ナザリックのお姫様   作:この世すべてのアレ

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始動

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第9階層。

 ある部屋に続く薄暗い廊下をアルベドは歩いていた。

 

 至高の存在によって作られた廊下はいつも通りの暗さの筈だが、まるで主人の心を映しているかのように見える。

 廊下から執務室に入り、その奥へ進んでやっとの思いで目的の部屋にたどり着く。ここまで感じた重圧を振り払うようにアルベドは扉越しに声をかけた。

 

「モモンガ様」

 

 返事はない。もう一度声をかけても返事が無かったので一言断ってから部屋に入る。

 

 ──中は酷いものだった。壁にかけられた鏡はひび割れて欠片が床に散らばり、品のある調度品はなぎ倒され、一部の壁は強い力で殴られたように丸く陥没している。

 アルベドは眉を下げ、支配者といえど普段は温厚で慈悲深い主人にここまでさせた深い悲しみに胸を痛めた。

 

 部屋の中を一通り見渡すと背を向けてベッドに腰掛けたモモンガの姿が目に入る。扉が開く音が聞こえたのか、フードで隠れた顔が気だるげそうにこちらを振り返った。

 

「アルベドか」

 

「はい。許可なく入室してしまい申し訳ありません、お返事が無かったもので何かあったのかと」

 

「ああ……少し気が抜けていたようだ、お前の声にも気付けないとは」

 

 主人の休息を邪魔した無礼に跪こうとするアルベドをモモンガは片手で制し、訪問した理由を尋ねる。

 

「ご命令通りナザリックの全階層の捜索と、クローネ様と同様に消失した者がいないか確認致しました」

 

 クローネが居ないと分かった後、真っ先に地上へ繋がる出口をシャルティアの配下で固めさせた。

 階層を跨いだ転移は『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を持たなければ不可能であるし、NPCが自我を持って行動できるにせよ第9階層から第1階層まではかなり距離がある。

 異世界に転移してから多少時間は経っていたが、それでも〈転移門(ゲート)〉を覚えていないクローネのスペックで抜けることは難しいと断言できた。

 しかしいくら探しても見つからない。全ての階層を駆けずり回っても何処にもいなかった。

 

 そしておかしな点が一つ、“誰もクローネの姿を見ていない”のだ。

 捜索の際にモモンガでさえ単身での外出を止められたことを考えれば、保護の指示がなくとも支援に特化したクローネが外に出ようとしたら必ず留めようとするだろう。

 そもそも低位の〈不可視化(インヴィジビリティ)〉では容易く看破するトラップと配下がいるのにも関わらず通り抜けたというにはビルドの構成からして不自然だ。

 だが現にクローネの姿はなく、モモンガの私室を最後に足取りは全く掴めなかった。

 

 そこで異世界への転移が話に入ってくる。

 

 一頻り自分への怒りを爆発させた後、ふと「もしやクローネだけが消えたわけでは無いのか?」とモモンガは考えた。

 転移した理由も原因も分からない以上、何も欠けることなく転移したと誰が言い切れようか。

 気付いていないだけで他のNPCにも影響が出てるかもしれないと、急いでクローネと同じように消えた者や物がないか、手の空いてる者に総出で確認するよう指示を出したのだ。

 

「ナザリックの配下全員の無事を確認しました。アイテムや家具、個人所有の装備も全て所定の位置にあることを確認済みです──ただ一つ気になる事が」

 

「?」

 

「ワールドアイテム『聖杯(ホーリーグレイル)』が宝物殿に返還されていないとの事でした。あれはクローネ様が身につけているものですが、念のためご報告をと」

 

「何?」

 

 モモンガは目元を覆っていた骨の手を浮かせる。

 それはかつて敵対ギルドから略奪したワールドアイテムだった。

 

 『聖杯(ホーリーグレイル)』は本体に蓄積したデータ量を捧げ、いくつかの条件と手順を踏むことで“何かが起こる”アイテム。

 というのも肝心の効果が“発動させた後にしか分からない”仕様であり、消えることは無いにしろ一度使ってしまえば気が遠くなる量を貯め直すことになる。

 発動時に要求されるデータ量は鉱山一つ占拠して入手できる『熱素石(カロリックストーン)』をゆうに凌ぐことから、強力な効果を持っていることは分かっていたが、結局使い所がなく襲撃成功の記念トロフィーとして肥やしになっていた。

 

(すっかり忘れてた……詳細不明のワールドアイテムなら、不可解な点はあるけど最低でもナザリックの転移阻害を通り抜けるくらいなら出来るかもしれないな)

 

 本来ギルメンの承認が必要なアイテムをクローネに装備させていたのには理由がある。

 漠然とした効果が争いの種になることを危惧したメンバーが多数決をとり、ギルド長のモモンガに使用権を丸投げしたのだ。

 押し付けられたモモンガはギルドに何かあった時の切り札として使う事を前提に、副次効果の「回復魔法を使う度にMPが回復する」のみの使用とし、手順の一つである“祈りコマンド”を使えないクローネのロマンビルドの強化に使うことで話を終わらせた。

 

 最後に見たのはいつだったか、1人になってからクローネの持ち物を弄った記憶はない。

 

「クローネがナザリックから出るために使ったのか……?」

 

