僕の彼女は曜ちゃんです⚠再編集中 詳しくはあらすじへ   作:ゆうきoog3

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38話

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放課後――。

 

 

西へ傾き始めた太陽が校舎を赤く染め、駿河湾の海は夕日に照らされて黄金色に輝いている。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

千歌の掛け声が屋上に響く。

 

九人が一斉にステップを踏み、息の合ったフォーメーションを描く。

 

俺は少し離れた場所でストップウォッチを握りながら、その姿を見つめていた。

 

ラブライブ本選まで――あと一週間。

 

北海道から帰ってきて三週間。

 

あっという間だった。

 

修学旅行。

 

Saint Snowとの再会。

 

東京での説明会。

 

そして、休む暇もないほど続いた練習の日々。

 

その全てが、今のAqoursを作り上げてきた。

 

「ストップ!」

 

俺が声を掛けると、音楽が止まる。

 

九人はその場で呼吸を整えながらも、誰一人座り込まない。

 

最初の頃なら、真っ先に千歌が寝転がっていたはずだ。

 

でも今は違う。

 

全員の身体が、この練習量に慣れてきていた。

 

俺は首から下げたホイッスルを外し、手元のメモへ目を落とす。

 

今日の練習内容。

 

・フォーメーション最終確認。

 

・歌唱バランス。

 

・スタミナ維持。

 

・本番を想定した通し練習。

 

一つひとつ確認しながら、赤ペンでチェックを入れていく。

 

気付けば俺も、こうして練習メニューを管理するのが当たり前になっていた。

 

最初は動画を撮ることしかできなかった。

 

飲み物を準備して、タイムを計って、困っている人がいれば声を掛ける。

 

そんなマネージャーだった。

 

だけど今は違う。

 

誰が疲れているのか。

 

誰が焦っているのか。

 

誰が少し無理をしているのか。

 

表情や呼吸を見るだけで分かるようになっていた。

 

「五分休憩!」

 

俺の声に、それぞれがタオルや水筒へ手を伸ばす。

 

クーラーボックスからスポーツドリンクを取り出し、一人ずつ手渡していく。

 

千歌にはスポーツドリンク。

 

果南さんにはミネラルウォーター。

 

鞠莉さんには塩分補給用のタブレット。

 

ダイヤさんには冷やしたタオル。

 

そして――。

 

俺は曜の前で足を止めた。

 

雄飛「足はどうだ?」

 

曜はその場で軽くジャンプして見せる。

 

曜「ほら!」

 

「もう全然平気!」

 

雄飛「無理してないか?」

 

曜「してないってば。」

 

そう言って笑う曜の表情は明るい。

 

あの日、右足を痛めていた様子はもう見られなかった。

 

それでも確認せずにはいられない。

 

曜はそんな俺を見て、少し困ったように笑う。

 

曜「ゆうくんって、本当に心配性だよね。」

 

雄飛「マネージャーだからな。」

 

曜「恋人だからじゃなくて?」

 

悪戯っぽく首を傾げる。

 

雄飛「……どっちも。」

 

その一言に、曜の頬が少しだけ赤くなる。

 

曜「もう……。」

 

照れ笑いを浮かべながらスポーツドリンクを受け取った。

 

その様子を見ていた千歌が大きく笑う。

 

千歌「また始まった~!」

 

花丸「仲良しずら~。」

 

善子「練習中くらいイチャイチャ禁止!」

 

曜「イチャイチャしてませーん!」

 

そんなやり取りに屋上が笑いに包まれる。

 

その笑顔を見て、俺も少し肩の力が抜けた。

 

だけど――。

 

その空気を引き締めるように、一歩前へ出た人がいた。

 

ダイヤ「皆さん。」

 

その一言だけで、自然と全員がダイヤさんへ視線を向ける。

 

ダイヤ「本選まで、残り一週間です。」

 

穏やかな口調だった。

 

だけど、その瞳は真剣だった。

 

ダイヤ「ここからは、今までとは練習内容を変えます。」

 

千歌たちも表情を引き締める。

 

ダイヤ「これまでは、一曲ごとに止めて修正を重ねてきました。」

 

「ですが、本番ではそうはいきません。」

 

「一度ステージへ立てば、途中でやり直すことはできませんわ。」

 

誰も口を開かない。

 

屋上には、風の音だけが流れていた。

 

ダイヤ「ですので、今日からは本番と同じ形式で練習を行います。」

 

果南「つまり――。」

 

ダイヤ「ええ。」

 

ダイヤは静かに頷く。

 

ダイヤ「途中でミスをしても止めません。」

 

「転んでも。」

 

「歌詞を間違えても。」

 

「フォーメーションが崩れても。」

 

「最後まで踊り切ること。」

 

「終了後に全員で反省し、修正します。」

 

鞠莉「いよいよ本番モードってことね。」

 

ダイヤ「その通りですわ。」

 

そしてダイヤは俺の方を見る。

 

ダイヤ「雄飛さん。」

 

雄飛「はい。」

 

ダイヤ「進行はお願いします。」

 

一瞬だけ驚いた。

 

今までならダイヤさん自身が進行役を務めていた。

 

だけど、その役目を俺に任せる。

 

俺はゆっくりと頷いた。

 

雄飛「分かりました。」

 

ダイヤも静かに頷き返す。

 

