ナザリックのお姫様   作:この世すべてのアレ

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 前回の謁見パートを勘違いしている方がいらっしゃったのでヒントを少々。
①ニグン戦で起きた相違点
②謁見に参加しなかったラナーは誰から活躍を聞いた?
③ランポッサとレエブン侯の関係
④現在、王国が動かせる公的な戦力
⑤クローネは子供であり旅人である
 現時点で客将になった背景をこれ以上説明すると、今後に差支えるので致しません。何卒ご容赦下さい。
 また、ご指摘されてる箇所はどうするか考え中です。
 
 


クレマンティーヌ、死す Ⅰ

 

 

 鮮やかなトマトのスープに人参やキャベツなどの具材が浮かんでは沈み、表面には香味野菜の香りが移る、黄金色のオイルが食欲を誘うように光っている。

 ゲルダはスープを小皿にすくって、少し冷ましてから味見をする。その隣ではクローネが固唾を飲んで見守っていた。

 

「──まあ! とっても美味しいわ」

 

「ほ、本当?」

 

「本当よ、クローネちゃんは料理も出来るのねぇ」

 

「えへへ……うん、コックの職業も取ってるから」

 

 ゲルダに満点を貰って安心したクローネは胸をなで下ろしてはにかんだ。

 

 職業「コック」はバフ効果を持つ料理を作れる職業だ。

 スキルによる生成は回数制限こそ設けられているがMPを消費しないので、アタッカーやタンクを強化する事前準備に適した職業の一つ。

 特に魔法と共存するバフが盛れて、種族を問わないのも強みだろう。

 更にクローネはとあるメンバーの仕込みでギルドのメンバーの名を冠す“41の料理”を覚えさせられているとかいないとか。

 

「ガゼフさん、喜んでくれるかな」

 

 自信をつけたクローネが期待を込めて呟き、それを聞いたゲルダはふふふと笑った。

 王国でも指折りの人格者として知られる戦士長が心を込めた手料理を喜ばないはずがない。目に見える結果をわざわざ茶化すような無粋はすまいとさりげなく口を抑える。

 そうやって2人が話してると、階段を降りる足音が聞こえてきた。

 

「おはよう、クローネ、ゲルダ」

 

「おはよう、ガゼフさん」

 

「おはようございます。洗面用の水は用意しておきました、お洋服も置いてありますよ」

 

「ありがとう、助かる」

 

 素朴な私服姿で降りてきたガゼフはそのまま洗面所に向かい、ゲルダとクローネは朝食作りを再開する。

 ガゼフが身支度を整え正装に着替え終わる頃には、リビングのテーブルに朝食が並べられていた。

 

 3人が揃って席に着き、食事を始める。

 使用人ならば席を外さなければならないが、家事を任せていても2人は客人として迎えてるので「どうか我が家のようにくつろいで欲しい」とガゼフから先に断っておいたのだ。

 

 それにしても、と並べられた料理を見てガゼフは思う。ゲルダがここまで料理が出来るとは予想外だった。王国で美味い飯を出す店を上回る味に思わぬ幸せを感じる。

 

(昨日のシチューとチーズも美味かったが、今日のも一段と美味そうだ)

 

 スプーンを手に取り、まずは良い香りがするスープを口に運んだ。

 

「美味い……」

 

 野菜から出た甘みだろうか、トマトの酸味を抑えて旨味に変えている。ほんの少しピリリと舌を刺激する香辛料が良いアクセントになっている。控えめに言って絶品だった。

 あっという間に平らげたガゼフに、正面に座っていたクローネはパァァっと表情を明るくしてゲルダを見る。

 ゲルダは微笑み返して、2人の様子にハテナを浮かべるガゼフへ説明した。

 

「うふふ、そのスープはイチからクローネちゃんが作ったんですよ」

 

「なに、そうなのか?」

 

「おばあちゃんのお手伝いがしたくて。本当に、本当に美味しい?」

 

 奇跡のような魔法を使う魔法詠唱者でありながら、王の御前にあって貴族相手に1歩も引かず、更にはこんなに美味い料理まで作るのか。

 もじもじと照れたように頬を染める姿は年相応だが、その多才ぶりにガゼフは驚かされてばかりだ。

 

「ああ、とても美味しかった、もう一杯貰えるか」

 

「うん! ──あれ、その指輪」

 

 スープ皿を受け取ったクローネは、ガゼフが左手の薬指に指輪をはめている事に気が付いた。

 

「ガゼフさん、結婚してたの?」

 

「!? い、いや、そういう相手はいないが、どうしたんだ急に」

 

「えっとね──」

 

 ユグドラシルのNPCは、運営されていた22世紀の常識が多少反映されている。

 世界観を壊すような現代の特有の知識はプレイヤーに聞くか、アーカイブを見ることでしか知る術を持たないが、結婚の文化は常識として組み込まれているらしい。

 

「わたしの住んでいた所では、結婚したら左手の薬指にお揃いの指輪を着けるんだよ。

 王国にはそういう風習ってないの?」

 

「そんな話は初めて聞いたな」

 

「でも素敵ね、私も夫が生きていたらお揃いの物を身に付けて一緒に歩きたかったわ」

 

「薬指に指輪を着けるのは愛の絆って意味があるんだって」

 

「まあ、ロマンチックねぇ」

 

 話を聞いたガゼフは何かを考えるように指輪を見つめ、しばらくしてから視線を外した。

 おかわりを持ってきたクローネからスープを貰って今日の予定を口にする。

 

「俺はこれから仕事だが、クローネはエ・ランテルに行くんだったな。

 王の印が入った身分証があれば何かあっても対処出来るはずだ、忘れずに持っていくんだぞ」

 

「うん、気をつける」

 

