ユグドラシルメシア   作:仮面ピコ

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書いてて辛かったです(泣)
それでは泣けるお話、どうぞ!


第109話 幸せの終わり 前編

星々が夜空という漆黒の画用紙を描き輝かせるなか、東の空がぼんやりと白んできた。

新たな一日を迎えるため、太陽が世界を照らそうと昇り始めている。

神秘的にも感じる払暁だが、この場でその輝きを拝もうとする者はいない。

 

空腹を満たすために暴れ狂う、視界に映るもの全てを蹂躙し喰らい尽くそうとしていた妖怪、カイは現在、先刻までの戦闘が嘘だったかのように鎮まり、目を見開き静止している。

まるで目の前の現実を受け止めきれない、そのような想いで。

訝しげな目で視線にあるのは、自ら放った『荒禍魔幻』により胸部を貫き、自身に身を預けるように凭れ掛かり立っているリサの姿。

 

傷口である胸部からは夥しい量の出血が確認でき、致命傷なのは一目瞭然だった。

貫いた腕にドロリとした血液が付着し、嫌でも自身が犯してしまったのだと痛感させられる。

欲に溺れ暴走していた意識が一気に覚醒し、戦闘で火照った体が瞬時に冷却され、不快な冷や汗が全身から吹き出す。

 

カイ「あ……あぁ…リ、サ…」

 

リサ「がふっ…ショック療法…だったけど…上手くいった。や、やっと…真面に、話ができる、ように…ごふっ!?」

 

カイ「おい喋るな!これ以上喋ると命が…!」

 

リサ「もう、助からない、かもね。諦めたく、ないけど…自分でも、分かるよ。がはっ、ごほっ!!」

 

カイ「何弱気なこと言ってんだよ!!くそ、どうすれば…」

 

咳き込む度に血が口内から止まることなく溢れ出していく。

完全に意識を取り戻したカイは何とかしようとするも、医療道具もなければ治療方法も分からない素人には手の施しようがない。

ただ素人でも、貫いた腕を引き抜けば更に出血し死を早めてしまうことだけは理解できている。

故に、何もできず、処置も叶わず狼狽えることしかできない、この場面を生み出してしまった自身に苛立ちを覚える。

 

リサ「兎に角…戻ってくれて、良かった。あたしも身を挺した甲斐があったってもんね…。まあ、現在進行形、なんだけど、ね」

 

カイ「それって…お前、封眼の力使ってるのか!?」

 

リサ「当然、じゃない…」

 

カイ「そ、そんな傷で封眼を使ったら!っ!?」

 

重力に従いだらりとぶら下がっていた腕が動き、素早くカイを抱き締めた。

突然のことに驚き、未だに愕然としているカイを余所に、カイの肩に顎を預ける形で抱き締めているリサは荒い呼吸を繰り返しながらも言葉を紡ぎ始める。

 

リサ「……これで、良いのよ」

 

カイ「えっ…?」

 

リサ「今、まで、幸せを知らなかったあなたが…ようやく、見つけたんでしょ?本当の幸せ…」

 

元居た世界では、情け容赦無しに襲い来る人間を殺戮し喰らってきた。

生きるために仕方なく、愛の欠片もない日々しか過ごしてこなかった。

それが、カイにとっての当たり前だったから。

 

だがある時、異世界へ迷い込む異変に巻き込まれたことをきっかけに、リサと愛莉に出会った。

自身を殲滅しようとする人間とその子供。

敵対するだけの存在だと思っていた。

だが、この二人は今まで遭遇してきた人間達とは明らかに違った。

 

自身を排除しようと武力を行使することなく、手を差し伸べてきた。

最初は罠だと思い警戒し、振り払おうと拒絶したが、執拗に絡んでくる。

不思議と不快とは感じず、愛莉の無邪気で愉快なお遊戯を快諾していた。

 

そして最終的に気付いた。

自分は幸せなのだと。

何事もない、何気ないこの日常を求めていたのだと。

誰かと触れ合う温もりを求めていたのだと。

幸福な時間を共に過ごせるよう尽力してくれたリサと、天真爛漫に太陽のような輝きの笑顔を見せる愛莉と過ごす日々が、この上なく大切で手放せなくなっていた。

 