その様子を見ていた千歌が笑顔で言う。

 

千歌「ゆうくん!」

 

「みんなを頼んだよ!」

 

その言葉に、曜も、梨子も、一年生も、三年生も頷いた。

 

九人の視線が俺に集まる。

 

その期待の重さが伝わってきた。

 

俺は深く息を吸い込み、ストップウォッチを握り直す。

 

雄飛「……それじゃあ。」

 

「Aqours、本番想定練習を始めます。」

 

屋上に、もう一度音楽が流れ始めた。

 

全国の頂点を目指す十人の、本当の最後の一週間が始まった。

音楽が流れ始める。

 

屋上にいる全員の表情から笑顔が消えた。

 

さっきまでの休憩時間とは空気がまるで違う。

 

誰も口を開かない。

 

聞こえるのは、イントロと風の音だけだった。

 

雄飛「――スタート。」

 

俺がストップウォッチを押す。

 

千歌を先頭に九人が一斉に動き出した。

 

ステップ。

 

ターン。

 

ジャンプ。

 

何百回、何千回と繰り返してきた動き。

 

だからこそ、一つひとつに迷いがない。

 

俺はメモ帳を片手に全員の動きを追っていく。

 

千歌。

 

表情はいい。

 

笑顔も自然だ。

 

曜。

 

ターンも着地も問題ない。

 

右足も完全に戻っている。

 

梨子。

 

歌唱に集中しながらもフォーメーションは崩れない。

 

ルビィ。

 

緊張はしている。

 

だけど以前より肩の力が抜けている。

 

花丸。

 

体力も最後まで維持できている。

 

善子。

 

動きに迷いがない。

 

果南さん。

 

さすがの安定感だ。

 

鞠莉さん。

 

笑顔の中に余裕がある。

 

そして――。

 

ダイヤさん。

 

全体を見ながらも、自分のパフォーマンスを一切崩していない。

 

ここ数週間で、一番完成度が高い。

 

そう思った、その時だった。

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だけ。

 

ルビィの足がもつれた。

 

「あっ……!」

 

小さく声が漏れる。

 

フォーメーションが半歩だけずれる。

 

だが。

 

誰も止まらない。

 

ダイヤさんも。

 

千歌も。

 

曜も。

 

梨子も。

 

全員がそのズレを自然にカバーする。

 

まるで最初から決まっていたように。

 

ルビィもすぐに立て直し、何事もなかったかのように踊り続けた。

 

俺は何も言わない。

 

止めない。

 

これが本番だ。

 

最後まで踊り切る。

 

それが今日のルールだった。

 

サビへ入る。

 

九人の歌声が屋上へ響く。

 

夕日に照らされたその姿は、数週間前とは別人だった。

 

技術だけじゃない。

 

一人ひとりが互いを信じている。

 

その信頼が、パフォーマンスになって表れていた。

 

曲が終盤へ差しかかる。

 

呼吸は荒い。

 

額から汗が流れ落ちる。

 

それでも笑顔だけは崩れない。

 

そして――。

 

最後のポーズ。

 

九人がぴたりと動きを止めた。

 

静寂。

 

風だけが吹き抜ける。

 

誰も声を出さない。

 

俺はストップウォッチを止める。

 

雄飛「……終了。」

 

その一言で、全員が一斉に息を吐いた。

 

千歌「はぁっ……!」

 

曜「き、きつい……!」

 

花丸「足が……動かないずら……。」

 

ルビィはその場へ座り込みそうになるが、果南がそっと肩を支える。

 

果南「よく最後まで立て直した。」

 

ルビィ「ありがとうございます……!」

 

ダイヤさんはタオルで汗を拭きながら俺を見る。

 

ダイヤ「雄飛さん。」

 

雄飛「はい。」

 

ダイヤ「評価をお願いします。」

 

全員の視線が俺へ集まる。

 

以前なら、この人数に見られるだけで緊張していただろう。

 

だけど今は違う。

 

俺の役目は、みんなを褒めることでも、叱ることでもない。

 

全国一になるために必要なことを伝えることだ。

 

俺はメモ帳を閉じ、ゆっくり顔を上げた。

 

雄飛「まず最初に。」

 

「全員、本当によく踊れてた。」

 

少しだけ表情が緩む。

 

だけど俺は続けた。

 

雄飛「でも。」

 

その一言で、全員がもう一度表情を引き締める。

 

雄飛「本番なら、ルビィがバランスを崩したところで終わってたかもしれない。」

 

ルビィ「……っ。」

 

俯きかけたルビィへ、俺はすぐに言葉を続ける。

 

雄飛「でも、それはルビィだけの問題じゃない。」

 

「千歌。」

 

千歌「うん。」

 

雄飛「すぐに立ち位置を修正した。」

 

「曜は半歩外へ広がってスペースを作った。」

 

「梨子は歌いながらルビィの入り直す位置を空けた。」

 

「果南さんは最後までルビィを見てた。」

 

「みんなが動いたから、フォーメーションは崩れなかった。」

 

ルビィが驚いたように顔を上げる。

 

自分では気付いていなかったのだろう。

 

雄飛「これがAqoursの強さだ。」

 

「一人で踊るんじゃない。」

 

「九人で、一つのステージを作る。」

 

俺は九人全員を見渡した。

 

雄飛「だから。」

 

