ナザリックのお姫様   作:この世すべてのアレ

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時系列に矛盾が生じたため、モモンガとクローネが会わなかった期間を1年に変更しました。前話は修正済みです。
また拠点NPCの仕様の修正作業ですが、完了次第、最新話の後書きでお知らせします。
 
 


待ち続けた子供の話

 

 

 わたしのパパはとても友達想いの優しい人。

 死霊を操り、万物の死を司る支配者で、人間からすれば天敵だけど。

 お友達の至高の方々とナザリック、わたしをとても大事にしてくれた。

 至高の方々とはあんまり楽しそうにお話してるから拗ねたくなる時もあったけど、撫でてもらうと嬉しくてすぐに忘れられる。

 

 でもそんな大切なお友達がどこかへ行ってしまってから、パパは出かける時間が多くなった。

 (ナザリック)にいる時はわたしとパパの部屋に来てくれるから寂しくなんてなかったけど、部屋にいる時も忙しそうに何かを見てたし、口数も減ったからすごく心配してた。

 前はあんなにお話を聞かせてくれたのに。お友達が居なくなって寂しいんだって直ぐに分かった。

 

 どんなに忙しくなってもパパは毎日必ず会いに来てくれる。

 わたしは傍にいる事しかできないけど、少しは役に立ってる気がして嬉しかったし誇らしかった。

 守れるほどわたしは強くなかったし、パパも守られるほど弱くはなかったから。

 

 だから顔を見るのが辛いと言われても我慢した。

 駄々をこねて困らせるくらいならひとりぼっちになる方がよっぽどいい。

 それに、優しいパパなら辛いことを乗り越えてまた会いに来てくれるって信じてた。

 

 1人になってからはこうしてパパとの記憶を繰り返し、繰り返し思い出している。

 もう何回目だろう、あと何回でパパは来てくれるかな。ちょっと辛くなってきたけど、きっとあともう少しだよね。

 パパが帰ってきたら何して遊んでもらおうか、またセバスとデミウルゴスとお出かけ出来るかな。

 

 早く、パパに会いたいな。

 

 何度願い、何度繰り返したのか。もう数えるのはやめていた。

 

 今日も開かなかった部屋の扉。少しガッカリしながら諦めて記憶を再生しようとした今日、いつもと違う事があった。

 

 急に胸が焼けるように熱くなって、それから────

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「なんだか妙な胸騒ぎがして、少し見て回っていたら貴女を見つけたの」

 そう語るゲルダと名乗った老婆はクローネを家に招き入れ、温めたミルクにはちみつを垂らして差し出した。

 ランタンに照らされた家は木と石壁で出来ている。クローネが座っている横長のソファーも簡単な作りをしていた。

 

「それは辛かったわねぇ……」

 

 隣に座って小さな背中をさすりながら、辛抱強く話を聞き出したゲルダはそう呟いた。

 聞き慣れない単語が多かったものの目の前でさめざめと泣く子供の状況は理解出来る。

 

 父親に何か辛い出来事がありそれを連想させる子供を遠ざけた。そして何らかの事故か故意か、突然見知らぬ土地に飛ばされてここにいる。

 聞けばそんな芸当が出来るのは特別な指輪を持つ魔法詠唱者(マジックキャスター)の父親だけ。

 真相は定かではないが、いままで抑えこんでいた不安が爆発し、捨てられたと感じるのは無理もない。なにより長い間放置した親を今もなお慕い続け、自分を責める子供をここまで追い詰めた親にも責任がある。

 

 ゲルダは気の毒そうにクローネを見ると、ぽつぽつと控えめに話し続ける。

 

「分かってた、分かってて……考えないようにしてた……パパはわたしを見ると思い出すから、いらなくなっちゃったのかもって……」

 

 実の所、クローネがいつまでも待つつもりでいられたのは最初だけだった。

 何も変わらない部屋に1人で居るのが寂しくて、モモンガに撫でてもらった記憶を巻き戻しては自分を慰めたのは数えきれないほどだ。

 

「本当に、そうかしら」

 

「え?」

 

「いらない、とは言われてないのよね?」

 

「……うん」

 

「なら本当はどう思ってるのかなんて聞かないと分からないわ、たとえ血の繋がった親子でもね」

 

