魔法つかいプリキュア!♦闇の輝石の物語♦   作:四季条

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巨人ボルクス登場

 ラナが小百合の屋敷に来た次の日は日曜日だった。長旅で疲れ切っていたラナは昼近くまで寝ていた。ラナは起きてから星マークをちりばめたピンクの寝間着姿のまま、ベッドの上に座り込んで目をこすっていた。それからあたりを見ると部屋には誰もいなかった。ラナばベッドのそばに用意してあった黄色いスリッパをはいて、小百合の姿を探して廊下に出た。

 

右、左と廊下を見渡して、ラナは改めて屋敷の広さを実感した。それから窓に駆け寄って外を見ると、玄関前で黒っぽい服を着て箒ではいている小百合の姿を見つけた。ラナが玄関口まで走って扉を開けると、小百合はすぐ近くにいた。昨日の制服姿とはうってかわって、今日は白いフリルの付いたスカートの黒のワンピースに白いエプロン、頭には白いカチューシャを付けたメイドの姿になっていた。腰には大きな水色のポシェットが付いていて、ラナはそれが気になった。

 

「ラナ、おはよう。よく眠れたみたいね」

「小百合がメイドになってる~。やっぱりこき使われてたんだ~」

 

「違うわよ! 自分から進んで掃除してるの!」

「なんで?」

 

「なんでって、そうする必要があるからよ……」

「ふ~ん、よくわかんないけど、小百合は大変なんだねぇ」

 

 それからラナは、小百合の腰の方に目をやった。

「そのでっかいポシェットなに? なにが入ってるの?」

 

「ああこれね。お母さんの形見のぬいぐるみを入れているの。片時も手放したくないから、ぬいぐるみ用に自分で作ったのよ」

「どんなぬいぐるみ? 見せて見せて~」

 

 ラナは幼子のように純粋な興味を抱いて両腕を開いた。その姿に小百合は思わず笑みをもらす。元気のよい妹ができたような気がしていた。

 

「大切なものだから汚したりしないでよ」

 

 小百合がポシェットを開けると、中から目を閉じて笑みを浮かべる穏やかな表情の黒猫のぬいぐるみが顔を出す。小百合はポシェットからぬいぐるみを取り出してラナに渡した。

 

「うわぁ、なにこのぬいぐるみ、可愛い~、おもしろ~い、背中に黒い羽が付いてるよ~」

「ねこ悪魔よ。名前はリリン」

 

「ねこ悪魔のリリンかぁ、可愛いね!」

 

 小百合が一休みしようと玄関前の階段に腰を下ろし箒を傍らに置くと、ラナもその隣に座りリリンを抱き上げてよく眺めていた。全身のほとんどが黒で背中にはコウモリのような黒い翼が付いていて、手のひらと足の裏と耳の内側に当たる部分だけは桃色である。そして、首の下には青いリボンの飾りが付いていた。

 

「リリンはお母さんがくれた、たった一つの贈り物なの。お母さんはこのお屋敷を出てお父さんと一緒になったのだけれど、わたしが生まれてすぐに別れてしまったわ。それからお母さんは、たった一人でわたしのために頑張ってた。小さくても貧乏でお金が無いのは何となくわかったから、わがままなんて言えなかった。でも、街で見かけたこのリリンだけはどうしても欲しくてショーケースの中のリリンを見つめていたの。そしたらお母さんが買ってくれたのよ、いつもいい子にしてるからってね。リリンはお母さんの優しさと思い出が詰まった大切なぬいぐるみなの。今ではリリンだけがお母さんとわたしをつなぐ唯一のものになってしまった」

 

 リリンを見ながらそういう小百合の姿は寂しそうだった。ラナは笑顔になっていった。

「優しいお母さんだね」

「優しいだけじゃないわ、本当に素敵で心から尊敬する人よ」

「わたしのお母さんも優しかったなぁ」

 

 ラナはリリンの腕を片方ずつ右手と左手で持って、適当に動かしながら言った。

 

「わたしはうんと小さかったけど、お母さんが優しかったのはおぼえてる。あと、お花がいっぱりの棺の中で眠っていた事も。あの時は、もうお母さんには二度と会えないんだってわかって涙が止まらなかったな~」

