ユグドラシルメシア   作:仮面ピコ

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第108話 絶対に負けられない戦いがそこにはある

世界を照らす日が完全に沈み、漆黒が空を覆い尽くしている。

夜空を彩り輝きを放つ星々の煌めきと、太陽に照らされるところで白銀の輝きを得る月が漆黒に煌めきを与えている。

自然が織り成す息を呑む美景が広がってはいるが、悠々と目に焼き付けている暇は一秒たりとも存在しない。

 

食欲を抑制出来ず暴走するカイを止めるべく、リサは愛用の武器、アガートラムを構え合間見えている。

お互い睨み合いが続き、数分が経過しようとしていた。

両者とも多種多様な場数の戦場を潜り抜けてきた相当の手練れというのは理解している。

故に、隙が全くない。

邀撃しようにも下手に仕掛ければ、足を掬われ仕留められる。

足下に糊が塗られたかのように動じず、無言のまま互いに視線が衝突し合っており、線がピンと張られたような緊張感が場を支配している。

 

剣呑とした場を涼しい夜風が通り過ぎていく。

木々達がざわめき、樹冠が揺れ動く音だけが聞こえる。

生い茂る葉の中の一枚が爽風により枝から離れ空中に舞い上がり、重力に従いひらひらと地面へと舞い落ちる。

星空を背景に空中を舞い踊り、臨戦態勢の二人の間へと落ちていき、血溜まりの水面に静かに着面し波紋が広がった。

 

刹那、両者は駆け出した。

リサのアガートラムと、カイの闇で生成した拳が激突し合い、衝撃により人骨と鮮血が四方八方へと吹き飛んでいく。

 

カイ「ぐがあああああ!!」

 

カイの体内から赤黒い闇が止めどなく溢れ、先端が槍状となっている殺傷能力が高い触手が数本生成され、リサの体を串刺しにしようと迫る。

上部から襲い来る闇を回避し、砲口の下部に取り付けられた刃で闇を一刀両断する。

 

リサ「分かってたけど、殺す勢いで来られちゃショックってもんね!」

 

現在のカイにとって、リサは抹殺対象でしかない。

どのような言葉を投げ掛けても届くことはまずない。

言語による対応が不可能ならば、実力行使という手段を選択せざるを得ない。

 

リサ(でも、こっちも本気で行かないと殺られる…!)

 

手加減や妥協をすれば、間違いなく敗北という結末が訪れる。

カイを救うために、愛する娘の元へ帰るために絶対に負けることはできない。

 

リサ「『ホリブルファイヤー』!」

 

火炎放射器から灼熱の炎が吹き、溢れる闇もろともカイを焼き尽くそうとする。

摂氏2000℃にも及ぶ炎が迫るも、カイは避けることはせずその場に止まり、更に闇を増大させ自身を覆うように展開させる。

炎は撥水したかのように周囲に飛散していき、木々達に飛び火してし、逃げ場を奪取するように瞬時にして灼熱の炎が燃え広がっていった。

 

カイ「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

腕に闇を集束させ、我武者羅の殴打がリサを襲う。

純粋な殴打による攻撃だが、一発の威力が凄まじい。

『狂凶打』の威力も倍増されており、一振り一発が致命傷に成りかねない。

直撃を避けるためにもリサは正確に地をも揺らがしかねない拳を回避し、避けられないと判断した拳はアガートラムで受け防いでいく。

堰を切る勢いで溢れる悍ましい闇を前にしても泰然自若でいられるのは、数多の戦闘経験を得てきたからだろう。

 

リサ「やるわねぇ。でもっ…!」

 

左腕の殴打が終わり腕を引き、新たな殴打に備え右腕を構え振りかぶるコンマ数秒の間。

その一瞬の隙を逃さず、リサは地面にアガートラムの砲口を向け、『ペネトレイトインパクト』を放った。

砲身の中で火薬が炸裂し、杭が勢いよく放たれ地面を撃つ。

リサとカイが立つ半径10m程の地面に亀裂が入り陥没し、小規模のクレーターが出来上がり、互いに僅かながら宙に浮かぶ時間が生まれる。

『ペネトレイトインパクト』の勢いでカイよりも高い位置で滞空しているリサは態勢を整えるために体を回転させたカイの頬に回し蹴りを与え、続け様にアガートラムの砲身で思い切り打擲した。