リサ「幸せ…見つけたのなら…手放しちゃ、ダメでしょ…。死んじゃ、ダメ、でしょ…」

 

カイ「そう、だけど…」

 

幸福な時間は夢幻泡影というもので、人間より長寿なカイにとってはあまりに短すぎる。

物語にいつか終わりがあるように、終幕は訪れる。

生まれながらにして与えられた本能がある限り、避けられない宿命にあったのかもしれない。

 

人間の闇を摂取しなければならない。

己の生命の活動を維持させるためには避けられない行為。

契りを破らぬために、幸福な時間を過ごすためにあらゆる策を練り見付け出した答えで耐え凌ぐことしかできない。

最終的には水の泡と帰す結果になると、心の隅では考えてしまう日も少なくはなかった。

 

いつか訪れてしまうであろう最悪の結末を見据えながらも、カイは諦めたくはなかった。

ようやく掴んだ幸福。

誰かと心を繋ぎ共に生活を送る何事もない日常。

世界を蝕もうとする怪物が存在する以上戦闘は避けられないが、それを除けば心を満たす温もりがある、捨て難い日常がある。

憎悪に満ち溢れることのない、知ることのなかった掛け替えのない幸福が、確かにあった。

一度手に入れ掴んだ幸福を手放せないなんて、誰もが思う極々当然のことだろう。

 

カイ自身、諦めたくはなかったのは勿論だが、今回の自身の歯止めの効かぬ、喰人行為でしか抑制できない暴走により、二人を苛ませることはさせたくはなかった。

最悪の場合、自身の手で殺めてしまう可能性もある。それだけは絶対に避けなければならない。

だからこそ諦めなければならなかった。

物理的にも精神的にも傷付けたくはないからこそ、戦闘中に自身を諦めるよう促す言葉を掛けた。

人生を大きく変容させた恩人である二人を傷付けるくらいならば、死んだ方がマシだと思えたから。

手放したくなかった幸福を捨て去る、苦渋の決断。

それで二人が救われるのならば、少しは報われるというものだった。

 

だが、カイが願望を放棄することに対し、リサは真っ正面から向き合い、諦念をへし折ろうとした。

死に物狂いとまではいかないかもしれないが、掴んだ幸せは簡単に手放していい訳がない。

平和とは程遠い日々を送る生活を強いられた世界から逸脱し、人間の温もりを、愛を知らなかった妖怪が笑顔の絶えない生活を手中に収めることが出来たのは、奇跡と言えるだろう。

愛莉の太陽のような輝きと温もりと、リサのお人好しな程の優しさにより、カイは確実に救われている。

愛莉は幼さ故の無邪気な点もあるが、リサは明確に救いの手を差し伸べてあげたいと思ったからだ。

訳もなく、理由も録に知らぬまま武力を振るわれ、世界を追われてしまった境遇が似通っていることもあり尚更助けてあげたくなった。

 

例え、自身の身が滅びようとも。

 

リサ「ようやく、掴んだ…手に、入れた、幸せ…なんでしょ…!」

 

カイ「………っ!!」

 

リサ「だったら…簡単に、諦めようと、しないで…!これから、もっと、もっと、いっぱい…幸せ、見つけ、ごほっ!ごほっ!」

 

血液が気管に入り込み、苦しそうに咳き込みながらも言葉を紡ぐ。

言い残したことがないように必死な様子で。

 

リサ「まず、謝ら、せて。…カイ、が傷付け、たくなかった、のに…あたしに、致命傷…負わせたこと。こうする、しか…方法、見つから、なくて…」

 

殉ずる覚悟がなければ実行出来ぬ特攻。

完全にカイを鎮めるには至近距離で封眼を使う必要があった。

 

様々な感情が押し寄せ、カイは反論しようにも口が開かず、声が喉元で引っ掛かるような感触がし、言葉を発することは叶わなかった。

 

リサ「あたしは…幸せ、だったわよ。…リョウや、愛莉、カイに、会えて…」

 

ヴィラド・ディアに両親を喰われ、元居た世界までもが喰われ、居場所を失う運命にあった。

リョウ達に救助されたことによりリサの人生は新たに始まったと言っても良いだろう。

リョウ達と出会い戦いの術を学び、愛莉が生まれ新たな家族の形となり、とある任務でカイと出会ったことにより新たな生活が幕を開けた。

 

