家宝のブレスレット
みらいとリコの再会から少し時は戻る。
暮れ行く時、夕日が地平線の向こうに沈もうとする頃に、小百合たちは街から少し離れた大きなお屋敷の前に立っていた。外門から屋敷までの距離はまだ遠い。闇に沈みゆく夕日の中でレンガを敷き詰めた広い道の両側に満開の花を咲かせる桜の木が並んでいて、穏やかな風が花びらと花の香を運んでくる。その向こう側にあるまるでお城のようなたたずまいの家にラナの胸はときめいた。
「うわぁ~、お城だよ! これはファンタジックだよ! なになに、小百合ってお姫様なの?」
「お姫様って、あんたどこの国の人よ……」
「魔法界の人だよ?」
そういわれると、小百合は何とも言えない顔で口を開けたまま固まった。
「ん? どしたの?」
「何でもないわ、あんたの魔法つかい設定を忘れてただけよ。はっきり言っておくけれど、あれはわたしの家じゃないからね。居候させてもらってるだけなの。だから変な期待は持たないことね」
投げやりに言う小百合をラナは見上げて首を傾げた。小百合は黙ってラナの手を引っ張って歩き出した。
「うわぁっ!?」
急に手を引かれてラナは転びそうになった。
屋敷の扉を開くと内からあふれるシャンデリアの光が二人に降り注ぐ。広いロビーの床を飾る赤いバラ模様の絨毯、大理石の支柱の上に置いてある高価そう壺や壁には何枚もの見事な絵画、目の前には2階に続く赤い絨毯の階段があるが、その幅は人一人が上るには広すぎた。
「うわぁ、やっぱりお城だよ~、ファンタジックだよ~。 本当にこんなところに住んでいいの?」
「はいはい、喜ぶのはまだ早いわよ。とにかく、お爺様にお話ししなければ」
この時から小百合の様子が妙であった。まるで誰かに戦いでも挑むかのように真剣な目をしていた。それを見上げたラナはまた首を傾げた。
「お嬢様、いままでどこにいらしていたのですか? お帰りが遅いので心配いたしましたよ」
メイドの格好をした、おかっぱ頭の黒髪の若い女が小百合に走り寄ってきて言った。掃除中だったらしく、モップを手にしていた。
小百合は鋭い目でメイドをにらんだ。
「お嬢様はやめてって何度いったらわかるの?」
「あ、申し訳ありません、小百合さん……」
「すごい、メイドだよ! やっぱりここはお城なんだね!」
「お城じゃないから!」
メイドを見て喜ぶラナに、小百合が突っ込む。
「そちらの方はお友達ですか?」
小百合が何かいおうとする前に、ラナが勢いよく手をあげた。
「はい、小百合の友達のラナです! ついさっき友達になりました! わたし魔法つ…」
小百合が慌ててラナの口を塞いでいた。
「魔法?」
いぶかしい顔をするメイドに、小百合は言った。
「なんでもないわ、気にしないで!」
小百合はラナを連行しながら2階をにつながる階段を上がっていった。
2階の廊下で立ち止まって小百合はラナを見下ろして言った。
「あんた、何も知らない人に魔法つかいなんていったら、頭がおかしい子だと思われるわよ。魔法の事はわたし以外の人にはいわないで」
「そっかぁ。でも、小百合はわたしのこと信用してくれたのに」
「信用したんじゃなくて、信用せざるを得なかったの! いきなり空飛ぶ箒に乗せられたんだからね!」
そして二人は2階にある一番大きな扉のある部屋の前で止まった。
「とりあえず、その帽子は取りなさい。お爺様に絶対怪しまれるわ」
ラナは素直に頷いて、赤紫のとんがり帽子をとった。すると、レモンブロンドの髪と可愛らしいポニーテールが現れた。大きな碧眼も相まって、本当に可愛らしい子だなと小百合は正直に思った。
それから小百合は真剣な顔で扉をノックした。
「誰だ?」
「お爺様、小百合です」
「入りなさい」
ドアを開けると、そこは書斎であった。
広い部屋の左右は本棚になっていて、奥に机が一つ、ドアの対面にはテラスに出られるガラス戸がある。白の背広姿の長い顎髭を蓄えた白髪の老人が机の前で本を開いていて、メガネの奥から鋭い視線を部屋に入ってきた小百合に投げた。小百合は緊張した面持ちでラナを連れて老人の前に立った。
「お爺様、お願いがあります。この子はわたしの友達でラナと言います。理由があってしばらく家に帰れないので、このお屋敷に置いてあげたいのです」
