ナザリックのお姫様   作:この世すべてのアレ

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リ・エスティーゼ王国編
冠無き墳墓


 

 サービス終了時刻の0時を回った後、ナザリック地下大墳墓はかつてない事態に直面していた。

 

 大墳墓の主人モモンガが察知した異変──それは仮想が現実となり、ナザリックがユグドラシルではない別の世界に突如として転移した可能性。

 

 そして守護者達の預かり知らぬところではあったが、心を持たぬNPCである彼らが意思を持ち行動していることも異変が起きている事の証明だった。

 

 偵察に出ていた執事長のセバスから報告を聞いたモモンガは、この事態に対応すべく守護者統括のアルベドを通じて招集した守護者達に防衛の強化を命令する。

 そこで改めて忠誠心を確認し、終始支配者として振る舞いつつも内心では滝汗を流しながらその場を立ち去った。

 

 セバスがモモンガを追った後も、残った守護者達は興奮冷めやらぬ様子でモモンガの素晴らしさを語っていた。

 ほとんどの守護者は死の王としてのカリスマに胸を震わせ、また上司として部下を労る優しさに感謝していたが……

 

「この大口ゴリラ!!」

 

「ヤツメウナギ!!」

 

 モモンガという男に魅せられた女2人の仁義なき戦い(キャットファイト)。猫のような可愛らしさとは程遠い罵りあいを繰り広げている。

 容赦なくお互いの悪口を並び立てる姿に他の守護者は呆れて遠巻きにする始末。同じく傍観していたデミウルゴスは2人に念を押すため、思ったことを口にした。

 

「私としてはモモンガ様さえ宜しいのならどちらでも構わないがね。既にクローネ様というお世継ぎは居るのだから」

 

 ピタッと罵りあいが止まった。気まずい表情でこちらを見る2人に、メガネを中指で上げてみせた。

 

「クローネ様は女性ですが権利は充分ある。まあ、慈悲深い御方だから我々がお守りする必要はあるにしろ……まさかとは思うが、その地位を脅かすつもりなら私にも考えがあるよ」

 

「右ニ同ジク」

 

「そ、そんなつもりないでありんす!」

 

「モモンガ様に愛して頂けるのなら、確かに子供は欲しいけどそれはそれよ」

 

 本気で焦ってるように見えるシャルティアとは対照的にアルベドは冷静だった。

 口には出さなかったがアルベドはモモンガを愛しているのであって、娘のクローネは眼中にない。むしろ愛するモモンガと他の女の愛の結晶なのだから、そこに向ける感情は推して知るべしである。

 だからといってわざわざ仲間割れの原因にするほどでも無かったが。

 

「それに! このわたしがクローネ様を蔑ろにするはずがないでありんしょう!」

 

「ん? それはどういう意味──」

 

 デミウルゴスが言い終わる前に、その場にいる全員はカッとスポットライトで照らされたシャルティアの姿を幻視した。

 簡単に言えば振り返った顔はそれほど輝いていた。よくぞ聞いてくれた、と。

 

「美の象徴であるモモンガ様のご息女であり、至高の御方々が手ずから蘇らせたあの玉体! 純白の髪にお父上と同じ真紅の瞳! 色の違う肌の縫い跡すら、退廃的で美しい!」

 

「確かにクローネ様はとっても綺麗なお方だよね」

「いや、多分あいつが言いたいことはそれだけじゃないと思う……」

 

 なにかのスイッチが入ったシャルティアを見て、双子がコソコソと小声で話す。仰々しい仕草で美と愛を語る姿はまるで舞台役者のようだった。

 

「ああ、愛しのクローネ様。でもわたしにはモモンガ様が……! ハッ、親子になればお風呂に入って洗いっこもできるでありんす! やっぱりモモンガ様に初めてを捧げてからクローネ様にもじっくり母として性の手解きを」

 

「いい加減帰ってきなさいこの変態!」

 

「フギャッ!」

 

 自分の世界兼趣味劇場を始めたシャルティアにアウラは拳骨を落とした。

 フシューと排気しながら静かに憤慨していたコキュートスも口を挟む。

 

「不敬ダ、全ク不敬ニモ程ガアル。クローネ様ハ14歳デ身体ノ成長ハ止マッテイル。心モ未ダ幼イ。コノ爺ノ目ガ黒イウチニ、ソンナ不埒ナ真似ガ出来ルト思ウナ」

 

(コキュートスはこんな性格だったかしら、子供好きなのね意外と)

 

「アアン!? あんな美貌を前にして欲情せん方がおかしいわッ! そういうコキュートスはどうなんでありんすか!」

 

「ヌ!?」

 

 哀れ、武人コキュートス。シャルティアの性的な追求にしどろもどろになり、瞬く間に劣勢へと追い詰められた。止めるアウラの声もどこか遠くに聞こえる。

 

「はぁ、なんだか冷めちゃったわ。私もモモンガ様の素晴らしいところならいくらでも言えるけど」

 

「それは丁度いい。そろそろ私達に指示をくれないかね、アルベド」

 

「ぼ、僕も早くお仕事したいです」

 

「それもそうね。コキュートス、シャルティア、アウラ! 指示を出すからそこまでよ!」

 

 守護者達によるモモンガ様談義から脱線して暫く、やっと本来の仕事に取り掛かるはずだった。

 

 モモンガから緊急の〈伝言(メッセージ)〉が飛んでくるまでは。

 

