ポケモンZAやるのに忙しくてなかなか大変です笑
漆黒に染め上げていた夜空と誰に届けるわけでもなく儚く輝きを放つ星は消え去り、この世界は新たな一日を迎えようとしていた。
朝暘が山々を照らし、森林の豊かな緑色が更に映えて自然の美しさを引き立てている。
木々達が生い茂る森林の中、暖かな日が差さない箇所があった。
自然が作り上げた岩の屋根の下、そこにカイはいた。
岩の壁に寄り掛かり、荒い呼吸を繰り返しているその顔は、苦しみに染まっていた。
カイ「はあ、はあ…くそ、結局一睡も、できなかったぜ…」
カイは夜明けを迎える時間帯まで、縦横無尽に只管に山々を駆け回っていた。
突如として訪れた、人を喰らいたいという欲求を抑えるために、無くそうとするために、紛らわせようとするために、走って、走って、走り続けた。
途やしまい嘔吐する悩まさはら果に終わってしまった。
カイ「兎に角、早いところ解決策を見つけねぇとな…」
?「解決策は単純明快だが、今の貴様では叶わぬことだと思うぞ?」
声がした方向に視線を向けると、アルシエルが同様に岩に背中を預け立っていた。
感知されることなくいつの間にか姿を現し視線を合わせることなく佇んでいるのが不気味さを漂わせている。
サングラスをしているため視線を向けているかすら不明だが、前を向いているのを見るに、視線を合わせる必要はないと無言で語っているようにも捉えられた。
カイ「叶わないって…どういうことだ?」
アルシエル「何故、叶わぬか…あのリサという女との金蘭の契りを破ることとなるからだ」
カイ「どういう、ことだ…」
アルシエル「…貴様は現在極度の空腹状態にあり、人間を喰らいたい衝動に襲われている。違うか?」
全て見透かされているのか、現状カイに起きている事象を言い当ててみせた。
驚きを禁じ得なかったが、カイはアルシエルの発言に無言で頷き返す。
アルシエル「簡潔に述べれば、貴様の今の状態は禁断症状が出ていると言える」
カイ「禁断、症状…?」
アルシエル「…貴様、元々は人を喰らう妖怪らしいな?正確には、人に巣食う闇を喰らうんだろうが。この世界に移住して以来、人肉と人間の闇を口にしていなかったのだろう?…それが、禁断症状が起きた最大の要因だ」
カイ「人間を、喰らっていないのが…原因、だと?」
アルシエル「…この世界に跋扈している、低俗な怪物…ピシャーチャだったか?奴の腐肉と闇を摂取することで、人間を喰らう欲を抑え込んでいた。…だが、遂にその苦肉の策とも呼べる手段は、通用しなくなった。人間を喰らう、そのように栄養を摂取する方法で生を受けたからには、本能は抑えるには限界がある。…現在の貴様の空腹感を満たすには、人間を喰らうしか方法はない。最悪の場合…死ぬことになる」
魔王から告げられた言葉は到底受け入れられなかった。
受け入れたくなかったと言う方が正しいが。
リサと愛莉と過ごすようになって以来、人間は一度も喰らってはいない。
人間社会に溶け込むからには、人間を喰らう、カニバリズムは禁忌に等しいため、リサに人間は喰らわないと約束を交わした。
ならばどのように闇を摂取するか熟考していたところ、この世界に跋扈する、人間を襲い喰らう怪物、ピシャーチャに闇が多く含まれていたのが分かった。
奴等を喰らうことで闇が補給出来るのは偶然の産物。
しかし最大の問題は万事解決することが叶い、三人で幸福な時を過ごせる。
そう思い続け今まで過ごしてきたが、避けられぬ問題が発生してしまった。
最悪の解決方法に頭を抱えるが、他に何か解決策はないか、空腹感が支配する最中で回らない頭脳を無理矢理にでも働かせ改善策を見つけ出そうとする。
アルシエル「…一応伝えておくが、思考するだけ無駄だ。生物の、種族としての当然のことを行ってこなかった末路だ。もし、仮に方法があれば、我でも助言できている」
カイ「へっ…お人好しな魔王様だな」
