布教杯参加作品。
 時系列はインパルスが一部優勝した翌年。江ノ高を卒業した後になってます。

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駆くんのA代表!

 

 

 

 ───逢沢 駆。現在は高校を卒業しており、Jリーグにて、湘南ブルーインパルスの一員として二部から昇格直後で一部優勝の立役者を担ったストライカー。

 世代別ではU-16の候補に、そしてU-21五輪(オリンピック)代表で目まぐるしい活躍を残している。特に注目されるのは、日本五輪代表とフランクフルトの親善試合。前半こそ0-3で追い詰められて勝てるかも怪しかったが、その逢沢の活躍により4-3で幕を下ろす。元々ストライカーとしては優秀だったが、その試合を超えた後の活躍は著しい。海外からの勧誘も増えていると聞く。

 

 独自のテクニックを数種類持っており、トッププレイヤーが扱うと言われる『ホイップキック』の使い手。「逢沢 傑の弟」という肩書きが目立つが、プレイスタイルは全く別……というよりも、過去に見た事のある逢沢 傑のプレイスタイルが、まるで今の逢沢 駆に合わせるかのようなモノだった。

 だからこそ思う。二人が同じチームで戦えていたのなら、どれだけ素晴らしい試合を見れたのかと。あの伝説とまで言われたフランクフルト戦さえも上回るほどの魅了を持ったのではないか、と。

 でも、もう逢沢 傑はいない。それでも逢沢 駆というプレイヤーは優秀で、逢沢 傑の弟だからという特別な目は何もなく、ただ日本が勝つ為に必要なピースとして足り得る人材。

 

 それが、現日本代表監督の決断。

 

 

「逢沢 駆を、候補として呼びましょう」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「ぼ、ぼぼぼ、僕がフル代表!?」

「……おう、そんな動揺するなよ駆」

 

 

 湘南ブルーインパルス練習場。朝練に来ていた駆がロッカールームで着替えていると、其処にブルーインパルスの監督。橋谷は中に誰もいない事を確認すると、その衝撃の事実を伝えた。

 驚いてスパイクの紐を引っ張り、折角結んだにも関わらず解けてしまう。直す素振りを見せることもなく呆けていると、橋谷は呆れた様な動作を見せながら口を開く。

 

 

「あのな、忘れてるかもしれねえが、お前と肩を並べてやってる城島はレジェンドの元日本代表だ。更に言えば俺も元代表。確かに最近じゃ海外組の招集が多いが、別に母国から排出しないわけじゃねえ。しかもお前は一部優勝チームで得点王。理解したか?」

 

 

 ポクポクポク。三つ数えると、納得の表情で拳を掌に置く。「ああ、確かに」と。

 まだ少々初心に帰ってしまう時があるし、あの偉大な兄の当たり前の様に毎度の如く世代別へ呼ばれていた光景を見ていると、どうも自分はまだまだと思ってしまう。しかし選ばれる立場にある自分の主観が全てではないし、選ばれたという事は上の立場の目に叶ったという事。

 選ばれた以上、「何故?」を考えるのではなく、「ただ全力を尽くす」事だけを考えねばなるまい。

 

 

「……あ、そっか。そろそろ世代交代」

「ああ。本来なら徐々に変えていくやり方だが、ここ十数年の日本代表は優秀な選手が多くてな。ベテラン組が揃っちまってる。でもいつまでも任せらんねーし……ってことで」

「でも世代交代ってことは、他にも若手の選手はいるんですよね? 鷹匠(タカ)さんや四季さん、荒木さんとか!」

 

 

 だとしたら安心───と、一息ついた時。

 

 

「いや?」

 

 

 一番恐れていた『否定』の言葉が耳を差す。

 

 

「今回っつーか、そもそも招集するメンバーは()()()()()()()()。逸早くお前が確定しちまったから、場の雰囲気に馴染むためにいち早く呼ばれてるだけだ。……後は、そうだな。見極めの意味も兼ねてると思う」

