ナザリックのお姫様   作:この世すべてのアレ

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忍び寄る魔の手

 

 

 クローネの挨拶を受けたランポッサが遠路はるばるやってきたことを歓迎すると、彼女がここに居る理由へと話が移った。

 それを説明するためガゼフは襲撃された村々の被害状況、そして今回の事は帝国兵に成りすました法国の工作員によるもので、全て自分をおびき出す罠だった事を報告する。

 

「法国の特殊部隊との戦闘で窮地に陥り、そこをこの御仁、クローネ殿のご助力で討伐する事が出来ました。

 彼女の力が無ければ私は此処に居なかったでしょう」

 

「そうか……」

 

 ランポッサが発した一声はただの相槌だったが、安堵と後悔が滲む複雑なものだった。

 

「我が忠実なる戦士長に加勢し、民を守ってくれた事に心から感謝する。クローネ殿」

 

「勿体なきお言葉です、私の力が少しでも役に立ったのであればそれに勝る喜びはございません」

 

 格式張った返答とは裏腹にやわらかな笑顔で返したクローネを見てランポッサも小さく笑みを浮かべる。

 非の打ち所ない流れるような所作と言葉遣いに、粗相をしようものなら何処の田舎者かと笑うつもりだった幾人かの貴族が舌を巻いた。見目麗しいだけの小娘では無く十分な教育を受けた事が伺える。

 しかしそこに太い声が割って入った。

 

「それにしても、王国が誇る戦士長ともあろう者が旅人の力を借りる事態になるとは」

 

 顔に残る傷跡と声のハリがかつての勇猛さと威圧感を醸し出す男、貴族派閥のトップであるボウロロープ侯が跪く2人を横目で見下ろした。

 

「何を言う、元を辿れば王国の至宝を持ち出さぬよう言ったのはあなた方ではないか」

 

「それは戦士長殿のお力を信じての事、まさか魔法などを使う軟弱な輩に苦戦するとは予想を超えておりましたな」

 

 王派閥からの指摘にも他の貴族がふてぶてしく反論し、王座の間にピリピリとした緊張感が漂う。話題の中心であるガゼフは口を一文字に結んで表情を表に出さないように務めた。

 任務の失敗は回避できたが、王を貶める材料としては十分な結果になったため、確実にそこを突いてくるだろうと予想するのは難しくない。ガゼフを通して助力したクローネを攻撃してくることも。

 

(やはりこうなるか、分かってはいたが)

 

 こうもあからさまな態度を向けられて萎縮していないか心配になったガゼフが隣を伺うが、クローネは先程と全く変わらずに平然としている。

 

「そうでしょうか、私はそうは思いませんが」

 

「ん? ああ、貴殿は元オリハルコン級冒険者を雇っているのだったな」

 

 貴族派閥側に立つ六大貴族の一員、レエブン侯が頷いた。

 

「ええ、魔法も使いようによっては侮れぬもの。個人的には、戦士長殿を追い詰めた術者達がどの程度の使い手だったのか興味がありますね」

 

 レエブン侯の蛇のような鋭い目を追って、様々な意図を含む視線が2人に集中する。

 軽視こそしていないもののガゼフの魔法への知識は貴族達とさほど変わらない。この場にいる唯一の専門家に説明を求められていることは明白だった。

 

「敵方は第3位階の召喚術を操る魔法詠唱者、それも単なる物理攻撃では倒しきれないモンスターを揃えて来ていました。

 王国戦士団よりも少数でしたが、それでも匹敵する練度を有している部隊と言って良いと思います」

 

「はっ、たかだか魔法一つで大袈裟な、力で押し切って仕舞えば良いでは無いか」

 

「お言葉ですが、鉄を包丁で切るようなものです。いくら力があった所で刃が通らなければ意味がないのではないでしょうか」

 

 吹けば飛ぶような幼い外見からは想像もできない、控えめでありながら鋭い切り返しは、野次を飛ばした貴族を言葉に詰まらせた。

 

「それに相手方の切り札は第7位階魔法で召喚された天使、拝見した戦士長様の装備では届くどころか折られていたことでしょう」

 

「第7位階……」

 

 険しい表情で呟いたレエブン侯に、様子を見ていたボウロロープ侯は片眉を上げた。

 

「これは同じ魔法詠唱者としての所感ですが……物理攻撃への対策といい、切り札といい、相手は戦士長様を確実に殺す算段を整えて来ているように見えました」

 

 クローネの推察は派閥に関わらず貴族達をざわつかせた。

 一見すれば、王の信頼を得ているガゼフが死亡することで貴族派閥の有利に働くとも見えるが、それは違う。

 今回の一件は帝国の侵攻により徐々に国力を削ぎ落とされている中でも、己の勝利を疑わぬ愚鈍さを持っているからこその慢心と、権力争いが招いた事。

 貴族派閥からすれば王位継承権第1位のバルブロ王子を王に据えてしまえば、王に仕える身であるガゼフは手中に収めたも同然。置いておくだけで帝国への圧力になる駒をわざわざ殺す必要は無い。

