「ふぁぁ……」
下駄箱で上履きに履き替え、教室に向かう。
学校にいる時は片手はポケット、片手にコーヒーがマストだ。ブラック、微糖、奇を狙ってミルクティーとバリエーションは様々だ。このきめ細やかな工夫に気付いている人間がこの学校に何人いるのやら。某まちがっているラブコメの捻くれ主人公に影響されまくっていた時は一日2,3本はMAXコーヒー、通称“マッ缶”を飲んでいた。ちなみにマッ缶ブームは一週間程で終わってしまい、家にはAmazonで箱買いしたマッ缶が大量に残っている…あんなの週に1本が限度だろ。
あ、別にコーヒー飲んでいる自分かっけぇーとか全く思ってないからね?ただ好きなだけだからね?
教室に入り自分の席に座る。強運によって手に入れた窓側の後ろから二番目の席だ。今後も必ず死守する。
そんなどうでもいい事を考えながら一限目の準備をする。朝からうるさい連中の声を愛用イヤフォンでガードする。イヤフォンを忘れた日の授業間の休憩、昼休みは地獄そのものだ。
「で、あるからということは……っと、では今日はここまで」
チャイムが鳴り、おじいちゃん教師がノンストップで話し続ける授業が終わる。退屈だが、この授業は板書が命。一回でも休めば友達の少ない俺はoutだ。
「次って南ちゃんの授業じゃーん。何やるんだっけ」
「グループワークじゃなかった?」
近くの女子の会話が聞こえる。聞き耳を立てるのは上手い。
三限終わり、次終われば昼休み。外は快晴。グループワーク。
「……サボろう」
チキン故に中々踏み出せない行為だが、口に出すことで決心を固める。運よく出席扱いになったりしねえかな。しねえか。まだ2欠だから大丈夫だろう。
自販機を経由して屋上に向かう。
立ち入り禁止の張り紙が貼ってある為勘違いしている人間が大多数なのだが。この重量感のある古びた扉は鍵はかかっておらずただ接触が悪いだけなのだ。
屋上の扉を開ける。コツをつかめばこんなもんよ。
人が来ることを計算していない屋上は何もない。腰ぐらいまでの塀とそこから胸当たりの高さの手すり。屋上から更に上に伸びている給水塔だけだ。
梯子を上り給水塔の上に立つ。建つ。見えるのは住宅街。異世界からやってくる侵略者たちから町を守る謎の一団の巨大な基地も無ければ宙を移動する死神代行の姿もない。至って平凡な街並みだ。
「風が騒がしいな……」
厨二中学生が言いそうなセリフを呟き、紙パックにストローを指す。【珈琲屋さんのカフェオレ】、味は確かだが学校以外で見たことないやつだ。
カフェオレを味わいつつTwitterのタイムラインを追う。といっても休み時間もほぼ毎回見てるわけだから殆ど代わり映えしない。音ゲーもスタミナ回復待ちだ。
「寝るか……」
サボったらサボったでやることが無い。小心者故に微妙に罪悪感もある。が、仕方ない。グループワークなんて本当に嫌だ。
心の中で死ぬほど自分に言い訳をし、仰向けになる。アラームは……平気か。遅くとも昼休みには起きれるだろう。
快晴、良い感じに暖かい気温、完璧だ。良質な睡眠ができそうだ。
俺の名前は久保
どれくらい普通かと言うとこうやって頭の中で誰に対してでもなく自己紹介をしてそんな状況をしっかり把握し、軽く厨二病入ってるけど自分はちゃんと現実も理解してますよーと言い訳しつつも心のどこかでは人と違う特徴やポイントを求めている普通の高二病改め、至って普通の高校生だ。
大体、男子高校生なんて基本妄想だけで生きている。と思っている。自分がそうだからとかではなく。
