ナザリックのお姫様   作:この世すべてのアレ

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投稿するまでが6月3日だってばあちゃんが言ってました(小声)
 
 


クレマンティーヌ、死す Ⅱ

 

 

 朝食を食べてガゼフを見送った後、クローネは直ぐにエ・ランテルへ向かった。

 冒険者組合へ行ったは良いものの、運悪く組合長は不在。

 代理の人間に話を聞いてもめぼしい情報はなく、徒労に終わってしまった。

 

 ゲルダから周辺の地理を聞いても見知らぬ名前ばかり。

 冒険者ならあるいはと思っていたが、(ナザリック)があるヘルヘイムすら聞いたことがないと言われ、流れ者は口が堅いので同じように飛ばされてきた者がいるか、調べる事も出来なかった。

 「異形種がウジャウジャいる墳墓を探してます」なんて馬鹿正直に言ってしまえば人間の興味を引いてしまう。強そうには見えないが、相手はモンスター退治を請け負う冒険者。

 そんな人間を家に招待するわけにはいかない。

 

 あまりにも打ちのめされた顔をしていたのか、帰り際に力になれなかったことを謝られ、説明に使った地図と飴を貰ってしまった。

 用事は済んだので、自分が飛ばされた此処が何処なのかを考えながら宛もなく歩いていると、大通りから外れた裏路地に迷い込んだ。

 

 引き返そうと踵を返したら、そこに金髪の女戦士とアサシン風の男がなだれ込んで来たのだ。

 

 慌てて〈不可視化(インヴィジビリティ)〉で身を隠したので気付かれることは無かったが、驚くことにアサシン風の男は“最近襲撃された村でガゼフ・ストロノーフに加勢した魔法詠唱者を探している”と言っていた。

 

 クローネを探しているなら見た目の特徴を上げればいいが、それをしない。ということはカルネ村で起きた戦いを何らかの魔法を使って見ていたのだろう。

 こちらでは神話の領域らしい威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)をなぎ倒した瞬間もバッチリ見られていたとしたら……

 男の口ぶりから察するに、背後にいるのは法国で間違いない。

 村を襲い、ガゼフを殺そうとした法国が、その妨害をしたクローネを探している。けして穏やかな理由では無いと察するには十分だった。

 

 なので男が油断した隙に距離を詰めて気絶させ「殺した女戦士の死体は自分で処理した」と記憶を操作する。

 そしてどうやら敵対してるらしい女戦士ごと〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉でガゼフ家に戻ってきた。

 蘇生して恩を売り、協力させるために。

 

 

 経緯を聞いたガゼフは険しい顔のままクローネに問いかける。

 

「話は分かった。敵の敵は味方と言うが──本当に蘇生するつもりか?」

 

「うん、このままだとわたしに辿り着くのは時間の問題だと思う。打てる手は打っておきたい」

 

「冒険者のプレートで自分を飾りつけるような人間に、話が通じるとはとても思えないが」

 

 ガゼフの視線の先には銅や鉄のプレートで出来た小山がある。

 女戦士を運ぶ前に痕跡は魔法で消し、証拠になるものは遺体と一緒に持って帰った。彼女の鎧から弾き飛ばされた誰の物とも知れぬ冒険者のプレートも全て。

 

「クローネちゃん、」

 

 後ろでハラハラと見守っていたゲルダが堪らず声をかける。

 クローネは振り向き、申し訳なさそうに眉を八の字にした。

 

「この魔法は使わないって約束したけど、放っておいたら大変な事になるかもしれない。

 おばあちゃんを危ない目にあわせたくないし……だから、ごめんね」

 

 ゲルダとの約束を破ってまで女戦士を蘇生することにしたのは、法国の情報を得るためだ。

 見るからに裏の人間だった男に、裏切り者と呼ばれる女戦士ならば内情を知っているはずだ。法国の実態を知れば、自ずとクローネが探される理由にも見当がつく。

 

 それに自分を探している事も気になるが、カルネ村で戦った特殊部隊の指揮官はガゼフを殺そうとする理由を最後まで語らなかった。

 今まで明るみに出ることのなかった圧倒的な軍事力を用いてまで、ガゼフを確実に殺す算段を整えた意味。

 目的は戦争なのか、他の政治的な理由による物なのか。確かなのは王国に害意を抱いているということだけだ。

 どっちにしろクローネは政治に介入出来ないが、もし法国と戦争する事になれば、得た情報は対抗策を考える材料になる。それは戦場の最前線に立つガゼフの助けになるだろう。

 

