ベレトとの戦闘を終え、アイリ達は遂にE資源製造装置のある部屋へと入室することができた。
中に入ると、部屋はライトグリーンの光により照らされていた。
光源となっていたのは、広い部屋の中央に設置されてある巨大な装置、E資源製造装置だ。
強固な球体型のガラスの中にはライトグリーン色に輝く小さく細かい光の粒子がぎっしりと詰まっており、ガラスを支えてある機械からは4本の太い管が天井に向かって伸びている。
アイリ「凄く綺麗…」
シャティエル「これがE資源を作り出すための装置です。 生成されたE資源はこの管から研究所全体を経由し、あなた方天使達が住まう都市へと流されていっています」
リョウ「シェオルに流れていくのと同時に、研究所を動かすための血液にもなっとるってところやな。 それで、博士の部屋は何処に?」
シャティエル「博士の部屋は、装置の裏側にある扉から入ることができます。 私自身、目覚めて以来許可なく博士の部屋に入室するのは初めてなので、博士が今も中にいらっしゃるのか、どのような状態なのかは私にも分かりません」
シャティエルはどこかしら重そうな足取りで装置の裏に回り扉の場所を指で示した。
主人であるフサキノ博士の部屋に許可なく無断で入室する行為を可能であれば実行したくないという思考回路が少なからずあるようで、僅かだが顔を顰めた。
アイリ達は装置から出ているコードに足が絡まらないよう注意を払い歩みを進め、人一人が入れるほどの隙間しかない箇所を一列になり進み、博士の部屋の扉を開いた。
部屋の蛍光灯には光が灯っておらず、装置の置かれてある部屋とは真逆で暗闇が支配していた。
唯一部屋を照らしていたのは、壁に埋め込まれるように設置されてある巨大なモニターだけであったが、それでも部屋全体を照らすには光量が足りていなかった。
シャティエル「博士。 いらっしゃったらお返事を」
シャティエルが心配そうに弱々しく声を発したが、その声は暗闇の中へと溶けていき、返事が返ってくることはなかった。
この暗さでは部屋の周囲の状況などできる状態ではなかったため、シャティエルは部屋を照らすための電気のスイッチを押した。
天井に設置された蛍光灯に光が灯り、部屋全体を照らした。
モニター前にはパソコンが3台置かれてある大きめのデスクがあり、キャスター付きの椅子には白衣が掛けられてあった。
部屋の壁際には組立式の簡易なベッドがあり、誰かが横たわっているように掛け布団が盛り上がっていた。
シャティエル「博士、そこにいらっしゃるのですか…!」
シャティエルはうっすらとだが笑顔を浮かべ、早歩きでベッドの側へと向かいベッドにいる人物を確認しに向かった。
確認をした瞬間、シャティエルの笑顔は消え去った。
目が大きく見開かれ、目に映る光景を信じられないといった表情で見ていた。
驚愕しきった表情のシャティエルを見ていたアイリ達は疑問に思いベッドの側へ近付き同じ様に目を向ける。
ベッドの上には、白骨化した人骨が横たわっていた。
アイリは目を背けリョウの背後へと移動し、ラミエルは口を開け驚いた表情を見せ、リョウは目線を下ろし悲しい表情を見せていた。
それぞれが違う表情を見せ驚愕し、暫くの間沈黙が流れた。
リョウ「この遺体は、フサキノ博士のものと見て間違いはないだろう」
沈黙を破ったのはリョウだった。
リョウ自身目の前にある人骨をフサキノ博士のものとは認めたくはなかったが、状況を確認するあたり、否定しようがなかった。
シャティエル「あ、…あぁ…! そんな…博士、何故…何故このようなことに…!」
主人が亡くなっていたという真実に動揺しており、今までの沈着冷静さは失われていた。
リョウ「孤独死やろうな。 フサキノ博士は外出することなく、ずっとこの研究所にいたんだ。 あるものを完成させるまで。 生涯を掛けて、死ぬまでこの部屋に籠り作り続けていたんだ」
シャティエル「博士は…一体何を作られていたのですか?」
リョウはシャティエルの言葉を聞くと無言で椅子に座りパソコンの電源を立ち上げ、マウスを動かし画面に表示されてある『研究成果』と表記されたファイルを開き、画面に表示されてあるものをモニターに映せるよう設定した。
モニターに映し出された内容をアイリ達は目を通し始める。
記載されていたのは、フサキノ博士が作り上げたココロプログラムの内容だった。