「本番でも、誰か一人が失敗しても焦るな。」

 

「必ず誰かが支える。」

 

「それが今のAqoursだ。」

 

夕日に照らされた九人の表情が、少しだけ誇らしく見えた。

 

千歌は力強く頷き、笑顔を浮かべる。

 

千歌「うん!」

 

「私たちなら大丈夫!」

 

その言葉に、曜も、梨子も、一年生も、三年生も静かに頷いた。

 

全国の舞台は、もう目の前まで迫っていた。

 

それからの日々は、本当にあっという間だった。

 

本選まで残り六日。

 

本番想定の通し練習が始まってから、屋上の空気は明らかに変わった。

 

途中でミスをしても止めない。

 

誰かが立ち位置を間違えても、周りが自然にカバーする。

 

歌詞がわずかにずれても、次のフレーズで合わせ直す。

 

一回目は、全体で五か所のズレがあった。

 

三日目には二か所。

 

五日目には――ほとんど気にならないところまで減っていた。

 

雄飛「……すごいな。」

 

撮影した映像を見返しながら、思わずそんな言葉が漏れる。

 

技術だけじゃない。

 

全員が互いを見ている。

 

誰か一人が前へ出るのではなく、九人全員で一つのステージを作ろうとしている。

 

それは、俺が今まで見てきたどの練習よりも、Aqoursらしい姿だった。

 

本選まで残り四日。

 

音楽室から、梨子が一枚の楽譜を持って屋上へやって来た。

 

梨子「……できた。」

 

その一言で、全員の視線が集まる。

 

千歌「梨子ちゃん……!」

 

曜「完成したんだね!」

 

梨子は少し照れくさそうに笑いながら頷いた。

 

梨子「うん。今のAqoursに、一番合う曲になったと思う。」

 

それを聞いた瞬間、千歌がぱっと笑顔になる。

 

千歌「じゃあ、歌おう!」

 

迷いなんてなかった。

 

音が流れた瞬間、屋上の空気が変わる。

 

MIRAI TICKET。

 

その曲は、不思議なくらい今のAqoursにぴったりだった。

 

本選まで残り三日。

 

休日練習は朝から夕方まで続いた。

 

ランニング。

 

発声。

 

ダンス。

 

通し練習。

 

映像確認。

 

また通し練習。

 

最後の一回が終わった時、千歌はその場にぺたんと座り込んだ。

 

千歌「足がぁ……。」

 

曜「私もさすがにきついかも……。」

 

花丸「マル、しばらく動けないずら……。」

 

善子「堕天使の翼が……折れた……。」

 

果南「はいはい、みんなよく頑張ったね。」

 

鞠莉「今日はもうFinishデース!」

 

ダイヤ「各自、しっかり身体を休めること。よろしいですわね?」

 

みんな「はーい……。」

 

返事は弱々しかったが、表情は明るかった。

 

疲れている。

 

それでも、確かな手応えがあった。

 

本選まで残り二日。

 

夕方の屋上。

 

通し練習を終えたあと、ダイヤさんが静かに前へ出た。

 

ダイヤ「皆さん。」

 

全員が姿勢を正す。

 

ダイヤ「これ以上、わたくしから技術的に教えることはありません。」

 

その言葉に、屋上が静かになる。

 

ダイヤ「もちろん、細かな修正点はまだあります。けれど、本選で大切なのはそこだけではありません。」

 

ダイヤさんは一人ひとりの顔を見る。

 

ダイヤ「これまで積み重ねてきた時間。」

 

「仲間を信じる心。」

 

「そして、自分自身を信じる勇気。」

 

「それを忘れないでください。」

 

千歌が小さく頷く。

 

曜も、梨子も、一年生も、三年生も。

 

俺も、自然と背筋が伸びていた。

 

ダイヤ「Aqoursは、ここまで来ました。」

 

「残り二日。」

 

「最後まで、全員で走り抜けますわよ。」

 

みんな「はい!」

 

その声は、夕焼けの空へまっすぐ響いた。

 

そして――。

 

本選前日。

 

朝から、いつもと少し違う空気が流れていた。

 

浦の星女学院の校舎。

 

見慣れた教室。

 

いつもの机。

 

いつもの黒板。

 

だけど、明日には俺たちは東京でラブライブ本選の舞台に立つ。

 

そう思うだけで、何気ない景色が少しだけ特別に見えた。

 

授業中も、千歌はどこか落ち着かない様子だった。

 

ノートを開いてはいるが、ペンはほとんど動いていない。

 

隣の曜は、そんな千歌を見て小さく笑っている。

 

梨子は真面目に授業を聞いているように見えるが、時々机の端に置いた楽譜へ視線を落としていた。

 

俺も人のことは言えない。

 

先生の声は聞こえている。

 

けれど、頭のどこかではずっと明日のことを考えていた。

 

本選。

 

トーナメント。

 

一度でも負ければ終わり。

 

準々決勝、準決勝、決勝。

 

三回勝たなければ、頂点には届かない。

 

その最初の一歩が、明日始まる。

 

放課後。

 

ホームルームの終わりに、担任の先生が教卓の前で俺たちを見た。

 

先生「高海、渡辺、桜内、吉田。」

 

千歌「はい!」

 

曜「はい!」

 

梨子「はい。」

 

雄飛「はい。」

 

