キャラの年齢は
セナ 17歳
ソフィア 23~4歳
のつもりです。
エプロン姿のソフィアが、ぱたぱたとキッチンを忙しなく駆け回る。
鍋の火加減を見つつ野菜を水洗い、簡単なサラダを盛りつける。まとまった時間があれば空いた皿から片付ける。実に無駄のない動きで、テキパキと家事をこなしていく。
こんなとき、奴隷時代も無駄ではなかったのかな、とソフィアは少し思う。あの頃は生き延びるため、生かしてもらうため様々なことを身につけた。自分が使い物になると示すことが、自分の命を長らえさせることに繋がっていたから。
あの時間も無駄ではなかった……泣き出したくなるほど辛い日々の連続、その記憶と折り合いをつけるには、そう考えでもしないと耐えられない。心のどこかで分かっている本音に、ソフィアはあえて目を瞑る。
と、淀みなく準備をしていたソフィアの手が止まった。
いつもと同じ時間。玄関扉の前に人が立つ気配。
頬に浮かぶ笑みも堪えきれず、ソフィアは玄関に立って出迎える。――大好きな人の帰りを。
「ただいま、ソフィア…わあっ!?」
「セナ、おかえりなさいっ!」
満面の笑顔を浮かべ大型犬よろしく、セナの胸に飛び込むように抱きつく。
ソフィアの長身が覆い被さるように迫り、セナは思わず仰け反りながらそれを受け止めた。
十数時間振りの再会。セナにとっても心踊る時間なのは間違いないが、ソフィアの纏う花のように甘い香りに気づき、不意に不安を覚えた。
「ちょ、ちょっと待ってソフィア、私まだお風呂入ってないから…!」
セナ自身、仕事から帰ったばかりなのだ。
着ていた服も蒸れているだろうし、髪の毛もぺったりとしてしまっている。汗臭くはないかと心配になり、思わずソフィアを引き離そうとする。
「んうっ、な…なんで離れるの…?」
「なんでって…だからお風呂まだだし、汗の匂いとかするかもだから…。」
「もー、そんなに気にしなくていいのに…。セナはいつでもいい匂いだし、どんな匂いのセナでもわたしは大好きだよ?」
「そういう問題じゃなくて…はぁ…。」
言いくるめられるまま、結局ソフィアの密着を許してしまう。
もはやこれもいつものことだという慣れと、結局はソフィアに抱擁されることが嬉しくもあり、呆れと笑顔の入り交じった表情でされるがままになる。
…それにしても、とセナは思う。
確かに帰宅直後の抱きつきはいつものことだが、今日のソフィアはとりわけ嬉しそうに見える。
「えへへ、セナぁ…。」
「はいはい。…ソフィア、何かいいことあったの?」
「! そう!よく聞いてくれましたっ!」
あまり聞かない、ソフィアのわざとらしい台詞回しにセナは一瞬困惑する。
ソフィアはそれに構うことなく、実はですね…と含みのある前置きをし、セナの手を引いてキッチンへ促す。
キッチンに着くと同時、食欲をそそるクリーミーな香りがセナの鼻をくすぐった。
ばん、と両手を開き、ソフィアが声高に言う。
「なんと……今日の晩ごはんが、とっても美味しく出来たのです!!」
ぽかん、という音が聞こえてきそうだった。
満足げに両手を開いたポーズを続けるソフィアに、セナは様々な意味で圧倒されていた。
「…あ、あれ?…反応なし…?」
咄嗟に言葉が出せずソフィアが心配がるが、決してセナは上の空だった訳ではない。
この小さな幸せに心から笑えるソフィアを、たまらなく愛しく感じていた。同時に、自分がそんなソフィアと同じ
「…ほんとに、良い匂い…。ちょっとだけ見てみてもいい?」
「う、うん!」
空っぽの胃を刺激する、濃厚な香り。
うっとりとするセナの恍惚とした表情に、ソフィアは思わずどきり、と鼓動の加速を実感した。
鍋の蓋を、ソフィアが勢いよく開け放つ。
途端に五感を、湯気と香りが支配する。
沸き立つ香りに、二人同時に充足のため息をつく。
鍋の中には、ミルク色のシチュー。彩りが白に映える大きめの野菜と共に、くつくつと煮込まれていた。
セナは思わず唾を飲む。これは、本当に美味しそうだ…。
くううぅぅ……と、力の抜ける音が部屋に響いた。
横を見れば、ソフィアがその頬を少しだけ赤に染めている。
「……ソフィア?」