アルシエル「軽口を叩いていられるのも、今のうちだぞ。…数時間もすれば、貴様は見境もなく血肉を求め彷徨い力を振るう怪物へと成り果てる。…当然だが、恩義を感じているリサと愛莉も餌としか見做さないだろう」
カイ「そ、そんな…!」
アルシエル「だが、他の人間を喰らえば、最悪の未来を回避することはできるだろう。更に、貴様が望んでいた…今持てる力以上の力を引き出すことにも繋がる」
以前アルシエルがこの世界に訪れた際に発言していた事を思い出す。
自身が持つ力の最大の更にその先へと進む方法。
大切な存在を失いたくなければ知らない方が幸せだと言われたままで、話は有耶無耶になってしまっていた。
だが前回とは異なり、今回は自らの手で人を喰えば不幸を免れる結末に成り得ると発言している。
カイ「どういう、ことだ?前回言ってたことと真反対のこと言ってんじゃねぇか」
アルシエル「…あれは貴様の立場を考慮して判断したからだ。現段階の極限の状態ではないにも関わらず、人を喰らってみろ。リサは戸惑いながらも、貴様を粛清せねばならないこととなる。…だが、現状でも人を喰らったところで、如何なる理由があろうと人を喰らった時点で、人間からすれば過ちを犯したことになるであろうから、変わりはないのかもしれないがな」
魔王という肩書きがあるにも関わらず、濃密な関係を持っているわけでもない自分の安否を案じてくれていた事実に面食らってしまう。
内心お人好しな魔王だと思ったが、決して口には出さなかった。
アルシエル「貴様の体内には、ピシャーチャという本来喰らうことのない異形の怪物の闇が大量に備蓄されてある。…だが、本来摂取せねばならぬ人間の闇を喰らわなかったせいで、貴様の身体が、本能が、人間の血肉を欲するようになったのだ。現在の貴様が人間を喰えば…制限されていた縛りから解放され、溜まりに溜まった闇は放出される。…以前より実力が爆発的に上昇し、強化されるのは明白というもの」
カイ「…なら、俺は人を喰らうしか…だが…」
アルシエル「…この期に及んで、躊躇をするか?喰わねば、貴様は意志疎通も叶わぬ獣へと豹変することになるのだぞ」
カイ「分かってる!分かってる…だが…」
二度と人間を喰わない。
リサと愛莉と平穏な時を過ごすために、自らに言い聞かせた誓い。
時空防衛局の面々を無理矢理納得させこの世界で過ごせるようにしてくれたリョウへの恩もある。
期待や信頼を無くし、今までの幸福な時間を破壊したくはない。
しかしこの状態を打破するためには、人間を喰らう以外に方法はない。
喰えば時空防衛局が動きだし、リサに多大な迷惑が掛かるだけでなく、最悪戦うことになる。
喰わなければ理性を失った獣に成り下がり、見境なく人間を襲い、止めに来るであろうリサと戦い、最悪己の手で殺した挙げ句、喰ってしまう可能性もある。
喰っても喰わずとも、結果は奈落の底。
どうすれば良いのか葛藤するのは当然だろう。
カイ「………」
アルシエル「…沈黙が今の答え、か。最終的に答えを導き出すのは、他ならぬ自分自身だ。自身が正しいと思った事こそが、求めていた正解となる。…この先どうするか、どういう結末を迎えるかは…貴様次第だ」
カイの安否や今後起こる出来事を危惧していたのか、その心中は定かではないが、助言を言い終えたアルシエルは生成した時空の歪みの中へ入っていきこの場を後にした。
陽が登り始めた早朝に活動を始めた鳥の囀りが聞こえる心地好い雰囲気。
しかし快活な気分には到底なり得ないカイは、絶えず波のように訪れる空腹と、人間を喰らいたい衝動に駆られるのを抑え込むのに注力していた。
カイ「………俺は、どうしたらいいんだ?」
アルシエルの話が本当ならば、どちらにしても良い展開には転ばないだろう。
最悪、訪れるのは自身の死。それだけは回避しなければならない。
