ユグドラシルメシア   作:仮面ピコ

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書くのが本当に辛くなるまで悲しくなりました(ガチ)




第110話 幸せの終わり 後編

リョウ「戦闘の跡があるってことはこの辺の筈やな」

 

朝日の全体が顔を出し、世界を明るく照らしている。

鳥達の囀りが聞こえる山中、ヴィラド・ディアとの戦いを終えたリョウ、ピコ、結愛、アシュリーがリサとカイが死闘を繰り広げた戦場へと参着した。

世界の崩壊を招く怪物が相手だっただけに各々傷だらけで、ピコに関しては純白の体が所々黒ずみ、場所によっては欠けている箇所まである。

 

アシュリー「リサちゃん、無事でいればいいけど…」

 

リョウ「リサは絶対大丈夫や。死ぬわけない」

 

ピコ「…っ!リョウ、あそこ!」

 

ピコの視線の先に、誰かがいるのが見え、目視で確認できたと同時にリョウは即座に走り寄った。

 

リョウ「え…これって…どういう………」

 

リサ達が居た場所を目視したが、絶句するしかなかった。

 

目の前に居たのは、見覚えのない幼い子供。

 

?「ん~?」

 

子供もリョウの存在に気付いたが、見知らぬ誰かが接近したことにより首を傾げている。

何処にでもいそうな幼子だが、異様なのは明瞭だった。

口周りは鮮血により真っ赤に染まっており、血飛沫により服も真っ赤に染められ、周囲の地面にも鮮血がこれでもかと言わんばかりに飛散しており、深紅の絨毯を作り上げていた。

 

アシュリー「何でこんなところに子供が?それに血だらけだし…」

 

結愛「リョウ、まさかこの子…」

 

リョウ「…間違いない、やろうな。カイじゃ」

 

ピコ「えっ!?これが、あのカイなの!?」

 

信憑性に欠けるが、目の前にいる幼子はカイだと断言できた。

幼くなったとはいえ、何処か面影はあり、断定できる要素の一つとして、口周りに付着している乾燥仕切っていない鮮血だった。

 

アシュリー「何がどうしてこんな子供に?」

 

リョウ「………リサの封眼の力、じゃろう。カイの本能を、闇を封印し、更に自らを喰わせることで、闇を充分にまで蓄積させた…」

 

ピコ「闇を、力を封印させたことで幼くなるなんて…。それより、喰わせることでってことは、リサは…」

 

リョウ「あぁ…今頃カイの胃袋の中じゃろう…」

 

アシュリー「そんな…リサちゃん……」

 

リョウ「バカ野郎…死ぬなって、最初に約束したやろ。愛莉に…帰るって約束したんじゃろうが…!!」

 

膝から崩れ落ち、認めたくない現実を反らしたい衝動に駆られる。

歯が砕かれる程にまで食い縛り、握り締めた拳から血が滲み出る。

 

津波のように押し寄せる悲痛と喪失感。

それ以上に、後悔、忸怩たる思いが心の中を埋め尽くす。

 

自分が側に付いていてあげれば、死ぬことはなかったかもしれない。

二人を最善な未来へと導けたのかもしれない。

ヴィラド・ディアを迅速に対処出来てさえいれば、最悪の結末は免れたのではないか。

どのように悔やんでも、後の祭り。

起きてしまった悲劇はビデオのように巻き戻せない。

 

リサが死亡したという受け入れ難い現実が突き刺さり、重い空気が場を支配する。

俯いたまま起き上がらないリョウを気遣うためにアシュリーが声を掛けようとした刹那、突然立ち上がりカイの元へと歩みを進める。

足元まで歩み寄ると、氷点下をも下回る冷徹な目で俯瞰しながらアルティメットマスターを抜刀、カイ の首元へと刃を向けた。

 

ピコ「リョウ!?何を…!」

 

リョウ「………」

 

結愛「リサを殺し喰ったことが、許せないのよね?」

 

沈黙を貫くリョウに変わり、心の内を見透かしているかのように結愛が発言した。

その言葉に反応を示すことなく、状況を全く把握できておらず首を傾げるカイに剣を構え続けている。

 

理由はどうあれ、カイがリサを喰い殺した事実に変わりはない。

憎悪と憤怒が膨れ上がり、殺意が籠められた眼光もより鋭いものへと変化していき、剣を握る手にも力が入る。

 

