最近ポケモンZAにハマってるせいでまた作品がなかなか書けなくなってきてます…
リョウ「…大分落ち着いた?」
リサ「うん。ちょっと泣いたらスッキリした気がする。改めてありがとね、リョウ」
リョウ「礼を言われる程のことじゃないよ。リサはわしにとって大切な存在じゃ。困ったことがあればいつだって助けちゃるわいね」
数分の間だが、リサはリョウの胸を借り、世間からの酷評に不満を漏らし辛さのあまり涙を流した。
今は落ち着きを取り戻し、月明かりが照らす山道を歩き帰路に着いていた。
リサが騒動に巻き込まれていると知らず、リサの元へと引き返す際にカイには愛莉を連れて先に帰るよう伝えているため、今頃二人の帰りを待ち焦がれていることだろう。
愛しの娘に早く会いたい気持ちが強いせいか、リサの足がいつもより速いと感じるのはきっと気のせいではない。
リサ「愛莉とカイは心配してるだろうね」
リョウ「愛莉にはお母さんは必ず帰ってくるけぇ大丈夫って伝えちょるし、カイも付いてる。笑顔でリサを迎えてくれるよ」
リサ「笑顔で迎えてくれるなら、泣いてる顔なんて晒せないわね。今のあたし泣いた跡とか残ってないよね?」
リョウ「目も赤く腫れてるわけやないし大丈夫やで」
リサ「それなら良かった。…あたしが泣いてたこと、カイとか他の人に言ったりしないでよ?出来れば元気で強い人って見られたいし、愛莉に心配なんて掛けさせたくないし」
リョウ「誰かに言うたりなんかせぇへんって。…リサが弱音を吐いてくれて、嬉しく思ってるわしもおるんよ」
リサ「ん、何でよ?」
リョウ「出会ってから今までリサは弱音を吐いたことなんてなかったからかな。わしやアレク達の厳しい修行をしてる頃も、アガートラムの製作に難儀してる時も、この世界で暮らし始めて世間からの心無い罵詈雑言を浴びせられても、決して弱音を漏らすことなんてなかったじゃろ?」
リサ「まあ、確かになかったかも。誰かに心配させるようなことをしたくなかったってのもあるし…」
リョウ「やっぱりの。もしかしてそうなのかな~って思ってたし」
リサ「お見通しだったっての~?ホントにあたしの親みたいじゃん」
リョウ「幼い頃から一緒におるし、実質親…と言うか保護者みたいなもんじゃろ。だから色々と溜め込みすぎてるんじゃないかって心配してはいたんよ。修行の時は兎も角、この世界に来て出鱈目な噂のせいで浴びせられる言葉に気が病んで辛いんじゃないかって。溜め込みすぎていつか爆発してしまうか、心が崩壊してしまうんじゃないかって」
心を読まれているのではないかと思えるほどに自身の心境や想いを汲み取られてしまい、リサは返す言葉も浮かばず静かに頷くだけだった。
リョウ「さっきも言うたけど、弱音を吐くことは決して恥ずかしいことなんかじゃない。器に水を入れ続けるといつか溢れ零れるように、心だってそうなんよ。いつか決壊してしまう時が必ず来る。わしだって昔に同様のことがあったんじゃし、リサにはわしのような運命を辿ってほしくはないんよ。だから、無理にとは言えへんから何か抱えていることがあれば話してほしい」
リサ「うん、ありがとう。ホントに心強いよ。世話になりっぱなしで申し訳ないよ」
リョウ「申し訳なくなんて思う必要ないって。大事な存在を幸せにするために守ってるなんて当たり前のことなんやし、充分恩返しはできてるけぇ」
リサ「え?あたし何かしたっけ?」
リョウ「笑顔で幸せに暮らしてくれてる。幸福で笑顔でいてくれる時間を過ごしているだけで、わしにとっては充分すぎる恩返しになってる」
リサ「ちょっと…また泣きそうになっちゃうからやめてよね」
リョウ「そりゃアカンな。愛莉の前では涙を見せないパーフェクトソルジャーじゃないといけへんもんな。何か笑えること言えればええんじゃけど…」
リサ「泣くぞ、すぐ泣くぞ。絶対泣くぞ、ほ~ら泣くぞ!って言えば良かったんじゃない?」
リョウ「辛辣すぎる気がするしその後に大ッキライだ!!って返されるから尚更言いたくないわ」
誰よりも勝る慈愛の言葉。
もう一人の家族とも呼べる存在のリョウからの言葉は、リサの心を癒し和ませるには充分すぎた。
