リンクルストーン、真実の姿
翌日の朝、みらいとリコが教室に入ると友人たちが待ち構えていた。二人にケイとジュンとエミリーが集まってきて言った。
「みんなで話し合ったんだけどさ、リコが一番になったお祝いをしようと思ってさ」
そういうジュンに気が引ける思いがするリコだったが、みらいがいち早く反応する。
「今、お祝いっていいました!?」
「ああ、みんなでパーッとやろうぜ」
「いいね! やろうよ! リコにとってこの一番は特別だもん!」
「やっぱりみらいもそう思うよな!」
ケイとエミリーもその通りと深く頷いていた。
「モフルンもリコのことお祝いするモフ」
みらいに抱っこされているモフルンまで言った。リコは思い悩んでいた昨日よりもずっと素直な気持ちになれた。
「みんな、ありがとう」
「まだ礼をいうのは早いって」
「もうすぐ夏休みでしょう。だからみんなでリコの家に集まれたらと思って、リズ先生にも聞いてみたんだけど、ぜひみんなで遊びにきなさいって言ってもらえたから」
ジュンの後にエミリーが言うと、みらいが大喜び。
「リコの家でお祝いなんて、ワクワクもんだ!」
みんなが笑顔になり、リコも祝福してもらうことに心からの喜びを感じる。もう小百合の影に悩まされることはなくなっていた。
「ええっと……」
ラナは打ちひしがれてテーブルの上に伏せっている小百合を見て首を傾げてしまう。
「小百合どしたの?」
昨日、家に帰ってきた時から小百合の様子が変だった。とにかく元気がない。ラナが変なことを言っても怒らないどころか無気力で無反応だった。
「おーい、さゆりーっ!」
小百合は伏せたまま動かない。そこにリリンが飛んできてラナの頭の上に腹ばいにのって言った。
「リリンが思うに、小百合はリコとの勝負に負けたデビ」
「え? 負けた? ぜんぜんそんなふうには見えなかったけどなぁ」
「この様子だときっと完敗だったデビ」
「え~っ!? ぜんぜんわかんないよ~」
その時にむくりと小百合が頭を上げる。彼女の顔を見てラナま思いっきり引いてしまった。
「あわわ、小百合が仕事がなくなって絶望したおじさんみたいな顔になってる。もう別人みたいだよ……」
「リコにコテンパンにやられてめちゃめちゃかっこ悪かったから仕方ないデビ」
リリンが言うと小百合が急に眼を吊り上げて怒りだす。
「うるさいわね! そこまで酷くないわよ!」
「わあ、小百合が急に元に戻った!」
ラナが安心したとたんに、小百合は大きなため息と一緒に下を向いてしまった。
「また元気なくなっちゃった。なんでそんなに落ち込んじゃうの? 小百合もリコも同じくらい強くてかっこよかったよ」
「あんたは表面でしか物事を見ていないからそう思うのよ。あの戦いは完全にわたしの負けよ、文句のつけようもないわ」
「ぜんぜんわかんないから説明おねがいしま~す」
まるで先生に質問する小学一年生のようなラナに小百合の疲れはてたようなため息が出る。
「……あまり思いだしたくないけれど今後のために添削は必要よね。負けた理由はいくつかあるけれど、まずはトパーズスタイルとアウィンスタイルの能力の違いね。アウィンスタイルの方が能力が明らかに高いわ。これはたぶん向こうよりもこちらの守護のリンクルストーンの数が少ないせいだと思うんだけれど、それにもかかわらず表面上の勝負は互角だった。次に見た目は互角に見えても戦いの内容で負けていたわ。わたしはアウィンの能力に頼りきった戦い方をしていたけれど、リコはこちらのリンクルストーンの性質を利用したり、弱点をついてきたり、戦略的にわたしの上をいっていたわ。そして極めつけは、わたしが冷静さを失って最後に接近戦をしかけてしまったことね。トパーズの方が接近戦は優れていると分かっていたにもかかわらず、リコの挑発に乗って熱くなってしまったわね。チクルンが戦いを止めなかったら、わたしはもっと確実な形で負けていたでしょうね」