アシュリー「リョウ…お願い、剣を下ろして。カイを殺したら…絶対後悔しちゃうと思うから」

 

結愛「アシュリーの言う通りよ。何故リサが身を呈してまでカイを救おうとしたか考えて」

 

カイが子供の姿へ変化したのは、間違いなくリサの封眼の力の影響だ。

喰人欲求と闇を蓄積する要因を解決させるためにリサはその命を枯らした。

何故リサが身命を投げ打ってまでカイを窮地から救おうとしたのか。

回答は即座に頭に浮かんだ。

出撃する直前に自身が問うた質問の答え、家族のような存在だから。

同じ屋根の下で暮らし生活を共にするカイは、血は繋がっていなくとも、家族と呼べる存在に、なくてはならない掛け替えのない存在になっていたのだ。

孤独な葛藤を抱え、深刻な状況に陥ってる家族を放置しておけるわけもない。

 

リョウも頭の中では理解できている。

だが、心が理解に追い付かない。

自分にとっても家族同然だった、守るべき存在を形すら残さぬ無惨な結末で終わらせ、永久の別離にさせられた。

それは自身だけではない。

残された愛莉もそうだ。

母親が親しい仲である存在に殺害され、二度と戻ってはこないという残酷な真実を受け止めるには、あまりにも幼すぎる。

愛莉の今後を考えるだけで胸が締め付けられるしかなかった。

リョウ自身も苛まれ、幸福を約束されない未来しか見えない現実を直視できない程にまで傷心してしまっていた。

 

元凶であるカイをこの場で殺害すれば結果は変わるのか。

答えは否、変化など何も起こらない。

自身の憤怒と悲哀に身を任せ、感情的になり殺す、それだけでしかない。

大切な人を殺されて、潔く赦免するのは無理があった。

軽々しく許すなど言語道断なのだが、本当にこのまま首を跳ねてしまっていいのかと、仲間達の言葉を聞いて考えさせられる。

 

リョウ「………」

 

ピコ「リョウ、リサの気持ちを、汲み取ってあげよう…」

 

項垂れるような、悲哀に満ちたピコの助言にリョウ の眼光は緩み始める。

 

抵抗も何もない子供の首を跳ねるなど造作もないこと。

人々が悪人と唱える者の首を、数え切れない程にまで斬ってきたのだから。

だが、この場でカイの命を奪うということは、リサの努力を踏みにじり揉み消してしまうのではないだろうか。

リサが尽力した結果、カイは喰人欲求から解放され、リサに蓄積された闇を喰らうことで喰人行為を行わず生活が可能となった。

幸福な人生を送ってほしいからこそ命を捧げてまで救済を施した。

カイを殺してしまえば、全てが無に帰すことになる。

リサが積み上げてきたものを踏みにじる冒涜に値するのではないだろうか。

 

リョウ「………くそっ…!」

 

リサが望んだことならば、順ずるのがせめてもの報いになるのではないだろうか。

未だ収まることのない憤怒と憎悪を無理矢理にでも掻き消すように、喉元に当てられた刃を離し乱暴に一振りし鞘に収める。

目尻に浮かんだ涙を流さないためか、泣いているのを誤魔化すためか、真上を見上げる。

滅びの道を歩む筈だった世界の蒼穹が視界に広がり、僅かだが心が落ち着き頭が冷やされた。

やろうとしていたことが自身の鬱憤晴らしにしかならないと気付かされ、まだまだ未熟だなと自省する。

 

この場にもう用はない。

リサを失った悲しみは永遠に消えることなく、自責の念が生涯に渡り心を蝕むだろうが、今は悲嘆に暮れている場合ではない。

自分のすべきことをするために踵を返す。

 

リョウ「……カイ、お前にはもう居るべき場所はないけぇ、時空防衛局で保護することになるじゃろう。局内の中でなら、お前は自由じゃ。好きに生きろ」

 

カイ「ん~?うん!」

 

恐らく理解は出来てはいないが、愛莉にも似た溌剌とした返事をした。

笑顔で返事を返したカイを姿を振り返り見ることなく歩み始めた。

 

ピコ「リョウ、何処に行くつもりなの?」

 

リョウ「決まっちょるやろ。愛莉の元に、じゃ。結愛、すまんがカイのことを頼む」

 