先生は少しだけ表情を緩める。

 

先生「明日はラブライブ本選だな。」

 

教室中の視線が俺たちに集まる。

 

千歌が少し照れたように笑った。

 

先生「ここまで頑張ってきたのは知っている。」

 

「だから、あまり難しいことは言わない。」

 

先生は黒板に置いていたチョークを戻し、短く言った。

 

先生「楽しんでこい。」

 

その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。

 

教室のあちこちから拍手が起きた。

 

クラスメイト「頑張ってねー!」

 

クラスメイト「テレビで見るからね!」

 

クラスメイト「Aqoursならいけるって!」

 

千歌「みんな……!」

 

曜「ありがとう!」

 

梨子「頑張ってくるね。」

 

俺も軽く頭を下げる。

 

雄飛「ありがとう。」

 

千歌は立ち上がり、教室のみんなへ向かって大きく笑った。

 

千歌「絶対、最高のライブしてくる!」

 

その声に、教室がもう一度大きな拍手に包まれた。

 

放課後の部室。

 

全員が集まり、東京へ向かう荷物の最終確認をしていた。

 

衣装。

 

音源。

 

資料。

 

タオル。

 

予備のシューズ。

 

救急セット。

 

ダイヤさんがリストを読み上げ、俺が一つずつチェックを入れる。

 

ダイヤ「衣装一式。」

 

曜「あります!」

 

ダイヤ「予備衣装。」

 

鞠莉「OKデース!」

 

ダイヤ「音源データ。」

 

梨子「大丈夫です。」

 

ダイヤ「紙の控え。」

 

雄飛「こっちで持ってます。」

 

善子「儀式用の黒羽根……。」

 

ダイヤ「不要ですわ。」

 

善子「必要よ!」

 

花丸「善子ちゃん、それ持っていったら荷物増えるずら。」

 

ルビィ「黒羽根より、絆創膏の方が大事かも……。」

 

善子「ヨハネ!」

 

いつものやり取りに、部室が少しだけ和む。

 

本選前日でも、AqoursはAqoursだった。

 

最後の確認を終え、ダイヤさんが深く息を吐く。

 

ダイヤ「忘れ物はないようですわね。」

 

果南「じゃあ、今日は早めに帰って休もう。」

 

鞠莉「明日は朝早いからね。」

 

千歌「うん!」

 

曜「ちゃんと寝ないとね。」

 

梨子「千歌ちゃん、寝られる?」

 

千歌「うっ……。」

 

全員が笑う。

 

俺も苦笑しながら荷物を肩に掛けた。

 

部室を出る時、千歌が一度だけ振り返った。

 

窓から夕日が差し込む、いつもの部室。

 

お土産を広げた場所。

 

作戦会議をした場所。

 

何度も笑って、何度も悩んだ場所。

 

千歌「……行ってきます。」

 

小さな声だった。

 

だけど、その言葉には確かな決意が込められていた。

 

夕方。

 

十千万旅館へ帰ると、玄関にはすでに志満姉と美渡姉が立っていた。

 

志満「おかえり、千歌ちゃん、ゆうひ。」

 

美渡「いよいよ明日だね。」

 

千歌「うん!」

 

千歌は元気に答えたが、その声は少しだけ上ずっていた。

 

やっぱり緊張している。

 

美渡姉はそれに気付いたのか、にやっと笑う。

 

美渡「おーおー、緊張してるねぇ。」

 

千歌「し、してないもん!」

 

美渡「してるしてる。」

 

千歌「してないってば!」

 

志満姉がくすくす笑う。

 

志満「夕飯、好きなものにしておいたからね。」

 

千歌「ほんと!?」

 

一瞬で表情が明るくなる。

 

雄飛「単純だな。」

 

千歌「ゆうくんだって嬉しいでしょ!」

 

雄飛「まあ、嬉しいけど。」

 

旅館の中へ入ると、いつもの温かい匂いがした。

 

味噌汁。

 

焼き魚。

 

炊き立てのご飯。

 

特別なことなんて何もない。

 

でも、明日東京へ行くと思うと、このいつもの夕飯が妙にありがたく感じた。

 

食卓では、志満姉と美渡姉が明日の話をたくさん聞いてきた。

 

志満「会場、大きいんでしょう?」

 

千歌「うん!すっごく大きいと思う!」

 

美渡「思うって、まだ見てないの?」

 

千歌「明日見る!」

 

雄飛「今日、前泊で東京行くからその時に少し確認する予定。」

 

志満「そっか。」

 

志満姉は俺を見る。

 

志満「ゆうひも、みんなのことよろしくね。」

 

雄飛「うん。」

 

美渡「特に千歌ね。すぐ突っ走るから。」

 

千歌「美渡姉!」

 

雄飛「それは分かってる。」

 

千歌「ゆうくんまで!」

 

笑い声が食卓に響く。

 

不思議だった。

 

明日は全国大会。

 

緊張していないわけがない。

 

それでも、この家にいると、ちゃんと息ができる。

 

俺にとってもここは、もう帰る場所だった。

 

夕飯を終えたあと、それぞれ部屋で荷造りを始めた。

 

制服。

 

着替え。

 

スマートフォンの充電器。

 

メモ帳。

 

筆記用具。

 

予備のテーピング。

 

救急セット。

 