アイリとラミエルの二人は初めて見るものだが、博士が行方不明となったため実質研究所の責任者となったシャティエルは研究所のありとあらゆる情報を収集し管理していたため何度も閲覧したことがあるよだった。
映し出されれていたのはリョウがメインコンピューター室で閲覧したものと同じ内容だった。
だが一つだけ、全てのデータを閲覧可能なメインコンピューター室にあった資料の中にも表記されていないものがあった。
シャティエル「これは…日記ですか?」
リョウが画面をスクロールさせ、ココロプログラムの詳細が記された文章の更に下にいくと、日記と書かれた文字が記されていた。
フサキノ博士の使用するパソコンでのみ閲覧できるよう自身で作成した強力なプロテクトが掛けられていたようなので、メインコンピューター室のファイルの中には記されることはなかったようだった。
リョウはマウスを早々と動かし日記と書かれた文字にカーソルを移動させクリックを2回押し、日記と記されたファイル開いた。
別のページへと飛び、日記が表記された文字がずらりと並んだ。
『◯月△日
僕は今日から、日記を書いていくことにした。
僕はもう長くは持たない。
この日記もいつまで続くか分からない。
日記が途絶えたその日に、僕は亡くなっているはずだ。
僕は今日の午後2時頃、喀血した。
Typeα、シャティエルが言うには、肺結核になってしまったようだ。
直ぐに抗菌剤を投与し、その日の作業は中断となってしまった。
今日は安静にし、シャティエルのために翌日からは作業を再開しよう。』
日にちとその日の出来事が簡潔に書かれてあった。
リョウ「フサキノ博士は孤独死やなくて、肺結核で亡くなっていたのか…。 フサキノ博士は、肺結核にかかってから、自分の事や身の回りの事、研究成果等を日記としてずっと書き続けていたんやね」
シャティエル「そういえば、博士は日記を書き始める前から、咳き込む頻度が多くなっていました。 そして、日記を書き始めたこの日に喀血したので、検診を行ったところ、肺結核だと判明したのです」
リョウ「『そういえば』って言ったが、この話題が出るまで覚えていなかったのか?
シャティエルに内蔵されてある記憶を保存するためのメモリなら、数十年前の出来事でも保存されてある筈やろ?」
シャティエル「私に内蔵されてあるメモリの容量は700TBです。 記憶としてデータに保存されてある筈なのですが、所々抜け落ちている、とでも言いましょうか、消去されているようなのです」
アイリ「700TBって、とてつもなくでかい容量だよ!?」
リョウ「まぁフサキノ博士の技術があれば可能やろうな」
内蔵されたメモリの膨大な容量に驚愕しつつ、何故シャティエルの記憶であるデータが紛失してあるか考えてはみたものの、フサキノ博士が製造したエンジェロイドに関しての知識が一切ないアイリ達には考えたところで手立てが浮かぶことがなかったため、紛失した原因の考察を中断し、再び日記へと目を通した。
『◯月□日
薬を投与したためか、昨日よりは病状は回復したため作業を再開することにする。
シャティエルは心を持たないため、相変わらず無表情で僕に語り掛けた。
シャティエルは病状が悪化しないよう作業の中断を提言したが、僕はそれを却下し、研究を再開した。
今まで書き忘れてしまっていたが、僕が作り出そうとしているのは、ココロプログラムだ。
僕は彼女に知ってもらいたい。
喜ぶ事、悲しむ事、人が持つ心を。
僕の命が長くはないと分かった今、寝る間も惜しい。
一刻も早く完成させないと。』
ラミエル「ココロプログラムか。 アイリから説明を受けたから何となくは分かったが、本当にココロプログラムってのを作ってたんだな」
シャティエル「…今、紛失したデータが復旧されました」
アイリ「え、そんな突然? 消えてたってのも可笑しいけど、この状況で思い出すのも偶然にしては出来すぎてる気がするけど」
リョウ「…たしかにそうやな」
シャティエル「博士は、この文章と同じ内容を、私にも話していました。 今から皆さんに博士と会話したデータの一部をお見せしようと思います」
シャティエルは過去にフサキノ博士と会話した時のデータを自身の記憶装置を探り、アイリ達に映像として伝えるため、パソコンに赤外線を送り自身の記憶装置とリンクし互いのデータを共有させ、データをモニターに映し出せるように設定した。
