ナザリックのお姫様   作:この世すべてのアレ

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周辺国家最強 対 威光の主天使 Ⅰ

 

 

 クローネは至高の御方々に身体を繋ぎ合わされた時、こう願われた。

 

 ───“分け隔てなく、慈悲深くあれ”と。

 

 多くの人間種と敵対するアインズ・ウール・ゴウンにおいて矛盾するあり方だ。

 それがどういった意味を持つのかはよく分からなかったが、神にも等しい至高の存在に望まれたのならそう在ることに疑問など抱く必要があるだろうか。

 幸いにも父に似て穏やかな性格だったので難なく適応できた。人やモンスターを嫌う必要が無くなって喜んだ程に。

 だからゲルダを助けたのは彼女にとって自然な行為だった。

 

 そしてクローネは一つ、やってはいけない事をした。

 それは自分の命を軽視すること。クローネは心を持っているがその身は人でも不死者(アンデッド)でもなく最愛の父の“地位を示す唯一無二の宝”なのだ。

 いくら捨てられたからと自棄になって簡単に投げ出していいほど軽いものじゃない。

 

 だからこそ父の愛情を疑い、存在意義を忘れてしまった自分を正してくれた恩人を助けるのにこれ以上の理由はなかった。

 

(でも、この人たちと敵対することでナザリックやパパの不利益になるような事になったら、その時は……)

 

 信賞必罰。クローネの知る父であれば分かってくれると信じているが、それでもナザリックの不利に働くようであれば、許す許されるに関わらずこの手で責任を取る覚悟だ。

 たとえ命を持って雪ぐことになっても、自らのあり方とナザリックを尊重した結果にすぎない。軽んじることの許されない自分を賭けるほどの恩を受けたのだから。

 それでこの身が滅びるならば、それこそがクローネに望まれた役割なのだろう。

 

 “王の剣”として戦うガゼフと同じく、クローネも“王の冠”として受けた恩を返すためにこの場にいた。

 

 呆然とこちらを見ているガゼフに来た理由を説明する。

 

「予定とは違う形になりましたが村人の避難が終わったので、ここで加勢するのが最善だと判断しました。……すみません、勝手な真似をして」

 

「──無事なんだな」

 

「村の付近を縄張りにしていたモンスターに匿ってもらっているので安全です」

 

「そう、か」

 

 緊張の糸が途切れて膝を突いたガゼフに駆け寄って肩を貸す。息は荒く、出血が酷い。いつ気絶してもおかしくない状態だ。

 

「話は終わったか?」

 

 敵の指揮官、スレイン法国陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインが問いかけた。先程浮かべた嘲笑はそのままに、余裕を感じさせながらも黒い瞳はクローネを油断なく睨んでいる。

 

「その歳で〈退散〉、いや〈消滅〉の能力を有しているとは大したものだ。一体何者だ?」

 

「ただの通りすがりです」

 

「ほう」

 

(チッ、そんな訳あるか馬鹿が)

 

 ニグンは部下の手前、余裕のある態度を崩さなかったが内心では盛大な舌打ちをした。

 〈退散〉は天使やアンデッドなどを退ける信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)の基本的なスキル。その上位に位置する〈消滅〉は自らよりも圧倒的に格下の存在にしか通用しない。

 さっき消滅した天使は部下が召喚した第3位階の『炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)

 つまり目の前にいる小娘は自分と同じ第4位階魔法の使い手である可能性があるということ。クローネは知らなかったがそれはこの世界で一流以上の術者を指している。

 

(しかしそれも数で押してしまえばどうにでもなる、この戦力差ならば勝負にもなるまい)

 

 ニグンの部下は第3位階を修めている一流揃い。迎え撃つ相手は足でまといの戦士を抱えた、毛並みの珍しい小娘1人。恐れる必要がどこにあるのかと思い直し、浮かべた笑みを深する。

 対するクローネは無感情にニグンへ問いかけた。

 

「一つお聞きします、あなた方は何故ガゼフ戦士長様を狙うのですか」

 

「冥土の土産に教えてやろう……とでも言いたいところだが答える必要性を感じないな、貴様如き小娘が理解出来るとも思わん」

 

 分かりやすい挑発に一度目を閉じる。一陣の風が吹き、クローネの前髪を揺らした。

 次に目が開いた時、父譲りの赤い瞳は迷いなく前を見据えた。

 

「そうですか、分りました。

 ────〈集団中傷治癒(マス・キュア・モデレット・ウーンズ)〉」

 

 おもむろに唱えられたクローネの詠唱はガゼフと周囲に倒れた戦士達をやわらかな緑色の光で包み込み、レベルの恩恵を得た魔法は致命傷をも癒す。

 傷が消えた事でまだ意識のあった戦士達が徐々に起き上がり始めた。

 

「なッ」

 

「〈集団雄牛の筋肉(マス・ブルズ・ストレングス)

 〈集団熊の耐久力(マス・ベアズ・エンデュアランス)〉」

 

 ──逆境を跳ね除ける雄牛の肉体を、刃も通さぬ熊の如き加護を。

 

 新しい魔法が唱えられる度に腹の底から力が湧き、分厚い毛皮を着たような硬い感覚が身体を覆う。

 戦士の1人が手を固く握って、武技とは違う新しい力を確かめた。

 

「スキル〈徒党〉対象は王国戦士団。

 〈上級魔法の武器(グレーター・マジック・ウェポン)