「ラナ……」

 

 小百合は自然とラナに寄りそい肩を抱いていた。二人の少女は頬を寄せ合い目を閉じて、お互いの心が深く通じ合うのを感じていた。そんな二人を祝福するようにそよ風が吹き、桜の花びらと春の香を運んでくる。リリンは少女たちの間に穏やかな表情で佇んでいた。

 

「お嬢様、昼食の準備が整いました。さあ、ご友人の方も一緒にどうぞ」

 

 後ろの玄関の扉が開いて、白髪の男が声をかけてきた。六〇を過ぎようかという人の好さそうな老人で、黒い背広に蝶ネクタイを付けた執事の姿をしている。

 

「わ~い、ご飯だ! おなかすいた!」

 ラナは嬉しさのあまりバンザイすると、リリンを頭の上にのせて屋敷の中に駆け込む。

 

「ちょっと、ラナ、あんた食堂の場所知らないでしょ!」

 小百合が声をかけた時にはラナの姿はもう屋敷の中に消えていた。小百合はため息をついた後に立ち上がり、目を吊り上げて執事の老人を見つめる。

 

「喜一さん!」

「申し訳ありません。小百合様を見ていると、百合江お嬢様の事を思い出してしまいましてね」

 

「様もいらないわ、小百合でいいです」

「清史郎様のお孫様を呼び捨てにするわけには……」

 

「お爺様はわたしを孫だなんて思っていないわ」

 小百合は無感情に言い放ち、喜一の顔も見ずに玄関から屋敷に入った。

 

「ラナ! どこに行ったの!」

 友達の名を呼んで階段を上がっていく小百合の後姿を喜一は悲しげな目で見つめていた。

 

 

 

 食堂が分からずにさまよっていたいたラナを見つけた小百合は、とりあえず自分の部屋に連れて行って着替えさせた。

 小百合がベルスリーブの裾がフリルになっている黒いブラウスと純白のロングスカートの普段着に着替えた時、ラナは昨日とまったく同じ服に着替えていた。それを見た小百合は苦笑いを浮かべる。

 

「……あんた、その服はないんじゃない?」

「大丈夫だよ、同じの3着持ってるし、ちゃんとお洗濯してるよ~」

 

「そんな事は心配してないわよ! そんな恰好はおかしいでしょ、もっと普通の服を着なさい」

「これ魔法学校の制服だよ、普通でしょ」

 

「あんたの住んでいたところでは普通でも、こっちの世界では変なの! ああ、もういいわ! わたしの服をあげるから、何も言わずにそれに着替えて」

 

 小百合はタンスの一番下の段を開けて、いくつか服を引っ張り出す。

「わたしが小学生の時に来ていた服だけれど、あんたにはちょうどいいと思うわ」

 

 ラナは言われた通りに何も言わずに着替えると、壁に掛けてある楕円の鏡の前に立ってくるりと回ってみた。上は黄色い半袖フレアスリーブのブラウスで、襟元にピンクの花の飾りが付いている。下はフレアフリルのピンクのミニスカート、白いソックスにはワンポイントに黄色の花の刺繍が入っていた。

 

「うわぁ、可愛いお洋服だね~」

「ちょっと子供っぽい服だけど、ラナにはよく似合ってるわ。おなか空いてるんでしょ、食堂に案内するわよ」

「うんうん、もうペコペコだよ~」

「そりゃそうよね、朝ご飯食べてないんだから」

 

 ラナは食堂と聞いて、学食のようにざっくばらんに長机に椅子が並べてあるような場所を想像していたが、屋敷の食堂はそれとはまったく違っていた。広い部屋に白いクロスの敷いてある丸テーブルがいくつもあって、窓から入ってくる太陽の光が白いテーブルとほこり一つない磨き抜かれた石床を輝かせている。一つのテーブルに二人分の食器が用意してあり、花瓶に花までそえてあった。

 

「魔法学校の食堂とぜんぜんちがう~」

「食堂って感じじゃないわよね。ここでの食事はどうにも慣れないのよね……」

 