 

 

 時間は少し遡り、闘技場から立ち去ったモモンガは自室の前で立ち尽くしていた。やや前かがみになった背中からは哀愁が漂っている。

 

(まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。最後だけでも会いに行けば良かったのに……俺って奴は本当に……)

 

 骸骨の顔を手で覆い、自分の不甲斐なさを悔いた。

 あの日、娘のクローネと会わなくなってから1年も経っていた。ずるずると先延ばしにして、ついにはユグドラシルが終わるまで──正確には終わってもなお、受け入れる事が出来ないでいる。

 

 ゲームではただのデータの集合体だったが今は心を持ち、意志があるアンデッドとして今も部屋で待っているのだろう。

 モモンガは後悔と罪悪感に押し潰されそうだった。アルベド達の忠誠心を見た後なのも余計に心を重くする。

 

(腹をくくれ、モモンガ! 許してもらうためならなんだってしようじゃないか。待つ辛さは俺が一番良く知っているのだから!)

 

 グッと骨の拳を握って決心を固めたモモンガは、急に入って驚かせないようゆっくりとドアノブを回した。

 

「……クローネ?」

 

 しかしそこには豪奢な家具や調度品が並ぶだけ。あるはずの姿がどこにも見当たらない。

 

(一体、どこに行ったんだ。そもそも命令がない場合のNPCはどう考えて行動するのか見当がつかないぞ)

 

(…………本当にそうか?)

 

 

 ──ごめん、お前の顔見てると思い出して辛いんだ。

 

 1年前言ったことが頭をよぎり、血の気が引いた。もしアルベド達のように高い忠誠心や愛情があったとして、実の父親に拒絶されたらどんな行動をとるか。身体の自由が許され、誰も見ていないのなら、もしかして──死の支配者(オーバーロード)になっても分からないほど鈍くはなかった。

 

 最悪の事態を確認するため急いでリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで王座の間の廊下へ転移。叩きつけるようにドアを開け、王座に座るとマスターソースを確認した。クローネの名前は、ある。

 素早くこめかみに指を当て、アルベドに〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

「アルベドッ! まだ闘技場にいるか! 階層守護者と下僕(しもべ)たちに伝えて全階層を封鎖しろ、クローネを見つけたらすぐに保護するんだッ!」

 

《承知しました、すぐに動きます。デミウルゴス!》

 

 怒鳴りつけるような声音にアルベドも事の重大さを察して理由も聞かずに指示を出す。

 

《他にご指示はございますか? モモンガ様》

 

「捜索は各階層でスキルによる探知に優れたものに任せろ、あとは私が直接見て回る!」

 

 〈伝言(メッセージ)〉を切りながら、長いローブを引きずって王座の間を駆ける。

 

 まだこの世界に何があるか分からない。全ての階層を捜索してでも外へ出る前に見つけなくては。取り返しのつかない事になってからでは遅すぎる。

 自らの言葉で傷つけてしまったあの子に、これ以上他のことで傷ついてほしくない。

 たとえ失望されていたとしても、守りたかった。

 

 ただの杞憂であれば良い。

 しかし、無常にも嫌な予感は的中することになる。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ──リ・エスティーゼ王国、エ・ランテル領の国境付近。林の中にその姿はあった。

 

 至高の41人が誂え、モモンガが手を加えたその容姿は、当たり前ではあるが1年前と全く変わっていない。

 ただ、虚ろな目ではらはらと涙を流していること以外は。

 

 心細そうに白い剣を抱きしめ、夜風に晒されながら震えて座り込んでいる。帰り道も分からず、途方に暮れていた。

 なにより帰ったところで()()()()()()()()()()()に居場所があるのか自信がなかった。

 

 その近くをサクリ、サクリと草を踏みしめて誰かが近づいてくる音がした。ランプを持っているのか、ゆらゆらと林を抜けるとオレンジ色の光が少女を照らした。

 

「まあまあ、こんな所でどうしたの? この辺の子じゃないわねぇ」

 

 林から顔を出したのは、白髪を後ろで団子のようにまとめた老婆だった。

 本来なら敵対している種族。襲われたらまず逃げられない状態だったが、少女には自分の死すらどうでも良い些末な事としか感じられなかった。

 ぼんやりと老婆を見ていると、目線を合わせるようにしゃがみこんできて、涙を拭われた。

 

「何もしないから家にいらっしゃい、素敵なドレスが汚れたら大変よ。暖かいミルクも用意してあげますからね」

 

 大好きな父とは違う、シワだらけの暖かい手に引かれ暗い夜道を歩いていく。

 この老婆について行くのがいい事なのか悪いことなのか分からないが、今だけは考えるのをやめて流されることを選んだ。

 




 
 
『シャルティアとクローネ』
 実はペロロンチーノの計画によって百合ップルになるはずだったが、百合属性を持たぬモモンガに拒否され頓挫した。
 クローネの外見はシャルティアと対象的になるようデザインされている。キマシタワーはこれからも建たない。

『2年の月日』
 アニメ版だとヘロヘロのみ引退時期が分かってるのでそれに合わせました。2年も1人で運営してたとしたら本当に並々ならぬ執着心。
 追記:時系列がおかしかったのでクローネに会わなかった期間を1年に変更しました。

誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。
皆様も健康にはお気をつけて〜


次回「待ち続けた子供の話」

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