 もちろんリスクもある。女戦士の存在が前準備無しに貴族派閥に知られてしまえば、法国と繋がっていると言いがかりを付けられてもおかしくない。

 だが法国に対してこのまま何も備えないというのはそれ以上のリスクになる、そう考えた上でクローネは女戦士を拾ってきた。

 探っていることを相手に気付かれないよう情報を探るには、うってつけの相手だったからだ。

 

「そこまで頭の固いおばあちゃんじゃないわ。……必要なことなのよね」

 

 ゲルダの言葉に頷き、ガゼフに向き直った。

 

「まずは説得、それでもし協力しなかったら────その時はわたしが責任をとって殺すよ」

 

 後ろでゲルダが息を飲む音が聞こえる。クローネの静かに射抜くような赤い目が、ガゼフの柴色(ふしいろ)の目と交差した。

 しばらく睨み合いが続き──折れたのはガゼフだった。

 

「そこまで言うなら任せる。法国の動きが気になるのも確かだからな。

 だが君にだけそんなことをさせるつもりは無い、今度は俺も背負おう」

 

 ガゼフは険しい顔をやめてただ真剣な表情で言った。

 カルネ村での出来事を思い出し、緊張が解けたクローネは心強い味方に少しだけ笑みを浮かべる。

 

 相手を警戒させないために、ゲルダとガゼフを部屋から出し、一呼吸置いてから魔法の詠唱を始めた。

 

(利害は一致するはず、あとはこの人とわたしの説得次第)

 

「〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 とても深い眠りから優しく揺り起こされるような、そんな感覚がクレマンティーヌを包み込んでいた。

 

 絵に書いたような優しい母の腕に抱かれ、目覚めへと導かれる。

 成人なんてとっくの昔に過ぎていて、弱者をいたぶることに快感を覚える自分には縁のないものだ。しかしとても心地いい。

 ずっとこのままでいたいと思うほどの安らぎだったが、導かれるまま目が覚めてしまい、泡沫(うたかた)へと消えてしまった。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「……………」

 

 横に目を動かすと、白い革鎧を着込んだ見知らぬ少女。

 そういえば自分は死んだのでは無かったか。あのクソ十二席次に殴られた最後の方はほとんど意識が飛んでいたが、胸を貫かれたのは覚えている。

 

「蘇生を施しました、何か違和感はありませんか?」

 

「今の、アンタがやったの」

 

「はい」

 

 死者を生き返らせるのはクレマンティーヌが知る限り高位の魔法だ。他の国と比べて魔法が普及している法国でも、過去に到達した魔法詠唱者は数少ない。

 ボロ雑巾になった面識のない自分に、理由はどうあれそんな魔法を目の前にいる少女は使ってくれたらしい。

 

「…………天使?」

 

「え!?」

 

 クレマンティーヌは六大神なんて信じちゃいない。居たとしても自分には関係の無いことだ。法国のために尽くしても兄にも化け物にも勝てないままだった。

 だがしかし突然降って湧いた奇跡に、最も近しい言葉がそれしか思い浮かばなかったのだ。

 

 一方クローネは、全く予想していなかった質問に異形種だと見抜かれたのかと心臓が口から飛び出そうになったが、全くの的外れだったので慌てて否定した。

 

「いえそんな! 異形種だなんて、普通の人間です。……あの、本当に大丈夫ですか?」

 

 どうにも格好と死ぬ直前の言動からは予想してなかった態度だ。様子がおかしいので一旦落ち着いてから話し始める事にした。

 

 

 

「へえ、それで助けてくれたわけ。いいよー、協力してあげても」

 

(あっさり言うなぁ……)

 

 さっきガゼフに協力しなかったら殺すとまで言っておいたのに、二つ返事で了承された。なんだか肩透かしである。

 

「話を持ちかけたのはわたしですけど、そんなに軽く請け負っていいんですか」

 

「まあ、利害が一致してて都合が良いのもあるけど、恩返し」

 

「お、恩返し」

 

 話していて分かったが、どうやら完全に見た目通りの性格という訳ではなさそうだ。本人から自己申告された、弱いもの虐めが好きなのは本当だったが。

 

「安心してよ、あのクソと法国を影からおちょくれるなら手を貸すし、クロちゃんのこと裏切ったりしないからさ」

 