 何故、起動したのかは分からないがクローネの願いがトリガーになり、それを叶えたとしたら果たして何処へ行ってしまったのか。遠距離の探知を透過する指輪を付けているから魔法での探知はまず無理だ。

 謝るどころか居場所も分からない絶望的な状況に、モモンガはまた目元に手を当てて項垂れた。

 泣きながらナザリックを去るクローネの姿を思い浮かべてしまう。

 

「モモンガ様、無礼を承知で申し上げたい事がございます」

 

「許す、言ってみろ」

 

「もしご自身の意思で出ていかれたのなら、それはクローネ様がナザリックを裏切った……という事でしょうか」

 

 突拍子もない発言だったがアルベドは真剣だった。

 

「いくらモモンガ様のご息女であっても最低限の勤めというものがございます、それを放棄していい理由が存在するとは思えません」

 

 確かにクローネに思うところはあるがそれとこれとは話が別。ナザリックを預かる守護者統括として、創造された者として支配者のモモンガに死ぬまで仕える義務がある。

 立場は違うが同じ使命を持っているはずの相手が責任を放棄するのは生みの親への裏切りに他ならない。

 

 しかしそれを聞いたモモンガは肩を揺らして低く笑う。

 

「はははははは、本当にそうだとしたら幾らかマシだったろう。いっそ裏切って気が済むのならそうして欲しいくらいだ」

 

「いったい何を仰るのです、この世で最もいと尊き御身に反目するなど!」

 

「“お前の顔など見たくもない”」

 

 振り向いたモモンガの眼光に射抜かれた。

 ヒッ、とアルベドが短く悲鳴を上げて恐ろしいものから身を守るように後退る。

 

「……まあ少し違うが、似たようなことを私は言ったのだ。それをどう受け取るのかお前にはよく分かる筈だが」

 

「…………」

 

 胸に手を当てて俯いたアルベドの沈黙がその答えだった。

 すっかり勢いを失った彼女を見てモモンガはベッドから腰を上げて歩み寄る。目尻に浮かんだ涙を指で掬い、可憐な肩に手を置いた。

 

「お前の忠誠心は理解しているつもりだが、あの子は何も悪くない。分かってくれるな」

 

「はい……憶測でありもしない疑いをかけた愚かな私をどうかお許し下さい」

 

「ああ、全て許そう。酷いことを言ってすまなかった」

 

「とんでもございません! 与えられた慈悲に相応しい働きをしてみせます」

 

 頷いたモモンガはこう続ける。

 

「まずはこの世界についての情報収集から始めるとしよう、ナザリックの防衛の件もあるからな。

 同じ世界にいるなら何処に居ようと何年かかろうとクローネは絶対に探し出す。

 あの子が無事ならそれでよし、だがもしそうでなかったら──我らがアインズ・ウール・ゴウンの名を知らしめる時が来るだろう」

 

「!!」

 

 眼窩から覗く赤い光が、思い浮かべた最悪に反応しジリジリと光った。

 だが、これは見えない敵に責任転嫁をしているだけだと気付いて頭を振る。

 

「いや、元はと言えば俺のせいだ、連れ戻して謝らなければ何も始まらない。力を貸してくれるかアルベド」

 

「はい。如何様にもこの身をお使い下さい、モモンガ様」

 

 覇気に翼を震えさせてうっそりと笑うアルベドを連れ、モモンガは今後の方針を話すべくデミウルゴス達の元へ向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 数日後。

 リ・エスティーゼ王国、王都中心部ロ・レンテ城。

 

「では打ち合わせ通り頼むぞ」

 

「うん、頑張る……!」

 

 控えていた兵士が扉を開け、2人の姿が貴族と王の前に晒されるとざわめきが走った。

 ガゼフはいつも通りの鎧姿だったが、もう片方は年端もいかない少女であり王国ではまず見かけない容姿。

 身に纏う白い革で作られた軽鎧に、裏地を赤で染めたシミひとつない白いマント姿も珍しく、剣を携えた姿は異国の冒険者という言葉が相応しい装いだった。

 2人は向かい合う貴族の中ほどで足を止め、その場に跪く。

  

「面をあげよ」

 

 王座に座る国王ランポッサ3世の許しを得て顔を上げた。

 

「戦士長、此度の任務ご苦労であった。

 討伐したとは聞いているが、何があったのか改めて聞かせてくれ。

 ……だがその前に、そちらの御仁の名前を聞こうか」

 

 ガゼフに目配せされ、一礼する。

 

「お初にお目にかかります、国王陛下。

 わたしは旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)、クローネと申します」

 

 

 




 
 
『モモンガ』
 クソがァ!状態で散らかした部屋は自分で掃除して修繕した。

『ナザリック一同』
 配下たちがアップを始めました。

『敵対ギルド』
 年単位で頑張って聖杯を満タンした直後に襲撃された。
 3話でモモンガが語っていたギルドである。

聖杯(ホーリーグレイル)?』
 クローネがナザリックの外に転移した原因。
 クソ運営が生み出したクソみたいなクソ。

初夏の陽気に爆睡する日々が続き、大変お待たせしてしまったことを深くお詫び申し上げます。
たっぷり休憩したので毎週更新に戻るぜ!よろしくなァ!
前話までの誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。


次回「忍び寄る魔の手」

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