ストップウォッチ。

 

いつの間にか、俺の荷物はマネージャーの道具だらけになっていた。

 

鞄へ詰めながら、少し笑ってしまう。

 

兵庫にいた頃の俺が見たら、何を思うだろう。

 

まさか沼津で、スクールアイドルのマネージャーをしているなんて想像もしなかったはずだ。

 

コンコン。

 

部屋の扉が叩かれる。

 

雄飛「どうぞ。」

 

扉が少し開き、千歌が顔を覗かせた。

 

千歌「ゆうくん、起きてる?」

 

雄飛「今寝てたらまずいだろ。」

 

千歌「それもそうだ。」

 

千歌は笑いながら部屋へ入ってくる。

 

手には小さなリュック。

 

中身が入りきっていないのか、チャックが半分開いていた。

 

雄飛「荷物、多すぎないか?」

 

千歌「だって、あれもこれも必要な気がして……。」

 

雄飛「見せてみろ。」

 

リュックの中を見る。

 

お菓子。

 

タオル。

 

予備のタオル。

 

さらに予備のタオル。

 

みかん。

 

雄飛「みかん?」

 

千歌「必要でしょ?」

 

雄飛「東京にみかん持っていくのか。」

 

千歌「内浦代表として!」

 

雄飛「意味が分からん。」

 

そう言いながらも、千歌らしくて少し笑ってしまった。

 

荷物を整理してやると、なんとかリュックは閉まった。

 

千歌「ありがと、ゆうくん。」

 

雄飛「明日、駅で爆発しなくて良かったな。」

 

千歌「爆発しないよ!」

 

千歌は頬を膨らませる。

 

その表情を見て、少しだけ安心した。

 

千歌「ねぇ、ゆうくん。」

 

雄飛「ん?」

 

千歌「明日、ちゃんとできるかな。」

 

いつもの明るい声とは違った。

 

少しだけ、不安が混じっている。

 

千歌はリュックの紐をぎゅっと握る。

 

千歌「練習はいっぱいしたし、みんなもすっごく頑張ってる。」

 

「でもさ。」

 

「全国の舞台って考えたら、急に怖くなってきちゃって。」

 

俺は少しだけ黙った。

 

千歌が不安になるのは珍しいことじゃない。

 

だけど、いつもはそれを笑顔で隠す。

 

今こうして口に出してくれたことが、少し嬉しかった。

 

雄飛「怖いなら、それでいいんじゃないか。」

 

千歌「え?」

 

雄飛「怖いってことは、本気だってことだろ。」

 

「適当にやってたら怖くならない。」

 

千歌は目を丸くする。

 

雄飛「千歌はちゃんと本気でやってきた。」

 

「だから怖いんだよ。」

 

千歌「……そっか。」

 

雄飛「それに。」

 

「千歌一人じゃない。」

 

「曜もいる。梨子もいる。みんなもいる。」

 

「俺もいる。」

 

千歌は少しだけ笑った。

 

千歌「うん。」

 

雄飛「明日は、いつも通りでいい。」

 

「千歌が笑えば、みんな前を向ける。」

 

千歌「私が?」

 

雄飛「ああ。」

 

「Aqoursのリーダーは千歌だろ。」

 

その言葉に、千歌は少し照れたように笑った。

 

千歌「……うん!」

 

いつもの笑顔に戻る。

 

千歌「ありがとう、ゆうくん。」

 

雄飛「どういたしまして。」

 

千歌はリュックを背負い直すと、扉の前で振り返った。

 

千歌「明日、絶対最高のライブにしようね!」

 

雄飛「ああ。」

 

千歌「おやすみ!」

 

雄飛「おやすみ。」

 

扉が閉まる。

 

部屋に静けさが戻った。

 

スマートフォンが震える。

 

画面を見ると、曜からのメッセージだった。

 

曜『明日よろしくね、ゆうくん!』

 

続けて、敬礼しているスタンプ。

 

思わず笑ってしまう。

 

雄飛『こちらこそ。早く寝ろよ。』

 

すぐに返信が来る。

 

曜『ゆうくんもね!』

 

そのあと、少し間を置いてもう一通。

 

曜『明日、見ててね。』

 

短い文。

 

だけど、その中に曜の気持ちが詰まっている気がした。

 

雄飛『もちろん。ずっと見てる。』

 

既読がつく。

 

曜『えへへ。おやすみ。』

 

雄飛『おやすみ。』

 

スマホを置き、窓の外を見る。

 

夜の内浦は静かだった。

 

波の音がかすかに聞こえる。

 

俺は立ち上がり、部屋を出た。

 

向かった先は、旅館の裏手にある小さなガレージだった。

 

シャッターを開けると、薄暗い中に青いFDが静かに佇んでいた。

 

父さんのRX-7。

 

北海道で聖良さんが憧れた車。

 

そして、俺が父さんの背中を思い出すための車。

 

雄飛「……明日だよ。」

 

誰に言うでもなく呟く。

 

函館山の夜。

 

聖良さんのGT-R。

 

父さんが見ていた世界。

 

あの時、俺は確かに何かを掴んだ気がした。

 

でも明日挑むのは、車の勝負じゃない。

 

ステージだ。

 

俺自身が踊るわけじゃない。

 

歌うわけでもない。

 

それでも、Aqoursの一員として戦う。

 