打開策が見当たらず、苦悩するしかない自分が不甲斐なく、理不尽な選択を迫られることに苛立ちを隠せず地面を殴り付ける。
リサと愛莉に危害を加えないためにも、最善の選択をしなければならないが、最早正解など皆無に等しいなのではないかと思えてしまうのも無理はないというもの。
カイ「俺は…俺が……するべき選択は……」
己の趨勢が見えず救いの手も借りられぬ、正に五里霧中。
この世界の衆愚を喰らうことに罪悪感はないが、リサや愛莉、寛大な措置を講じてくれたリョウに申し訳が立たない。
絶えず訪れる苦痛に耐えながらその場に蹲り、どうすればいいのか苦悩するしかなかった。
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愛莉「カイ………」
色彩豊かな花火が咲き誇った夜が終わりを告げ、新たな一日が始まった。
昨晩、突然態度が急変したカイが走り去ったきりで、翌朝になっても家には帰省していない。
朝食をかるく済ませた後の愛莉は眩しい笑顔を見せることもなく、何かしらの遊びをしようともせず、ただ縁側に座りカイの帰りを待っていた。
居間の入り口から覗き見るように様子を見ていたリサとリョウは、活気が無くなり意気消沈としている愛莉の姿に胸を痛めるばかりだった。
リサ「今朝からずっとあの調子ね…」
リョウ「今まで一緒にいた存在が突然おらんなったんじゃ。無理もない」
リサ「夜が明けたら帰ってくると踏んでたんだけどね。カイ…どうしちゃったってのさ…」
心配していたのはリサも同様で、大きな溜め息を一つ吐いた。
態度が急変し遁走した時点で、彼の後を追えば良かったと激しく後悔していた。
異変に気付けなかった凡愚な自分を卑下したくなる思いが胸中に広がる。
リョウ「…推測じゃけど、人間を喰らっていなかったのが原因なんかもしれへんな」
リサ「どういうこと?」
リョウが語った推測はアルシエルと同様の内容だった。
アルシエルとは異なり人間であるリョウは魔族や妖怪等の浅学ではあるが、長年生きてきた経験から導き出された結論だった。
リサ「もし、仮にその内容が本当だったら…カイは人間を襲っているかもしれないってことよね」
リョウ「そうなるんじゃろうけど、付近で人間が襲われたって騒動は何も起きてないことと、カイの心情を汲み取るに、今はどうすればいいのか悩んでいるんやないかな?」
リサ「悩むって…?」
リョウ「人間を喰らうか喰らわないかじゃろう。喰らえば空腹感は無くなるけど、人を襲い喰らうという人間という種族の禁忌を犯したことになりリサとの約束を破ることになる。喰らわんかったら食欲という欲だけが思考を染め上げ、老若男女無差別に襲い喰らう文字通りの化け物に生まれ変わる。そんな見境なく蹂躙跋扈する存在になってしもうたら、リサや愛莉の存在も認識出来ず襲うことになる。カイにとって二人は、暗闇だけが支配していた人生に光を灯してくれた存在。傷付けたくないに決まっちょる」
リサ「大したことをしたつもりはないけど、あたし達はカイにとって大切な存在だったのね。…まあ、あたしにとっても、愛莉にとってもそうだしね」
カイとこの世界で過ごし始めて一年と、年月で言えば決して長いとは言えないかもしれない。
それでも、過ごした時間は濃密で、掛け替えのないもの。
愛莉と共に何事もない日常を過ごせる幸せで満ち溢れていた。
ピシャーチャを根絶する困難や周囲の謗りの言葉を浴びせられる苦難も数々あった。
心が折れず乗り越えてこられたのは、間違いなくカイの存在があったから。
不器用で人付き合いも決して上手いとは言えないが、彼なりに色々とリサを支え、愛莉を守ってくれていた。
愛を知らない妖怪は、二人によって愛を与えられ、二人も気付かぬうちに愛を与えられていた。
リョウ「わしは最初は嫌悪してたけど、思ったより良い妖怪みたいやったから、今は二人の側に居なくてはならぬ存在として見ちょるよ。もう家族の一員みたいなもんじゃろ」