金属と肌身が直撃する鈍い音を立て、カイは重力を無視する勢いでクレーターを削りながら吹っ飛び炎の中へと姿を消した。

 

リサ「ユグドラシルメシアに育成されたあたしの戦闘技術を舐めないでよ」

 

一瞬の隙さえ見逃さず、機転が利く戦闘を行えるようになったのは、間違いなくリョウ達に指導されたからだろう。

如何に相手の意表、不意を突いて攻撃するかという事柄は、特にリョウに叩き込まれてた。

リョウ自身、型に捕らわれず我流で戦う、素人故に行動が読まれにくいトリッキーな戦法なので、教授するにはうってつけだった。

 

大抵の相手は予想外の行動から繰り出される攻撃に翻弄されるが、カイはこの程度では倒れるような相手ではない。

真面に一撃を受けながらもカイは態勢を即座に立て直し大きく跳躍する。

蚊に刺された程度の痛みだったのか、殴打されたことを毫も気にしないと言わんばかりの『荒禍魔幻』により生み出された無数の針が上空から降り注ぐ。

触れただけで生死に関わる篠突く雨をリサは退くことなく、真下の地面に斜めにアガートラムを突き刺す。

強力な打撃により地面が隆起し、盾の役割を果たした地面で闇で生成された針を凌ぎきる。

 

しかし安心する暇などこの死闘にはない。

隆起した地面が『狂凶打』により瞬時にして粉砕され、闇の拳がリサの眉目秀麗な顔に迫る。

 

リサ「来ると思ってたよ!『ヘキサグラムカース』!」

 

六芒星の描かれた翡翠色の左目が燦然と輝きを放ち、カイの背後に六芒星の魔方陣が出現する。

リサの最大の武器である、不幸な事故により得てしまった封眼。

あらゆる事象を封印、行動不能することに特化したリサの十八番となる能力。

初めてカイをこの世界に連れ束縛した際にも使用され、行動を不能にするどころか、闇を使用することすら不可能にした、強力と言わざるを得ない力。

この力を駆使すれば、カイが暴走する要因となる喰人欲求を抑制することも可能だと信じていた。

 

カイ「ぐっ…うぅ…!?」

 

リサ「お願いカイ、元に戻って!!」

 

封印の力により、カイの獅子奮迅な勢いが嘘だったかのように停止した。

カイが通常通りに戻ることを祈った懸命な言葉がカイに届くように声を荒げる。

 

カイ「ぐ、ぐぐ…がああああああああ!!」

 

正気に戻って欲しいという願望も祈りも、意図も簡単にへし折られる。

カイの身体から更に赤黒い闇が放出され、背後に展開された魔方陣を打ち消した。

 

リサ「なっ!?あたしの封眼の力が通じない!?」

 

予想外の出来事に瞠目せざるを得なかった。

前回は通用した切り札とも呼べる力が通じず抹消されたのだから無理もないこと。

この世界に来た当初より闇の量が大幅に増幅している影響なのが要因だと推測できるが、最早流暢なことを思考している場合ではない。

アガートラムを構えようとしたが、『荒禍魔幻』による闇の衝撃波が放たれ、リサの華奢な体が宙に浮き吹き飛ばされ、津波に押し流され身体が四散しそうな勢いの闇の激流に呑まれながら地面を何度も横転する。

意識が飛びそうになるのを気力と根気で耐え抜いたが、視界が白一色に染まり、周囲の音すらを聞こえなくなる。

 

リサ「くっ…あぁ……」

 

気が遠くなっていき、このまま堕ちていく意識に身を委ねて眠ってしまう方が楽になれるだろう。

だが、リサの辞書に『諦める』という文字は書かれてはいない。

精根尽きたわけではない。

切り札が通用しなかっただけで、心が折れたりはしない。

まだ策は何かある筈。

力ずくで戦闘不能にする、通用するまで封眼の力を与え続けるなど、幾らでも策略はある。

カイのために、愛莉との約束のために、何より自分が望む幸福な未来のために、諦念が湧くことはない。

 

リサ「諦めたら、そこで試合終了…だもんね」

 