俺はFDのボンネットにそっと手を置く。

 

冷たい金属の感触。

 

その向こうに、父さんの声が聞こえたような気がした。

 

――ちゃんと見てやれ。

 

そんな気がした。

 

雄飛「分かってる。」

 

俺は小さく笑う。

 

明日は、九人を信じる。

 

そして、九人が最高のステージに立てるように支える。

 

それが俺の戦いだ。

 

翌朝。

 

まだ空が薄く明るくなり始めた頃、十千万旅館の玄関には全員の荷物が並んでいた。

 

千歌「ふわぁ……。」

 

千歌は眠そうに目をこすっている。

 

美渡「ほら、寝ぼけて転ばない。」

 

千歌「転ばないよぉ……。」

 

志満「朝ご飯、軽く食べてから行こうね。」

 

台所から温かい味噌汁の匂いが漂ってくる。

 

俺も荷物を玄関に置き、食卓へ向かった。

 

出発前の朝食は、いつもより少し静かだった。

 

千歌も美渡姉も志満姉も、冗談を言いながらもどこか落ち着いている。

 

食べ終えると、志満姉が小さなお守りを千歌へ渡した。

 

志満「これ、持っていって。」

 

千歌「お守り?」

 

志満「うん。」

 

「みんなで無事に帰ってこられるように。」

 

千歌「……ありがとう。」

 

美渡姉は俺へタオルを投げる。

 

雄飛「っと。」

 

美渡「ゆうひも。」

 

雄飛「俺?」

 

美渡「マネージャーなんでしょ。」

 

「みんなのこと、ちゃんと見てきなよ。」

 

雄飛「……うん。」

 

タオルを握る。

 

柔らかい感触。

 

家族に送り出されるって、こういうことなんだろうか。

 

千歌「よーし!」

 

千歌は玄関で靴を履き、勢いよく振り返った。

 

千歌「行ってきます!」

 

志満「行ってらっしゃい。」

 

美渡「楽しんでおいで!」

 

雄飛「行ってきます。」

 

旅館を出ると、朝の内浦の空気が頬を撫でた。

 

海は静かで、朝日に照らされて淡く光っている。

 

バス停へ向かう道を、千歌と並んで歩く。

 

いつも通りの道。

 

でも今日は、全国へ続く道に思えた。

 

沼津駅へ着くと、すでにみんなが集まっていた。

 

曜「おはよーそろ!」

 

いつもより少し大きな声。

 

緊張をごまかしているのが分かった。

 

梨子「おはよう、千歌ちゃん。ゆうくん。」

 

花丸「眠いずら……。」

 

善子「堕天使は朝に弱いのよ……。」

 

ルビィ「でも、頑張らなきゃ……!」

 

果南「全員揃ったね。」

 

鞠莉「Let's go to Tokyoデース!」

 

ダイヤ「皆さん、忘れ物はありませんわね?」

 

善子「ヨハネの闇の羽根も――」

 

ダイヤ「不要ですわ。」

 

善子「最後まで言わせて!」

 

みんなが笑う。

 

改札を抜け、ホームへ向かう。

 

電車に乗り込み、三島へ。

 

そして新幹線へ。

 

ホームに白い車体が滑り込んでくると、千歌が目を輝かせた。

 

千歌「新幹線だー!」

 

曜「修学旅行ぶりだね!」

 

雄飛「今回は北海道じゃなくて東京だけどな。」

 

千歌「でもワクワクする!」

 

ダイヤ「遊びに行くのではありませんわよ。」

 

千歌「分かってるよぉ!」

 

席に座ると、新幹線は静かに動き出した。

 

窓の外の景色が少しずつ流れていく。

 

沼津。

 

三島。

 

見慣れた町が遠ざかる。

 

千歌は窓の外を見ながら、どこか真剣な顔をしていた。

 

曜は俺の隣に座り、小さく息を吐く。

 

曜「いよいよだね。」

 

雄飛「ああ。」

 

曜「なんか、ドキドキする。」

 

雄飛「珍しいな。」

 

曜「私だって緊張するよ。」

 

曜は少しだけ笑う。

 

そして、膝の上で拳を握った。

 

曜「でもね。」

 

「怖いより、楽しみの方が大きいかも。」

 

雄飛「曜らしいな。」

 

曜「えへへ。」

 

そう笑った曜の横顔は、いつもより少し大人びて見えた。

 

前の席では、梨子が小さなノートを開いていた。

 

楽譜ではない。

 

本番前に確認したいことをまとめたメモらしい。

 

千歌が身を乗り出す。

 

千歌「梨子ちゃん、まだ確認してるの?」

 

梨子「うん。でも不安だからじゃないの。」

 

「今の気持ちを忘れたくなくて。」

 

千歌「そっか。」

 

梨子は窓の外へ視線を向ける。

 

その表情は穏やかだった。

 

あの音楽室で追い詰められていた頃とは違う。

 

今の梨子は、自分の曲を信じている。

 

そしてAqoursを信じている。

 

しばらくすると、車内がざわついた。

 

明日、俺たちは全国の舞台へ立つ。

 

いや、俺はステージには立たない。

 

でも、同じ場所を目指している。

 

そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 

東京駅に到着すると、人の多さに一年生たちが目を丸くした。

 

ルビィ「ひ、人がいっぱい……。」

 