 クローネは客将としての身分を与えられ、ガゼフの家でお世話になっているが、全てナザリックへの帰り道を探すためだ。

 転移したゲルダの村からほど近く様々な情報が行き交うエ・ランテルに赴くことは昨日から決めていた。

 ゲルダからある程度の常識は教わったので、まずは冒険者組合長のプルトン・アインザックを訪ねるつもりでいる。

 普通に行けばエ・ランテルまでは数日かかってしまうが、王都へ向かう最中に一度寄ったので、こんなこともあろうかと記憶しておいたのだ。

 〈転移(テレポーテーション)〉を使えば日帰りで帰って来れる。

 

(何か手がかりが見つかるといいな)

 

 その情報収集の帰り道で思わぬ“拾い物”をする事になるのだが、今のクローネには知る由もなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 エ・ランテルのとある裏路地で女が1人、死にかけていた。

 

 濃い色の金髪は血に染まり、革鎧に付けていた色の違うプレートがそこら中に散らばっている。

 白い腹に空いた穴からドクドクと赤黒い血が止めどなく流れ、充血した殴打痕が痛々しく残っていた。

 

(クソッタレが……)

 

 女の名前はクレマンティーヌ。かつてスレイン法国の漆黒聖典に所属してた戦士であり、秘密結社ズーラーノーンの幹部。

 法国の秘宝である『叡者の額冠』を餌に、送り込まれる追っ手を逃れるつもりだったが、思わぬ人物と再会してしまった。

 

(クソ、クソ、クソッ! なんでコイツがここに居るんだよ、神器を守るのが任務だろうが!)

 

 クレマンティーヌを襲ったのは法国屈指の暗殺者、漆黒聖典第十二席次「天上天下」。

 その隠密能力の高さは、神人を抜けば人類最高峰の戦士の探知を潜り抜け、完全に不意をつく形で腹を貫いた。

 深手を負いながら抵抗するクレマンティーヌを死なない程度にいたぶり、何やら情報を吐かせようとしている。

 

(“ガゼフ・ストロノーフに加勢した魔法詠唱者”なんて知るわけねぇだろ……!)

 

 闇に潜み暗躍していたクレマンティーヌがカルネ村で起こった出来事に興味があるはずもなく、王城に客将として招かれた魔法詠唱者がいることを知る人間をエ・ランテルで探す方が難しいだろう。

 

 十二席次も有力な情報を得られるとは思っていなかった。これはただ、風花聖典が探していた裏切り者をたまたま見つけたので、任務の()()()()半殺しにして聞いてみただけだ。特に意味はない。

 逃げられるのも面倒なので、一度気絶させてから引き渡す。奇っ怪なマスクの下でそう決めた十二席次は、クレマンティーヌの首に指をかけようとした。

 

 ぷっ、と手甲に血が吐かれる。

 見れば死にかけの裏切り者は、未だ反抗的な目でこちらを見ていた。

 その恩恵を受けていた立場でありながら、あろうことか神が残した遺物にこの女は唾を吐いたのだ!

 

 鈍い音が裏路地に響く。何度も何度もその音が続き、辺りに血が飛び散った。

 馬乗りになった十二席次の拳がクレマンティーヌの整った顔を歪めていく。

 

(お前は暗殺者のクセに沸点が低いのが弱点だったよなぁ、風花聖典の性悪根暗共に拷問されて命乞いするくらいなら……こっちの方がマシだ)

 

 天上天下に繋がる言葉は唯我独尊。

 この世界の人間には知りえない繋がりではあるが、皮肉にも悪い意味でその言葉を表している十二席次はプライドも自己評価も高い男だった。

 自分と自分が信仰する神を侮辱されると、今のように烈火のごとく怒り狂う。

 

 クレマンティーヌはその性格を利用した。

 『叡者の額冠』は既にズーラーノーンの手にあり、使わせる人間の目星もつけている。手がかりをみすみす殺せば叱責は免れないだろう。

 どうにもならないならせめて、うっかり殺してしまったマヌケの烙印が押される手伝いをすることで、溜飲を下げることにした。

 

(あーあ……こんなことなら、あの情報屋で……もっと遊んで……おけば……良かった……なぁ……)

 

 意識は遠くなり、思考が途切れていく。

 殴られすぎて痛みなどとっくに通り越した。

 怒りが治まらない十二席次の、腹を貫いた手刀が心臓目掛けて振り下ろされる。

 

(……死にたく、ない)

 

 元漆黒聖典第九席次「疾風走破」と呼ばれたクレマンティーヌは心臓を突かれ──絶命した。

 

 

 興奮状態から我に返った十二席次は自分が犯した失態に気が付いた。いまの法国には蘇生魔法を使える者がいない。その動揺が周囲への警戒を薄れさせる。

 

 そこに飛び込んできたのは死角からの一撃。くぐもった音を鳴らしたその強打は、攻撃されたことすら認識させずに意識を一瞬で刈り取った。

 どしゃり、と横に倒れた崩れ落ちた十二席次の後ろで、風景が陽炎のように揺らめく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………や、やった?」

 

 十二席次を襲ったのは木の棒を構えたクローネだった。

 忘れがちだがクレリックは前衛魔法職、その物理攻撃力はモモンガより上である。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「それで連れて帰ってきたと」

 

「…………はい」

 

 ガゼフ家の一室で緊張した様子のクローネと、腕を組んで険しい表情を浮かべるガゼフが向かい合う。

 視線の先には、寝台代わりの長椅子に置かれた女の遺体、心臓を貫かれたクレマンティーヌが血を拭われた状態で横たわっていた。

 

 クローネがクレマンティーヌを拾ってきた経緯を説明するには、少し時間を遡る必要がある。

 

 




 
 
次回「クレマンティーヌ、死す Ⅱ」
 
 

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