ナザリックのお姫様   作:この世すべてのアレ

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ゲヘナⅠ 誘拐

 

 

「ふーん、そういうこと。クロちゃんといいアイツといい、拾い物すんの好きだよねぇ」

 

「それ拾われた側が言う?」

 

 ラナーとのお茶会から更に1ヶ月後の初秋、夕方。

 市場でゲルダから頼まれたおつかいを済ませながら、今朝エ・ランテルから戻ってきたクレマンティーヌに、ブレイン・アングラウスという男について話していた。

 2日前にガゼフが仕事帰りに連れてきた時は酷く憔悴していたが、クレマンティーヌが帰ってきた頃には出かけられるほどにまで回復した。本人から話を聞いたガゼフによればまだ本調子ではないそうなのだが。

 

「あら怒った? 最近人こ、虐めてないから溜まってるのかなー、クロちゃんの頬っぺじゃ発散出来ないか流石に」

 

「らったら、ほっぺれあそばないれ」

 

 肉屋の前で品物を包んでもらっている間、むにむにびよーんと人の頬で遊び始める。協力関係を結んだ時にした“ 人を無闇に殺さない”約束をちゃんと守っているらしく、最近ガゼフと口喧嘩することが多い。口ではやめてと言いつつ気が済むまで好きにさせた。

 

「ところで家の方は大丈夫なの? いま婆さんしか居ないけど」

 

「うん、むしろあの家に居るほうが安全だよ」

 

 クローネは揉みしだかれた頬をさすり、微笑ましそうに見ていた店主から品物を受け取って歩き始める。

 

「あの家には〈守りの秘文(グリフ・オブ・ウォーディング)〉をかけてるから、教えた合言葉を言わないと魔法が発動して動けなくなるんだ。それに”お守り”も渡してあるし」

 

「お守りって、これ?」

 

 クレマンティーヌはエ・ランテルへ出掛ける前に渡されたお守りを取り出した。

 このお守りは『加速のタリスマン』。名前の通り〈加速(ヘイスト)〉が込められている。

 単独で情報収集をする彼女がピンチになった時に離脱できるよう渡したマジックアイテムだ。

 クローネがモモンガに外へ連れ回される際にごそっと渡されたアイテムのうちの一つである。

 

「それとは少し違うんだけど……あっ!」

 

「ん?」

 

「パン買うの忘れてた、戻らなきゃ」

 

 そのまま帰ろうとしたが、途中で買い忘れた物があったのを思い出した。引き返そうとするとクレマンティーヌに止められる。

 

「いつものパン屋でしょ、あたしが行ってくるよ。クロちゃんはここで荷物見てて」

 

「うん、分かった」

 

 持ってた荷物とメモを交換して早足で歩いていった後ろ姿を見送り、道端に避けた。

 最近来たブレインを抜かせば4人暮らしのガゼフ家は戦士2人、育ちざかり1人(本当はアンデッドなので成長しないが人化をしているとお腹が空く)と食料の消費がそれなりに激しい。買い物するのも一苦労である。

 

 ぼんやり人混みを眺めて待っていた時。突然ビーッ!ビーッ!とアラームが頭の中でけたたましく響いた。

 

 クローネは目を見開いて硬直する。家にかけていた探知魔法。防御魔法が破られた時のみ発動するそれに血の気が引いた。

 

 〈守りの秘文(グリフ・オブ・ウォーディング)〉は盗賊などの知覚スキルで探知でき、専門スキルを成功させないと解除できない複雑な魔法トラップ。ユグドラシルでは足止めになるかも怪しいが、侵入者に対して第3位階の魔法を発動するのでここでは十分強力だ。

 それが指すのは、いま家にそれを解除できるレベルの敵がいるということだった。

 

「クレっ、クレア!」

 

 クレマンティーヌはパン屋へ向かっている。この人混みをかき分けて合流するのは時間がかかり過ぎる。その間に、ゲルダにもしもの事があったら──

 

「おばあちゃん……!」

 

 最悪を想像したクローネは居ても経っても居られず、震えそうになる身体を押さえ込んで〈転移(テレポーテーション)〉でガゼフ家へ飛んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「おやおや、随分と早いお帰りで。クローネさんとお呼びしても?」

 

「……、貴方は」

 

「私はサキュロント、六腕の一人ですよ」

 

 飛んだ先に居たのは緑のフードを被り、口に傷がある軽装の男。盗賊に見えなくもない。

 その男の後ろで、数人の部下らしき人間の一人が、ゲルダにナイフを突きつけていた。

 クローネは丸い目を釣り上げて男を睨む。

 