 協力関係は結べたが、妙に好意的でクローネはなんだかとても不安になってきた。

 悪い意味でその予感はこの後当たってしまう。

 

 

 

「──そういう訳でガゼフさん、その……協力してくれることになったクレマンティーヌさんです」

 

「もう、クレマンティーヌで良いって」

 

 ゲルダは気を紛らわせるため家事をしに行き、1人で待っていたガゼフが部屋に呼ばれた。

 扉を開けてまず目に飛び込んで来たのは、気まずい表情を浮かべたクローネに絡みつく、冒険者狩りの女の姿。

 あの後に何があってこんなことになっているのか、それに気を取られたガゼフは話を聞き逃した。

 

「すまん、話が頭に入ってこなかった。後で聞こう。

 それよりもクレマンティーヌと言ったか、今すぐクローネを放してくれないか」

 

「はー? いいでしょ別に、何もしないしくっ付いてるだけじゃん、ウッザ」

 

(イラッ)

 

 普段温厚なガゼフには珍しく癇に障る相手だった。

 王国の冒険者を手にかけたかもしれない人間が、命の恩人であり自分を慕ってくれる子供に馴れ馴れしく触っているのを見ると、非常に苛立たしい気持ちになる。

 

「俺はまだ認めた訳じゃない。冒険者のプレートのこともある、お前がクローネを害さない保証がどこにあるんだ」

 

(イラッ)

 

 クレマンティーヌが相手にイラつくことは珍しいことではないが、恩人に手をかけると疑われて良い気はしない。

 何より聞けば相手も同じくクローネに助けられた人間だ。自分のことを棚に上げて何を言うのか。

 

「あ? それはそっちも同じことだろ、この子の弱味につけ込んで利用しようって腹なんじゃないの?」

 

「そんな事は考えていない、それはお前のことじゃないのか」

 

「…………」

「…………」

 

 睨み合うガゼフとクレマンティーヌ。体格差はあるが、迫力ではどちらも負けず劣らずだ。

 2人はお互いの目を見て直感した「絶対コイツとは気が合わない」と。

 

「あの……2人とも、喧嘩は程々に」

 

「無理」

「無理だ」

 

「そ、そっか、じゃあしょうがないね」

 

 にべもなく断られ即座に折れたクローネ。クレマンティーヌの腕の中で2人の後ろに雷が落ち、熊と虎の幻覚が見えた気がする。

 ナザリックで幾度も見た光景に心の中で父親に助けを求めた。

 

(うう……まるでたっちさまとウルベルトさまみたい、パパはこういう時どうしてたっけ)

 

 ガゼフ家に新たな居候としてクレマンティーヌが加わり、法国の追っ手を警戒しつつ生活することになった。

 

 ますます家への道のりが遠くなったと感じるクローネだったが、彼女の知らないところで着々とナザリックは動き始めている。

 

 再会する日はそう遠くないかもしれない。

 

 




 
 
『捨て戦士クレマンティーヌ』
 生き返らせないとは言ってない。
 死因が同レベル帯の相手なので情緒が安定している。
 なお本人は一番後悔するかもしれない選択肢を選んでしまった模様。

『ガゼフ』
 仲良くなれるはずが無かった。
 本人にその気は無いがひとつ屋根の下でハーレム状態である。

『拾い主クローネ』
 拾ったからちゃんとお世話するよ!
 実は腕相撲ならガゼフとクレマンティーヌに勝てる。
 覚えてるレシピが尽くメイド喫茶じみているが、主犯はあの2人。

『漆黒聖典第十二席次』
 冒涜者、殺すべし。
 オリキャラを出したくなかったので出張してもらった。
 この後、作戦中止の知らせを受けて本国へ帰還する。

『貴族派閥に入れ知恵した貴族』
 前回の謁見で自分のやらかした事に気付いて法国と連絡を絶っている。

『職業:コック』関連
 ほぼ独自設定。
 類似した職業は存在するのでそんなに強くない。

 クレマンティーヌは死んだけど元ネタの城之内は死なないという罠。
 ちゃんと見せ場も用意してるので、我らがクレマン大先生の活躍にご期待ください。
 諸事情ありまして、更新遅くなってしまいほんと申し訳ナス…

 前話までの誤字報告、読了報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。


次回「冒険者モモンと客将クローネ」
 
 

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