リサ「そうね…確かに、家族みたいなもんよね。腐れ縁とは言えないくらい深い関係になってるし」
リョウ「それなら、どうするかはもう答えはもう出たんちゃう?」
リサ「ええ、勿論!カイを捜しだす!どうするかは…会ってから考える!話し合えそうなら話すし、無理そうなら拳で語る!」
リョウ「無鉄砲でゴリ押しな気もするけど、リサらしくて安心したわ」
リサ「誰がゴリラだって?(#・∀・)」
リョウ「言っとらんわ。んじゃ、わしがカイに何処にいるか「リョウ!大変だよ!」捜そう…としたのに、どしたんやピコ」
ワールドゲートが廊下に出現したと思うと、中からピコが切迫した様子で現れた。
ピコ「やっぱりまだ気付いてなかったんだ。この世界にヴィラド・ディアが現れたんだよ!」
リョウ「何っ!?」
ピコ「この付近じゃないけど、隣の大国で暴れ回ってて相当な被害が出てるみたいだよ」
火急なのは一目瞭然なのは承知だったが、並外れた予想外の事態に絶句する。
隣で話を一部始終聞いていたリサは若干血の気が引いていた。
ヴィラド・ディアによって自身が本来生活していた世界が滅ぼされ、両親の存在を抹消された存在が姿を現したのだから、無理もないだろう。
リサ「この世界も…滅んじゃうっていうの?」
リョウ「んなことさせるわけないじゃろ。滅びの現象はまだ起きてないってことはまだ間に合う。必ずわし達が倒す」
リサ「なら、あたしも手伝う!こういう時のためにあたしは鍛え続けてきたから!」
リョウ「いや、リサは連れてはいけへん」
リサ「どうして?あたしが力不足でお荷物になっちゃうから?」
リョウ「ちゃうよ。実力不足なんて思ってなんてない。でもあの怪物のことはわし達に任せてほしい。リサには、カイのことを頼みたい」
リサ「カイのことも大事だけど、今はそれどころじゃ…!」
リョウ「リサにとって、愛莉にとって、カイはどんな存在?」
リサ「あたしと愛莉にとって…」
特に深くは考えたことはなかった。
任務の討伐対象だったが、私利私欲により放置しておけないと思い連れ帰り改心させた妖怪。
朝も昼も夜も食卓を囲み、何気ない日常を過ごす。
家事を手伝い、買い出しに行ったり、嫌な顔一つせず愛莉の遊び相手になっている。
ピシャーチャの討伐には必ず同伴し、二人三脚で様々な危機を乗り越えてきた。
事情も知らず『災厄の魔人』と周囲から呼ばれ蔑まされようが、彼なりの言葉で支え続けてくれた。
元は殺し合う運命にあったが、今では一つ屋根の下で過ごしている、奇妙な関係なのかもしれない。
それでも、現在の自分にとって、愛莉にとってもいなくてはならない掛け替えのない大切な存在となっている。
どういう存在なのか聞かれ、気が付いた。
考えたこともなかったが、考えれば即座に結論へと至った。
リサ「…家族、みたいな存在かな」
血縁関係でもなければ、過ごしてきた時間も決して長いとは言い切れないかもしれない。
だが、その過ごしてきた時間はとても濃密であり、幸福に溢れていた。
欠けることなど有り得ない、確かな絆によって繋がれていた存在だと自信を持って言える。
気付けばカイは、リサと愛莉にとっての家族という愛に溢れる存在となっていた。
リョウ「そうか…なら、大切な存在のために、向かってあげてくれ。世界がどうなろうと、家族だけは、守り抜かなきゃならんからな」
リサ「うん。…分かった。この世界のこと、リョウ達に託すね」
リョウ「任しといてくれ。そのためのユグドラシルメシアじゃけぇね。ピコもおるんやし、後々増援が来るんやろ?」
ピコ「結愛とアシュリーが後から合流するよ」
リョウ「了解。リサ、気を付けてな。カイは暴走してる可能性が高いからな」
リサ「暴走してるようなことがあれば、おれはしょうきにもどったって言うまで殴るのをやめないから!」
リョウ「それ正気に戻ってないやつやん。…兎に角、気を付けてな」