見るからに厳格そうな老人が眉間に皺を寄せてラナと小百合を交互に見た。小百合は怯みそうな自分の気持ちを奮い立たせて思い切って頭を下げた。
「どうかお願いします! ご迷惑はおかけしません、この子はわたしの部屋に居候させますから」
真摯に訴える小百合の姿にラナは感動して瞳が潤んだ。まだ会ったばかりで、そのうえ魔法つかいという素性が怪しいラナを小百合は一つも疑うことなく目の前の老人を説得している。小百合はラナと少しの時間触れ合っただけで、ラナの明るさや素直さを感じ取っていた。
「勝手にするがいい」
老人が言うと、二人の少女の顔に同時に笑顔が花咲いた。
「お爺様、ありがとうございます!」
「おじいさん、ありがと!」
ラナは両手を広げて小走りに机の横に回り、いきなり老人に抱きついて頬にキスをした。老人は目を見開いて驚き、想像だにしないラナの行動に小百合は蒼白になった。
「ちょっとあんた、何て恐ろしいことするのよ!」
小百合は慌ててラナの腕を引いて老人から引き離し、そのままドアの方まで引っ張っていった。
「せっかくお許しを頂いたんだから、変なことしないで!」
「変なことなんてしてないよ」
「いいから、こっちにいらっしゃい!」
小百合は出口の前で深々と頭を下げ、ついでにラナの頭も後ろから押さえつけて頭を下げさせた。
「お爺様、申し訳ありませんでした!」
二人はあわただしく部屋を出ていった。老人は驚いた表情のまま少女たちを見ていたが、一人になるとラナにキスされて方の頬を触って微笑した。
小百合はラナを連れて自分の部屋に直行した。小百合の部屋は屋敷の一階の一番端にあった。小百合はラナと一緒に部屋に入ってドアを閉めると、大きなため息をついた。
「ああびっくりした、あんたいきなりとんでもない事するんだもの」
「とんでもない事ってなあに?」
「見ず知らずの人にいきなりキスするなんて非常識でしょ!」
「だって、嬉しかったんだもん。だからお礼がしたかったの!」
輝くような笑顔でいうラナに、小百合は怒るのが何だか悪い気がしてきた。
「……もういいわよ。荷物はその辺に置いて、そっちの壁にフックがあるから帽子をかけておくといいわ。洋服ダンスは空いてるところを適当に使っていいからね」
ラナは言われた通りにとんがり帽子とマゼンダのストールをフックに掛けてから部屋の隅にあるベッドの上に座った。
「このベッド全然フカフカじゃないね~」
「フカフカじゃなくて悪かったわね」
小百合は襟元にあるピンクのリボンタイを取り、制服のブレザーを洋服ダンスに突っ込みながら言った。
ラナが落ち着いて部屋をよく見た。木造の床は生のままで絨毯などはなく、壁は全面白で丸い掛け鏡以外は飾り気が一つもない。窓は一つで、そんな部屋にベッドと勉強机と洋服ダンスだけがある。間取りは割と広いが、外から見た屋敷の優雅さからは想像できない質素さであった。
「がっかりしたでしょ? ここは使用人用の部屋なのよ」
「なんで使用人用なの~?」
ラナが聞くと小百合は黙ってしまった。小百合はあまり言いたくない様子だったが、ラナの隣に座り短い沈黙を破って口を開いた。
「それはね」
「あ、待って、わたしが当ててあげる! 実はあのお爺さんは血が繋がってなくて、毎日意地悪されてて、それで部屋もこんなんで、毎日の食事は一欠けらのパンと具のないスープ! そしてこき使われる小百合!」
「それはいくら何でも悲惨すぎるでしょ! あの方は正真正銘わたしと血の繋がったお爺様よ。それに意地悪なんてされてないわ。わたしは自分から進んでこの部屋に住んでるの」
「ふ~ん、そうなんだぁ、変なの」
ラナは下唇に人差し指を置いて考えて、それから思いついたように言った。
「なんで小百合はおじいちゃんとお話しする時に、あんな怖い顔するの?」
「それは緊張するからよ」
「なんで緊張するの?」
「……お爺様が、わたしを嫌っているからよ」
それを聞いたラナは大仰に驚いた。まるで信じられない気持ちが大きな碧眼の中によく表れていた。
「え~っ!? うっそだぁ! 嫌いなわけないよ! わたしのおばあちゃんは孫は目に入れても痛くないって毎日いってたよ!」