小百合はうつむき加減で一気に説明してから顔を上げると、テーブルの対面で椅子に座っていたラナが難しい顔のまま頷いていた。
「なんだかよくわかんなけど負けたってことなんだね」
「あんた、それじゃ身も蓋もないじゃない!」
「だって説明ながいんだもん」
「あんたが説明しろっていったんでしょ! まったく!」
「もういいや~、小百合元気になったみたいだし」
言われてみれば小百合はいつもの調子に戻っていることに気づいた。ラナの持つ独特の性格と空気感がいつも小百合に元気や活力を与えてくれる。小百合は不思議な子だなと思った。
「ラナちゃん、小百合ちゃん、リリンちゃん、アップルパイ焼いたから一緒に食べましょう」
お隣さんのエリーの声が聞こえてくるとラナの顔が喜びで輝いた。
「食べる食べる~っ!」
もうさっきの小百合の小難しい説明などラナの中には欠片ものこっていない。小百合はものすごく損をした気分になった。
ラナはテーブルから離れて窓を開けるとお隣さんに向かって大声で叫んだ。
「小百合は元気ないからいらないって! わたしが全部食べるから!」
「わたしは一言もそんなこといってないわよ!」
「え~、食べるの~?」
「何でそんな嫌そうな顔するのよ! 食べるに決まってるでしょ!」
小百合はラナの手をつかんで言った。
「いつまでも負けたことを悔やんでいたって仕方ないわ。美味しいアップルパイを食べてリフレッシュよ」
「じゃあいこ~」
そんな小百合とラナのやり取りに聞き耳をたてながら、エリーがリリンの前にアップルティーをそそいだ小さなカップを置いた。リリンはちゃっかり先にきてアップルパイを頂戴していた。
「あの二人は相変わらず賑やかね」
「いつも通りデビ」
リリンがアップルパイを食べるとエリーが微笑み、小百合とラナの話声がドアのすぐ近くにまで近づいてくるのであった。
校長先生が魔法図書館最深部で見つけた金の書、白の書、黒の書の解読は校長先生の指導の下で教頭先生とリズ先生の手によって進められていた。これらはかつて魔法界に存在した古い言葉で書かれている。金色の書は魔法界の始まりの時代、白の書は全てのページが白紙であり、黒の書は闇の魔法の時代の歴史がつづられていた。調べていくと白の書は金の書と黒の書の間の時代に関する記述があったと推測された。たとえ白の書が白紙でもその前後の時代の記述からかつて白の書にはその時代に関する記述があったことは確実で、つまり虚無の時代が存在したことは間違いなかった。
校長先生がとくに解読に力を入れたのが時代と時代の境目の記述だ。金色の書の後半、魔法界の有史から白の書の時代の始まる直前、白の書の時代の終わりから闇の魔法の時代の始まり、ここに何かがあると校長先生は確信していた。
金の書の後半と黒の書の前半には虫食いになっている部分が多く、解読には時間がかかった。虫食いといっても本の劣化によるものではない。本自体は魔法の力で新品同様の美品に保たれている。ある種の文字だけが跡も残さず綺麗に消えているのだ。
校長先生は虫食いになっているページを見てリズと教頭先生にこう言った。
「これらの文字が魔法の力で消されていることは間違いない」
教頭先生とリズはそれぞれ金と黒の書の穴あきのページをめくりながら考え込んだ。そして教頭先生が眉をひそめる。
「魔法で歴史書の文字を消すなんて、よほど知られたくないことが書いてあったのでしょうね。全てが消えている白の書はともかく、金の書と黒の書は一部の文字しか消えていないことが何とも奇妙ですね。一部を消すにしても、普通なら文字だけではなく知られたくないことが書かれたページごと消すでしょう」
「わたしはこう考えました」
リズが口を開くと校長と教頭の視線が彼女に集まる。