「おばあちゃんを、離して下さい」

 

「それは出来ない相談ですね。ああ、魔法は使わないでくださいよ、眠らされようが麻痺しようが、詠唱の間にナイフを引くぐらいならできますからね」

 

 ゲルダのシワが寄る首にナイフが食い込んだのを見て、腰に下げた装飾剣から手を離した。

 

「目的はなんですか」

 

「もちろん貴女です。黙って攫われて頂けるのならこの老人に手は出しません」

 

「クローネちゃん! いいのよ、私の事は……!」 

 

「おっと、無駄話を許すつもりはない。迷うなら舌を切り落として見せましょうか」

 

「その必要はありません、行きます」

 

 即答したクローネにサキュロントは気味の悪い笑みを浮かべて手を叩く。魔法詠唱者でも所詮は子供。祖母を人質にとられ、健気な自己犠牲を見せた少女に皮肉と侮りを交えて称賛した。

 

「ただし、わたしのことは貴方が連れて行ってください」

 

「ご指名とあらば喜んで」

 

 淑女の誘いを受けた紳士のように、わざとらしいお辞儀をしてみせたのをクローネは冷ややかな目で見つめた。

 

 六腕──アダマンタイト級冒険者に匹敵する犯罪者集団の存在は、王都で暮らす事が決まった時にガゼフから教えてもらった。その名前を堂々と名乗ったのなら、それを聞いていたゲルダを生かして返す気などハナからないのだろう。

 

 サキュロントを指名したのは確実にこの場から引き離すためだ。

 先程の口ぶりから察するに、第4位階の使い手という情報を得て人質を取ることを選択している。クローネだけを警戒しているなら実力者らしきこの男さえ居なくなければ、ゲルダは相手が油断した隙に"お守り"を使って逃げられるはずだ。

 

 今のクローネは『人化の指輪』の効果でアンデッドの特殊能力を失っている。

 指輪を入れ替えて精神作用と即死だけはレジストできるようにしてあるが、そうでなくても上位無効スキルを持つクローネは攫われてもそう簡単には死なない。

 

 見る度に感じる怒りを、目を閉じることで鎮め、今できる一番穏やかな表情を浮かべる。

 どうか、ぎこちなくありませんようにと祈りを込めて。

 

「おばあちゃん、絶対に反撃しようとしちゃ駄目だよ、振り返らずにすぐ逃げてね」

 

「クローネちゃん……」

 

 ゲルダを心配させないよう、そう言って〈睡眠(スリープ)〉で眠らされた。

 脱力したクローネを肩に担いでサキュロントは玄関を開ける。

 

「このまま本部へ戻る、ババアは他所に連れて行って始末しろ。痕跡は残すなよ」

 

「分かりました、サキュロントさん」

 

 玄関が閉まり足音が遠ざかっていく。

 任された部下達は解放されて床に座り込んだ獲物をニヤついた笑みで見下ろした。

 どう殺してやろうかと考える(ケダモノ)の目だ。

 

 ゲルダは胸元に下げた"お守り"を怒りと恐怖で震えながら握りしめた。

 ここで死んでしまったらクローネは自分を責める。しかし連れて行かれるのをただ見ていることしか出来ないなんて。覚悟はしていたが無力な自分が情けなかった。

 

(絶対に、絶対にクレマンティーヌちゃんと戦士長様に伝えるから、どうか無事で居てちょうだい……)

 

 クローネが最後に言ったことを守ろうと、扉の方を見て──ゲルダは意識を失った。

 

「ん? 寝たぞこの婆さん」

 

「ははは! まだ何もしてねぇのに気ぃ失ったのガ────」

 

「は?」

 

 部下たちは目の前で同僚の首がズルリと落ちたのを見た。断面から吹き出した血が顔にかかり驚いて後ずさる。

 

「誰か、誰か他にいるのか!? おい、あガッ────」

 

「な、なんだ! おい、何がおきて、ひギッ────」

 

 次々と首が飛んでいく。倒れ込んだゲルダの頬にも血がかかり、ビチャビチャと床が真紅に染まる。

 残った一人が腰を抜かして尻餅をつき、怯えながら周囲を見渡した。

 すると、たまたま目に入った天井に()()()ゆらりと姿を現す。

 

 最後に見たのは、緑色の光と、刃のような虫の脚。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 クローネ誘拐から30分後、場所は変わりロ・レンテ城。

 ラナーに呼び出されたガゼフは用事を済ませて城壁に面した道を歩いていた。

 今日は八本指の拠点を襲撃するための話し合いがある日だ。レエブン侯も参加すると聞いて気は進まなかったが、王国に巣食う犯罪組織を壊滅させるまたとない機会。好き嫌いで決めて良いことではない。