 それは実感の伴った言葉だった。

 ゲルダは父親に全く同情しなかった訳ではない。親にも心があり、どうしようもなくなる事などいくらでもある。

 なにより直接傷付ける前に自分から引き離すような親が、不要になったからと子供を捨てるような真似をするとはとても思えなかった。

 

「で、でも……」

 

「それとも、貴女のお父様はそんな薄情な人なのかしら?」

 

「違う!!!」

 

 ゲルダの挑発にクローネは拾われてから初めて声を張り上げた。響く自分の声に気付いてバツが悪そうに俯き、小さな声で謝る。

 

「気にしないで、私も意地の悪い聞き方をしたもの。でも、今のでよく分かったわ」

 

 ゲルダはクローネの様子を見て確信し、俯く横顔を真っ直ぐに見つめた。

 

「本当はどう思ってるのか聞きに行きましょう。勇気が出ないならおばあちゃんが一緒に行ってあげる」

 

「……でも……もし、いらないって言われたらどうすればいいの……?」

 

「その時は、私がとっちめてやるわ。なんでこんな良い子を捨てるのか!ってね」

 

 クローネがぎょっとして顔を上げると、ゲルダはいたずらっ子のような顔でウインクする。

 

 モモンガは身長170cm越えの生と死を司るナザリックの王。片や魔法も使えない老いた人間。モモンガがその気になれば指先ひとつで消し飛ぶだろう。

 冗談でもそんなこと言う人間が存在するなんて信じられなかった。

 しかし不思議と、怒った老婆にポカポカと殴られ慌てるモモンガが容易に想像できる。

 

「……う」

 

 あまりにも命知らずな光景がおかしくて笑ったつもりが、零れたのは涙に濡れた声。

 

「ううっ」

 

 至高の方々にからかわれても滅多にやり返さず、いじけて部屋の隅に陣取り、自分を撫でる優しい父を思い出したからだ。クローネにとってモモンガという父親はそういう人だった。

 なんだかずっと前の事のように感じて涙が止まらない。

 ゲルダの冗談に“ 自分は幸せな思い出を繰り返していたつもりだった”と思い知らされた。

 

 モモンガは至高の41人を束ね、ナザリックに仕える者にとって絶対の支配者。信じないなんて以ての外、その意志を疑うことは責められて然るべき行為だ。

 エクレアやペストーニャが世話係なのも娘だから。どんなに良くしてくれても、いざと言う時はモモンガの味方になるだろう。

 だからこそ、純粋に自分を心配する言葉も心に響いた。

 責められるべき自分に資格がないのは分かっていたが、優しい父を恋しがって駄々をこねるのを許された気がしたのだ。

 

「うううっ」

 

 声を上げて泣き始めたクローネをゲルダはそっと抱き寄せ、頭を撫でて慰めた。

 

「パパに会いたい……! 会ってお話したい……!」

 

「貴女がそんなに大好きなお父様なんですもの、きっと大丈夫よ」

 

「うん、うん……っ」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 クローネが泣き止むまで、撫でる手が止まることは無かった。

 

 

「今日はもう寝て、明日出かける準備をしましょう。エ・ランテルなら人も多いし貴女が住んでいた所を知っている人がいるかもしれないわ」

 

 老婆は飲み干したカップを受け取って机に置き、クローネを貸した寝巻きに着替えさせてベッドへ連れて行った。

 ベッドに横たわったクローネに毛布をかけ寝るまで付き添うつもりのようだ。

 メイドでもないのに甲斐甲斐しく世話を焼く姿は心に余裕が出来たクローネは疑問を抱く。

 

「あの……いまさら聞くのも変なんだけど……おばあちゃんは何でここまでしてくれるの?」

 

「そういえば、なんでかしらねぇ。ああ、貴女が可愛いから助けてあげたくなるのかもしれないわ」

 

 クローネは泣いて赤かった顔を更に赤くして、口元まで潜った。聞かなきゃ良かったと顔に書いてある。

 わかりやすい反応にゲルダはまた笑い、ぽんぽんと優しく叩いて寝かしつけた。

 

「おやすみなさい、良い夢を」

 

 夜道で出会った時は不安を覚えた暖かさが今は酷く落ち着く。クローネは目を閉じ、ゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

 ──翌朝、クローネは遠くで大勢が騒ぐような音が聞こえて目が覚めた。

 

 眠気で閉じそうになる目を瞬かせながらベッドから降り、朝日が差し込むリビングを覗き込んでもゲルダの姿は見当たらない。まだ音は聞こえている。

 