「これらの歴史書の文字の消失は何か大きな事象に関連しているのではないでしょうか? つまりこの歴史書の文字は意図的に消されたのではなく、歴史をも変えるような途方もない変革があって、その影響でこれらの歴史書の内容も変わってしまった。こう考えると文字が虫食いになっている理由にも説明がつきます。歴史の変革にともなって存在してはならない言葉だけが消えたのです」
「うむ、リズ先生は優秀だな」
「さすがは校長先生の代理を任されるだけはありますね」
「そんな、これはただの憶測にすぎませんし」
リズは校長と教頭に褒められると、幼い頃に母に褒められて嬉しかった時のように顔が火照ってしまった。そんなリズに校長先生が言った。
「君の憶測は正しいと思う。その線で虫食いになっているページを集中的に解読してゆこう」
そして、みらいとリコが奮闘している間にも金の書と黒の書の解読が進められた。解読は困難な作業であったが、虫食い部分の前後の言葉からその内容が少しずつ明らかになっていった。そして、リズは黒の書の解読を終えたその瞬間に、まるで悪魔が突然目の前に現われでもしたように恐怖し、椅子から立ち上がって黒の書から離れた。その時に彼女が座っていた椅子が倒れ、机の上に置いてあったインク壺が羽ペンごと倒れて黒いインクが机の端から滴り落ちた。金の書を解読していた教頭先生が怪訝な目で彼女を見つめる。リズは体を震わせてしばらく立ち尽くしていた。
「どうしたのですか、リズ先生」
「教頭先生……」
それからリズは半ば呆然としながら言った。
「もしこれが本当のことだとしたら、魔法界の歴史は根底から覆ってしまうわ……」
「リズ先生、落ち着きなさい。わたしたちの役目はこれらの書を解読し、真実を校長先生にお伝えする事です。後の事は校長先生にお任せしましょう」
「はい……」
リズは教頭先生の言葉によって心を落ち着けた。それでもまだ手が震えていた。
みらいとリコは授業の前に校長先生に呼ばれていた。二人が校長室に瞬間移動すると、校長先生が机の前で水晶を片手に待っていた。
『校長先生、おはようございます!』
みらいとリコが同時に頭を下げると、校長先生は微笑混じりに片手をあげる。
「おはよう。朝早くからすまぬな。君たちにすぐにでも伝えねばならぬことがあってな」
みらいとリコは緊張して背筋を伸ばし校長先生の言葉を待つ。そんな二人の前に校長先生は金の書を置いた。
「わしが魔法図書館で手に入れた歴史書の解読が済んだ。これが魔法界の始まりの時代に見つけたリンクルストーンの本当の姿じゃ」
校長先生が金の書を開くと本の中から浮き出た魔法陣がみらいとリコの前で大きく広がっていく。それを見てみらいもリコも目を瞠った。
「大きな魔法陣にリンクルストーンがいっぱモフ」
みらいに抱っこされているモフルンが大外に魔法の言葉が刻まれている巨大な魔法陣を見上げていた。
伝説の魔法つかいを現す内に五つのハートを抱く五芒星、その外側を宵の魔法つかいを現す六つの星を抱く六芒星がおおっている。つまり六芒星の中央にある六角形の中に伝説の魔法つかいの魔法陣が納まっている。そして五芒星の中心になっている五角形の中に三日月が入っていた。要は伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいの魔法陣を融合させた形になっているのだ。その上にリンクルストーンが円形に配置されて遊園地の観覧車のようにゆっくり回っていた。
外から六芒星魔法陣の大外の円に灰色で塗りつぶされた7つのリンクルストーンが並び、六芒星の中心になる六角形の周囲にピンクトルマリンを初めとする伝説の魔法つかいの7つの支えのリンクルストーン、そして五芒星魔法陣の円の上に六つの守護のリンクルストーンが配置されている。そのうちダイヤの正面とルビーの正面に位置する守護のリンクルストーンが灰色になっていた。
「間違いないわ、灰色になってるのは小百合たちが持っているリンクルストーンよ」