 

 ふと、嫌な視線を感じ、足を止めると目の前にスティレットが突き刺さる。飛んできた方を確認したガゼフの視界に見覚えのあるマントがチラついた。スティレットを拾ってそちらに足を進める。

  

「お前、どうやって入った」

 

「そりゃ入れたから入ったに決まってるでしょ、兵士は誰も傷つけてないから安心しな」

 

 ガゼフがスティレットを投げて渡した相手はクレマンティーヌ。悪びれる様子もなく王城に忍び込んだ彼女に眉間を抑えてため息をついた。

 

「そんなことよりクロちゃんが攫われたよ、婆さんを人質に取られてね」

 

「なッ」

 

 妙に軽い調子で言われたクローネの誘拐。ガゼフはしばし絶句し、慌てて問い詰める。

 

「お前がついていながら何故……!」

 

「一緒に買物してんだけど、ちょっと目を離したら居なくなっててさ。帰ったら帰ったで婆さん倒れてるし血の匂いはするしでホント参っちゃう」

 

 幸いにもゲルダは無事であり、帰ってきたブレインに任せてきたこと、そして誘拐された状況と犯人が六腕の一人”幻魔のサキュロント”であることを教えられた。

 

「六腕、いや八本指がクローネを攫った? 一体なにが目的で、」

 

 スティレットを弄ぶクレマンティーヌに意味ありげな視線を投げかけられた。

 

「────法国か」

 

「多分ね。法国はやっていることがどうあれ悪の組織って自分たちのことは思ってないし、人を食い物にしている連中に依頼するなんてやり方には少し引っかかるけど。自国の客将に手ぇ出す馬鹿はいないでしょ。

 ……それで、どうする?」 

 

 問いかけられたガゼフは腕を組んで考える。

 

「まずは王都を封鎖して八本指の行動を制限する。王国の客将が攫われたなら八本指を襲撃する大義名分にもなるだろう。

 ゲルダが殺されなかった状況も不可解だ、なるべく迅速に動く」

 

「あっそ。ま、そっちは勝手にやってよ、あたしはあたしで動くからさ」

 

「おい」

 

「勘違いしないでくれる? アンタには義理で伝えに来ただけ。

 久しぶりにたっぷり遊べそうな相手なんだから、邪魔したら先にアンタを殺しちゃうかもね」

 

 振り返ったクレマンティーヌは笑っていたがバイザー越しでも伝わってくる子供じみた殺意。拾われてからひた隠しにしていた残虐性をむき出しにしている。

 クローネを抱き枕にして寝たり、ゲルダの説教を正座で聞く姿からは想像もできないが、彼女は確かに数々の冒険者を惨殺した連続的(シリアル)快楽殺人者(サイコキラー)

 多少演技をしていたとしても、人の目玉を抉って穴だらけにして何も感じず、弱者を踏みにじることで快感を得る女だ。

 

「冒険者を拷問するのも好きだけど、『自分は強いんだ!』『だから何をやってもいいんだ!』って思ってる連中を、上から踏み潰すのも最高に笑えると思わない? どんな無様な悲鳴が聞けるのか楽しみでゾクゾクしちゃう。

 ──誰の物に手ぇ出したのかじっくり教えてやらないとね」

 

 今まで見せなかった残酷さと垣間(かいま)見える怒り。ガゼフは不快そうに眉をしかめながら、ほんの少し共感した。クローネは誰のものでもないが言いたくなる気持ちは分かる。

 

 クレマンティーヌが一度死亡して、力が衰えていたのは2ヶ月前の話。ガゼフとの鍛錬で元の力を取り戻した彼女は間違いなくこの王国で一番強い。認めるのは癪だが戦力としては心強かった。自らの欲求を優先してしまわないか一抹の不安がよぎるが、時間も人手も足りない今は彼女の義理堅さを信じるしかない。

 

「分かった、もういい。人目は避けて隠密に徹しろ、まだお前を表に出すわけにはいかない」

 

「アハ、そんなこと言って止めないなんてアンタも相当怒ってるじゃん。すぐ助けに行けなくてもどかしいねぇ、ガゼフ・ストロノーフゥ?」

 

「うるさい、行くならさっさと行け」

 

 心底馬鹿にした顔で(つつ)いてきたので青筋を浮かべて虫を払うように追い払った。

 耳につくケラケラと笑う声が消え失せた頃、ガゼフもラナーの元へと急ぐ。

 