自然なやりとりをしているうちに、リサは元気を取り戻し笑顔を見せるようになっていたのだから。
赤の他人が自身の全てを否定しようとも、信頼している人が数人でもいてくれる。
それだけでも自身にとっては幸福だと呼べるのだと改めて気付かされた。
自分の思い描いていた理想も、愛する者や世界のために戦ってきた行動も、全て間違いではない。
理解してくれる人が旗幟鮮明だと唱え、背中を押してくれる。
リサの心がへし折れず壊れないのは、間違いなく支えてくれる存在がいるから。
だからこそ、リサはこれからも他者が何を言おうが、自身のやりたいことを邁進し続けることができるだろう。
愛莉「あ!おかあさんだ!」
闇夜を照らす月明かりが照らす道を歩くこと十数分、我が家が視界に見えた。
縁側に座り二人の帰りをまだかまだかと待っていた愛莉がリサを見つけるいなや全力で走り、受け止めようとしゃがみこんだリサの胸に飛び込んだ。
愛莉「おかえり!おかあさん!」
リサ「ただいま、愛莉。待たせちゃってごめんね…」
夜の闇をも照らす、太陽の如く光り輝く笑顔は、先刻までの断頭台に立たされているような地獄の苦痛忘れてしまうには充分すぎた。
甘えるように頬擦りしてくる愛する娘の頭を慈しみ優しく撫で抱き締めるこの一時が幸せで堪らなかった。
カイ「よぉ、ようやく帰ってきたか」
リョウ「すまんな、愛莉を任せてもうて」
カイ「構わねぇよ。愛莉を守るのも俺の役目ってもんだからな」
同じく縁側に座っていたカイも、無事に帰還してきたことに安堵の表情を浮かべリサの元へと歩み寄ってきた。
愛莉「おかあさん、おそかったけどなにかあったの?」
リサ「ううん、何もなかったよ。おトイレの行列が長すぎただけ。ド○ルドの靴が30個分くらいの長さだったかしらね」
リョウ「ハンバーガーが120個分か~」
カイ「どんな例えだよ。帰ってきたなら移動した方が良いんじゃないのか?そろそろ花火が打ち上げる時間だろ?」
リサ「あ、ホントね!メインイベントと言っても過言じゃないものね!さあ行くわよ!レッツ&ゴーよ!」
愛莉「わーい!はなび!たのしみ~!」
カイ「テンションたけぇな~」
リョウ「折角のイベントなんやし、このくらい高くてええんよね。え~っと、花火の時間は…あと10分もないやんけ」
リサ「そりゃ急がなきゃいけないわね!愛莉、しっかり捕まっときなよ!サラマンダーよりずっと速いからね!」
愛莉「はーい!」
リョウ「んじゃ、わし達も参りましょうかね」
カイ「そうするか」
花火が見える場所へ向かうため、リサは愛莉を抱き寄せたまま全力疾走し跳び上がり、木々の枝から枝を伝い移動を始める。
忍者宛らの移動方法に劣るわけのないカイは同様の方法で後を追走、唯一飛行する手段を持つリョウは『天使の加護』の白い粒子で生成された翼を広げ見守るように後を追った。
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愛莉「まだかな~!」
リサ「あともう少しだと思うよ。ホント楽しみね」
山頂に丁度よく拓けた場所が一ヶ所あり、世間からの酷評により人の前に出向くことが叶わぬリサ達は毎年この場所で花火を見ていた。
年に一度しか打ち上がらないこともあり、期待で胸が高鳴っている愛莉は落ち着かないようで、花火にも劣らぬ輝きを目に灯しながら周囲を走り回っている。
問題は発生したものの、祭事を楽しむことができ特別な年となった花火は特別に感じているのは愛莉だけではなくリサも同様だった。
無邪気に走り回る愛莉を慈しみ見つめながらも、打ち上がる花火を待ちきれないのか、心なしか落ち着きがないように見える。
幸福に包まれている親子を見守るようにリョウとカイは少し離れた場所で見守っている。
カイ「なあリョウ。リサに何かあったのか?」
リョウ「何か、とは?」
カイ「とぼけんじゃねぇよ。トイレ行ってた割には時間が掛かりすぎてたし、リサの中に巣食う闇が増してたぞ。何があったんだ?」