(おばあちゃんどこいったのかな、それにこの音なんだろう)

 

 くぐもってよく聞こえない音を聞こうと、ゲルダの物と思しき羽織ものを肩にかけ、木製の戸を開けた。

 

 

「いぎゃあぁアアあ゙あ゙!!」

 

 

 次の瞬間、クローネの耳に届いたのは男の断末魔。

 

 戸が完全に開け放たれると何軒か先の家の前で、円柱の兜を付けた騎士に村人らしき男が切りつけられたのが見えた。

 切られた村人は血飛沫を上げて倒れたままピクリとも動かない。村人が沈黙しても、わあわあとそこかしこで誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 

 この村は、何者かの襲撃を受けている。

 

 あまりに突然の出来事はクローネに理解する事を遅らせたが、ゲルダを探していたことを思い出し、立てかけてあった自分の剣を持って外に飛び出した。

 

「クローネちゃん!」

 

 丁度その時、脇道からゲルダが血相を変えてこちらに走ってきた。怪我は見当たらない。

 

「無事で良かった……! 早く逃げましょう、出来るだけ遠くへ!」

 

「う、うん」

 

 恐怖で震えながらもクローネを連れていくために引き返して来たのだろう、顔色は白かった。

 手を繋いで走ろうとするゲルダに続こうとしたが、先にいる人影に気付いて慌ててブレーキを踏んだ。

 人影はさっき見た騎士と同じ姿をしてこちらに剣を向けて走ってきていた。もう間もなく相手の間合いに入る距離。

 

「おばあちゃん! わたしの後ろに!」

 

 避けられないと判断したクローネは背にゲルダを庇い、剣を横に振った。

 

「〈魔法二重化(ツインマジック)盾壁(シールド・ウォール)〉!」

 

 剣に合わせて出現した不可視の障壁は振りかぶられた騎士の剣をギンッと高い音をたてて弾く。

 単なる詠唱までの時間稼ぎを狙っていたので破壊されると予測していたが、破られることなくそこにある。

 敵の戦力を推察したクローネは咄嗟に用意していた呪文を切り替え、反動でたたらを踏む騎士に追い討ちをかけるように詠唱した。

 

「〈対人金縛り(ホールド・パースン)〉!」

 

 精神系の麻痺を付与する魔法は正しく作用し、騎士は剣を落としてだらんとその場に立ち尽くす。クローネの推察通り、第3位階魔法が通用する相手だった。

 敵の総数も戦力も分からない現状、悪戯にMPを消費するのを避けるため大きく隙が生まれた相手に試せたのは運が良かった。

 しかしその代わり、魔法の詠唱に気づいたのか村人を斬り殺した騎士がこちらに向かってきている。

 

「おばあちゃん、こっち!」

 

「え、ええ」

 

 呆然としていたゲルダの手を引いて走るクローネ。

 ナザリックを出てから初めての戦いが始まった。

 

 




 
 
『老婆ゲルダ』
 紛うことなき今回のMVP。クローネの精神分析に成功した。
 “第六感(シックスセンス)”という大きくわけて危険と幸運を察知するタレントの持ち主。本人はカンが良いだけだと思ってるので作中で判明することは恐らくない。
 モモンガの事は経験からの推測。

『クローネ』
 ナザリックの箱入り娘。パパ大好き。
 これまで一言も喋らず、自我を持っても泣いてるだけだったが「かわいい」「好き」「尊い」などのコメントが多くつき人知れず作者を困惑させた。
 たぶんドSに死ぬほどモテるタイプ。

『モモンガ』
 娘視点だとめちゃくちゃ酷い父親になっているが、NPCが心を持つなんて状況を予想出来るはずもなく単純に間が悪かっただけ。

『NPCの記憶』
 ユグドラシル時代の記憶は「設定に基づき感情的な肉付けがされた記録」という解釈で書いている独自設定。
 転移しなければなんの感情も持たないデータとして消滅するはずだった。

『魔法〈対人金縛り(ホールド・パースン)〉』
 Pathfinderから引用。原作には登場していない。
 第2〜第3位階相当の麻痺呪文。精神に作用する。

前話までの誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。
健康には細心の注意を払って参ります。皆さんもどうかお気をつけてお過ごしください。


次回「戦士長ガゼフ・ストロノーフ」

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