諦めるのは簡単だ。全てを投げ出せばいいだけだから。

ここで諦めたら、自身に待っているのは死。

欲を埋めるために獲物としか捉えていないカイに肉片一つ残らさず喰い尽くされる。

だがリサは喰らわれることなど考えてもいないし、些細なことでしかない。

 

死ぬ以上に、後悔することの方が嫌だった。

勿論死ぬことも後悔することになるだろうが、カイの暴走を抑えられずに死ぬこと、愛娘の愛莉との約束を果たせず帰れないことの方がよっぽど後悔する。

死んでからも、悔恨の念が残るのは必然だと言い切れる。

 

リサ「後悔なんて、したくない。後悔するくらいなら…あたしは突っ走る。後悔するのは、突っ走った後でいい。後悔するくらいなら、死んだ方がマシって思えちゃうからね!」

 

貫き引き裂くような激痛が襲い体が悲鳴を上げようとも、闘志を燃やして立ち上がる。

家族同然の存在を救うためならば、命だって投げ捨てられると言わんばかりの熱意が瞳に宿っている。

 

律儀に回復を待つ筈もないカイは跳躍し、確実に仕留めようとリサの頭蓋骨を砕くために踵落としを繰り出す。

呼吸を整え視界が回復してきたリサはアガートラムを真横に構えカイの踵落としを防ぐ。

巨大な岩石が急速に落下してきたかのような衝撃が体全体に響き渡り、骨が軋みそうになる。

痛みが迸る体に鞭を打ち、アガートラムを振り上げ退けると同時に跳び上がり両足でドロップキックを繰り出す。

腕を交差することで防御されるも、着地の際にバランスを崩した隙を見逃さず、力任せにアガートラムを振るいカイの体を殴打するも、両手で防ぎきられる。

 

リサ「『ヘキサグラムカース』!」

 

左目が翡翠色に輝くと、再度カイの行動が封じられる。

闇が魔方陣を侵食し始め、早くも効果が抹消されようとしたが、リサはアガートラムを手離し素早くカイの体に数発の拳を浴びせ、距離を取る意味も込め回し蹴りを打ち込んだ。

カイは数メートル吹き飛び地面に倒れ伏すも、最初と変わらぬ炯眼を向けていた。

リサがアガートラムを再度掴み跳躍するとほぼ同時に、地面から闇が溢れ出て、鋭利で細長い槍へと変化しリサへと向かっていく。

空中で華麗に体を捻らせ回避していくも、向かってきた内の一本が脇腹を掠める。

 

リサ「くっ…!」

 

鋭い痛みが神経を伝い全身に広がるも、歯を喰い縛って耐え抜き、回避した槍を足場にし跳躍し槍の嵐へと直往邁進する。

直撃を受けた遺漏は二度と犯さない表れなのか、気付かぬうちに自然と鬼気迫る表情へ変化している。

 

リサ「『メタルバレット』!」

 

空中にいるにも関わらず地上にいる時と同様の巧みな動きで砲身の上下左右にある小さな砲身から鋭利な弾丸を発射する。

回避する行動すら見せず、必要ないと言うようにカイは『荒禍魔幻』で弾丸を弾き飛ばそうとしたが、技が発動する前に透かさずリサは手にした唯一の装備であるアガートラムを投擲した。

自身の武器を放棄するような意匠の攻撃は予想外だったのか、自慢の身体能力を活かし後方倒立回転跳びを数回繰り返し距離を取るために回避し、アガートラムは地面に突き刺さり地面を大きく抉った。

 

カイ「…っ!!」

 

体勢を立て直し真っ正面を見ると、既にリサが追撃を仕掛けようと拳を振りかざしている直前だった。

着地と同時に人外染みた脚力を活かし音を立てることなく接近する技術は相当なもの。

いつものカイならば冗談混じりに称賛するのだが、現在のカイが答えとして繰り出したのは闇を纏った拳。

互いの拳が衝突するも、両者とも一歩も退かない。

拳が離れると更に拳がぶつかり、速度も徐々に上がっていき、目で捉えるのも難しい領域に達する。

 

リサ「はあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

カイ「がああああああああああああああ!!!!」

 