 ただ、祖国を裏切り小金を稼ぐような真似をする輩がいなければの話だが。

 

「戦士長」

 

「はい、私もクローネ殿と同意見です。法国があれ程の戦力を有しているとは予想外でした」

 

 ガゼフの言を“己の力不足の責任転換”として取った貴族派閥のリットン伯が口を挟もうとしたが、ボウロロープ侯に視線で遮られた。

 

「よろしい。では旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)クローネ殿の今回の功績を認め、王国に滞在する間は客将として迎え入れる」

 

「なッ」

 

 六大貴族を除く貴族達は王の決定に絶句した。それを意に返さず、ランポッサは秘書官に持たせていたものをクローネに渡すよう言う。

 

「それとは別に、僅かだが此度の働きへの褒賞を用意したので受け取ってくれ」

 

「お心遣いに心からの感謝を申し上げます、陛下」

 

「お待ちください! 素性が明らかでないものを王城に迎えるのですか!」

 

 金貨の入った木箱を受け取ったクローネが深々と頭を下げると、悲鳴のような声を上げて貴族が反発する。

 問いかけられたランポッサは顔色を変えずに言い放った。

 

「此度の襲撃には法国によるなんらかの思惑があったことは明白である。その尻拭いを異国の旅人にさせておいて、何もしないというのは王国の品位に関わるであろう」

 

「ですが、」

 

「恐れながら陛下、その事なのですが」

 

 食い下がる貴族を遮り、ガゼフがクローネを我が家に招きたいと切り出した。

 

「クローネ殿は遠い親族を頼って旅をしてきた身。

 せっかく会えた所で離れて生活するのは心細いでしょう、僭越ながら両名を我が家で持て成そうと考えております」

 

「ふむ……それもそうだな。ならばそのように、我の代わりに頼んだぞ」

 

「承知しました」

 

「もちろん言った通り客将として王城に出入りする身分は与える。お主達の懸念は分かっているつもりだが、正式に召し上げると決まったわけではなく、なんの権限も与えるつもりはない。他の者も留意せよ」

 

「……畏まりました、陛下」

 

 何時になく強気な王に貴族は頭を下げるしか無かった。

 ランポッサが貴族からガゼフとクローネへ視線を移す。

 

「戦士長、今日はもう下がってよい。クローネ殿をよく持て成すように」

 

「はっ、失礼します」

 

 

 権力者たちの争いが渦巻く王座の間から退出した2人は黙って歩みを進め、誰もいない廊下に出たところで揃って息を吐いた。

 

「なんとか打ち合わせ通りにいったね」

 

「ああ、上手くいって良かった。こちらの都合に付き合わせてすまない。

 しかし驚いたぞ、あそこまで弁が立つとはな」

 

「えへへ」

 

 照れたように可愛らしくはにかむクローネの変わりようにガゼフは感心する。

 

 そう、全てはガゼフを初めとした王と王派閥の作戦だった。

 というのも、今回の一件は貴族派閥からすれば敵に対する見込みの甘さ、王派閥からすれば王国戦士団の力量不足と、どちらも突かれれば痛い腹がある。後者は足を引っ張られた結果であり理不尽とも言えるが、派閥が完全に二分することを避けたい王にとっては言及することが出来ない。

 

 そこで無理解であるが故に王も貴族も口を挟めない“魔法”の観点で、完全なる第三者であるクローネが証言をし、どちらの急所も浮き彫りにして着地させたのだ。

 現に途中から気付いたボウロロープ侯は何食わぬ顔で聞き流していたことから、誘導は上手くいったと見て良い。

 

 そして今回協力することでクローネは王という後ろ盾を得ることになった。正式に召し上げられてはいないので、ガゼフよりも政治的に微妙かつ弱い立場ではあるが、身の安全を保証する分には機能するだろう。

 

「だが念の為、レエブン侯の顔と名前は覚えておいてくれ、今回はこちら側についてくれたが……何か良からぬ手を打ってくるかもしれない」

 

「え? う、うん?」

 

 不思議そうに首を傾げたクローネを安心させるように白い頭を軽く撫でる。

 

「ああ、そうだ、夕飯に副長を呼んでもいいか? ゲルダには言っておいたんだが王に話を通してくれた礼をしたい」

 

「だったら急いで誘いに行かなきゃ、おばあちゃんが美味しいシチュー作って待ってるって言ってたよ」

 

「それは一大事だな、早く帰ろう」

 