 〈上位魔法盾(グレーター・マジック・シールド)〉」

 

 ──何者をも貫く魔法の矛を、あらゆる魔法から守る盾を。

 

 2つの紫の光が戦士達の武器に魔法を込め、身体に魔法への耐性を付与する。

 

「〈上級勇壮(グレーター・ヒロイズム)〉」

 

 ──そして勇猛なる戦士に活力を。

 

 怒涛の連続詠唱の最後は、特に疲労の色が濃いガゼフに一時的だが士気を上げる魔法で疲労感にマスクをかけた。

 された事に気付いたガゼフが少し照れくさそうに「ありがとう」と笑い、クローネの手を借りて立ち上がる。

 いつの間にか戦士達も後ろへ並び、大敗を期してなおも戦意を失うことなく敵を睨みつけていた。

 

「強化魔法を付与しました、これで天使とも対等に戦えるはずです」

 

 ガゼフは全くと言っていいほど魔法のことを知らなかった。だが今まで行動を共にし、絶望的な状況を幾度も覆した少女の言葉を疑う余地などない。

 魔法で強化された拳は確かに戦う前以上の力を感じせる。

 

「全員聞こえたな、反撃するぞ。

 ──王国の民に仇なす敵を討てッ!!」

 

『うおおおおおおおおおッ!!!』

 

 流した血が滲むような力強い雄叫びを上げ、仇敵に迫る王国戦士軍。

 予想外の展開に陽光聖典の術者達に動揺が走ったのを見て、すかさずニグンが命令を下す。

 

「天使を召喚して迎え撃て! たかだか小娘の魔法を纏った程度で、人類の防壁である我々を破れるものか!」

 

 術者は命令通り天使を召喚し、迫り来る戦士に差し向ける。が、しかし。

 

「だあああッ!!」

 

 種族の特性でレベルは同じであってもステータスで勝り、戦士2人で押さえ込むのがやっとのはず、だが戦士1人に止められた。

 追撃に遠距離魔法を打たせても戦士はよろめくだけで歯が立たない。

 

(第3位階魔法をも弾き返す魔法盾(マジック・シールド)だと!? そんなもの聞いた事が……!)

 

 次々と天使達が切り倒され、劣勢に追い込まれたニグンは額に汗を滲ませる。

 

 その反対側で戦いを観察していたクローネは静かに思考していた。

 

(これ以上MPを消費したら相手の切り札が出た時に対応出来なくなる、戦士の皆さんに頑張ってもらって相手の底を引きずりだしてから畳み掛けよう)

 

 ドレスと共に授けられた白い剣『白亜の装飾剣(ゴシックソード・オブ・チョーク)』は回復・支援魔法の必要MPを大幅に減少させるが、それでも限度がある。

 クローネは至高の御方の一人、ビルドを考案したぷにっと萌えがモモンガに語った“ヒーラー3ヶ条”を再び思い返した。

 1、誰よりも先に倒れてはならない。

 2、MPを浪費することなくPT回復に備えるべし。

 3、戦況をよく読み行動せよ。

 

 その実、ヒーラーは頭を使う役割(ロール)だ。攻撃を受けないことも大事だが、無駄な一手のせいで回復が間に合わず全滅もありうる。常に戦況を先読みし、適切な魔法を選択して支援するのが鉄則。

 そしてユグドラシルの基準で考えて手持ちの即死や攻撃魔法などは本業に大きく劣り、100lvが当たり前の環境で育ったため、戦力として役に立たない意識があったのもクローネをより慎重にさせた。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザべイション)! 力を行使し、敵を一掃せよ!」

 

 ニグンの声に意識が現実へ戻る。

 見ると今まで奥で控えていた第4位階の天使が前に出た。

 それ迎え撃つは、我らが王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 

「彼女の魔法がどれほどの力か、試すには丁度いいな」

 

 好戦的に構え、腰を低く落とす。そこに監視の権天使(プリンシパリティ・オブザべイション)が浮遊しながら近付き頭上からメイスの重い一撃を振り落とした。

 ガゼフはバスターソードの腹で受け止め、押し返して素早く構え直す。

 

「武技〈斬撃〉!!」

 

 下段からの強烈な払い上げは権天使の身体に大きな亀裂を走らせ、体勢を大きく仰け反らせた。

 天使の中でも防御力に特化した上位天使の装甲を容易く破った事実にニグンは目を見開いて驚愕する。

 とどめの横薙ぎで、その場にいる1番の戦力は光の粒となって砕け散った。

 

「馬鹿なッ!! こんなことが有り得るか! 神に仕える上位天使が押し負けるだと!?」

 

「隊長! 天使が全滅しました、我々は一体どうしたら!」

 

 天使は消え、部下達にも戦士の手が迫る。自分が召喚できる最高戦力も今倒され絶体絶命の状況。

 追い込まれた状況を覆すべく、胸元の“切り札”へと震えた手を伸ばし、それを授けた神と神の意志に感謝した。

 

「最高位天使を召喚する! 人類が到達出来ぬ第7位階魔法、その身をもって神の威光を知るがいい──」

 

 取り出した『魔封じの水晶』は光を放ち辺りを照らす。

 ニグンの尋常ではない様子にクローネは〈飛行(フライ)〉でガゼフの横に並んだ。

 

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!」

 

 




 
 
次回「周辺国家最強 対 威光の主天使 Ⅱ」
 
 

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