破竹の勢いで怒涛の殴打が炸裂し鈍い音が響く、純粋な肉弾戦。

拳に、腕に、顔に、腹部等に重みのある拳が衝突し合い、身体が痣だらけになり鮮血も飛び散り地面や木々の葉を赤く染め上げていく。

両者の猛攻は衰えることはない。

どちらかが退くまで、終止符が打たれることはない。

 

しかし、力の差は歴然ではないとはいえ、妖怪と人間の種族の懸隔はあるため、カイの方が一歩優勢と言える。

ただ、リサも力任せに単純な拳を叩き込んでいる訳ではなかった。

月光が照らす戦場の中で、リサの拳は仄かに淡く翡翠色に輝きを放っていた。

封眼の力を発揮し、カイの闇を徐々に払い除け、喰人欲求と空腹感を抑制させ意識を取り戻すために、殴り合いなど望まぬ相手に翡翠色の光を灯す拳を只管振り続ける。

 

カイ「うおおおおおおおおおお!!!!」

 

愾心が頂点に達したのか、己に渇を入れるかのように吠え、猛烈だった攻撃の勢いが更に増していく。

流石にこれ以上打撃を受ければ、体の負担が激しく持たないと判断したリサは身を屈め姿勢を低くし回転しながら距離を保ちつつ『ヘキサグラムカース』を発動した。

再び動きを止めている間に、地面に突き刺さったままのアガートラムを引き抜き砲身をカイに向け、『メタルバレット』を射つ。

封眼の力が宿り翡翠色に輝く銃弾がカイの体を貫き、痛々しい表情を見せるも、有効な一手にはなってはいないようだった。

 

リサ「はあ、はあ…何か、他に決定打はないかしらねぇ」

 

初対面の時とは比較にならぬ強さに面食らいながらも、効率の良い方法がないか知恵を絞る。

 

カイ「ぐ、ぐがぁ…う、り、リサ…」

 

リサ「カイ…!」

 

鏖殺する勢いの炯眼であることに変化はないが、涎が滴る口から確かにリサという言葉が零れた。

理性のない者から発せられることのない自分の名を聞けたことに、一縷の望みが心に灯る。

 

リサ「カイ!あたしのこと分かる?」

 

カイ「う、ぐぅ…ぐっ、あ、あぁ…何とか、な。さす、が、手荒だ…な」

 

リサ「元に戻すから、もう少し我慢しといてよ。愛莉も待ってるんだよ!」

 

カイ「愛莉…!う、うぅ、うがあああああああああ!!」

 

封眼の効果も切れつつあるのか、赤黒い闇が再度溢れ意識が薄れ、獣の如く咆哮を上げ『荒禍魔幻』を繰り出した。

触れるだけで簡単に肌が斬れる闇の鎌鼬が軍勢のように押し寄せるも、リサは退くことなく荒波に身を投じる。

アガートラムという巨大な武器を持っているとは思えぬ、揮毫するような軽快な動きで地面を駆け確実にカイとの距離を縮めていく。

 

リサ「振り切るよ!『ホリブルファイヤー』!」

 

射程圏内に潜り込み、カイの周囲を旋回するように火炎放射を放ちながら疾走する。

カイは灼熱の炎に焼かれぬよう周囲を闇で覆い尽くし防御に徹する。

大立ち回りによる雑な攻撃だが、炎と盾の役割を果たす闇が周囲の視界を遮るのがリサの狙いだった。

 

炎と闇の壁を乗り越えるほど大きく跳躍し、落下しながら『ヘキサグラムカース』を発動させ再度行動を抑制する。

何度目かの封印の力を受けカイは真上からのリサの急襲に気付いたが、遅すぎた。

 

リサ「さっさと元に戻りな!『ペネトレイトインパクト』!」

 

最大限の封印の力と元に戻ってほしい想いが吹き込まれた杭がアガートラムから放たれる。

カイの体を直撃し地面に倒れ伏せ、衝撃が体を貫通し、地面が大きく陥没し皹割れ周囲の地面も隆起していく。

 

雷や爆弾が爆破したかのような轟音が響いた後に訪れたのは、戦闘していた喧騒が嘘だったかのような沈黙。

草木を萎靡させる闇と灼熱の炎は消え失せ、砂塵が舞い四方八方の視界を覆う。

 