「み、見極め……?」

「現状、国内で一番に名が挙がる選手が誰だ? って問われたとき、まずお前が選ばれるのは間違いない。サッカーで一番分かりやすい『得点』を稼いでいて、オリンピックの準優勝に貢献し、若く、逢沢 傑の弟ってネームバリューがある。……汚い話になるが、近年のサッカーは上手かったら選ばれるって訳じゃないんだ。それを大前提にしてるのは間違いないが、その選手を呼ぶことでの『旨味』ってのを含んだ上で選出される。でも使えなきゃ意味はないだろ?」

「……現代表の力になれるかどうか」

「ああ。それだけ言われるのに相応しい人材であるかの見極め。お前が下手やれば、最悪現状のベテラン組だけでやる可能性もあり得る。世代交代って響きは良いが、やってるのはあくまで『使えなくなるから使える奴を呼ぶ作業』だ」

 

 

 少なくとも、現在の日本代表は使えない訳ではない。だからまだ現状維持をする可能性はある。しかしオリンピック戦が終わった翌年の、更に一年後にはワールドカップ。その一年で、ベテランがどこまで体力を保てるか分からない。

 一年後に備えるという意味では、今のうちに世代交代するのが当たり前だ。でも視聴者やファンが望むのは『勝つサッカー』であり、例えそれが親善試合だろうと下手な負け方をすればバッシングされるし、今の日本には期待できないと切り捨てられる可能性は高い。盛り上げるためのサッカーを望む今のスポーツ世界に於いて、負けは負けでしかない。

 だから駆だけが早期に呼ばれたのは、そのネームバリューに見合うだけの結果を残せるかの見極め。

 

 

「───つっても、現代表監督が()()()な以上、ちゃんとお前の実力を分かった上で呼んでるんだろうけどな」

「あ、そういえば、新しい監督って、橋谷さんと同じ世代の代表選手だった人ですよね? MF(ミッドフィルダー)の」

「なんだ、知ってたか」

「兄が見てた動画に居たのでよく覚えてます。海外選手のプレーを見るのが多かったので、日本人は珍しくて」

「へえ、日本の至宝に見られてたってのは光栄じゃねーか」

「プレースタイルもよく覚えてます。完全なパサーで、自分から仕掛けるっていうのは中々なかったですよね? でもアシスト記録だけなら、男子の中だと歴代二位だった気が……」

 

 

 日本代表の情報は常にチェックしてる。……というよりも、彼の幼馴染兼恋人である三島 奈々───通称「セブン」の影響で、情報を集めるのが習慣化されているのである。話題合わせの目的然り、自らの成長のため然り。

 なので現代表選手はもちろん、監督からアシスタントコーチ。女子も含めたフル代表及び世代別代表のメンバーはそれなりに知っているだろう。

 

 そしてもちろん、現代表監督の事も分かっている。その監督が、かつて橋谷と同じフィールドでプレーしていた事も、傑が見ていた動画に出ていた事も。

 

 

「でも一番の驚きは、シュートを()()()()()()たった5回ってところなんですよね」

「其の内の二点をモノにしてるから大したもんだが……。それでも驚くよな。幾らパサーつっても、通算シュート数でDF以下ってのは。俺でも二桁は打ってるんだがな」

 

 

 まあ決めたのは1、2点だが、と。ヘラッとした笑いを零す橋谷に、駆は苦笑する。

 

 

「現監督……林木(はやしぎ) 二雪(じせつ)さんって、どんな人なんですか?」

 

 

 数ヶ月前に行われた親善試合で、アルゼンチン相手に2-1で勝っていた為、監督としての腕前などはそれなりに分かっているが、流石にプライベートまでは踏み込めない。

 やはりパサータイプなだけあって“合わせる”のが上手いタイプなのか、それとも荒木みたいな自信満々な王様タイプか。そうやって想像を膨らませていると、橋谷は何処か意地悪そうな笑みを浮かべて言い放つ。

 

 

「超卑屈で他人任せ」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 ───一週間後。駆はドッと疲れた様子で、日本代表メンバーの集合場所たるサッカー場へと来ていた。国内だから移動距離としては大したことないのだが、自分以上に喜んでいる様子のセブンから言い渡される大量の情報の整理。そしてその情報から再認識する、自分がどんなすごい場所に赴くのかという緊張感。