 小百合はそう言いながら、ラナと一緒に食事の用意してあるテーブルに座った。すると、奥のキッチンの方からメイドが現れて料理を乗せたカートを押してやってくる。

 

「あ、昨日のメイドさんだ。わたしラナっていいます、よろしくね~」

「わたくしは巴と申します。このお屋敷で働かせて頂いております」

 

 巴はラナに向かって丁寧に頭を下げて言った。そして銀の器からカボチャのポタージュを二人の皿に注いでいった。それからサラダやローストチキン、焼きたてのロールパン、デザートのプリンなどがテーブルの上に並んだ。

 

「うわー、すっごいごちそうだよ! これはファンタジックだよ!」

「確かにごちそうだわ。でも、母さんと二人で食べたご飯の方がずっと美味しかった。貧乏で好きなものは食べられなかったけれど、お母さんが一生懸命作ってくれた料理が一番だったわ」

 

 哀愁を漂わせて言う小百合の横でラナは勝手に食べ始めていた。

「わたしもおばあちゃんの料理が一番好きだけど、この料理もすごく美味しいよ、お肉最高!」

 

 ラナはローストチキンを手掴みで豪快に食べている。小百合は感傷に浸っていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。

「……ラナ、食べるのは頂きますの後よ。それに手はやめなさい、行儀が悪いわ。ちゃんとナイフとフォークを使って食べるの」

「え~、めんどくさいよ。それに、この方が美味しいし」

「駄目! いう通りにしなさい!」

「はぁ~い」

「じゃあ頂きますするわよ、分からなければわたしと同じようにやって」

 

 小百合が手を合わせるのを見て、ラナをそれを真似する。

 

「頂きます」

「いただきま~す!」

 

 それから食事の間に小百合はラナの故郷について聞いてみた。

 

「その、あんたの故郷、魔法界っていったっけ? いつ頃帰るつもりなのよ?」

「魔法界にはもう帰れないと思うよ」

 

 ラナは何事もないように言いながら、パンにポタージュを付けて食べた。小百合は食事をする手が止まった。

 

「帰れないってどういうことよ?」

「なんでかよくわかんないんだよ。駅に行ってマホカで魔法界に帰ろうとしたら、ピンポーンってなって、ナシマホウ界の魔法のドアに止められて、もうびっくりしちゃった」

 

「……あんたの言ってることは全然分からないけど、何か理由があって魔法界に帰れないことは理解できたわ。あんた一人でどうするつもりだったの?」

「何にも考えてなかったよ! 今は小百合に会えてラッキ~って感じだね~」

「あんた、いくら何でも能天気すぎるわよ」

 

 小百合は呆れかえって言った。しかし、内心ではラナをここに連れてきて本当に良かったと思っていた。目の前にいる明るく元気なラナが路頭に迷う姿など想像したくはなかった。

 

 一方、ラナは食事をしながら周りを気にするような素振りを見せていた。

「ねえ、小百合、なんでおじいちゃんは一緒に食べないの~?」

 

「……お爺様は、わたしと一緒に食事なんてしたくないでしょうね」

「なんでそんなこというの? そんなのおかしいよ」

 

 ラナは難しい言葉が理解できない幼子のように首を傾げていた。ラナにとって家族と一緒に食事ができないことは、それほどに疑問があったのだ。

 

「だから……今はやめましょう、楽しい食事がだいなしになるわ」

 小百合はなにか言いかけてから話を切った。それから食事が終わるまでは静寂が続いた。

 

 昼食の後、小百合はラナを連れて庭に出た。二人で屋敷の門まで続く桜並木をゆっくり歩き、やがて小百合は一本の桜の木に背を持たれて言った。

 

「ラナはわたしとお爺様の関係が気になるんでしょ」

「うんうん、すっごく気になるね~」

 