リサ「分かってるって。そういうリョウこそ用心しなきゃだよ?相手はあのヴィラド・ディアなんだから。リョウもあたしの家族のうちの一人なんだから、何かあったら…心配にもなるよ」
どの世界のどの強者とも比較にならない、存在自体を抹消する恐るべき存在。
エクリプス等の強敵達と幾つも合間見えてきたが、『世界を喰らう者』という名は伊達ではなく、ヴィラド・ディアの強さは別次元と言える。
心配しない方が無理というものだろう。
リョウ「大丈夫じゃ。わしにあの『力』がある云々の前に、大切な存在であるリサと愛莉を置いてきぼりになんてせんよ」
子供をあやすように、安心させるためにリサの頭を優しく撫でる。
いつもはもう子供ではないからと照れながら拒むところなのだが、今回はその温もりを拒むことなく受け入れている。
暫く俯いていたが、リョウの側まで来ると胸板に額をこつんと当て身を委ねた。
リサ「絶対…帰ってきてよね」
リョウ「約束する。だからリサも約束してくれ。必ず無事に帰ってくるって。わしにとって、リサは一番大切な存在なんやから」
リサ「うん。約束する…。ありがとう、リョウ。いつもあたしのことを想ってくれて」
リョウ「なんや今更。当然じゃろ。世界のことは任せて、リサはカイのことを解決することに集中しんさい。ほら、愛莉にお出掛けするって言ってきな」
リサ「うん!」
カイが異常な状態となり、移住したこの世界が崩壊仕掛けていると言うのに、リサの心は沈着冷静だった。
長年もの間、特に世話になったリョウの言葉は自然と落ち着きを与えてくれる、魔法の呪文のよう。
ヴィラド・ディアの一件を一任させ、カイの事に一心一意出来るのは間違いなくリョウの存在があるからだろう。
名残惜しく手の温もりから離れ、縁側に座り込んでいる愛莉の元へと歩み寄る。
リサの存在に気付いた愛莉の表情は哀しみの色に染まり切ってしまっている。
リサ「愛莉…」
愛莉「おかあさん…カイ、どこいっちゃったのかな?」
リサ「それは…あたしにも分からない。だからね、あたしは今からカイを捜しに行ってくる」
愛莉「それならあたしもいく!カイのことしんぱいだから!」
リサ「愛莉にはお留守番しててほしいの。ピシャーチャがうろうろしてて危ないかもしれないから」
愛莉「やだ!あたしもいきたい!」
頑なに同行したいと駄々を捏ねる愛莉の目尻には涙が浮かび始め、今にも泣き出しそうになっている。
愛莉にとってもカイは家族のような存在。
安否確認のために付いて行きたい願望があるのは当然と言えるだろう。
リサは愛莉の隣に座り、目尻に溜まった涙を拭き取ると、宥めるように頭を優しく撫で始める。
リサ「愛莉、あたしはね、愛莉のことが大好きよ。あらゆる世界が存在するこの世の中でも、愛莉のことが大好き。ううん、愛してる。だからこそ、愛莉には残っててほしいの。愛莉が傷付くことなんて、そんなの絶対あってほしくないから」
愛莉「でも…でも、カイのこと…」
リサ「うん。愛莉の気持ちもよく分かってるよ。それでも、今はお家で待っててほしいの。カイと一緒に帰ってきた時に誰かがいないと、カイもあたしも寂しいから」
愛莉「…うん」
リサ「あと、帰ってきた時のサプライズとしてあたしとカイが喜ぶことをしてもらいたいの」
愛莉「よろこぶことって?」
リサ「愛莉はよくあたしやアレク達が教えたダンスを踊ったりしたりしてるでしょ?まだ覚えてないダンスが幾つかあったりするでしょ?それを覚えてあたし達の前で披露してほしいの。そしたらカイもきっと喜んでくれるから」
愛莉「ダンス?まだできてないのは、このまえアレクにおしえてもらった『やらないか』ってダンスはあるよ」
リョウ「……………(絶句)」
リサ「………愛莉、それは『バラライカ』って曲名よ。アレクがその曲を教えてくれたの?」
愛莉「うん、そうだよ」
リサ・リョウ(次会ったらあいつぶん殴る…!)