 しかも自分の場合、一足先に訪れる訳であり。またこれからの若い世代へ期待していいかの判断を託された、ある種の責任感。

 ストライカーとしての実力は間違いなくワールドクラスに届いてると言っていい。しかし精神はまだ未熟。高校卒業からそれほど経たぬ若輩者だ。幾ら『客観的には呼ばれるのが当たり前』だとしても、堂々とすることなど出来まい。

 

 

「大丈夫、大丈夫……必要以上の実力を発揮しようと力まなくていい」

「そう、流石にオリンピック代表を務めただけはあって、自然体の強さってのは身に染みてるみたいだな」

 

 

 胸に手を当てて深呼吸。自己暗示して再度息を吸うと、背後から突然の声。驚いて咽る。

 

 

「げほっ、ごほっ……」

「……ああ、いきなり声を掛けたのは反省する。いやマジで」

「は、林木監督」

「おー、知ってるみたいで何よりだ。最近の視聴者は『単純に盛り上がりを共有したい』って奴が多いからな。「林木? 誰それ?」みたいになることが多いし、知ってるだけでありがたいもんだ」

 

 

 卑屈及びディスり交じりの肯定。そして隈のできた、眠そうな瞳。

 橋谷から聞いていた相貌と一致するし、試合後のインタビューなんかで見る雰囲気と丸っきり同じだ。流石にテレビで流れてるときは卑屈さやディスは避けてはいるが。

 

 

「しかし悪いな。世代別で培った『普段通り』ってのは捨ててもらう。俺が求めんのは『実力以上の働き』だ」

「え?」

「取り敢えず、この後は一時間後にウォームアップ、一般公開の三対三、紅白戦を行う。それまでに疲れを回復させて、準備してこい」

「あ、はい」

 

 

 駆が返事を返すと、直ぐに手に持っていた資料へと視線を向けて考え始め、問う暇もなく施設の中へと向かってしまった。

 普段通りは捨てろ。実力以上を発揮する。今までの世代別代表とはまた違った雰囲気の場に、駆は首を傾げた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 スパイクの紐を結び、足先で軽く地面を蹴る。一度屈伸し、サッカー場へと向かった。

 自分の得意分野である裏抜けを最大限生かすための瞬発力を強化するため、かつて二部でやり合った東京キングダムの中村を参考にし、地面を蹴って移動する。

 

 ロッカールームから出てすぐ、サッカー場を見つめると、既に汗を掻いてる様子の選手たち。普段からテレビで見るような、CMにも出てくる大物たちを目の前にして、駆は喉を鳴らし、高揚する。

 しかし既に練習した後の様子に気付き、駆は林木へ小走りで近付き、疑問の表情で問いかける。

 

 

「すみません、遅れましたか?」

「いや、元々今日は朝からの練習予定だ。遅れた訳じゃない」

 

 

 ジロジロと見られ、駆は気まずい表情で話している。

 林木は言い終わると、「注目」と大きな声を上げ、駆の肩に触れながら紹介する。

 

 

「昨日も言ったが、こいつが特例で早めに招集された逢沢 駆だ。ま、よろしく頼むよ」

「あ、逢沢 駆です! よろしくお願いします!」

「ウォームアップした後、三対三から参加させる。お前らもそのつもりで備えとけ」

「「はいっ!」」

 

 

 ……と、指示されたのはそこまで。ウォームアップの内容指示などは特に出ず、再び資料に目を落とした。

 普段通りにやればいいのかと首を傾げる中、その場にいた選手たちは直ぐに三対三へと取り掛かる。

 まぁ確かに必要な情報は共有されている。実力以上の働きという言葉は気になるが、それでもやるしかあるまい。

 

 一先ずストレッチを繰り返し、ランニング。ボールタッチの慣れにリフティングを繰り返し、身体が温まってきたところで監督の下へと脚を進める。

 

 

「ウォームアップ完了です」

「よし、じゃあ三対三に入れ。基本的には攻撃・守備の繰り返し。組む相手はどんどん変えていけ」

「はい!」

 

 