「いいわ、話してあげる。わたしのお母さんはお爺様の反対を押し切ってお父さんと駆け落ちしてこのお屋敷を出たのよ。その時にお爺様に絶縁されたの。わたしはお爺様がいることすら知らなかった。お母さんが事故で亡くなって途方に暮れていた時に、お爺様がいきなり現れて必要な事はすべてやってくれたわ。それから、わたしのことも拾ってくれた。でもお爺様は、わたしにはとても冷たいの。それに、いつも怖い顔でわたしのことを見つめるわ。でも仕方ないわよね、わたしは絶縁した娘の子供だし、お爺様にとっては他人同然の存在だからね。それでも、例えお爺様に嫌われていても、拾ってもらった恩は返すつもりよ」

 

 ラナは首を傾げて、またもや腑に落ちないという顔をしている。

「何でおじいちゃんは小百合のことが嫌いなの? 嫌いって言われたの?」

 

「はっきりと嫌いとは言われていないけど……」

「じゃあちゃんと聞いてみないとわかんないじゃん。孫が嫌いなおじいちゃんなんて絶対いないよ!」

 

「わたしにはそうは思えないわ……」

 それから小百合は下を向いて黙ってしまった。

 

「小百合、元気なくなっちゃったね。じゃあこれからお散歩に行こうよ! 箒で空を飛べばきっと元気になるよ!」

 小百合はそれを聞いた瞬間に血の気が失せて引きつった笑いを浮かべる。

 

「嫌よ、あんたの箒には二度と乗らないっていったでしょ」

「大丈夫、今度は小百合に合わせて初心者用の箒くらい優しく飛ぶから~」

「なんかすごく馬鹿にされてるような気がするんだけど……」

「はやくぅ、行こうよ~」

 

 ラナは幼子が母親に催促するように体を揺らした。ラナのそんな姿を見ると、小百合はどうにも断り切れない。ため息をついて、仕方なく承服した。

 

「分かったわよ。準備してくるから少し待ってて」

「わたしも箒とリンクルストーン持ってこなくっちゃ」

 

 二人で小百合の部屋に戻り、小百合はリリンを大きな水色のポシェットに入れて腰に付け、ラナはリンクルストーンと黒い結晶の入った小さなピンクのポシェットを身に着けた。

 

「リリンも一緒に連れて行くんだね!」

「ええ、空を飛ぶんだもの、リリンにも素晴らしい景色を見せてあげたいわ」

 

 それから二人で外に出ると桜の木の陰に隠れる。ラナは小さな箒を振って元の大きさに戻すと、誰にも見つからないように注意しながらラナは箒に跨り、小百合はラナの後ろに足を揃えて座った。

 

「よ~し、行くよ~」

「本当にゆっくり飛んでよ」

「大丈夫だよ、小百合は心配性だなぁ。キュアップ・ラパパ、箒よ飛べ!」

 

 箒は二人の少女を乗せて、ゆっくり上昇を始めた。屋敷と庭が二人の下でどんどん小さくなっていく。遮さえぎるものが何もない上空で、強い春風が少女たちの瑞々しい髪を揺らす。小百合が大きく息を吸い込むと微かに花と緑の香りを含んだ春の空気が胸いっぱいに広がっていく。その時に、小鳥の群がすぐ近くと通り過ぎていった。箒一本で空を飛ぶ魔法の素晴らしさと、宙にいるからこそ感じられる春の匂いに小百合は心の底から感動した。

 

「しゅっぱ~つ」

 ラナが片手を上げると箒は前に進みだした。

 

「すごいわ、街があんなに小さく見える。こんなきれいな景色初めて見たわ」

「小百合ったらなにいってるの~、昨日も箒に乗って飛んだじゃん」

「昨日はとんでもない速さで飛んだから景色なんて見てる余裕なかったわよ!」

 

 それから二人は空の散歩を続けた。小百合のポシェットから顔を出すリリンも心なしか楽しんでいるように見えた。

 

「ねえ、あのきれいな建物はなあに?」

 

 ラナが指さした方向に赤い屋根の3階建ての校舎があった。屋根には広いテラスがあり、そこには白い丸テーブルと椅子がいくつか置いてあって休息スペースになっている。校舎の右側には室内プールを完備したドーム型の体育館があり、右側には校舎よりも高いとんがり帽子の時計塔が建っている。そして広い校庭の周りは満開の桜の木で囲まれていた。町から少し離れた自然の中にあるその学校を小百合は良く知っている。