画面にはシャティエル目線の映像が流れ始め、眼鏡を掛け白衣を着た若い男性が映し出されていた。
~~~~~
シャティエル「博士、朝デス、起キテクダサイ」
シャティエルはコーヒーが入ったマグカップが乗ってあるお盆を持ちフサキノの部屋の扉を入室し、椅子に座り寝息を立てているフサキノに声を掛けた。
フサキノ「んっ、…はっ、寝てしまっていた! 今何時だ!?」
シャティエル「時刻ハ8時30分デス」
フサキノ「大変だ、2時間もうたた寝してしまった! さて、続きを始めようか」
シャティエル「ウタタ寝デハナク、シッカリト睡眠ヲ取ッテクダサイ。 健康状、睡眠時間ガ短イノハ良クアリマセン。 人間ニ最適ナ睡眠時間ハ、7時間トイウデータガアリマス」
フサキノ「そうしたいところだけど、そうもいかないのさ。 一刻も早く完成させたいからね」
シャティエル「一体何ヲデスカ?」
シャティエルは淹れたてのコーヒーが入ったマグカップをデスクに置き、フサキノに質問した。
フサキノ「シャティエル、君にまだ一つだけ足りないもの、それは、心だ」
シャティエル「ココロ…?」
フサキノ「君にも教えてあげたいんだ。
喜ぶ事、悲しむ事、それはとても素晴らしいことだから」
シャティエル「喜ブ…悲シム…。 プログラミングサレテイナイノデ、私ニハ、理解デキマセン」
フサキノ「うん。 でも、きっといつか分かる日が来るよ。 そのために、僕は生涯を掛けて、うっ、ぐふっ!? ごほっ! ごほっ!」
フサキノは突然勢い良く咳き込み、椅子から崩れ落ち床に手を着いた。
シャティエル「博士、ドウシマシタ?」
フサキノ「ごほっ、だ、大丈夫、何でもないよ」
数回咳き込み、フサキノは顔中から汗を出しながらも、大丈夫と微笑みながら言った。
心を持たないエンジェロイドであるシャティエルに、心配をかかすまいと笑顔を作ることは意味がないと分かってはいたが、フサキノはシャティエルをエンジェロイドとして見ておらず、一人の人間として接していたため、自然と笑顔になっていた。
直ぐに立ち上がろうと咳き込んだ時に口を塞いだ自らの手を見ると、フサキノの笑顔は消え去った。
手には血が付着しており、口からも血が流れていた。
シャティエル「喀血シテイマス。 人間ノ場合、健康状態ガ危惧サレマス」
シャティエルは床に膝を着けフサキノの目線に合わせ、冷静に、無表情でフサキノの健康状態を確認した。
喀血と聞いたフサキノは目を見開きシャティエルの目を見つめる。
シャティエル「喀血ハ肺ヤ気管支カラノ出血デアルタメ、呼吸困難、窒息ニヨル死亡ニ繋ガル事ガアリマス」
シャティエルの口から淡々と述べられる事実に、フサキノの表情は悲しいものへ変わっていき、目を瞑り項垂れた。
シャティエル「早急ニ処置ヲ―――」
項垂れていたフサキノはシャティエルを抱き締めた。
シャティエルの頭を優しく撫でながら、フサキノは嗚咽し涙を流した。
シャティエル「博士、私ノ分析ニ何カ誤リガゴザイマシタカ?」
フサキノ「いや、君には…誤りなど、何一つ、ないよ…」
フサキノはシャティエルの顔の横で悲しそうに、悔しそうに、咽び泣きながらも声を発した。
感情を持たないシャティエルはそんなフサキノの表情を読み取ることができる筈もなかった。
シャティエル「博士、何故、アナタハ泣イテイルノデスカ?」
シャティエルは何故博士が涙を流すのか理解できず問い掛けた。
フサキノは言葉を返すことなく、シャティエルを抱き締める力を強め、暫くの間泣き続けた。
~~~~~
シャティエル「博士…」
リョウ「今のお前が博士と過ごしてきた日々を振り返るのは辛いと思うけど、大丈夫か?」
シャティエル「…動力炉が早々と動き熱を持ち、締め付けられるような現象に陥っていますが、続けさせてください。 私自身も、見返さなければ何故か記憶のデータが修復されませんので、最後まで日記の閲覧を続け、一緒に過ごした日々を映像としてお届けします」
シャティエルは未だにフサキノの死を受け入れられず苦悶し沈んだ表情をしつつも、日記に目を通し始めた。
日記の内容はココロプログラムの製造過程の内容が主に書かれており、他の研究成果等は然程詳しくは書かれておらず、内容の殆どが同じようなものになっていた。