 よろしくお願いしますと声を張り上げ、三つに分かれた列の真ん中(攻撃側)へ立つ。

 現役の大物選手たちに囲まれて緊張こそするが、今の駆はワクワク感が勝っている。精神は確かに未熟だが、それでもプロだ。緊張ばかりもしていられまい。

 

 

(……それにしても)

 

 

 レベルが高い。駆は素直にそう思う。

 気迫があるわけではなく、淡々とこなしてる様子だ。足元への正確なパス、しかしドリブルはさせない早いプレス。

 それをDF、OF共に問題なく熟せている。今までの駆が経験した世代別というのは、個々の能力は確かに高く、かみ合ったプレーは出来ていたと思う。しかし攻撃的なフォーメーションである事は否めない。

 フル代表は、全ての選手の全ての能力が高水準だ。

 

 

(けど、ディフェンスならゼッケンドルフの方が怖かった。ミュラーのような驚異的な体格の選手もいない。大丈夫、普段通りにやるんだ)

 

 

 駆は一息。足元に置いたボールを左に蹴り、DFの前に立つ。常に動き、自分にDFが付いてくるように意識。ボールは右サイドへ。駆はDFから少し距離を取り、右サイドへ少し移動。ボールを持った選手に意識を向けさせ───左側に裏抜け。

 一瞬の隙を逃さず送られたパスは足元に入り、ディフェンスが止めに入られないようトラップで右側に配置。ファーへ打とうとするが、キーパーは読んでいる。ならばと脚振りの流れを変え、ニアへと放った。弾丸のように飛ぶそれは、ゴールの右隅へと刺さる。

 

 

「よし!」

(通用する、通用するぞ!)

 

 

 裏抜け、トラップ、ホイップシュート。どれをとっても一流のそれだ。当然フル代表相手でも、決まれば決まる。

 

 

「おい逢沢、終えたら直ぐに退け」

「あ、す、すみません!」

 

 

 紅白戦なら兎も角、これは三対三だ。何度と繰り返すのに、いちいち喜んでもいられまい。

 駆が謝る中、彼と一緒にOF側を務めた選手───MFである海崎(うみざき)香木(かもく)は考え込む。なるほど、()()()()()()()()と。

 

 下手にプライドを持つのは止めよう。現状、ストライカーとしての実力に於いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。シュート技術は勿論だが、シュートに行くまでの流れは、生来(きらい)純血種(サラブレッド)ストライカー。

 現在のベテラン組も生半可な選手ばかりではない。それこそ世界のトッププレイヤーが集まるラ・リーガ、セリエA、プレミアにすら進出している選手も多勢だ。しかし最近の若手選手は優秀と呼ばれるだけあり、ベテラン組が例え全盛期だとしても敵わない能力を兼ね備えているだろう。

 

 例えば鷹匠。彼は並外れた高さと、全身を余すことなく使える柔らかさと強さがある。例えば荒木。彼には独自で打開できる高いドリブルスキルと、DFを背負いながらでも披露できるダイレクトプレーがある。例えば四季。彼には幼少期から見えぬ目をハンデにしながらもそれによって培った超感覚があり、荒木とはまた違ったシンプルなドリブル能力を有している。また駆同様、日本人では珍しいホイップキックの使い手。

 これだけでも充分だと言えるが、オリンピック代表メンバーは殆どが顕著だ。

 

 それぞれが特化した能力を持っていて、その能力を余す事なく使える環境にある。これほど恐ろしいものがあるだろうか?

 しかし、だからこそ思うのだ。惜しい、と。確かにレパートリーは豊富だ。でもやり方次第ではそれを抑えられてしまう。それが代表という場だし、探せば彼らの上位互換さえ現れるかもしれない。

 だから林木の指示通り、ここで分からせねばならまい。代表という場に立ち、そして自分が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 海崎は一度香木を見るが、彼は横に首を振る。海崎は頷き、了承の意を示した。

 

 駆が参加してから六回ローテしたところで、三対三は終了。駆は四ゴールの一アシストという記録を残して終えた。一般公開してる為に観戦者が集まる中、紅白戦のメンバーが発表される。