 マグマのように燃えたぎる怒りは一周回って頭を冷静にさせる。

 ここまで頭に来たのはカルネ村以来だ。

 

 必ず助け出す。

 そう決意して、ガゼフは硬く拳を握りしめた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「モモンガ様からお許しが頂けたので作戦を実行する、重要事項は忘れずに頼むよ」

 

「とっくに頭に入れたでありんす!」

 

 シャルティアに大声で返事をされたデミウルゴスは肩をすくめる。

 情報収集に使っていた王都の館で、階層守護者のシャルティアとマーレ、ナーベを除いた戦闘メイド「プレアデス」、そして執事長セバスが顔を合わせていた。

 これから王都で起こす、とある作戦のために。

  

「それとセバスにソリュシャン、現地についてからの道案内には、お借りした八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に任せてある。交代したらモモンガ様の警護に戻すから、あまり手間をかけないように。役目が終わったらすぐにナザリックへと帰還してくれ」

 

「分かりました」

 

「かしこまりました、デミウルゴス様」

 

 了承した2人に頷いたデミウルゴスは、ゆっくりと参加した全員の顔を見渡す。

 

「皆、分かっていると思うが作戦の一部はモモンガ様に伏せてある。

 今日まで協力してくれて心から感謝する、後のことは私に任せてくれ。

 君たちはデミウルゴスに騙されたとでも言ってくれれば、それでいい」

 

 先程までキビキビと作戦内容を説明していた姿とは打って変わり、弱々しい物言いだった。何かを背負っているような、後ろめたいような。いつもの姿勢の良い立ち姿もどこか力を感じられない。

 それを見かねたプレアデスのリーダー代理、ユリが心配そうに言葉をかける。

 

「デミウルゴス様、それはあまりにも自己犠牲が過ぎます。

 私共は至高の御方に仕える者として、その意志に賛同しました。罰を受けるならご一緒します」

 

「……ありがとう、ユリ」 

 

 礼を言われたユリが目礼をする隣で、シャルティアが首をかしげる。

 

「? なんの話でありんすか?」

 

「すまないね、こちらの話だ。君は本当に何も知らないから私から伝えておくよ」

 

「??」

 

 ますますよく分からなくなったシャルティアに、少し笑ったデミウルゴスは気を取り直してナザリックの指揮官らしく胸を張った。

 

「今回の作戦で、モモンガ様に我々が役に立つことを証明しなくてはならない。

 ナザリックのため、モモンガ様のため、そしてクローネ様の安全のためにも。

 失敗は許されない。逆に、全てのミスを帳消しにするような結果を、お見せするのだ」

 

 並々ならぬ意気込みに、その場に集った者たちも力強く頷く。

 

 王都リ・エスティーゼに帳が落ちる。長い長い一夜が始まった。

 

 




 
 
『キレマンティーヌとキレフ』
 二手に別れて捜索。
 
『ゲルダ』
 無傷だった。クローネが心配で心配で震える。

『捨て戦士ブレイン・アングラウス』
 むしろ色々捨てているというか。
 ガゼフが部下を送り、ゲルダと共に王城へ避難。

『幻魔のサキュロント』
 盗賊みたいな顔のせいで盗賊だと思われてる。
 クローネが施した防御魔法はどうやっても突破できないはずだが、何故か侵入に成功していた。

『アイテム:お守り』
 オリジナルアイテム。
 モモンガが適当にポイポイ入れたうちの一つ。転移系ではない。

『アイテム:人化の指輪』
 ほぼオリジナルアイテム。
 半人間種化する代わりに種族の基本特殊能力を失うが弱点はそのままであり、失った能力のなかに弱体無効があった場合、自力でレジスト出来なくなる。代わりに一部を除き種族スキルはそのまま。
 クローネの弱体完全無効はアンデッドの基本特殊能力に一部依存しているため、これを付けている間は睡眠や毒が通る。

『魔法〈守りの秘文(グリフ・オブ・ウォーディング)〉』
 Pathfinderから引用。第3〜4位階の永続魔法。
 合言葉などの条件を満たさない侵入者を対象に、込められた魔法を発動する魔法トラップ。
 解除するには盗賊系職業の専門スキルが必要。

 今回からゲヘナ編に突入!ナンバリングしてますが通常更新です。
 前話までの誤字報告、読了報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。最近誤字多くてすみません、助かってます。

 そしてスマホ版に「ここすきィ!(仮)」ボタンが実装されたそうで、さっそく拙作に押してくれた方がいらっしゃってとても嬉しいです。ありがとうございます。
 
 
次回「ゲヘナⅡ 疾風走破 対 鋼の執事」
 
 
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