リサ「……ほんっとうにしぶといね」

 

カイ「ぐふっ……そう、だな」

 

リサの称賛と呆れが混じった言葉が出ると同時にカイは吐血した。

 

リサの全力が込められた一撃は確かに命中はしたが、致命傷に至るわけではなければ、完全に正気に戻すには至らなかった。

数倍の図体にもなるピシャーチャすら絶命する威力を誇る『ペネトレイトインパクト』を受けたにも関わらず、直撃した胸部には強烈な威力により大きな傷が生まれたことによる出血と、打撲による痣ができており、見るだけでも痛々しいもの。

吐血しているあたりダメージは相当なもので、妖怪であろうと臓器の幾つかは損傷しているだろう。

 

通常であれば体を動くことすら苦痛を味わうところだが、カイは違った。

闇を最大まで濃縮した『狂凶打』をアガートラムの砲身へ向け振りかざす。

大きなダメージを受けたにも関わらず、『ペネトレイトインパクト』にも劣らぬ打撃を受けたアガートラムの砲身は、耳を揺さぶるような鈍い金属音と共に粉々に砕け散った。

特殊な鋼鉄により製造された愛用の武器が破壊されたことに衝撃を受ける間もなく、カイの起き上がる際の回転蹴りにより真横へと吹き飛ばされる。

何度も地面を激しく横転し脳が振るわされ視界が明滅するなか、追撃の『荒禍魔幻』による闇の奔流が真上から叩き込まれた。

 

リサ「かはっ……!!」

 

怒涛の追撃に意識が飛びそうになるが気力で持ち堪えた。

闇が晴れた時には、皹割れる地面に倒れ伏したリサが仰向けに倒れていた。

吐血し全身の至る箇所から出血しており、付けていた半狐面は割れ、アンダーウェアや装束も破れてしまっている。

誰が一見しても満身創痍な状態。

 

リサ「ぐふっ…でも、諦めて…たまるもんですか…!」

 

魂を込めた一撃だったが、カイの暴走は収まらなかった。

愛用の武器であるアガートラムも鉄屑と化してしまい、危機的状況に陥っていた。

 

窮地に立たされているのは間違いないが、リサはまだ諦めてはいない。

諦念など湧く筈がない。

カイのためにも、必ず連れて帰ると約束した愛莉のためにも。

そして何より、自身の幸せのためにも。

 

戦う力は殆ど残されてはいない。

それでも激痛が走り軋む体を気力で無理矢理動かし立ち上がり、自分と同じく荒い呼吸を繰り返すカイに視線を向ける。

赤黒い闇が陽炎のように揺らめき溢れているが、カイの目に僅かだが光が灯っているように見えた。

 

カイ「はぁ…はぁ…逃げ、ろ……」

 

リサ「カイ…!」

 

見間違いでもなければ幻でもない。

封眼の力が確実に効いているようで、カイの意識が僅かだが顔を出した。

 

カイ「い、まの、俺は…ふ、つう…じゃな、い。お、まえ、の…こと、も…喰い、たくて…仕方…ない」

 

リサ「あたしが何とかしてあげるから、もう少し耐えてちょうだい!」

 

カイ「もう、いい…俺の、こ、とは、諦め…ろ…!」

 

リサ「え?」

 

カイの口から発せられたのは、諦めろと見切りをつける言葉。

自身が抱くことがない諦念の想いの言葉がカイの口から発せられるとは思わなかったリサは戸惑う。

 

カイ「お、れは…お前、を、傷…付け、たくない。だ、から、あき、らめろ…!」

 

リサ「な、なに弱気なこと言ってんのよ!正直、ボロボロで状況は芳しくない。でも、あたしが救ってみせるから!愛莉だって、カイのことを待ってる!帰りを待ってるの!」

 

カイ「この、ままだ、と…お、まえ、だけじゃ、なく…愛莉の…お、れを、変え、てくれた…一番…た、いせつな、そんざ、い…まで、喰べ…て、しまう…。それだ、けは…絶対、避け、たい…!」

 