クラスの女子と目が合えば自分に気が合うのかと勘違いし、授業が退屈な時はいつ学校に侵略者(人気一位:テロリスト。二位:隣町のヤンキー)が来てもいいよう脳内シュミレーションしている奴が殆どだ。
電車で寄りかかってこられると恋が始まると身構え、
とまあここまで長ダラダラと語ってきたこの話だが、睡眠に向けての心を無にするために時間を埋める為のこの話に意味もなければ綺麗なオチもない。……強いて言えば、陽キャだろうが陰キャだろうが目立ちたがり屋だろうがすましてる奴だろうが、高校生という存在は殆どが主観的にしかモノを見ることができず、自分が世界の主人公だと疑わない。そして時を重ね現実というものを知り始め、自分を客観視できるようになり、後悔する。黒歴史だと名をつける。それらをいい思い出だと思えるかどうかは過去を後悔してからの生き方次第だと思う。
みんな等しく後悔をする。なら、誰にどんな目で見られようと馬鹿にされようと、自分のやりたいようにやり、生きたいように生きてほしい。と思う。
たとえその選択を、未来の自分に恨まれるとしても
「好きです!」
下からデカい声が聞こえ、目が覚める。なにアレ、時代劇モノ?すげえいい夢だったのに……許すまじ。
軽く伸びをし、体を起こす。バレないように静かに下を見る。
そこには一組の男女がいた。寝起きでピントが合わない。あったところで誰だか分かるかどうか不明。……にしても、昼休みに告白っていうのもすげえな。
こういう場面に遭遇した場合、誰かに話してこそ真の価値が発揮されるものだが、生憎俺には言いふらす友達もいなければ当事者二人の正体も分からん。
元いた位置に戻って携帯を開き、表示された時間を見て絶句する。した。【16:29】
「やってしまった……」
五、六限までサボってしまったことに変な汗が止まらない。これが小心者の小心者たる所以だ。硬いコンクリの上でこんな時間までしっかり寝られるとは思わなかった。そして誰からもラインが来ていない。こんな場面で友達の無さを再確認するとは思わなかった……
「ごめんなさい」
下では恐らく振られている。一瞬で情報量が多すぎる。一旦落ち着こう。素数素数。ついでに置いてあるカフェオレを飲み干す。
「っ?!ごほっ……っっ」
ちゃんと咽る。飲み物を飲んで落ち着こうという考えがすでに間違っていたと後悔する。
冷静に息を整え、深く深呼吸をする。
「ふぅーっ……」
初めからこうするべきだったと反省する。シンプルな深呼吸。それでええ。
気づけば下から会話は聞こえなくなっている。まあ告白の場に当事者以外がいた場合、お互いなるべく早くその場を去りたいはずだ。
それ以前に結果が良くなかった時点で告白した側は即刻その場から消えるはずだし、告白された側もその場に残る必要は無いはず。よってこの下には誰もいない。
そう結論を出し、空の紙コップを片手に梯子を降りる。
「あの……すみません」
「ふぁい!?」
予想もしないタイミングで声を掛けられ変な声が出る。降りてる途中だったら本当に危なかったかもしれない。
声のする方に目をやるととそこには同学年の女子がいた。
黒髪ショートボブ。小さめの背。多少幼さが残る顔立ち。……なんか俺キモイな。自重しよう。学年集会などの場で何回か見たことがある為、同学年というのは予測がつくが、関わったことが無いので名前は分からない。かなり可愛いから記憶に残っている。そして声的に、さっき告白されていたのも彼女だろう。
「さっきの……聞いてました?」
やっぱり予想通り。さっきのって下で行われていた告白の事……だよね?