花丸「東京はやっぱりすごいずら……。」

 

善子「迷宮ね……。」

 

雄飛「はぐれるなよ。」

 

曜「ゆうくん、完全に引率の先生みたい。」

 

雄飛「誰のせいだ。」

 

千歌「え、私?」

 

雄飛「自覚あるのか。」

 

千歌「ない!」

 

梨子「ないんだ……。」

 

そんな会話をしながら、俺たちはホテルへ向かった。

 

チェックインを済ませ、荷物を部屋へ置く。

 

その後、全員で大会会場の下見へ向かった。

 

会場が見えた瞬間、誰も言葉を発しなかった。

 

大きな建物。

 

入り口前には、ラブライブ本選の案内ポスター。

 

全国から集まるスクールアイドルたちの名前。

 

その中に、Aqoursの文字があった。

 

千歌「……本当に来たんだ。」

 

曜「うん。」

 

梨子「ここで、歌うのね。」

 

俺はポスターを見つめる。

 

Aqours。

 

Saint Snow。

 

他の強豪校の名前。

 

トーナメント表も掲示されていた。

 

準々決勝。

 

準決勝。

 

決勝。

 

三つ勝てば、頂点。

 

一つ負ければ、終わり。

 

分かっていたはずなのに、こうして会場で見ると重さが違った。

 

ダイヤ「今日は中へ入ることはできませんが、入口や集合場所の確認だけしておきましょう。」

 

雄飛「控室までの動線も確認します。」

 

果南「助かる。」

 

俺はスタッフから受け取った案内図と会場の外観を見比べる。

 

集合場所。

 

出演者入口。

 

控室へ向かう通路。

 

トイレ。

 

救護室。

 

非常口。

 

全部確認しておく。

 

明日、誰かが迷わないように。

 

明日、九人が余計なことを考えずステージへ向かえるように。

 

それが俺の仕事だった。

 

下見を終え、ホテルへ戻る頃には夕方になっていた。

 

東京の空は内浦よりも少し狭く感じた。

 

ビルの隙間から見える夕焼け。

 

車の音。

 

人の声。

 

慣れない街の空気。

 

それでも、明日はここで戦う。

 

ホテルの食堂で夕食を済ませたあと、俺たちは一つの部屋へ集まった。

 

最後のミーティング。

 

ダイヤさんが資料を広げる。

 

ダイヤ「明日の集合時間は七時三十分。」

 

「朝食後、すぐ会場へ向かいます。」

 

「衣装確認は現地で二回。」

 

「音源確認はスタッフの方と一緒に行います。」

 

雄飛「救急セットと予備テーピングは俺が持ちます。」

 

果南「アップの時間は?」

 

雄飛「会場入りしてから二十分。控室で軽く、そのあと指定場所で本番前にもう一回。」

 

鞠莉「Perfect!」

 

千歌は真剣にメモを取っていた。

 

曜も隣で頷く。

 

梨子は静かに目を閉じ、明日の流れを頭の中で確認しているようだった。

 

一通り確認が終わると、部屋に静けさが落ちた。

 

誰もすぐには立ち上がらない。

 

明日が来る。

 

本当に来る。

 

その実感が、全員の胸にあった。

 

千歌「ねぇ。」

 

千歌が口を開く。

 

千歌「私たち、ここまで来たんだね。」

 

誰も茶化さない。

 

千歌「最初はさ。」

 

「何も分からなくて。」

 

「μ'sみたいになりたいって思って。」

 

「でも全然うまくいかなくて。」

 

「何度も転んで。」

 

「何度も悔しくて。」

 

千歌は一度言葉を切る。

 

千歌「でも、今は違う。」

 

「明日は、Aqoursとして歌いたい。」

 

「私たちだけの歌を。」

 

「私たちだけのライブを。」

 

千歌の言葉に、みんなの表情が変わる。

 

曜「うん。」

 

梨子「そうね。」

 

果南「やっとここまで来たね。」

 

ダイヤ「ええ。」

 

鞠莉「最高のステージにしましょう。」

 

ルビィ「ルビィも……頑張ります。」

 

花丸「マルも、精一杯歌うずら。」

 

善子「堕天使ヨハネの力、見せてあげるわ。」

 

千歌は最後に俺を見る。

 

千歌「ゆうくん。」

 

雄飛「ん?」

 

千歌「明日も、見ててね。」

 

俺は頷いた。

 

雄飛「ああ。」

 

「ずっと見てる。」

 

曜が少しだけ嬉しそうに笑う。

 

梨子も静かに微笑んでいた。

 

ミーティングが終わり、各自部屋へ戻る。

 

廊下へ出ると、東京の夜景が窓の向こうに広がっていた。

 

明かりが多い。

 

内浦の夜とは全然違う。

 

それでも、どこか函館の夜を思い出した。

 

あの夜も、こんなふうにたくさんの光を見ていた。

 

違うのは、今俺の隣にいるのがAqoursだということ。

 

俺は廊下の窓際で少しだけ立ち止まった。

 

すると、後ろから軽い足音が近付いてくる。

 

曜「ゆうくん。」

 

振り返ると、曜が立っていた。

 

部屋着の上に薄い上着を羽織っている。

 

雄飛「寝なくていいのか?」

 

曜「それ、ゆうくんにも言えるよ?」

 