 こうやって一般公開してるのは、試合の時に観戦者がいる状況を再現する為なのかとキョロキョロ周りを見渡していると、ドイツに居そうな美少女が視界に入る。手を振っていた。視線をフィールドに戻す。見覚えのある姿と重ね合わせ、今度は驚いた素振りで同じ場所へと視線を向けた。ニッコリと微笑まれる。

 間違いない。何故か前季───インパルスの一部昇格後───から日本に来て、セブンと同じ東京キューティーズへと移籍してきた女子ドイツ代表、アンジェリーナ・ゼッケンドルフである。

 

 お陰で一躍騒動が起きたり、キューティーズにタレントが揃い過ぎてると移籍問題もあったのだが、その辺は置いておくとして。

 何故ここに? と、駆の中では疑問が尽きない。しかし今は試合に集中……集中……。

 

 

(……すっごい見られてる)

 

 

 集中、出来るはずもない。数多くの代表選手が居るにも関わらず、視線が自分だけに向いているのだ。何故、何でと疑問が重なり微妙な表情が表に出る。

 しかしそれは、足元に送られてくるパスと掛け声によって塗り替えられる。

 

 

「逢沢、パスいったぞ!」

「……!」

 

 

 駆がボーっとしてる間にボールは向かってきており、フォワードもフォアチェックに来ている。右側から来るボールに対して左足を出してトラップの仕草を見せると、フォアチェックはスピードを上げて詰め寄る。その瞬間に左足を踏み込み、パスが向かってくる方へと右足を軽く振り、ラン・ウィズ・ザ・ボール。

 最大速度はそれほど速くないが、絶妙な所にボールを置くトラップ技術と瞬発力でDFをいなす。

 

 お互いのフォーメーションは同じ4-2-1-3。今抜いたのはCFで、すぐにウィングがチェックへと入ってくる。対応は早いが、同時にその選択を取るという事は、本来その選手が付くべき相手がフリーになるという事。

 ならばと一度バックパス。それはダイレクトで出され、一気に右ウィングの選手へと渡る。駆は前線へと上がるが、彼に渡る前にボールは奪取される。盗られたボールはバックパスで戻された為、プレッシャーを与えるフォアチェック。だが直ぐに逆サイドへと渡り、カウンターとなる。

 

 流石に駆も馬鹿正直には及ばない。中央で何処にパスが来ても対応できるポジショニングをしながら、相手の出方を待つ。

 

 

(今はディフェンスラインが整ってる。なら……)

 

 

 もう一度パックパスが出た瞬間、駆は飛び出す。プレッシャーを与え、ミスを誘発させるディフェンスだ。一気にカウンターを喰らう場合はディフェンスラインを整える為に遅らせるやり方をとるが、今は乱れていない。ならば自分に出来るのは、最大限選択肢を減らす事。

 プロでも効く手段。それはフル代表でも例外ではない───と、駆は思っていたのだが。ボールは簡単にダイレクトで出した人物へと返され、駆がプレス対象にしていた二人の内のもう一人の方へと向かう。

 焦らせるというのは、それだけで判断力を鈍らせる手段となるだろう。例えプロでもそうなる。だからこそ取った手段だったが……何度仕掛けても、まるで大人と子供でやる鳥籠の様に簡単にいなされてしまう。やはり判断力では劣るのだろうと、駆は実感した。

 

 もちろんパス回しだけで終わるはずも無い。こちらの守備陣まで突入されると、守備的MFの狙い澄ましたインターセプトでボールを奪取。

 それは一気に前線へとロングフィード。駆の足元に収まる。しかし三対三の時と同じく、寄せが早い。下手にフェイントを仕掛けようとすれば取られるだろう。駆は慣れた動作で左足でボールを跨ぎ、右足をラボーナする様に振る。しかしプレスを掛けて来た選手は一流だ。更に一歩詰め込み、駆の得意分野たるオグフェイント───通称φトリックE(エボリューション)の封じを行う。

 確かに、幾らブーメランの様に軌道を描けるからといって、出どこさえ封じれば即座にカットされるだろう。しかし駆にはそういった対応をする相手へのφトリックを持っている。

 

 φトリック時にエラシコを掛け、全くの逆方向へとボールを進める革命版φトリック。φトリックR(レボリューション)だ。

 