大きな変化を見せない日記の内容を見て気疲れなのか退屈だったのか、ラミエルはその場で背伸びをして大きな口を開き欠伸をした。
ラミエル「しっかし同じような内容ばかりだな。 もう1年分は研究成果がこれと言って進行してないぜ」
リョウ「それほど時間と労力が掛かる代物なんだ。 まぁもうちょい読んどけば進展があるから、黙読しときんさい」
ラミエルは落ち着きがなかったが渋々と日記に目を通し始めた。
読み続けて数分すると、書き始めた日にちから1年と半年が経った頃になると、日記の内容に変化が訪れていた。
『△月△◯日
私が肺結核に掛かり、1年と半年が経った。
薬を投与しているにも関わらず、症状は悪化する一方だ。
良く1年以上も僕の体が持ったなと、不思議に思う。
博士である僕が非科学的なことを言うのも可笑しな話だが、奇跡なのかもしれない。
ココロプログラムは順調に完成に近付きつつある。
今日はココロプログラムが正常にインストールされ、活動に支障がないかを確認するためテストを行うことにした。
ココロプログラムをインストールする際には、計りきれない膨大な量のデータをシャティエルにインストールするため、莫大な電力を使用することになる。
そのため、インストールの間は研究所の一部を除いて全ての電力が停止することになる。
勿論、エンジェロイドも停止する。
シャティエルや他のエンジェロイドは停止中の間は収納カプセルに入ることになる。
ココロプログラムのインストールの対象となるシャティエルはカプセルの中でインストールが行われることとなる。
膨大な容量をインストールさせるためには相当な電力と時間を要する。
正直なところ、いつインストールが完了するか検討もつかない。
僕の作り出した技術を利用したとしても、何時間や何日といった単位では済まされない。
インストールの間に、僕が死ぬ可能性もある。
あまり考えたくはないが、シャティエル達とはもう顔を合わせることはできなくなる。
Typeβの調整が間に合わなかったのも、とても惜しい。
最悪の結末を考えたくなくても、どうしても思い浮かんでしまう。
シャティエル、きっと僕は君に、残酷な事をしてしまう。
君を遺して、ずっと独りにしてしまう。
もし、正常にインストールに成功すれば、心を持つ筈だ。
心を持った君は、心を持たないエンジェロイド達の中で、きっと孤独に包まれ寂しさを感じるだろう。
君に喜びを与えることができないことが、何よりも辛い。
だから僕は、インストールが完了したその時に、時空防衛局にメッセージを送ることにする。
そして、ナノマシンが悪の心を持つ者に渡らないために、この研究所を異次元移動で、悪の心を持つ者がいない天界へ移動させる。
僕がいなくなれば、ここを指示する者は誰もいなくなるだろう。
僕が作り出したこの技術を異世界にも使用してもらうため、天界に住まう天使族か、時空防衛局の誰かが継いでもらいたい。
そして、心優しい人にシャティエルを任せてほしい。
沢山の人と触れ合い、無限に広がる世界を、人の持つ素晴らしい心を知ってもらいたい。
シャティエル。
君を遺して、喜ぶ事、悲しむ事、心がどういうものなのかを教えることもできず、暫くの間独りにさせてしまい、先に旅立ってしまう僕を許してほしい。
どうか、幸せになってくれ。
これは、僕の心からの願いだ。』
この日にちに書かれた文章を最後に、続きは存在してはいなかった。
アイリとラミエルは悲しみに溢れた表情で下を向いている。
リョウはシャティエルを心配して声を掛けようとすると、シャティエルは無言でパソコンとリンクし、モニターに映像を流し始めた。
~~~~~
フサキノ「シャティエル、そこにいるのかい?」
フサキノはベッドに身を横たえたまま、シャティエルの名前を弱々しい声で呼んだ。
痩せ細った体を見れば、どれほど病が彼を蝕んでいるのかが分かる。
シャティエル「ハイ、博士。私ナラココニイマス」
シャティエルはベッドの側に近付き椅子に座った。
フサキノ「…シャティエル、君は、僕の事が好きかい?」
シャティエル「勿論デス。 私ヲ作ッテクダサリ、ズットオ側ニイテクレル博士ヲ、嫌イニナル筈ガアリマセン」
優しい言葉を掛けられたが、今のフサキノには苦痛にも思えていた。
シャティエルが掛けてくれた言葉はとても優しいものだった。