雄飛「俺は少し確認してから寝る。」

 

曜「もう、マネージャーさんだなぁ。」

 

曜はくすっと笑い、隣に並ぶ。

 

しばらく二人で夜景を見ていた。

 

曜「明日、緊張する?」

 

雄飛「する。」

 

曜「ゆうくんも?」

 

雄飛「当たり前だろ。」

 

「ステージに立つのは曜たちだけど、俺だって同じくらい緊張してる。」

 

曜「そっか。」

 

曜は嬉しそうに笑った。

 

曜「じゃあ、一緒だね。」

 

雄飛「一緒?」

 

曜「うん。」

 

「私たち、ちゃんと一緒に戦ってるんだね。」

 

その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。

 

雄飛「ああ。」

 

「一緒に戦ってる。」

 

曜はそっと俺の手に触れた。

 

指先が重なる。

 

ほんの少しだけ。

 

それだけで、緊張していた心が静かに落ち着いていく。

 

曜「明日、見ててね。」

 

雄飛「さっきも千歌に言われた。」

 

曜「私からも言いたいの。」

 

曜は少しだけ頬を赤くする。

 

曜「ゆうくんに見ててほしいから。」

 

雄飛「……分かった。」

 

「ちゃんと見てる。」

 

「曜が今まで頑張ってきたことも。」

 

「明日のステージも。」

 

曜「うん。」

 

曜は満足そうに笑った。

 

そして、ぱっと手を離す。

 

曜「じゃあ、寝る!」

 

雄飛「切り替え早いな。」

 

曜「寝不足は大敵だから!」

 

雄飛「それは正しい。」

 

曜「おやすみ、ゆうくん。」

 

雄飛「おやすみ。」

 

曜は軽く手を振り、部屋へ戻っていった。

 

その背中を見送ってから、俺も部屋へ戻ろうとした。

 

その時だった。

 

聖良「雄飛さん。」

 

静かな声。

 

振り返ると、廊下の少し先に聖良さんが立っていた。

 

Saint Snowも同じホテルだったらしい。

 

白い上着を羽織り、いつも通り落ち着いた表情をしている。

 

雄飛「聖良さん。」

 

聖良「少しだけ、よろしいですか?」

 

雄飛「はい。」

 

俺たちは人の少ないラウンジの窓際へ移動した。

 

夜の東京が見える。

 

函館とも、沼津とも違う光。

 

聖良さんはしばらくその景色を見つめていた。

 

聖良「いよいよですね。」

 

雄飛「はい。」

 

聖良「北海道で再会した時には、こうして本選で向き合う日が来ると分かっていても、まだ遠い未来のように感じていました。」

 

雄飛「俺もです。」

 

聖良「でも、明日から始まります。」

 

その声には静かな覚悟があった。

 

俺は聖良さんの横顔を見る。

 

この人も、ここまで積み重ねてきた。

 

Saint Snowとして。

 

理亜の姉として。

 

ライバルとして。

 

聖良「雄飛さん。」

 

雄飛「はい。」

 

聖良「明日からは、車ではありません。」

 

「ステージでの勝負です。」

 

雄飛「分かっています。」

 

聖良「ですが、不思議ですね。」

 

「函館山で感じた緊張と、少し似ています。」

 

俺も少しだけ笑った。

 

雄飛「俺も、少し思い出してました。」

 

聖良「ふふ。」

 

聖良さんは穏やかに笑う。

 

そして、いつものように少しだけ悪戯っぽい表情になった。

 

聖良「GT-Rは持ってきていませんので、ご安心ください。」

 

雄飛「当たり前です。」

 

聖良「ですが、沼津へ持っていく準備はいつでも――」

 

雄飛「しなくていいです。」

 

即答すると、聖良さんは楽しそうに笑った。

 

聖良「やはり、まだその時ではありませんか。」

 

雄飛「はい。」

 

「今はまだ、聖良さんの車です。」

 

「聖良さんが走るべき車です。」

 

聖良「……そう言っていただけると思っていました。」

 

聖良さんの表情が少しだけ柔らかくなる。

 

聖良「では、明日はお互いに。」

 

雄飛「はい。」

 

聖良「まずは一回戦を勝ち抜きましょう。」

 

雄飛「ああ。」

 

「決勝で会うために。」

 

聖良「ええ。」

 

短い言葉。

 

それだけで十分だった。

 

ライバルとして。

 

尊敬し合う相手として。

 

そして、函館から続く約束を胸に。

 

聖良さんは小さく会釈をする。

 

聖良「では、また明日。」

 

雄飛「はい、また明日。」

 

聖良さんが去っていく。

 

その背中を見送りながら、俺は静かに息を吐いた。

 

明日。

 

ラブライブ本選が始まる。

 

Aqoursも。

 

Saint Snowも。

 

全国から集まった強豪たちも。

 

全員が、この日のために走ってきた。

 

俺は窓の外の東京の夜景を見つめる。

 

函館山の光。

 

沼津の海。

 

十千万旅館の灯り。

 

いろんな景色が頭をよぎる。

 

そして最後に浮かんだのは、屋上で笑う九人の姿だった。

 

雄飛「……大丈夫。」

 

小さく呟く。

 

明日はきっと、最高のライブになる。

 

そう信じて、俺は部屋へ戻った。

 

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