 

「ぅ、おっ」

 

 

 まるで消えたかの様に錯覚するだろうほれぼれするボールコントロール。パフォーマンスもさることながら、実用性あるテクニックとして昇華させた駆の持ち技だ。

 フル代表級でも問題なく通用する。その事実に駆は笑みを浮かべ、空いた前のスペースを縦横無尽に駆け上がる。鍛え上げた瞬発力が発揮され、DFを置き去りにする。

 しかしトップスピードはそれ程でもない。ボールを扱う時の速度は更に落ちるだろう。直ぐにフォローが入り、駆の前を塞ぐ。間が空いてるうちに味方の位置を把握。ワンツーで即座に持って行きたかったが、現状直ぐに返せる味方はいない。

 

 駆は直ぐに体勢を整える。左足にあるボールを右側へ、体の向きを変えて左肩を詰め寄るDFにぶつける形。自分の体格は小柄な方だ。リーチの長い相手ならば簡単に盗られてしまう。だから出来るだけ相手とボールとの間を空け、動かして足を出すだけでは盗られない配置を繰り返す。

 やがて近寄って来た味方にボールを渡し、自分は即座に走る。一瞬でDFの裏を突く動きだ。まだペナルティエリアから十五メートルほど離れている。しかしフリーな今、駆に渡せば少し運んでホイップキックで決められる。

 

 くださいと、そう要求する様に視線を渡す。ボールを保有しているのは海崎。右足を振りかぶり、駆に出す素振りを見せる。しかしキックフェイントだ。ボールは出ず、そのまま海崎が保有。やがて左サイドへと渡された。

 駆は疑問を浮かべるが、出されたボールの事を考え過ぎてもダメだ。直ぐにイメージを焼き直し、左サイドからの攻撃に動きを合わせる。

 

 ───が。

 

 

(ぜんっぜん、パスが来ない……いや、パスは来るんだ。でも裏抜けの時、ここぞって時のパスが出されない……。シュートへ行く為の道筋が見えた時、一度はこっちに出す素振りを見せてくれる。でも結局、他の方に……)

 

 

 何故だろう、と。疑問が駆の頭の中を埋め尽くす。やがて駆は一本もシュートを打てぬまま、紅白戦前半は終了する。各自五分休憩。ベンチはあるがスペースは無い。それぞれ土手の方やら日陰の方やら好きな所へ移動して休んでいる。

 駆はコミュ障というわけでは無いが、流石に大物達に普通に振る舞うには躊躇いが出たので、少し離れた位置で尻もち着いた。深く息を吐き、『何がダメだったのか』を今一度よく考える。インパルスの時、心が折れそうなときに貰った鷹匠からのアドバイス。「思わずパスを出してしまう様な動き」というのは、普段から意識してるつもりだ。それが100%発揮されてるかはさて置くも、荒木や四季ならば必ず渡してくれる。

 実際、オリンピックでもあのパターンで決めた事が数回あるのだ。 

 

 では一体何が……と考えていると、後ろから声をかけられる。

 

 

「Hallo, Aisawa」

「あ、えっと……」

「Sie scheinen besorgt zu sein. Wo bist du gefangen?」

(悩む……どこに……)

「あー……く、クリティッシュシズーナ(決定的な場面)……ボール……ウィ・ニッシュドカモン(来ない)……」

「あはは、Entschuldigung(ごめんなさい)。日本語でいいわよ。ちょっと意地悪だったかしら?」

 

 

 其処に居たのはアンジェリーナだ。彼女もプロだし、女子のドイツ代表選手。性差はあれど、自分よりも優れた部分があるだろう。その彼女のアドバイスとあらば聞かない訳にもいくまい。

 必死に繋ぎ繋ぎドイツ語で対応していると、やがてアンジェリーナは笑って謝る。その笑顔に見惚れていると、アンジェリーナは意外そうに呟いた。

 

 

「あら、脈アリ? リトル・ウィッチに取られた時はどうしようかと思ったけど、これなら略奪も出来そうね」

「な、ないですないです! 僕はセブン一筋ですから!」

「それは残念。今のボイス、録音したからリトル・ウィッチにでも渡しておくわ。愛の証明として(揶揄う為に)♡」

「……!?」

 