結愛「……愛莉のことは、どうするつもりなの?リサが受任されていたピシャーチャの件も…」

 

リョウ「時空防衛局には殉職したリサの後任としてわしが後任すると報告しとく。カイの居住申請もやっとくけぇ、先に連れて戻っといてくれ」

 

弔う暇すらなく、白い粒子で生成された翼を展開し、足早に愛莉の元へ向かうために飛び立った。

 

結愛「本当に、不器用ね。カイ、私達と一緒に行きましょ。大丈夫、悪いようにはしないから」

 

カイ「うん!ついていくね!」

 

幼児化したことにより記憶も消失しているカイは先程と同様に溌剌とした返事で答え、結愛に抱き抱えられる。

ワールドゲートを召喚し時空防衛局に向かおうとしようしていたが、不意に結愛の瞳から一筋の涙が零れた。

 

結愛「幸せって…一瞬で崩壊するものって、嫌でも理解させられちゃうわね…」

 

ピコ「結愛…」

 

結愛「私ったら駄目ね。本当に泣きたいのは…リョウの筈なのに…」

 

一つの幸せの終幕に落涙するのを堪えることはできなかった。

リサとの出会いを果たす当初から認知し、親しい関係にあったからこそ、胸を抉る悲しみは大きい。

ピコとアシュリーも尽きることのない悲しみに暮れるなか、カイだけは何故自身を抱えてくれている女性が泣いているのか分からず頭に疑問符を浮かべるのだった。

 

