痛快だったぜ!」
胸のすくようなロキの声が闇に響き渡る。フェンリルは主に視線を釘付けにして話に聞き入っていた。
「しかしだな、人間の体になったせいで、俺様の力の大半が失われちまった。それから俺様は、眷属のオルーバがばらまいたムホウの欠片を長い時間かかって全て集め、組み上げた。だがそれはムホウでしかねぇ。ムホウの力じゃあ、デウスマストは倒せねぇ。それ以上の力を手にいれなくっちゃなぁ。そして、その時の俺様には確かな道筋があった。ムホウの欠片を探す長い旅で、俺様は人間にムホウを越える可能性があること見出していた。それから俺様がやったことは、おもしろい実験よ。ムホウを人間でも使えるように改造して、人間どもに与えた。人間どもはそれを闇の魔法と呼んだ」
それを聞いたフェンリルの目に感情が走り、そして彼女はロキをこの世で最も価値ある存在とでもいうように愛おしいげに見つめ始める。
「俺様は闇の教団の王となり、うまいことやって闇の魔法を魔法界に広めてやった。人間てのは最高だぜ! 奴らは不安定な存在ゆえに、闇の魔法はその身に余り、手にした奴は自滅していく。その様がおもしれぇんだよ。 怒り、悲しみ、憎しみ、欲望! 人間どもの抱える闇が無限に広がっていった! その無限の闇が俺様のムホウを超える闇の魔法を完成させてくれたのさ」
腕を組んでいたロキが玉座の腕置きにひじをつき拳であごを支えると勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ムホウは完璧な力だが、完璧すぎてそれ以上というのがねぇ。人間は不完全な存在だが、そこが重要なんだなぁ。不完全だからこそ、感情を抑えきれずに爆発させ、時に想像を絶する力を生み出す。ムホウをあえて不安定にし、代わりに人間の際限のない負の感情から生まれる闇を加えたのが、俺様の闇の魔法ってわけよ」
「……なるほど、ロキ様のもつ闇の魔法の力はよくわかりました。ロキ様の目的は何なのです?」
フェンリルは、はやる気持ちが抑えられず、まるでおとぎ話の続きを母親にねだる子供のような無垢さが表情に現れていた。
「まあ焦るな、今話してやる。デウスマストはすべての世界を無にして取り込もうとした。俺様はそんなもったいねぇことはしねぇぜ! もっともっと楽しくやる! かつて俺様が創った闇の魔法の時代を再現し、人間どもがどうなっていくのかじっくりと観察する。人間どもが闇の魔法によって自ら滅びるその瞬間までな! 魔法界にもナシマホウ界にも闇があふれ、人間どもは全ての負の感情を爆発させ、陰惨な歴史を刻んていくに違いねぇ。どうだフェンリル、面白そうだろう!」
フェンリルは目を細めて艶やかな唇を吊り上げる。もし獲物をみつけた狼が笑うとしたら、今のフェンリルのような笑みを浮かべるのではないか。
「ロキ様、あなたの考えは最低最悪です。しかし、最高に美しい! わたしはあなたの創る世界を見てみたい。そのためにも、伝説の魔法つかいプリキュアを全力で倒します」
フェンリルはロキに背を向け、颯爽と歩き、闇の中に消えていった。ロキは頬杖をついてフェンリルを飲み込んだ闇を見つめながらいった。
「そうさ、お前はそういう奴だ。かつて魔法界を震撼させた破壊の閃光の化身。あの女が自ら生み出した白い時代の遺物よ」