平穏とは言えない、波乱万丈な一生だったが、リサにとっては幸せそのものだった。

 

リョウやピコ、ユグドラシルメシア、時空防衛局員と言った多種多様な人物と関与し、鍛練してもらい、あらゆる世界を巡り歩きながらエクリプスの壊滅を補助したこと。

 

カイというお人好しな妖怪と最悪な出会い方ではあったが、愛莉と共に遊戯を満喫する平和という言葉を表現できる日々を送ったこと。

 

そして、何よりも大切な愛莉という愛娘の存在。

妊娠した理由は未だに明確になっていないが、間違いなくたった一人の血の繋がった家族と呼べる存在。

愛莉を授かり、何気ない平穏な、笑顔の絶えない日常を過ごしたこと。

愛莉という太陽よりも眩しく明るい笑顔を振り撒く娘の存在がいたからこそ、人生を歩んでこれたと言っても間違いはない。

 

リサ「あたし、は…充分、幸せを…手に、入れた。感じる…ことが、できた、よ…」

 

震える声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

カイは発声することを許さないと言われたかのように閉口したままリサの言葉を一言一句逃さず聞き入る。

 

リサ「今、度は…あなたが、幸せに、なる番。もっと…世界、を…見て、知って…新しい…幸せを、もっと…見つけて…」

 

力を入れるのもやっとと言える震える腕が上がっていき、慈愛と母性に溢れた仕草で、カイの頭を撫でる。

リサと同様に最も愛する存在として愛莉の世話をし、世界の癌であるピシャーチャの殲滅という命懸けの戦いに身を投じてくれたカイは、リサにとって家族同然のような存在。

幸福な人生を送ってほしいと思うのは当然のこと。

自分の命を犠牲に、殉ずる結果となったとしても。

 

リサ「闇の…ことに、ついては…任せ、て。あたしが…何とか、するから…。だから、幸せに…なって、ね…」

 

顔を見ずとも分かる。

リサが涙を流していることに。

今まで過ごしてきた中で、一度たりとも涙を見せなかった彼女が泣いていた。

 

リサ「あと…一つ、だけ…我が儘、言っていい?愛莉を…よろしくね…」

 

明確な致命傷を負ってしまい、自身でも命の灯火が消えようとしているのを察したからこそ、昵懇の間柄にあるカイに愛莉のことを託せた。

きっと、否、絶対に諦めたくなどなかった筈だ。

愛する娘を置いて、一人で先立つことなど望むわけがない。

 

本能に抗えず暴れ狂い実力行使したことによる悔悟と、命を落とす危機や不幸な運命へと激変することすら惜しまず戦い抜いてくれた多大な感謝により、カイの涙腺は完全に崩壊した。

 

カイ「あ…あ…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああ!!」

 

喉が張り裂ける勢いで赤子のように慟哭するカイの頭を、リサはあやすように優しく撫でる。

 

リサ(ホント…あたしって不器用だな)

 

カイ自身の手で致命傷を負わすことにより正気に戻そうとする荒唐無稽且つ大胆不敵な行動が甚だ可笑しく思い鼻で笑ってしまう。

 

リサ(カイが幸せになれるなら満足だし、後悔なんてない。……いや、後悔ありまくり。リョウに最初に死ぬなって言われてたのに、ね。愛莉…あなたを置いて行ってしまうことになるんだから…)

 

死闘を繰り広げる前に、必ず果たすと約束した。

 

───カイを必ず連れて帰る。

 

冗談混じりの約束なら星の数ほど破ってはいるものの、戦闘から必ず帰るという約束だけは、一度たりとも破ったことはなかった。

カイを救うために『今から行う事』をすれば、確実に生きては帰れない。

カイを救うには最善な方法だが、結果的には最悪と呼べる結末になってしまうだろう。

 

リサ(もっと…愛莉と一緒に過ごしたかったなぁ…。ランドセル背負って学校行ってる愛莉…見てみたかったなぁ…。成人式の振り袖着てる姿も、見てみたかったなぁ…。愛莉…あたし、立派に母親やれてたかな?)