「それは、普通はそうなのかもしれないけれど、わたしは普通じゃないのよ」
「何が普通じゃないの? 教えて!」
小百合はラナから顔をそらしていった。
「今は言いたくないわ」
「じゃあ言わなくていいよ。その代わり、わたしの秘密教えてあげる、秘密その2だよ~」
「あんた、話の流れがおかしいわよ……」
「聞いてほしいんだよ~、秘密その2!」
ラナは腰につけているピンクのポシェットを開けて中から美しく輝く石を何個も出してベッドの上に広げた。
「じゃーん、すごいでしょ!」
ラナは得意げな顔で両手を広げて言った。
「これは、本物の宝石だわ」
宝石は全部で六つ、オーバルカットの青色の宝石、夕日のように濃いオレンジ色の宝石、半球形の草色の宝石、同じく半球形で3本の光の線が宝石の中心で交差している赤い宝石、開花した薔薇の形の薄ピンク色の宝石、黒地に七色の輝きを宿す丸形の宝石、全ての宝石が銀の台座にはまっていた。
「リンクルストーンっていうんだよ! わたしはこれを探すために魔法界とナシマホウ界を旅していたんだぁ」
「リンクルストーン? そんな名前のジュエリー聞いたこともないわ」
「ジュエリーじゃないよ、魔法を込めた特別な宝石だよ。特別なリンクルストーンがあれば伝説の魔法つかいプリキュアになれるっていう噂もあるんだ~」
「伝説の魔法つかいプリキュア? なんなのそれ?」
「ええぇっ、プリキュア知らないの!?」
ラナは掛け算九九ができない中学生でも見るように目を丸くして驚いた。それに対して、小百合は憮然として言った。
「知らないわよプリキュアなんて、聞いたこともないわ」
「魔法界では知らない人はいないんだけどな~」
その時に小百合はラナのポシェットにまだ何か入っているのに気付いた。
「そっちの黒い石は何なの?」
「あれ? 小百合、この黒い石みえるの?」
ラナが妙なことを言うので、小百合は意味が分からず眉をひそめる。
「見えるわよ、当たり前でしょ」
「よく分かんないんだけど、この石は魔法つかい以外の人には見えないみたいなんだよ。小百合は魔法つかいなの?」
「そんなわけないでしょ!」
「おかしいなぁ、まあいいや。この黒いのはナシマホウ界のあちこちにあったからついでに集めたの。魔法の力を感じるから、何かの役にたつかな~と思って」
小百合はポシェットに沢山はいっている魔法つかいにしか見えないという黒い石の一つを手に取って見た。それは上下の先端が尖ったいびつな多面体で怪しく黒光りしていた。
「何だか嫌な感じのする石ね」
小百合が黒い石を見ている間に、ラナはポシェットから今度は二組のブレスレットを取り出した。両方ともに六芒星の飾りが付いた銀色の腕輪で、中央に真円の台座があり、その上に黒地の中に白の線で六芒星の模様が描かれている。二重円の中に六芒星があり、六芒星の中心に三日月、内円と六芒星の間の隙間に六つの星、内円と外円の間に奇妙な文字が刻まれていた。
「これあげる!」
ラナは片方のブレスレッドを小百合に差し出した。
「こんな高価そうなものもらえないわよ」
「おばあちゃんが言うには家に先祖代々から伝わる家宝なんだって!」
「そんな大切なものを軽々しく他人にあげるものではないわ」
「おばあちゃんがね、本当に大好きなお友達ができたら、片方をその人に渡しなさいっていってたの。わたし小百合のことが大好きだよ。優しいし、頼りになるし、一緒にいると安心する」
小百合はラナの言葉に心を動かされ胸が温かくなる感じを覚えながら、冷静さを保って言った。
「あんた、わたしたちはさっき会ったばかりじゃない」
「時間なんて関係ない、わたしは小百合のことが大大大好きなの~」
大きく手を広げて言うラナを小百合は抱きしめたいような気持ちを抑え、代わりに胸に手を置いて言った。
「わたしもラナのことが好きよ。一緒にいると明るくなれるし、とても楽しいわ」
「じゃあ、これ!」
ラナが満面の笑みで差し出したブレスレッドを小百合は受け取った。小百合は右手に、ラナは左手にそれぞれブレスレッドを付けた。二人の少女はお揃いのブレスレッドを見せ合って微笑んだ。