 

~~~~~

 

 

愛莉「……………」

 

リサとカイに何が起きたのか知る由もない愛莉は縁側に座り込み只管二人の帰りを待ち続けていた。

数羽の鳥の囀りが聞こえ、暖かな日差しが大地を照らし、屋外で遊ぶには最適な日和となっている。

普段なら嬉々として庭を駆け回るところなのだが、愛莉は立ち上がる気配は一切なく、ただ無言で座り続けている。

 

?「あぁ、ここにおったんか。部屋におらんけぇちょいと心配になってもうたで」

 

居間に入室してきた人物、リョウは愛莉の隣に来ると静かに腰を下ろした。

暫しの間沈黙が訪れる。

誰の目から見ても分かる悄然とした愛莉の様子を見てしまい、どのような言葉を掛けたら良いのか分からない心境にあった。

 

リョウ「……愛莉、今朝は少し寒いから、家に入って待っていよう?」

 

愛莉「ううん、やだ。ここにいる」

 

断れると内心分かっていながらもいざ拒否する言葉を突き付けられると対応に困るものだった。

リョウは愛莉の前まで来て、同じ目線で語れるようにしゃがみこみ再度説得を試みる。

 

リョウ「リサとカイはね、帰るまでもうちょい時間が掛かるみたいなんよ。だから中で待っとこ?わしがフレンチトースト作っちゃるけぇ」

 

愛莉「…いらない。ここでまってる」

 

食事の誘惑をも断り、頑なにこの場から動こうとはしない。

リサとカイが帰宅するまで待ち続けるという、浮かない顔からは伺えない固い決意があった。

恐らくどのような言葉を掛けても愛莉はこの場に居座り続けるだろう。

力ずくで連れていく手段など行使する選択は毛頭ないため、埒が明かない現状に弱り切ってしまう。

 

愛莉「………もん…」

 

聞き取れるかどうかギリギリの小声で愛莉が呟いた。

 

愛莉「おかあさん、いってたもん…。カイを、つれてかえってくるって…いってたもん」

 

喉から発せられる声は酷く弱々しく、今にも崩壊してしまいそうな儚さだった。

膝の上に乗せられた握り締められた拳は僅かに震えており、目尻に涙が浮かび始める。

 

愛莉「かえってくるまで、ないちゃダメ、だもん。えがおで、まっててって、いったから。やくそく、まもらなきゃ…!」

 

もう帰ってこないかもしれないという、小さな体では受け止めきれないとてつもない大きな悲しみが押し寄せ、抑えていた感情が、涙が溢れだす。

 

愛莉「おかあさん、ぜったい…カイをつれてかえってくるから…!あたし…えがおで、待って、なきゃ…!」

 

嬉々な笑顔でいようとする反面、心は相反する悲哀に侵食されていく。

無理矢理にでも笑顔を作ろうとするも、流すまいと我慢し堪えていた大粒の涙が頬を伝っていく。

 

幸福な毎日を過ごしていたからこそ、笑顔を絶やすことはなかった。

リサがピシャーチャ討伐のため出撃する際は、当然ながら離ればなれになることや、無事に必ず帰還するのか不安に駆られ涙ぐむことは多々あったが、泣く姿は赤ん坊だった頃を除けば見ることはなかった。

これ程までに涙を流すことは一度となく、どれ程の不安に駆られ、悲しみに包まれてるか、心中を考えるだけで胸が苦しくなる。

 

泣き叫ぼうと必死に堪える、可愛い娘同然の涙ぐむ耐え難い姿に、矢も盾もたまらず愛莉を包み込むように優しく抱き締めた。

突然抱き締められたことに目を皿にし驚いた愛莉は一時的に涙が止まり硬直する。

 

リョウ「……もう、いいんだよ。愛莉、よく頑張ったね。もう、我慢しなくていいんよ…」

 

掛ける言葉は何一つ見つからなかったが、宥め賺すにはこうするしかないと自然と言葉が紡がれた。

壊れないように優しく包み込まれる温もりが愛莉の全身を包み込む。

慈しみが含まれた大きな手で頭を撫でられることに不思議と安心感が生まれ、我慢しなくていいという許しの言葉に、愛莉の涙腺は決壊した。

 

愛莉「うぅ、うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ!!」

 

胸元に顔を埋め、服を掴み感情のままに泣きじゃくる。

止まることを知らない滂沱の涙がリョウの胸元を濡らしていく。

何処にもぶつけようのない悲しみを、辛酸を舐める想いをリョウに吐き出すかのように慟哭する。

 

幸せを喪失してしまった愛莉の頭を撫で背中を擦るリョウは臍を噛むしかなかった。

 

生きるか死ぬかの力だけが支配する戦場に招かなければ、リサが死ぬ運命を避けられたのかもしれない。

一助したいという願いを却下し庇護し続け、一般的に言う平凡な日常を送っていれば、幸福なまま人生を謳歌していられたのかもしれない。

カイを保護する案を拒んででも始末していれば、リサを失い愛莉を悲しみの連鎖に巻き込まずに済んだのかもしれない。

 

取り返しの付かない忸怩たる思いが再度沸き上がる。

生涯身命を投げ打ってまで守ると誓ったリサを死なせてしまったことは、残された愛莉を不幸の道へと誘ってしまったということ。

残酷な真実を受け止めるにはあまりに幼い。

今後の将来を考えただけでも筆舌に尽くし難い。

 

リョウ「ごめん…これが、わしが出来るせめてものことじゃ」

 

左目の瞳が金色に輝くと同時に、あやすように頭を撫でる手にも金色の光が灯る。

 

リョウ「幼すぎる愛莉には受け入れ難い現実。こんなやり方しか出来なくて、ごめん」

 

妄念を捨て去ってでも、自分に唯一できる償い。

『力』を行使し、愛莉の記憶を抹消すること。

この世に生を受け暮らしてきた、笑顔の絶えなかった記憶を全て抹消し、無かったことにし、平和な『現実世界』へと移転させ生活させる。

今後の愛莉の将来を考慮すれば、最も有効となる残酷な手段だった。

記憶の消去に手慣れ辣腕となっている自分に嫌気が差しながらも愛莉の記憶を消していく。

重要な事柄から瑣末なことさえも、全て。

 

愛莉「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁ!!」

 

リョウ「ごめん………」

 

消えていく。

これまで過ごした笑顔の絶えない日々が。

 

リョウ「ごめん………」

 

消えていく。

リョウ達との、沢山の人と接してきた何気ない時間が。

 

リョウ「ごめんね………」

 

消えていく。

家族同然だった、お人好しな妖怪、カイと遊んだ楽しい日々が。

 

リョウ「ごめんなさい………」

 

消えていく。

唯一の家族、母親であるリサとの掛け替えのない日々が。

 

苦悶の表情を浮かべながら、変化していない右目から愛莉にも劣らない大粒の涙を流しながら愛莉の記憶を抹消していく。

決して許されない非道な方法でしか解決できない自身を呪い、一生消えない烙印を心に焼き付けることとなった。

 

こうして、一つの幸せを終幕を迎えるのだった。

 

 

 




これにてアイリの過去編は終了です。
次回から現代の話に戻ります。
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