リョウ「そうか、人の心の深層にある闇も見えるんか。なら隠し通すのは無理ってもんやな」
常日頃から生活を共にしているからか、リサの変化に直ぐに気が付いた。
共に暮らし守るべき存在でもあり腐れ縁のような仲でもあるリサの身を案じリョウに問い質すと、リョウは町で何があったのか詳細を語った。
カイ「……ふざけやがって。誰のお陰で平穏に暮らせてると思ってんだ…!」
根拠もない噂を真実だと真に受けた人間の行為に憤りを隠せなかった。
睨みを利かすように目は吊り上がり、血が滲む程拳を強く握り締めており、常人が見たら心臓が停止しかねない殺意を醸し出している。
カイ「おかしいだろ!何で…何でリサがこんな扱いを受けなきゃいけねぇんだよ!」
リョウ「それはわしだってそう思ってる」
カイ「だったら何とかしてやれねぇのかよ!ユグドラシルメシアなんだろ!?時空防衛局との繋がりもあるんだろ!?なら何とかしろよ!」
リョウ「カイ、わし達を大きな力や権力を持つ存在やと思っちょるみたいじゃけど、間違いやで。ユグドラシルメシアなんて呼ばれてる英雄かもしれへんけど、わし達は決して全てを解決して平和へと導くヒーローではないんじゃ。友や仲間のために、誰かの涙を見たくないから、笑顔を見ていたいから戦ってたら、そういう存在になってたってだけの何処にでもいる一般人に過ぎない。持っている力や権力を形振り構わず好き勝手に行使するのは、自身の望みや我が儘を叶えたい傍若無人な悪人と一緒じゃ」
カイ「なら、リサはこのままでいいってのか!」
リョウ「これはリサの問題じゃし、この世界で住まいピシャーチャを倒しこの世界を守るのがリサの使命じゃ。それはカイも同じやぞ。忘れたか?今現在、カイがお咎め無しで大切な存在と暮らせているのはリサのお陰なんやぞ」
カイ「忘れるわけねぇだろ。だからこそリサのことを…」
リョウ「大切に思うんじゃったら、暴力で解決しようとせずリサに寄り添い心の支えになってやることじゃ。わし達ができるのはそれだけなんよ。こうやって忠告しとかんと、お前はいつか躍起になってリサの障害となる人間を殺しかねへんけぇな」
カイ「そんなわけ…」
リョウ「ないって言いきれるんかい?」
カイ「そ、それは…」
その問いにカイは言い淀む。
リサを悲しませ危害を加えようとする輩が目の前に立ちふさがった時、理性で殺意を抑え込むことができるだろうか。
感情に身を任せ、人間の心の奥底に宿す闇を不快に思いながらも喰い散らすかもしれない。
制止されなければ、力に徹してしまうだろう。
リョウ「時空防衛局の奴等を納得させるためにこの世界へ送り込んだのはわしじゃけど、それをリサは了承した。カイや時々訪れるわしもいるとは言え、この世界を守り抜くと決断したのはリサじゃ。わし達はその決意を無下にせず、見守り、協力して、寄り添ってあげることや」
カイ「そう、なのか。それで、それだけで、リサは満足するのか?」
リョウ「当然じゃろ。大切な存在と時間を共に過ごせることこそが、幸せってもんじゃろう。カイもリサに付き添い、愛莉の面倒を見てやることが幸福なんじゃろ?リサもカイがいるだけで、いてくれるだけで幸せなんよ。例え周囲から災いの元凶扱いをされても、な。だから…」
ゆっくりと腕が上がり、カイの肩に手が優しく置かれる。
リョウ「頼むけぇ、リサが悲しむようなことはせんといてくれな」
懇願の意が込められた言葉。
リサの幸福を渇望しているからこそ漏らした言葉だろう。
木に縛り付けられ初対面を果たした時の脅しにも似た威嚇と牽制の込められたものとは全く反対の対応に、若干困惑を見せたが、リョウの希求する言葉に応えるよう無言で頷いた。
二人がやりとりをしている最中、口笛じみた音が聞こえ、破裂する短い音がしたと同時に、夜空が明るく照らされた。
愛莉「はじまったよー!はなびだー!はなび!」
リサ「二人とも!早くこっちで見ようよ!」
待ちに待った祭事の掉尾を飾る花火が始まった。
赤、青、緑、黄等の色とりどりな花火が次々と打ち上がり、漆黒の夜空を鮮やかに彩っていく。
周囲には花火を観覧するのに妨げる物は何も無く、リサが見つけたこの場所は正に特等席だった。