誰かと触れ合うことを教えてくれた幼い少女。

暖かくて眩しい、いつでも太陽のように輝かしい笑顔を振り撒いてくれた彼女だけは、傷付けるわけにはいかない。

 

リサ「だからこそ、逃げたりなんてしない!」

 

カイ「だっ…たら、俺、を、殺せ…」

 

リサ「そんなの…出来るわけないでしょ!!」

 

家族同然の存在を抹殺するなど選択肢にない。

必ず救済するという決意を込め、胸倉を掴む勢いで叫ぶ。

 

カイ「頼、む…俺、は…だい、じな、ふ、たり、を…傷付け…たくな、い。だ、から…頼む!!うがあああああああああ!!」

 

赤黒い闇がより一層溢れ、暴走する状態に戻れと言わんばかりにカイを飲み込んでいき、理性なき獣へと成り下がる。

 

眦を決したカイを見たリサは闇に飲まれるカイを傍観することしか叶わなかったが、確かに視界に入っていた。

目頭に涙を浮かべ、悲痛な表情で訴えるカイを。

諦めなければならないが、踏ん切りが付かず、不本意に受け止めなければならない運命がある。

昵懇を捨てざるを得ないと受け止められる、歪んだ不撓不屈な想いが籠られていた。

 

リサ「…こういう面と向かって喋ってる場面は、素直に物を言いなよ」

 

最後に見た救済を求めたい瞳を向けられては、尚更折れるわけにはいかない。

如何なる方法を用いてでも、カイを救い出さなければならない。

 

しかし、現在のリサにはカイを救済可能な手段がない。

封眼の力も闇を撃ち祓える効果が薄く、アガートラムを破壊されてしまった。

口で言うのは簡単だが、実践し成功させなければならないとなると一筋縄にはいかないもの。

 

骨も何本か折れ、内蔵も破裂しているであろう現状でカイと肉弾戦を挑むのは得策とは言えない。

どうすれば現状を打破できるか、解決策を頭の中で暗中模索する。

後悔しない未来になるための解決策を。

最中、ユグドラシルメシアの一人であるタクトとのやりとりがふと浮かんだ。

 

 

 

リサ『もしも…どれを選択しても後悔するようなことしかなかったら、その時はどうするの?』

 

タクト『……その時は、自分にとっても、周りにとっても最良な選択をするしかない。例えそれが自身が望む最良でなかったとしても、自身が傷付くことがあったとしても、その場でしか選択の叶わない最良を選ぶしかない時だってある』

 

 

 

ユグドラシルメシアであり、ジャスティスエミッサリーという本物のヒーローの存在だからこそ、あの言葉には重みがあったため脳内に刻まれていた。

 

リサ「…今が、その時、なのかな?」

 

真正面から挑んでも、有効打となる手段がない。

後悔してもいいなら、一つだけある。

だがそれは、殉ずる覚悟が必要なもの。

自身にとっても、周囲にとっても、望まぬ結末になるのは間違いない。

 

リサ「………ふふ、何考えてるんだろ。でも、何とかしてやりたい気持ちが勝っちゃうなんてね。お人好しがあたしの周りに多いせいかな?」

 

今からしようとしていることを実践しようとするだけで僅かに手が震える。

誤魔化そうとしたせいか、独り言であり本音がつい口から漏れる。

 

リサ「…よし、やってやろうじゃん。ユグドラシルメシア達に鍛えられてきたあたしの意地、見せてやろうじゃないの!」

 

カイ「うがああああああああああああ!!」

 

『荒禍魔幻』により闇の槍と化した腕を振りかざし疾走を始めたと同時に、何かを決意したリサもまた地を蹴り駆け始める。

数秒と経過しないうちに相対する距離まで接近し、互いの攻撃が炸裂した。

 

再度激しい接近戦が行われなかった。

肌が密着するゼロ距離のまま、両者は静止していた。

 

カイ「が……あ…あぁ………」

 

リサ「う、ごふっ……!」

 

闇を求めるための食欲に支配された獣と化したカイの瞳は、明白と言える動揺が見て取れ、体も僅かに震えていた。

カイに身を預ける形で立っているリサは苦悶の表情を浮かべながら大量の血を吐き出した。

 

鋭利な槍と化したカイの腕はリサの胸部を易々と貫通していた。

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