それからリコはふと目にした魔法陣の中心から目が離せなくなった。魔法陣の中心になっている三日月の周囲を二つのリンクルストーンが異常な存在感をもって回っている。一つはよく知っているエメラルドで、その正面にやはり灰色で塗りつぶされたリンクルストーンがある。
「ちょっ、ちょっとまって!? エメラルドの隣にもなにあるわ!」
それからリコとみらいはエメラルドと一緒に回っているリンクルストーンを声も出さずに凝視した。その二人に校長先生が言った。
「わしもこれを見た時は驚いた。エメラルドと対になるリンクルストーンがあるとはのう」
「……あんなものすごい魔力をもったリンクルストーンがもう一つあるっていうの?」
にわかに信じがたい事実の前にリコは呆気に取られてしまった。みらいも言葉が出ない。一人冷静な校長先生が話し始めた。
「金の書の解読から二つの真実が垣間見えた。一つはこの二十二のリンクルストーンが魔法界の全てを現わしているということじゃ」
「もう一つは?」
みらいが問うと、校長先生はここからが重要だと言うように二人を見つめる。
「外側に宵の魔法つかいの支えのリンクルストーンがあり、その内側に君たち伝説の魔法つかいが持つ支えのリンクルストーンがある。宵の魔法つかいは無限の闇を示し、伝説の魔法つかいは無限の光を示す。さすればこの魔法陣が表すものは無限の闇に内包される無限の光、そしてさらにその中枢にはエメラルドとその対となるリンクルストーンによって示される無限の生命」
校長先生はここで一呼吸置くと、みらいとリコを真剣な目で見つめながらいった。
「これすなわち宇宙なり」
静かだった。みらいとリコの胸に校長先生の言葉が深く吸い込まれていく。校長先生は二人から目を放し、大きな魔法陣を見上げた。
「君たちは対極などではない。宇宙には光と闇が共存している。つまり伝説の魔法つかいと宵の魔法つかいは表裏一体の存在なのだ」
「やっぱり、わたしたちは戦っちゃいけなかったんだ……」
みらいはうつむき加減になると、ほんのり涙が乗ったラベンダー色の瞳を輝かせた。それから顔を上げると強い瞳でリコを見つめた。
「わたしこのことを小百合に伝えて説得するよ」
それを聞いたリコは一瞬みらいから視線を外して思考する。
「小百合はリアリストだから歴史的な事実なんて伝えたところで心は動かないと思うわ」
「わたしもう小百合やラナとは戦えない。だから必ず説得するって決めたの。リコも力を貸して!」
「……わたしじゃ小百合を説得することはできないわ。説得するどころか衝突してしまうと思うし。小百合の心を動かせるとしたらまったく違うタイプの人間、つまりみらい、あなたじゃないとダメなのよ」
リコに言われてみらいは明るい笑顔を浮かべる。でもすぐに迷いのある表情になってしまう。
「どうすれば小百合を説得できるかな……」
「難しいことは考えなくてもいいと思うわ。みらいが小百合のことを思っているのなら、その気持ちを思い切りぶつけたらいいのよ。小百合にはそういうのが一番効くと思うの」
「そっか! よおし、絶対に小百合を説得してみせる!」
「みらいがそう決めたのなら、わたしは全力でサポートする」
「ありがとう、リコ!」
「みらいならきっとできるモフ」
モフルンがみらいを見上げてそう言ってくれた。それでますます勇気をもらって、みらいは何があっても小百合を説得しようと固く心に決めた。
校長先生は無言でやる気を出すみらいをみていた。その表情には少しばかり陰があった。授業の始まりが近づいてリコたちが校長室から出ていくと、水晶に魔女の影が浮んでくる。
「黒の書に記された真実は伝えなくてもよろしかったのですか?」
「ううむ、あれは扱いを間違えると魔法界が転覆しかねんからな。それにわしが伝えずとも、いずれは知ることになるだろう。その時リコ君とみらい君は、それにも増して小百合君とラナ君はどのような心境になるだろうか。それを考えると……」
校長先生は水晶の魔女を見つめていた目を閉じて深くため息をついた。