「聞いてたというか……聞こえちゃいました。スミマセン」
「いや、全然大丈夫です。ただ、あんまり人に言わないでもらえますか?」
そう言い頭を下げる彼女。なにこの人、良い人そう。
「あー……全然そんなつもりなかったんで平気ですよ」
話す相手いないし。Twitterでは呟くけどね。
「本当ですか!ありがとうございます!あ。私二年C組の
「……二年D組のクボトモウシマス」
「え、あ、すみません!私、人の顔とか覚えるの苦手で……」
100%知らないだけな筈なのに……正式にいい人認定させていただきます。惚れそう。むしろ好き(ちょろオタ)。勝手に惚れてくれないかな。
「全然、慣れてるんで大丈夫です」
相手をしっかり気遣える俺クールすぎる……事実なだけなんだがな。
「……」
「……」
そして訪れる静寂。ここからどうすればいい。助けてくれ姉ちゃん。こっちから話を振るか?何も思いつかない。静寂がしんどい。
「えーっと……」
しばしの静寂の後、向こうが醸し出す雰囲気で言いたいことを察知する。そろそろ帰るけど無言で去るのもなんか感じ悪いしかと言って一緒に帰るのは違うし、帰ると宣言してついて来られてもめんどくさいし……空気読め陰キャ。といったところだろう。
「あ、ー自分ここで人待つないといけないんで……」
「そうなんですね。だから上に……」
軽く噛んだが、いい感じの理由を造る事に成功できた。120点の対応だ琢也。
「じゃあ邪魔にならないよう私は先に帰りますね」
「あ、はい。お疲れ様ですっ」
少し声が上ずったが彼女は特に気にする素振りも見せず、軽く頭を下げ扉の方へ向かっていった。
こうして三組の美人、との初遭遇は終わった。恐らく今後関わることもないだろう。……あ、LINE交換して貰えばよかった。…………でもどうせ交換したところで挨拶送って返されてそれっきりになる未来しか視えないし、コミュ障陰キャ童貞なりに頑張って話を広げようものなら女子会でのネタに使われること間違いない。これが最適か。
可愛い女の子と会話した。この事実だけでしばらくは楽しく人生を送れそうだ。
^^^
「なにか御用でしょうか」
特に用が無い限り立ち入りたくない場所第二位がここ職員室だ。普段の教室とはなんとなく違う、少し威圧のある部屋で普段と変わらない感じを装う。内心バクバクだが。小心者にはきつすぎる。
「んー、……久保くんさあ」
目の前のパソコンをカチカチしながら二年C組担任、英語教師の
「昨日の四限何してたの?」
「あー……はい」
やっぱりそれかぁ……四限だけならアレだが、そのあと全部サボってる時点で言い訳する気にもならない。どっちにしろ怒られそうだし。なら素直に怒られておこう。
「……はぁ…………」
特に何も話し出さない俺に呆れた先生はキーボードから手を離し、オフィスチェアを回転させこちらに目を向ける。
「久保くん、普段の授業は真面目だし、他の先生からの評価も別に悪くない。ただね、年度の初めに自分はグループワークの類が苦手だって相談してきたからってグループワークの回を自由にサボっていいわけじゃないし、成績に関わってくるから全く出ないとなると評価の仕様がないんだよね」
「いや、あー……はい。すみません」
もしアレでしたら土下座でも……と言いかけてやめる。そういう話じゃない。真面目にやっている他の子がかわいそう。こんなところだろう。
「いくらテストの点数が良くてもこのままじゃ良くて最低評価だよ?」
「進級できるなら、ありがたいです」
「……はぁ…………ま、今のままじゃ最低評価も危ういけどね」
そう言って再びパソコンに目を向ける先生。マジかよ……そんなサボった記憶ないのですが。
「スミマセンでした。次からマジメに出られるよう努力します」
「…………まあ、そのあたりについては色々と考えてるから」
色々?