「え、えへへ……ずっと美味しそうだなーって思いながら作ってたら、すごくお腹空いちゃって…。」
恥ずかしさを照れ笑いで誤魔化した後、ソフィアはこほん、と咳払いをする。
「…本当に、自信作なんだ。だから一番に、セナと一緒に食べたくて…。」
うずうずと、食事の時間が待ちきれない様子のソフィア。
お腹が空いているのもあるけれど、早く味の感想が欲しいのだな、とセナは合点する。
母親に褒められるのを待つ子どものように目を輝かせるソフィアの可愛さに、思わずセナの顔も綻んだ。
「ふふ、分かった分かった。すぐお風呂入ってくるから、待っててね。」
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ーーー
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「はあぁ…美味しかったぁ……。…ごちそうさまでした。」
「お粗末さまでした。お皿洗っちゃうから、こっちに頂戴?」
「うん、ありがとう。」
再びエプロンを着け直したソフィアに食べ終えた皿を渡し、セナは食卓の椅子に深く腰かけながら満足そうにため息をつく。
ソフィア会心のシチューの味は、セナにも大好評だった。一口口に含む度、濃厚な旨味が広がる感覚…思い出すだけで頬が緩んでしまう。
セナが料理を褒める度に、ソフィアは心から嬉しそうに笑った。その笑顔に、セナもまた心を満たされる。
…ほんの一年前までは知らなかった
いまやそれは、セナにとってなくてはならないものになっていた。
「…ずっと、こうやって過ごせるといいな。」
「えー、何か言った?」
「…ううん、なんでもないよ。……ふあぁ…。」
正直に言うのが少し恥ずかしくて、セナは言葉をぼかす。同時に眠気もやってきた。
濡れた手を拭いながら、ソフィアがその顔を覗いてくる。
「セナ眠そう…わたしまだやることあるし、先にベッド行ってていいよ?」
「ん……ごめん、そうするね。」
眠い目を擦りながら、のそのそとベッドへ移動を始める。…と、その足を止め、ソフィアの方へ振り向いた。
「ソフィア。」
「うん? なあにセナ?」
「すごく美味しかった……また作ってね。」
「!…………うんっ!」
静かにそう告げて笑顔を向けると、おやすみと呟いてセナはベッドに向かった。
一分もしないうちに、小さな寝息がソフィアの耳に届いてくる。
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ーーー
ー
寝間着に着替えたソフィアは、長髪を肩から前に流し、黒縁の眼鏡をかけて小説に目を落としていた。
家事をあらかた済ませた後は、眠くなるまで読書に耽る。セナに本を借りるようになってから、この時間がソフィアの日課になっていた。
ちょうど短編を一つ、読み終えたところで欠伸が出た。
今日はここまでかな、と布製の栞を本に挟み、キッチンの椅子から腰を上げる。
ふと、自分がさっきまで座っていた、二人がけの食卓に目をやった。
思い出すのは、今日の晩御飯の光景。
美味しい、と顔を綻ばせて笑うセナを思い出し、こみ上げる喜びに目を細めた。
料理をすることは、何度もあった。
けれどそれは味の良さなど当たり前、不味いものを作ってしまえば酷い折檻を受ける、そんな時間でしかなかった。
セナに出会い、共に暮らすようになって、こんな
大切な人の笑顔…そのために料理を作ることが、こんなにも楽しく幸せなものなのだと。
「また作ってね。」
…何より嬉しい言葉も貰えた。もう少しで、泣いてしまいそうだった。
これからも、セナに褒められたい。
これからも、ずっとセナに料理を作りたい。
「…ずっと、こうやって過ごせるといいな。」
むにゃむにゃ、と言いながらセナが寝返りをうった。
普段は冷静でしっかり者のセナだが、たまに年相応に見えるときがある。その対比が、とても可愛いとソフィアは思う。
「おやすみなさい、セナ。」
シチューは、まだ少し残っている。
明日はこれをドリアかパスタにしようかな。
また、セナが喜んでくれますように。