 

いつか訪れる愛莉の姿が脳内に映し出されると同時に、一人の母としてやり遂げられたのか疑問に思う。

決して一般的な家庭とは言えなかっただろう。

父親がいない環境下で、世界を守護するために留守にすることも多かったが、触れ合う時間を可能な限り設けてきたつもりだ。

気が咎めながらも出撃する際に、愛莉は毎度笑顔で送り出してくれたが、虚勢を張っていたのは見抜けており、申し訳ないと思っていた。

 

母親として上手くやっていけたか、答えは分からない。

それでも、一つだけ言えることがある。

愛莉はいつでも笑顔だった。

出掛ける時は寂しさをひた隠すが、帰宅した時、遊ぶ時、お風呂に入る時、布団で一緒に寝る時、日々の生活の中での愛莉は笑顔を絶やすことはなかった。

純真無垢な幼女が笑顔でいられるのは、母親であるリサと過ごす毎日、一分一秒が楽しみと喜びに満ち溢れているから。

 

リサ(愛莉…あなたの笑顔をまた見たい。その笑顔に何度救われたかな…)

 

訳も知らずに降りかかる容赦のない誹謗中傷に罵詈雑言は、年相応の女性であるリサには耐え難いもの。

精神的に病まず耐え抜いてこれたのは、間違いなく愛莉の存在がある。

向日葵のように咲き誇る、不幸という概念全てを消し去る魔法と思うような温もりに、何度も救われてきた。

 

リサ(完璧とは言えない母親だったけど…あたしの元に産まれてきてくれて、ありがとうね。立派に、育ってね…)

 

薄れ行く意識の中で、愛莉との様々な想い出が脳内中に映される。

これが走馬灯なのだろうと悟ったが、愛する娘との想い出で埋め尽くされるならば悪くないと思えた。

 

カイ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああぁぁぁ!!」

 

死へと誘われる最中、カイの鳴り止むことのない慟哭により意識が覚醒する。

まだ死ぬわけにはいかない。

最後にカイのために成さなければならない重要な事があるのだから。

 

リサ「あたしの…全力、注ぐから…幸せに、なりなさいよ。『ヘキサグラムカース』!!」

 

封眼が過去最大級の輝きを放つ。

昇り始めた太陽にも劣らない、薄暗い空間の中で凛然に煌々と輝く翡翠色の封眼は正に一等星の如く輝き。

リサとカイを中心に地面には魔方陣が描かれ浮かび上がり、徐々に輝きを増していく。

 

リサ「これで………終わ、り…」

 

己の役割を終え安堵したせいか、若しくは死が近いからか、脱力感が襲い掛かり、カイの頭を撫でていた腕も力なく下がる。

全身全霊でカイの闇の問題を抑制するために力を使い果たしたリサには、もう何の感覚も残っていなかった。

限界を越える力を込めた封印術により、全身のありとあらゆる細胞は壊死し、文字通りリサの命は風前の灯にあった。

致命傷を胸部を中心に広がる痛覚も消え、カイに寄り添う時に感じる体温も感じず、口内に広がる鮮血の味も失せ、耳の側で落涙し慟哭するカイの泣き声も無に帰している。

カイや風光明媚な風景も何一つ見えず、漆黒だけが視界を占領している。

五感全てが消え失せ、いよいよ死が足音を立て近付いてきていた。

 

リサ(リョウ……あなたの約束、守れなくて、ごめん)

 

何も感じない、声も発する力すら残されていない無が支配する中でも、心の中で自身の声が聞こえ、語ることは可能だった。

 

リサ(あたしの、変わりに、愛莉のことをお願いね…。愛莉、愛してるわ。ありがとう………ごめんね………)

 

翡翠色の光がより一層輝きを増し周辺を照らし付けるなか、大粒の涙を流しながらも最後にリサが見せていた表情は、緩く口角を上げた笑顔だった。

光が包まれると同時に、リサの瞼は静かに閉ざされた。

 




泣ける場面書くのって難しいですね。
リサの出番はこれにて終了です。
お気に入りのキャラだったからこそ最期を描くのは辛かったですね。
次回も泣けるのでお楽しみに!
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