「とりあえず話は以上。退出してよーし」
「ありがとうございました。失礼します」
一礼し、出入り口の方へ歩き出す。よかった、早く終わった。
「あ、そうだ」
甲斐先生は俺を引き留め、本題を忘れていたと続ける。え、どう考えてもさっきのが本題じゃないの?他何かあるか。
「七部の事なんだけどね」
学校七不思議研究部、通称“七部”。甲斐先生が顧問を務める我が学校の部活動の一つだ。うちの学校は入学から一か月の猶予の後に、全員が部活動への入部を強制される。なんとも時代錯誤な学校だ。
そんな学校において、様々な理由で部活動に入りたくない人間を集めた実質帰宅部こそが俺も在籍する学校七不思議研究部だ。四、五年前からあるらしい。
「廃部になります」
「はぁ?!」
今日イチでデカい声が出た。周りの先生がこちらを見てくるが関係ない。
「どういうことですか!」
「うちの学校は顧問一人と部員三人以上で正式に部活動として認定される。そして今この部活には私と久保くん、あなたしかいないの」
「なんでですか!確かに……高校デビューしたはいいものの入学後すぐの自己紹介で盛大にやらかしてそこから三年間テスト以外は保健室登校だった柿原部長は引退し学校も卒業しちゃいましたけど、まだ人材はたくさんいるハズだ。現に二年生の授業が始まって一か月以上が経とうとしている。なのになんで……」
「なんでも何も、言ってるでしょう。あなたしかいないの」
「まさか……辞めたんですか?」
甲斐先生は静かに頷く。そんな……入学してしばらくして動画投稿サイトにアップした動画がバズって今登録者数10万人越えのユーチューバーとして活躍してるカモネギ(本名:石川)も、入学式でUNCHI漏らしてそれ以来不登校のぐっさん(本名:山口)も、TikTokで炎上してそれっきり学校に来てない(らしい)橋本さんも辞めたっていうのか……よく考えたら不登校しかいねぇ。なんだあの部。
「新入部員も特に見当たらない。というわけで七部は廃部。いい傾向だね」
「どこがですか!……いや、まあたしかにそうではありますけど……」
どうしよう……すでに出来上がっているコミュニティにこっから新しく入るとか無理だ。きついなって言おうとしたけど無理だ。ごめん。
「……どうしよう」
「文芸部とかどう?本好きじゃん」
「一人で読みたいんで。というか無理ですよ今更。……もう、バレないようにしれっと籍だけ入れといてくださいよ。何部でもいいんで。土下座しますんで」
「まあ、そう言うだろうなと思って、先生準備してあります」
そう言いドヤ顔で胸を張る先生。可愛い。大きくないけど。何がとは言わないが。
にしても、既に準備中か。さすが先生。俺の事よく理解されておられる。有難い。
「とりあえず、ここに向かって。私もすぐ向かうから」
そう言い再びパソコンに向き合い始める先生。……とりあえずここから出るか。
失礼します。と軽く頭を下げ、出入り口に向かう。はあ、緊張した。
「失礼しまーす」
扉を開けようとした瞬間、いきなり他の生徒が入ってきぶつかりそうになった。ノックをしなさいノックを。
「っあっすみません」
「あ、ごめんなさーい」
ぶつかりかけた生徒はそう言うと、そのまま中に向かっていった。
……まあ、ちょっと軽い感じなのはイラっときたが。可愛かったし、許そう。あと結構髪明るく染めてたし、絡まれたら怖いから許そう。
ああいうのは大抵二個上ぐらいの不良系の男と繋がりがある。怖い怖い。
二個上の不良と自分の偏見の酷さに軽く怯えながら、職員室を出て右手に持つ紙に目をやる。
部活棟 407
甲斐先生に渡されたメモには綺麗な字でそう書かれていた。
^^^
五階+屋上で成り立つ本館と四階+屋上で成り立つ別館。それらを繋ぐ二階の渡り廊下。なんとなくおしゃれなビジュアルはこの学校の人気の一端であるらしい。
本館は一年が一階。学年が上がるにつれ階も上がる定番のシステムだ。職員室や保健室などは二階になる。四、五階は多目的室や女子更衣室など細かい部屋がある。
「こっちか?」
部活棟という呼び名で呼ばれる別館を一人彷徨う。部の活動が無いため、入学して一年以上経つ今でも部活棟は馴染みが無さすぎる。
部室棟は一、二階が運動部の部室。そこから上が文科系の部活に割り当てられている。我らが七部に部室はあったのかな……
恐る恐る部室棟を進んでいく。漫画研究会、アニメ研究部、オカルト研究推進科。研究してばっかだなコイツら。てかオカルト研究なんて七部とコンセプト被りすぎだろ。超どうでもいいけど。
「ここか……」
文科系の部室の前を練り歩き、ようやく目的の教室に到達した。一番遠回りしたっぽいな……というか両隣とも空き教室なんだな。まあいいか。
「失礼します……あ」
「あ……昨日の」
ドアを開けた先には先日、屋上で遭遇を交わしたばかりの有瀬瞳が座っていた。