 王座の間にいた時のようにキリッと表情を切り替えたのがおかしくてクローネがくすくすと笑い、おどけたガゼフも破顔する。

 ちなみにクローネの親族とはゲルダの事。ちょうどガゼフが雇っていた老夫婦が故郷へ帰ったこともあり、クローネの希望を叶えるのに丁度良かったので、ゲルダが家事を請け負うと申し出てくれたのだ。

 元々平民出身で身の回りの事はこなせるガゼフは力仕事に抵抗がないため、特に問題がなかったことも幸いだった。

 

 と、そこで廊下の向かい側からガゼフを呼ぶ声がかかる。

 

「戦士長様!」

 

 歩み寄ってきたのは黄金の呼び名にふさわしい美貌を持つラナー王女。隣には護衛のクライムと、珍しくもザナック王子が並んでいた。

 

「これはラナー様、お散歩中でしょうか」

 

「はい、それに旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)様の事をお聞きして、お会いしたかったので散歩のついでに立ち寄ってみたんです」

 

「そうでしたか」

 

 キラキラと輝く瞳を嬉しそうに緩めてラナーは戸惑うクローネの手をとる。

 金髪に碧眼、白髪に赤眼。手を取り合うラナーとクローネの色彩は正反対で、どこか神秘的なコントラストでその場を彩っていた。

 

「ご活躍は聞いています、私にも是非お話を聞かせて下さい。

 友達のラキュースは冒険者で魔法も使えるので、クローネ様が宜しければ今度お茶会をしませんか?」

 

「……え、あ、はい! わたしで良ければ喜んで、ラナー様」

 

 ガゼフの顔色を伺い、問題が無さそうだと分かったクローネが嬉しそうに手を握り返す。

 異形種といえどクローネも女の子、同年代であり同じお姫様の友達が出来るかもしれないまたと無い機会に小さな胸を踊らせた。

 返事を聞いたラナーもニッコリと微笑む。

 

「それでは、落ち着いたら都合の良い日を教えて下さいね」

 

 そのまま帰路に就いたガゼフとクローネをラナーは手を振って見送った。

 

「……ところでお兄様、お話をされないで良かったんですか? ──お兄様?」

 

 隣にいながら一言も喋らなかった兄に話しかけたが、ザナックは2人が去った廊下の曲がり角を頑なに見つめ続けている。よく見れば頬は赤らみ、上目がちな目はらんらんと輝いていた。

 

「…………………可憐だ……」

 

「まあ」

 

 ぽろりと零れた一言。

 ラナーはこの日初めて、人が恋に落ちる瞬間を目にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ニグン・グリッド・ルーイン率いる陽光聖典が倒された、ですか」

 

 スレイン法国、某所。

 神官長に呼び出しを受けた漆黒聖典の隊長は、最高神官長の前で跪いていた。

 

「それも土の巫女によれば、ガゼフ・ストロノーフが威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を打ち倒したと」

 

「ああ、だがガゼフとニグンの交戦中に()()()()()()()()()が割り込み、ガゼフに力を貸した事は分かっている。

 ──これが由々しき事態であることは分かっているな?」

 

「我々が認知していない神人、あるいは他の“ぷれいやー”の子孫の可能性がある、ということでしょうか」

 

「そうだ、よってお前に重要な任務を与える。

 ──その何者かを一時的に洗脳し、我がスレイン法国へ連行せよ。真偽はどうあれ、それ程の力を持っているならば破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の目覚めへの備えにもなる。

 男であれば報酬を提示してそのまま戦力に、女であればお前の嫁にして子を産ませるのも良かろう」

 

「……お戯れを。此度の任務、拝命致しました」

 

「頼んだぞ、全ては六大神の、人類のための行いである」

 

 そう言って神官長は隊長を王国へと差し向ける。

 その途中で一行は思わぬ強敵と遭遇する事になるが、果たしてどう転ぶのか。

 クローネの預かり知らぬ所で着実に、有無を言わせぬ狂信者達の魔の手が伸ばされようとしていた。

 

 

 




 
『王国戦士団副長』
 登場しなかったけど今回の功労者。
 夕飯に招かれてお土産も貰った。シチュー美味しかったです。

『クローネ』
 冒険者風の服装にお着替え。
 おばあちゃんのシチュー美味しかったね。

『ガゼフ』
 ロリだから気になってる訳じゃないのでロリコンではない。
 晩酌に出された自家製チーズが美味くて酒が進んだ。シチューも美味かった。

『ゲルダ』
 メシウマ聖女大明神。
 よく噛んで食べるのよ〜

『ランポッサ3世&レエブン侯』
 めっちゃ頑張ったで賞。

物凄い不備を見つけて予定より遅れてしまいました。申し訳ない。
時々感想を消してしまわれる方がいらっしゃるんですが、気が向いたらまた感想を聞かせて頂けると嬉しいです。

前話までの誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。


次回「クレマンティーヌ、死す」
 
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