それでもその言葉に心がないということは嫌でもフサキノは分かっていた。
フサキノ「仮に、僕がいなくなったとしても、この研究所を、E資源を守ってくれるかい?」
シャティエル「博士ノ御命令デアレバ、ナンナリト、最後マデヤリトゲマス」
フサキノ「頼もしい限りだよ。 …シャティエル、何故僕が君に名前を付けたのか、教えていなかったね」
シャティエル「ハイ。 私ハTypeαトイウ名前ガアルノニ、何故他ノ名前デ呼ブノカガ、理解デキマセンデシタ」
フサキノ「僕が、初めて作り出したエンジェロイドだったから…僕のお気に入りだったと言えば、そうなのかもしれない。 共に歩めるような気がしたんだ。 初めて作り出したからこそ、他のどのエンジェロイド達よりも長い時間を過ごしてきた。 そうしているうちに、僕は君の事を一人の人間として見るようになった」
ベッドの横から垂れ下がった腕に力を込め、シャティエルの手を握る。
無機質な肌には温もりはなかった。
握られた手を握り返すこともなかった。
手を握られたら握り返すようプログラミングされていればその動作をするのだろうが、フサキノはそこまで気の回る事はしていなかったようだ。
彼女に心があれば、自己の判断として握り返すことをしただろう。
フサキノ「君には知ってもらいたい、人の持つ心を」
シャティエル「博士ガヨク言葉ニ出ス心トイウモノハ、一体ドンナモノナノデスカ?」
フサキノ「そうだね…。 形があってないようなものだから、説明は難しいところだね。 …喜んだり、悲しんだり、怒ったり、苦しんだり、そんな感情のことかな。 君はまだ心がないから知らないのは当然だけど、喜んだときに気持ちが晴れ渡ること。
哀しんだときに暗く冷たい檻に閉じ込められたような気持ちになること。 怒ったときに我を忘れること。 苦しいときに胸がきゅうっと痛くなること」
シャティエル「プログラミングサレテイナイノデ、理解ハデキマセンガ、博士ガ仰ルノナラ、素敵ナモノナノデスネ」
フサキノ「あぁ、とても素敵で、素晴らしいものだよ。 …でも、君には、残酷な事をしてしまうだろう。 君を遺して、ずっと独りにしてしまう」
実際には他のエンジェロイド達も施設内にはいるのだが、心を持たない彼等とは、心をインストールされたシャティエルとは会話が上手く成り立つことはない。
心を持つことで人間に近い存在となるシャティエルにとって、無機質で無表情、感情の籠っていない声で話す多くのエンジェロイド達と会話するのは酷なことだろう。
会話する相手もいない、いつ何時出られるかも分からない孤独な空間の中を過ごす事は、フサキノはできればさせたくなかった。
フサキノ本人も孤独だったように、同じ思いを味合わせたくはなかったから。
フサキノ「そろそろ、時間だね。 ココロプログラムのインストール準備に入ろう」
フサキノは体をふらつかせながらも上体を起こして足を床に着けゆっくりと立ち上がった。
もう然程体力が残っていないのか、足が震えており、歩く最中何度も咳を繰り返していた。
二人はお互い黙ったまま廊下を歩き、数分したところでエンジェロイド達が保管されてある部屋まで辿り着いた。
フサキノはシャティエルが入るカプセルの側に置かれたデスクに置かれてあるパソコンを操作し始める。
カプセルに入った液体が全て抜かれると左右に広がるハッチが開いた。
シャティエルは開くのを確認し終えると一歩一歩と歩みを進めてカプセルの中へと入った。
シャティエルがカプセルの中へ入ったのを確認し終えると、フサキノはパソコンの操作を一度中断させシャティエルの側へと歩み寄った。
フサキノ「ごめん、シャティエル…。 君には助けられてばかりで録な恩返しも出来ずに置いて逝ってしまうことを。 本当にごめん、シャティエル。 でも、最後にこれだけは言わせてほしい」
フサキノは腕を伸ばし、温もりが感じられないシャティエルの頬に触れた。
フサキノ「…ありがとう」
フサキノは頬に触れていた手を離し、目から溢れ出た一筋の涙を白衣の袖で拭き取り再びパソコンの操作を開始した。
カプセルのハッチが閉まり、カプセル内に液体が注入され始めた。
シャティエルはインストールの準備段階に入るためスリープ状態に入ろうと瞼を閉じる。
シャティエルが最後に見たのは、フサキノのが涙を流しながらも浮かべた笑顔だった。
『ココロプログラム、インストール開始』