 

「あれは聖ユーディア学園、わたしが通ってる学校よ」

「へぇ、あれが小百合の学校なんだ。魔法学校とは全然違うんだね~。あれも学校?」

 ラナが今度は街の中にある校舎を指さす。

「あれは津成木第一中学校よ」

 

 それから二人は公園に向かって降下していった。すると、上昇気流に乗って満開の桜から無数の花びらが舞い上がってくる。

「本当にきれいね」

 

 小百合が感動している時にラナは公園の中に気になるものを見つけた。

「あれなんだろう、人がいっぱい並んでるよ!」

 

 小百合たちの真下に二つの大きなピンク色メロンパンが屋根になっている可愛らしい車があり、その前に人の列ができていた。店舗の上にはカラフルな文字で「MofuMofuBekary」と看板が立っていた。

 

「あれは移動店舗よ、イチゴメロンパンを売っているの。津成木町の名物らしいわ」

「イチゴメロンパン!? なにそれ美味しいの?」

「さあ、食べたことないから分からないわね」

「食べたい食べたい!」

 

 ラナはイチゴメロンパンが食べたい気持ちを箒ごと体を揺らして表現する。

「ちょっと、揺らさないでよ! 危ないでしょ!」

 

「ねぇ、行こうよぅ、イチゴメロンパン食べたいよ~」

「誰もいないところに降りるのよ、箒で飛んでるところなんて誰かに見られたら大騒ぎになるわ」

「うん、わかった! イチゴメロンパ~ン!」

 

 二人は急降下して地上に降りる。ラナは小百合を置いてさっさと走って行ってしまう。小百合は後からゆっくり歩いていった。そして小百合がお店の近くまで来ると、人の列に紛れていたラナが小動物を思わせるすばしっこさで戻ってきてから両手の握りこぶしを胸のところに置いて言った。

 

「一個150円だって!」

「……お金持ってないのね」

 ラナは力強く何度も頷いていた。

「もう、ちょっと待ってなさい」

 

 そして二人でしばらくお店の前に並んでいた。その頃、怪しすぎる男が公園の中を歩いていた。3メートル近い背丈の男の肉体は屈強で、体中のあらゆる筋肉が盛り上がり、緑色の体の全体が岩のようにごつごつしている。黒いズボンに先の尖った革靴をはき、上半身を覆う服はボロボロの赤いチョッキ一枚、頭に白いターバンをかぶり、尖った耳に見開かれた目は赤く不気味だ。公園にいた人々は彼の姿を見るなり逃げ出していた。

 

「におうぜ、強烈な闇のにおいだ。このボルクス様が闇の結晶を頂くぜ」

 異様な男は足音を響かせながら店の方に近づいて行った。

 

「二つください」

 小百合は苺メロンパンを二つ買って一つをラナに渡す。メロンパンを見つめるラナの目はすごく輝いていた。二人は近くのベンチに座って同時にメロンパンを一口食べる。すると、ただでさえ大きいラナの瞳が感動でさらに大きく開く。

 

「おいしい! イチゴメロンパン、最高にファンタジックな味だよ!」

「本当においしいわ。クッキーの部分はサクサクで苺のいい香りがするわね。微かに酸味もあって、クッキーの生地に本物の苺を練り込んであるんだわ。パンもしっとりとして柔らかで、口の中で苺味のクッキーとパンが溶け合って、舌の上で見事なハーモニーを奏でているわ」

 

「なんか小百合ってむずかしいこというね、普通においしいっていえばいいと思うよ~」

「別に難しくないでしょ、舌で感じたことを素直に言葉にしただけよ」

 

 二人でそんな会話をしながらイチゴメロンパンを食べていると辺りがざわついた。人の悲鳴があがり、続いて周りにいた人や店の前に並んでいた客たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。メロンパン屋の店員は店舗の中で呆然と立ち尽くしている。

 

「なに?」

 

 小百合が辺りの様子がおかしいのに気づいた。地鳴りのような足音に驚いて二人が前を見ると。異様な姿の大男が近づいてきていた。

 