愛莉「たーまやー!」
リサ「かーぎやー!」
愛莉「すごいすごい!カイ、すごくきれいだね!」
カイ「あぁ、ホントに綺麗だな」
何千発も打ち上げられている夜空を彩る花火に見惚れ、自然と綺麗だと言葉が出てしまう。
年に一度しか行われない行事なので、余程楽しみにしていたであろう愛莉は瞬きすら忘れる程目を見開き、次々と夜空に咲き誇る花火を目に焼き付けていた。
リサもこの瞬間を待ち焦がれていたのか、愛莉を抱き抱えながら花火を夢中で見ている。
カイ(こんな何気ない、普通の日常こそが幸せってことなんだろうな)
花火を笑顔で観覧しているリサと愛莉の顔を見ていると、求め続ける幸せがなんなのか再確認できた。
それと同時に、リサと愛莉を受け入れた時と同様の心の温もりを感じた。
特別な何かなど必要ない。
共に暮らし、笑い合い、時にぶつかりながらも、何事もない生活こそが、真の平和であり、追い求めているもの。
種族の違いはあれど、頓着なく接してくれるリサと、太陽のように眩しい笑顔を振り撒く快活な愛莉と共に過ごせる日々が幸せで堪らない。
長楽萬年を祈り、幸福が充溢する世界になる願いを込めた瞳で、皆と見る夜空を彩る花火を見るのを楽しむことにした。
リョウ「どうか、この幸せが満ち溢れた時間が続いてくれ」
リサ達が笑顔で暮らせる幸福な時間を誰よりも望むリョウの呟きは、絶えず鳴り響く尺玉が破裂する快音により揉み消され、誰の耳にも届くことはなかった。
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愛莉「すごーくきれいだった!」
リョウ「チョーイイネ!サイコー!」
リサ「山がドンパチ賑やかになったわね」
カイ「お前の言うドンパチが違う意味に聞こえるのは気のせいか?」
十数分の間、夜空を鮮やかに染め上げていた花火は終了した。
鼓膜を揺さぶる軽快な破裂音が聞こえなくなり、不意に寂しさを覚えてしまいながらもリサ達は帰路についていた。
華やかで豪快壮烈な花火を見ることが出来た愛莉は満足そうに鼻歌混じりに大きく腕を振りかぶって先頭を歩いており、そんな愛くるしい姿に見ている面々は笑みを浮かべる。
リサ「今年は特に最高だったわね」
カイ「去年より打ち上がる数が増えてた気がするな」
リョウ「PLの花火の数よりかは少なかったけどな」
カイ「ピーエル?聞いたことねぇな」
リョウ「まあ数なんて関係ないわいね。こういうのは誰と見て楽しめたかが重要なんじゃ」
リサ「お、良いこと言うじゃ~ん。流石千年近く生きてることはあるね」
リョウ「それはわしが年寄りって言いたいんかい?よろしい、ならば戦争だ」
リサ「馬鹿にはしてないじゃ~ん!」
カイ「そんなこと言ったら俺だって何百年か生きてるから俺にも言ってることになるぜ」
リサ「うっ…3対1とか卑怯じゃね?」
カイ「もう一人誰だよ」
リサ「リョウとカイ、あとマンソン」
カイ「誰だよ!?」
愛莉「おかあさん!らいねんもまたはなびあがるよね?」
リサ「雨天中止じゃなけりゃやると思うよ」
愛莉「じゃあらいねんもぜったいみにいこうね!やくそくだよ!」
リサ「えぇ。毎年見に行こうね」
愛莉「カイとリョウもいっしょだからね!」
カイ「あぁ。勿論行こう」
リョウ「なんとか空けれるように頑張るわ」
リサ「そこは何がなんでも空けるって言うもんじゃないの~?」
リョウ「わしも忙しいんじゃけぇ。悪いけど保証は出来へんよ」
リサ「愛莉、お願いをしてあげて」
愛莉「わかった!リョウ、お願い……!(ことりちゃん)」
リョウ「ぐっ…そんなに綺麗な目を潤ませながら言われると了承せざるを得ないやんけ。分かった、約束するよ」
愛莉「やったー!」
リョウ「はあ…また愛莉にいらんことを教えよって」
愛莉「教えたのはアリスだよ。愛莉の可愛さなら威力マシマシでしょ?」
リョウ「わしの心にずっきゅんばっきゅんどっきゅんこんこんちゅちゅちゅちゅちゅじゃわ」
カイ「なんだよその魔法の呪文みたいな言葉は」