リサ「え、えっと、他にはどんなダンスを覚えようとしてるの?」
愛莉「うーんとね、『スイートマジック』、『ハートキャッチ☆パラダイス』、『恋するフォーチュンクッキー』、『ピーマン体操』、『マル・マル・モリ・モリ!』、『Daisuke』とかだったっけ」
リョウ(いや最後のは愛莉の歳では無理だろ…)
リサ「そんなにあるのね」
愛莉「でもねでもね!きょうおちこんじゃってたときにおどったら『ピーマン体操』はおどれたんだよ!」
リサ「昨日出来なかったのに、今日は出来たの? 凄いじゃない! 流石、あたしの娘! やっぱり愛莉は出来る子ね! 偉いわよ!」
愛莉「えらい?やったー!」
リサ「何事も頑張れば何でも出来ちゃうものよ。 大切なのは、諦めずに自分の信念を貫くこと。そしたら何とかなるってもんよ!だからあたしは、カイは絶対に大丈夫だと思ってるし、絶対見つかるって信じてる」
愛莉「ぜったいにかえってくる…?」
リサ「あたり前田のクラッカーよ!あたしが嘘付いたことあった?」
愛莉「うん、星の数ほど」
リサ「…前も同じようなやりとりしたね。兎に角、お母さんの信じて、笑顔で待っててほしいの」
頭を撫でる手を餅のように柔らかな頬へと移し、慈しみの感情を載せて撫でる。
リサ「あなたは笑顔が一番似合うわ。 あなたの笑顔は、周りを照らす光よ」
愛莉「おひさまみたいってこと?」
リサ「そんな感じね。見ているこっちも笑顔になっちゃうくらい、暖かくて眩しい。そんなあなたの笑顔に、あたしは何度も救われてきた。勿論、カイもね」
ピシャーチャとの激闘の日々をくぐり抜けられたのも、世間からの酷評と容赦のない忌避の言葉を浴びさせながらも乗り越えられたのは、愛莉という太陽にも勝る暖かく眩しい愛する家族の存在があったからこそだ。
リサ「今日はリョウもピコも用があって行かなくちゃいけないから、一人でお留守番になるけど、お留守番してくれる?」
愛莉「うん!ちょっぴりふあんだけど、ひとりでできるもん!」
リサ「ありがとう。あたしの自慢の娘だよ」
リサは愛莉の小さく華奢な体を包むように抱き締める。
リサ「あたしが帰ってくるまで、泣かないで。 泣かないって、約束して? 必ずカイを連れて帰ってくるから。 あなたは、あたしにとって光そのものよ。愛してるわ」
愛莉「うん。やくそくする。あたし、なかないよ。ぜったいなかない。おかあさんたちがよろこんでくれるように、ずっとえがおでいるよ!」
リサ「うん、ありがとう。約束ね」
愛莉「ん~、おかあさん、くるしいよ~」
リサ「あ、ごめん、強く抱き締めすぎたかしら。それだけ最愛の娘を抱き締めたかったってことだから許してね」
抱き締めた愛莉の体から名残惜しくも離れる。
この温もりを決して忘れないようにするように、胸に手を当てる。
帰宅した時に、またこの温もりを感じたいと思い、カイを必ず連れ帰るという強い決意がより一層断固たるものとなる。
リサ「じゃあ準備してくるね」
リョウ「わし達はそろそろ行く。リサも気を付けてな。今のカイは恐らく最初に戦った時よりずっと強いで」