 

 取り出されたスマホをワンタップ。『僕はセブン一筋ですから!』という言葉が出てきて、その短いセリフがループされる。恐らく言葉を予測して直ぐに録音したのだろう。何という早業、これがプロ。

 

 

「まあジョークは置いておくとして」

「冗談か……」

「……残念そうね?」

「いえそんな事は!?」

「ま、休憩時間はそれ程無さそうだし、揶揄うのはやめておくわ」

 

 

 アンジェリーナがチラッとベンチを見ると、林木が腕時計を気にしていた。恐らくあと二分とてないだろう。三分ほどあれば揶揄っていたが、今はそう余裕もない。

 

 

「アイザワくんのプレーは素晴らしいと言っていい。確かにフル代表でも通じる裏抜けではある。でも今回で言うと、日本代表のメンバーの判断は正しいかな?」

「僕にパスを渡さない事が、ですか?」

「正確には、裏抜けをしようとするアイザワくんへのパスを渡さない事が、ね。アナタ、ちょっとパサーに頼り過ぎかも」

「え?」

「あのオリンピックで見る限りだとパサーに恵まれてたみたいね。だからそれに合わせた動きが出来る。でもそれって、針の穴を通す様な繊細な技術があってやっと出来る事なの。今見た感じだと、最低限アナタの裏抜けに合わせたパスを出す事はできると思う。でも少しの力みや揺れで、ディフェンスに追い付かせる術を与えてしまう」

 

 

 確かに、幼少期には傑が。高校では荒木が。プロの場では四季が。世代別では更に佐伯、世良などのテクニックプレイヤーが集結していた。自然とそれに合わせる動きをする様になったが……現状の代表では、そこまで特化した選手は存在しない。

 

 

「アナタの武器は裏抜け。でもそれを開始した時点でゴールの駆け引きに入り込んでいる。シュート意識を持った以上、持っていく意識が高まるから……一点への心の準備は、同時に唯一の隙になる」

「そっか……」

「取り敢えずアナタが考えるべきは、この代表達がどんなチームなのかという点かな?」

「後は実践あるのみ、ですね」

「───ん〜、やっぱその凛々しい感じいいわね。今からでも私のボーイフレンドにならない?」

「あはは……勘弁してください、アンジェリーナさん」

「アンジーでいいわよ、アイザワくん」

「僕も駆で良いですよ、アンジーさん。有難う御座いました!」

 

 

 駆は強気な笑みでお礼を言いつつ、地面から尻を離して立ち去る。柵越しでの会話。アンジーは今の会話でそれとなく駆の性格を把握し、キューティーズで共に戦うセブンの性格を思い出し、呟いた。

 

 

「二人共ピュアというか、モドカシイというか……。二人纏めて私が襲っちゃおうかしら」

 

 

 ……何処かのピッチの白鳥が「やめとけ」と真顔で放った気がした。

 

 数分後。再びフィールド前線を走り回る駆は、ペナルティエリアから離れた位置でパスの中継役として動き回る。本来裏抜けを得意とし、点を奪う事を主にしたストライカーとは全くの別物だ。前半とは見違える消極的な動き。

 海崎は前線でそのパスを受け取ると、一度駆に視線を移してから香木の方へと向く。彼は頷き、意図を読み切った。

 

 現在の駆は、間違いなく裏抜けを狙っていない。自分の武器を捨てたも同然の行為を行なっている。なぜか───それは恐らく、意図をしっかり受け取ったからだという推測が立てられる。

 ならば試していいだろう。

 海崎は一度バックパスを入れ、中央に切り込む。再びパスを受け取ると、フライパスで駆の下へとボールを送った。

 

 

(───こんな体格だし、僕は鷹匠さんみたいなポストプレーは出来ない。だから裏抜けを磨いて、一番の武器を育て上げた。でも)

 

 

 駆は現状、若手の中ではトップクラスのストライカーだ。だからこそそれを自覚しなきゃならない。トップクラスであるという事は、それだけ相手に警戒されるという事。即ち、情報を知られるという事。