~~~~~
シャティエル「……私には、目覚めて以来、既に、心があったのですか?」
表情に出てはいないものの、驚愕の情が声色に現れていた。
胸に手を当て、自分の体の中にある見えない何かを感じ取っているようにも見える。
アイリ「シャティエルにはもうココロプログラムがインストールされてたってことなの?」
リョウ「そういうことだ。 わしはシャティエルと話していて、表情が豊かだったり他のエンジェロイドと違って機械の様な独特な喋り方じゃなく、人間みたいに感情が込められていた事に気が付いた。 プログラミングされてもないのにこれらの動作を見せるのは不自然だと思って、ココロプログラムが本当にインストールされているかどうかを確かめるために、シャティエルにフサキノ博士の部屋に案内させてくれるように促したんだ。 わし自身、真実を知りたかったからね」
シャティエル「私が知りたかった心…。 喜ぶ、悲しむ、怒る、苦しむ…」
静かに呟くシャティエルの目から水が零れた。
シャティエル「何ですか、これは…? 故障、でしょうか?」
違和感を得たシャティエルは指で目から零れる水を受け止め眺めた。
リョウ「それは涙や。 心を持っているからこそ、嬉しいとき、悲しいとき、そういった感情の時に自然と出てくるものだ」
シャティエル「涙…」
溢れ出る涙は止まることはなく、戸惑うシャティエルの頬を濡らしていく。
心を感じ取ったシャティエルは顫動し始めた。
シャティエル「アッ……!?」
胸を押さえその場に膝を着けた。
心臓である動力炉の鼓動が早鐘の様に鳴り、大きな何かがシャティエルの中を駆け巡っている。
シャティエル「何…? 何故…震えるのですか? 何故…涙が、止まらないのですか?」
―――これが、私の望んだココロ…?
私は知った、喜ぶ事を。
博士の願いがとうとう叶った。
博士と一緒に過ごせた時間を。
私は知った、悲しむ事を。
胸が今にも張り裂けそう。
博士はもう、死んでしまった。
もう二度と、会えない。
私は知った、怒る事、憎らしい事を。
何故、私を置いていったの。
何故、私を独りにしたの。
私は知った、苦しむ事を。
何故、私は独りなのか。
何故、私はこんなに寂しいのか。
シャティエル「あ……はか…せ……っ!?」
シャティエルは立ち上がり胸を押さえたままベッドまで歩み寄り朽ちた白骨を見つめる。
シャティエル「はか、せ…!」
心というものは、深く、切ない―――。
シャティエル「博士…!」
今、気付いた。
博士も、ずっと独りだった。
長い間、独りだったからこそ分かる。
独りは、寂しい。
だから、私は生まれた。
博士もきっと、寂しかったから。
シャティエル「博士…!」
今、漸く分かった。
私にとって、博士は全てだったと。
シャティエル「博士は、私の手を握ってくれたのに、私は、あなたの手を握ることもできずに…何も言えずに…!」
過ごしてきた中での様々な出来事への感謝の思いを、伝えられなかった。
リョウ「言ってやってあげてくれ、シャティエル」
シャティエル「えっ…?」
リョウ「博士の事だから、言わなくとも分かってはいるのだろうけれど、今シャティエルが心の底から思っている事を、博士に伝えてあげよう。 きっと、心を持ったシャティエルの言葉を聞いて、博士も天国で喜んでくれるよ」
あの日、あの時、接してきた中で伝えられなかった、心を持ったからこそ言える、本当の言葉を、心からの思いが、溢れ出す。
シャティエル「博士…この世に…私を生んでくれて、ありがとうございました。 機械であり…心のなかった私と、何気ない日々を、一緒に過ごしてくれて…ありがとうございました。 私に、心を、作ってくださり、ありがとうございました……!」
心の底から溢れ出る感謝の言葉を述べると、目から涙も源泉の様に溢れ出し、頬を伝っていく。
今まで心がなく感じていなかった記憶の中での思い出を振り返ると、全ての出来事に喜びや悲しみといった感情が更に溢れた。
心を持った機械の少女は、再び膝を着け、大粒の涙を流し、感謝の意を込めた言葉を吐き、声を上げ泣き続けた。
シャティエルのココロプログラムの元となったネタはトラボルタPがボーカロイド、鏡音リンを用いて制作した楽曲『ココロ』が元となっています。
高校の頃この曲に出会い感銘を受け衝動で考えた設定を使用しました。