リサ「ええ、キバっていくわ!」
リョウ「本調子ってとこじゃね。…連れ帰るのは勿論じゃけど、最初の頃に言ってること覚えちょるか?鍛えてあげるって言うたあの時の言葉を」
リサ「初心は一時たりとも忘れたことはないよ。戦うからには、絶対に死なないこと、でしょ?」
リョウ「覚えちょるようで何よりや。必ず生きて帰ってきてくれ。これはわしの最大の切望じゃ」
リサ「任せといて!それじゃ、また後でね」
リョウ「あぁ、また後でな」
互いの健闘を祈り、リョウは再度リサの頭を撫でると、ピコと共に縁側から屋外へと飛び出し飛行した。
凄まじい速度で飛び去ったのを見送り、リサは準備するために自室へと向かい歩いていく。
十数分が経過し、戦闘用の服と仮面を付け、愛用の武器、アガートラムを持ち居間の方へ向かうと、愛莉はちゃぶ台の上に画用紙を広げクレヨンで何かを描いていた。
リサ「愛莉、何を描いてるの?」
愛莉「あー!まだみちゃだめー!おかあさんとカイがかえってきたときのおたのしみなんだから!」
描いてる絵を見られまいと、愛莉は画用紙を隠そうとちゃぶ台に体を乗り上げて隠した。
何を描いてるか興味深いところではあるが、帰ってきた時の楽しみとして敢えて触れないでおくことにした。
リサ「あら、そうなの?それは楽しみにしとくわ。それじゃ、お母さんそろそろ行ってくるから、いい子にお留守番しててね?」
愛莉「うん!おかあさん、いってらっしゃい!」
リサ「えぇ。行ってきます」
もう一度愛莉を抱き締め、再度愛娘の温もりに触れる。
一生抱き締めていたいと思える、唯一無二の暖かさ。
何故妊娠し、誕生した経緯の糸口が掴めない、謎が多く不明瞭のまま。
それでも、自分のたった一人の娘に変わりはない。
血の繋がった、大切な家族。
ヴィラド・ディアに喰われてしまった影響により、親の記憶は存在しないが、子を思う気持ちはこういうことなんだろうなと、一児の母になったことで実感できる。
一人の母親として、愛莉の幸せな未来を作りたい、守ってあげたい。
そのためにも、幸福の一部と言えるカイを連れ戻さなければならない。
カイも望んで、理性もない怪物になろうなどと思い描いてはいないだろうし、何より、自分にとっても大切な存在となった家族と呼べる妖怪が苦境に陥っているのを見逃すことなどできない。
最後に寵愛を注いできた愛莉の額にキスをする。
必ずカイを連れ帰るという意と、愛してるという意を込めて。
笑顔で見送る愛莉に笑顔で応え、背を向けてカイの捜索をするために駆け始める。
木々をすり抜けながら疾走していると、二度と戻れないかもしれないという虚構が頭を過る。
リサ「何考えてるの…有り得ないって」
現実にさせるわけにはいかない、実現させてたまるかと自身を戒める。
不穏な未来をこれ以上想い描かないように首を左右に振り、カイを見つけることだけに焦点を絞り足を動かす。
ではこれで今年の投稿は最後になります。
今年もありがとうございました!
よいお年を!