 駆の現状の武器は裏抜けと、シュートに行くまでの流れを完璧に整えてくれるφトリック。ロングレンジからでも放てる無回転シュートに、ミドルレンジに入ればほとんど決まるホイップキック。そしてゴールへのルートを見出す、独特の嗅覚。

 

 でもそれはパスに特化したアシストが居て初めて成り立つモノであり、またそれだけの味方がいる以上、同等の相手さえ現れる可能性がある。ゼッケンドルフは良い例だ。フランクフルト戦で駆の嗅覚が彼の眼を出し抜いたが、それも一度限り。もう一度やろうと思えばそれを考慮して防いでくるだろう。

 ゼッケンドルフは飛び抜けているが、他の選手もそう。φトリックに対しては二人付く事で対処は出来るし、軌道を変えられるホイップキックもシュートコースが塞がれればただの威力が強いコースが甘めのシュートだ。無回転だって100%成功する訳じゃない。

 

 その全ての情報を理解し、対処されれば、駆はストライカーとしての誇りたる“得点”を一個も出せずに終わってしまう。

 だから現役時代に最高レベルのパサーとして活躍した林木監督は、この場に一足早く駆を呼んだ。パサーに依存した唯一無二のルート以外を選ばせる為に。

 

 

(それだけじゃ駄目だ! 情報を増やす! 相手に対処させる道を増やす! そういう駆け引きも覚えるんだ!)

 

 

 基礎中の基礎。弱点の克服だ。

 弱点が無い選手は、それだけで強い。正解のない対処は首を締めるピンチに繋がるから。

 だから駆は、苦手分野に挑戦する。

 

 

(……!)

 

 

 駆はポストプレーが苦手だ。ジャンプ力が無いから競り合いには勝てないし、フィジカルでも及ばない。しかし培った取られない様にする術はある。言わば、ディフェンスに対しての身体の張り方。

 それにプラスして兄とは別種の空間把握能力。ボールの落下地点を予め予測して、確実に競り合いにはならない様スペースを確保する。つまり、足を伸ばして届く位置に身体を置くのだ。下手に足をだせば突破させることになる。下手に押せばファールになる。競り合わないからこその強みを、駆は活かせる状態にある。

 

 

(確かに普段通りでも、フル代表に通じる。けど()()()封じられる。だから『実力以上』を発揮しなきゃならない)

 

 

 でもその言葉は、何も限界突破などという無茶な要求じゃ無い。昨日できなかった事を今日できる様に、自分にできる限りをこなせる様に。そんな意味を込めての言葉だ。

 駆は伸ばした脚で全衝撃を吸収する様にトラップ。流石に傑程まではあかないが、シュートに置いて最も大事な“置き所”は決して蔑ろにしない、洗練された動き。

 

 裏抜けではないからフリーではない。しかしペナルティエリア付近で受けたがゆえに、即座に放てる位置へと存在している。当然シュートコースを塞ぐ様に動かれるが、駆はシンプルにボールを左にはたく。パスだ。

 近くに来ていた香木は受け取ると、ワンツーで即座に返す。ショートパスだ。これなら小学生でもズレたパスなど出せまい。

 左足に送られたボールをダイレクトで振りかぶる。キーパーの動きを把握し、逆方向へと強烈なシュートが放たれた。

 

 ───如何なる計算に於いても、マイナス×プラスはマイナスにしかならない。でもサッカーは計算じゃない。どれだけ苦手(マイナス)な分野があったとしても、それを補える得意(プラス)があればプラスへ変化する。

 弱点だと思っていた手段で対抗出来る策を見つけたストライカーを止める事など、そんじょそこらの選手に出来るはずもない。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

『───決まったぁ! 世代交代した日本代表の初試合、親善試合ではありますが……ベルギーを相手に3-0! そのいずれも同選手の得点!』

 

 

 後に林木はこう語る。

 いえ自分のお陰なんかじゃないです。マジで。ホントにマジで。ここまで化けるとは思っていなかった、と。

 

 

『逢沢 駆、なんとA代表デビュー戦でハットトリックを達成!』

 

 

 

 


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