愛莉「リョウ!らいねんもいけるようにゆびきりしよう!」
リョウ「指切り?ヤクザか何かかな?」
リサ「バカ言ってないで早くやってあげなさいよ」
リョウ「はいよ。愛莉、約束ね」
愛莉「うん!ぜったいだからね!カイも!」
カイ「あぁ、勿論だ」
来年も同様の輝かしい夜を夢見て、リョウに続いてカイもしゃがみこんで指切りをしようと儚くも愛おしい小さな小指に自身の指を絡ませる。
カイ「っ……!」
指に触れた途端、異常が音沙汰もなく突然訪れてしまった。
体全体に、全神経に雷霆が打ち付けられ、燃え上がるような熱が帯びていく感覚。
二度と味わいたくはなかったこの感覚は、以前にピシャーチャを喰らった時と同様のもの。
自身の奥底から湧き上がり、侵食しようとしてくる『何か』。
伝播していく感覚が不快でしかないが、もう止まることはなく、己を蝕んでいく。
蝕まれてしまっては、自分が自分でいられなくなる気がしてならない。
前回とは異なり、抑える意思はあってもそれを押し退ける猛烈な勢いで自我を呑み込もうとしてくる。
愛莉に危害を及ぼし兼ねないという直感が即座に働き、素早い動きで後方へと覚束ない足取りで数歩下がる。
愛莉「カイ、どうしたの?」
何が起きたのか分からない愛莉の頭には疑問符が浮かんでおり、側で見ているリサとリョウも異変を感じ取り怪訝な面持ちでいる。
周囲の反応など歯牙にもかけず、カイの思考は最悪の方向へと傾き激化していく。
目の前の愛莉という非力な人間を喰らいたくて仕方がなかった。
何年も人間を喰らっていなかったせいか、湧き上がる食欲と衝動を抑制しようにも、妖怪としての本能が拒む。
目の前に無防備に立つ獲物に手を伸ばし、一歩、また一歩と歩み寄っていく。
命の灯火が消え去るなどと思ってもいない、此方を見上げるだけの愛莉に伸ばされた手は、小さな頭の上に優しく置かれるだけだった。
カイ「だ、大丈夫だ…何でも、ないぜ」
人間を喰らう本能に抗い、大切な存在を傷一つ付かせない屈強な想いが勝った。
孤独という未来永劫の時を生きたであろう牢獄から解き放ち、誰かと一緒にいることの温もり与えてくれた恩人。
自分の人生の幸福の大部分である愛莉を自身の手で傷付けるなど、到底許されない。
カイ「俺は、ちょっと用事を思い出したから…ちょっと、行かなきゃならねぇんだ」
愛莉「そうなの?すぐにかえってくる?」
カイ「……あぁ。すぐに、帰る。約束だ…」
様子が急変したことに気が付いたのか、愛莉はカイの表情を覗き込むように見つめる。
喰らいたい衝動を抑え込んでいるせいで呼吸が乱れながらも、艶のある髪を少々乱暴に撫で回す。
それが今のカイに出来る精一杯だった。
この場から一刻も立ち去りたい熱望により体を動かし、リサとリョウの横を通過し、夜が生み出す暗闇が広がる森の奥深くへと只管走り抜ける。
これ以上温もりがあるあの場にいると、大切な存在を失ってしまいそうで恐怖を感じると同時に、愛莉を喰らおうとした自分自身が許せず憎らしかった。
カイ「はあ…はあ…くそっ!何で…何でなんだよ!」
突如として訪れた人を喰らいたいという欲求。
何故今になって二度と行わないと心に誓った行為を行いたくなったのかは不明瞭でしかないが、人間の血肉が欲しくて垂涎してしまう。
確実に異常でしかないが、頼ろうにもリサも人間なため、自分の欲を満たす対象でしかなく、何より心配を掛けさせたくはなかったため、その場から離脱以外に選択の余地がなかった。
カイ「何で、急に…空腹まで…!」
人を喰らいたい欲求と同時に襲ったのは、空腹感。
何かを食べたいと思うからには当然訪れるもの。
だが、日常生活での食事やピシャーチャを喰らっても満たされることはないということだけは理解できてしまう。
人間でなければ満たされないと本能が告げている。
脳内で嫌でも想像されてしまった最悪の結末にならないためにも、可能な限りあの温もりのある場所から離れなければならない。
自身の存在を悟られない遠い場所へ行くために、今は逃げるように一心不乱に走ることしかできなかった。
一応言っときます。
皆さん、良いお年を!