「ねえ、あれも魔法界の人?」

「えっと、人っていうか、魔法界生物の教科書で見たことあるかも……」

 

 男は二人の目の前で止まった。小百合もラナもそのあまりの巨体に驚き、逃げるのを忘れて口をあけっぱなしにして見上げた。

 

「お前らから闇のにおいがプンプンするぞ! 闇の結晶を俺に渡しやがれ!」

 巨人の怒号で二人は悲鳴を上げて逃げ出した。その時にラナのポシェットから黒い結晶が一つこぼれ落ちた。

 

逃げた二人は桜の木の後ろに隠れていた。

「な、何なのよあれ!? どう見ても人間じゃないわ!」

 

「思い出した、あれはオーガだよ。魔法界にいる人種で、体が大きくて力持ちだけど、気が弱くて人の前には滅多に姿を現さないって教科書にかいてあった~」

 

「気が弱いですって!? どう見てもあれは狂暴よ!」

 

 オーガのボルクスは小百合たちの姿を探していた。

「逃げたって無駄だぞ、闇のにおいでわかるんだからな」

 

 ボルクスが足を踏み出そうとすると足元に黒い結晶が転がっているのを見つけた。

「おお、闇の結晶みつけたぜ!」

 

 ボルクスがそれを拾い上げた時、近くで震えている白い子犬が目に入った。ボルクスの顔が歪み、気味の悪い笑顔になる。

「ちょうどいい、真の闇の魔法を見せてやるぜ!」

 

ボルクスは闇の結晶を子犬に投げつけてくっつけると、大きな拳を胸の前で打合せてから屈強な右腕を天に向かって突き上げる。

 

「いでよ、ヨクバール!!」

 

 あたりが暗くなり、小百合とラナは木の後ろから出て上を見上げた。上空に異様な漆黒の魔法陣が現れていた。六芒星魔法陣の中心に今まさに獲物を飲み込まんとするように口を開く狂暴な竜の頭が描かれ、六芒星と円の間にある隙間に六つの異様な文字が刻まれている。そして魔法陣の外側にも一回り大きい円があり、その外円と魔法陣の間にルーン文字に似た奇妙な形の文字がびっしりと刻まれていた。

 

「キャンキャン!」

 子犬と闇の結晶が魔法陣の中に吸い込まれていく。

 

「ああ、子犬が!」

 ラナが叫んだ。小百合は何が起こっているのか理解できず呆然と異様な魔法陣を見上げるばかり。

 

 二人の前で闇の結晶と一つになった子犬が黒く染まり、それを覆うように竜頭骨の仮面が現れる。子犬の体がどんどん大きくなっていく。四肢は異様に肥大し、全ての爪が鎌のように鋭く長く伸び、全身の毛が逆立つ。変容した体から闇が晴れた時、体は犬、頭は竜のドクロの巨大な化け物が現れた。ドクロのアイホールの中心が赤く輝き、大きく開いた竜の口が青い炎を噴き出す。

 

「ヨクバアァーーーールッ!!」

 

 甲高い声で人の言葉を発してはいるが、それは獅子の叫び声に近かった。小百合とラナは凄まじい咆哮に思わず耳を塞いでいた。

 

「子犬が化け物になっちゃったよ!?」

「な、な、何なのよあれ!?」

 

 小百合はラナの手をつかんで走り出す。

「とにかく逃げるわよ!」

 

 二人は桜の木の陰に逃げ込んでから、そこから箒に乗って上昇した。飛んでいく少女たちを見上げてボルクスは言った。

 

「ほう、魔法つかいかよ。だが、この俺からは逃げられないぜ! 追えヨクバール! あのガキどもを捕まえろ!」

「ヨクバァール!」

 

 ヨクバールとなった子犬の背中に白い翼が広がる。巨大な翼の羽ばたきが起こす風圧が近くにある桜の木を何本かへし折った。そして、ヨクバールが小百合たちの追跡を始めた。すると後に残されたボルクスが慌てて言った。

 

「おい、こら、まて、俺をおいていくんじゃじねぇ!」

 

 ボルクスは走ってヨクバールの後を追いかける。その後ろ姿がどうにも間抜けであった。

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